灯りを支配しようとした虫
ジュリウスを中心とした他登場人物は、以下のエピソードにも登場します。
人物関係については、「登場人物一覧」もあわせてご参照ください。
「調査官の任命」(「サーヴィアスの退学」)「貧乏男爵家の調査官日誌」「親不孝者」
ボウエン伯爵家は、代々王国の軍務を担ってきた家門であり、その名は陸海軍の双方に広く知られている。一族の大半は陸軍士官、あるいは海軍将校として籍を置き、軍との結びつきは強固であった。
しかし、ボウエン伯爵家が他の武門貴族と大きく異なるのは、単に剣を取る者を多く輩出してきたからではない。戦場に立つ指揮官のみならず、作戦や軍制に関わる軍師、戦略家を数多く生み出してきたからだ。
そのため伯爵家には、過去数世紀にわたる戦史戦記の元になる資料が残っており、もはや私邸の書庫の域を超え、専門図書館と呼ぶべき様相を呈していた。
近世の時代が終わりを迎えつつあり、徐々に近代化の兆しが見えつつある。比較的平和になってきたこの世の中においても、これらの資料に知見を求める士官や、官僚は多く、それがつまりはボウエン伯爵家の影響力になっていた。
そのため図書館の利用、見学者の申し込みはとても多かった。外出に制限があるローズが、自由に研究ができるのは、ひとえに実家がそういった家系のため、資料に事欠かなかった上、女性の研究そのものに理解があったからだ。
だがもうすぐローズは、コルトナー侯爵家に嫁入りする。
婚約者のグレンは理解のある人物ではあるが、だからといって今の環境は望めない。なにかを残すには、今の環境で少しでも研究を進めたかった。そう考えているローズは、最近、ずっと図書館に入り浸りだ。
「きゃっ」
短い悲鳴が上がり、図書館の脚立の上にいたローズは、突然、壊れた足場に中途半端につかまっていた。近くにいた者たちがさっと手を伸ばす中、一番近かった侍従のイワンが、ローズの手をつかもうとする。
だがローズは、反対側にいたジュリウスに手を伸ばした。
「ジュリウス以外、離れて」
そう、はっきりとした声で指示しながら。
イワンは激怒した。
「なぜですか」
「後にしろ。イワン」
クィンタスは厳しく言った。
ジュリウスがローズを抱き上げると、ふわりと香りがただよう。特に指示がなかったので、そのままにしていると、イワンがにらんできた。
「ローズ様」
「その脚立。わざと壊れるようになっていたわ。犯人を洗い出して」
ローズは少し怒りを込めた声で指示を出し、それを受けてまわりがばたばたと騒ぎ出した。
ローズは脚立の使用を、禁止されている。
そもそも使用人がいるのだから、必要ないはずだ。だが活発な質のため、内心では一度は使いたいと、ずっと憧れていたのだ。
今日、めずらしくまわりの視線がローズから外れていたため、こっそりと脚立に登った。だがその時、周囲の人々の目つきが妙だと感じた。不自然にそらされていたり。特にイワンの隠しているが、なにか期待のこもったまなざしが、奇異に感じた。
反対側を見ると、気がついたジュリウスが、危ないからと心配そうに、制止しようとしているのが見え、次いで足元が崩れたのだ。
ローズのまわりの使用人たちは全員事情聴取に行き、クィンタスが全権を任され、ローズを預かることになった。もし脚立が故意に壊されていたとしたら、ローズのまわりが怪しい。その中で唯一信頼できるのがクィンタスだった。
クィンタスは、ローズの祖父にあたる、前当主リチャードの腹違いの弟であり、なにかと狙われることの多いローズのお守り役だった。ローズにじいやと呼ばれるのは、文字通り祖父代わりだからだ。
「ただの勘としかいいようがないけれど……イワンがあやしいと思う」
ローズの言葉に、ジュリウスはずっと聞きたかったことを聞いた。
「あのう、イワン殿にはなにか問題が?」
ジュリウスを、ローズと、クィンタス、マックスの三人がじっと見た。
「なんというか、つきまとって来るのよね……」
「少し変わった所があってな」
「なんか、怖いです。なんか」
観念的な表現ばかり並べられ、ジュリウスは戸惑った。
「ねえ。逆にジュリウスはどう思っているの? イワンのこと」
「どう、とは」
「みんなが言ったようなことでいいわ」
「…………感情的な発言が多く、物事の捉え方が主観的で、歪んでいます。以前の発言から……」
リックに報告する時のように、ぺらぺらと話してしまい、途中で口をつぐんだ。
「発言から?」
「ご不快になるやもしれません」
「話なさい」
「なぜか私に対抗心を燃やし、ローズ様に心を寄せていると、分析しています」
ジュリウスの言葉に三人は強くうなずいた。
「多分そうだと思うわ」
「おそらくそうであろうな」
「想像つく」
◇◇◇◇◇◇
ローズは幼少の頃から美しく、人を惹きつける所があった。
だがどういうわけか、心に闇を抱えた人間を強烈に惹きつけるのだ。
そういった人間は年齢、性別を問わないため、ローズのまわりにおく人間は慎重に選ぶ必要があった。何年も働いて問題のなかった者が、ローズの側近くに置いた所、豹変したこともあったのだ。
おかしくなった者は、ローズの特別な美しさ、特別な立場を崇め、そんな特別なお姫様が、なぜか自分のことを理解し、受け入れてくれることを疑わなかった。性別を問わず気持ちが悪いほど距離を詰め、付きまとう。ローズのことをなんでも知っていると吹聴し、まるで自分がローズと特別な関係であるかのように周囲に自慢した。
だが無意識下では、ローズとなんら関係が持てないことを、理解しているのだ。だからこそローズに、自分という存在を文字通り刻みつけようと、事件を起こす。
どうしてローズがそんな目に合うのか。それは誰から見ても、ローズは特別な外見と立場を持っているのに、どんな相手でも、人として誠実に接してしまうからだ。誠実さこそが、ローズの本質だった。だから化け物も、期待してしまう。ローズなら自分の話を聞いてくれると。
つきまとい対策として、人を冷たくあしらったり、冷徹に接しても意味はない。なぜならどれだけ隠しても、心に闇を持つ者は、それを嗅ぎつけるからだ。
そのためローズの周りに置く者は、基本的に縁続きのものに限られた。幼少期からどんな人物か、知られているからだ。
当主ジェイムズには、弟が二人、妹が一人いる。
弟マーティナはつまらぬ失敗で、政治的な立場を失って以来、返り咲くことを願っていた。だから自分の次男イワンを使って欲しいと、寄越したのだ。
ジェイムズは、ローズの難しい側用人問題に、当時十歳のイワンを参加させた。それは上手く行ったように見えた。ローズもなんの不安も感じていなかった。
だがイワンが成長し、様々な仕事を任せられるようになると、事態はおかしな展開を見せたのだ。ローズの側にイワンは必要以上に侍るようになった。ローズはそれが精神的な負担になり、少しでも距離を置こうとすると、必ずイワンが必要な事態が発生するのだ。
だからイワンの仕事を他の者に振り分けようとすると、あれこれ理由をつけて引き継ぎをしない。明らかにイワンは、ローズとローズの周囲を支配しようとしていた。
だがそんなことをしても、本来はなんの意味もないはずだ。なぜならローズはもう嫁に行く身だからだ。イワンを置いて。外様を支配した所で、なんの意味もない。
つまりは、利益にならないのに、支配したいから、支配しているのだ。そこに気がついたローズは、背筋がぞっとした。
この話は父親にも、側近にもした。だがなかなか、わかってもらえないのだ。イワンは十年近くも優秀だという評価を受けている。問題を起こしたこともない。
今のところ、実害が起きているわけではないし、ローズの身に危険が迫っているわけでもない。ただ、どうしようもなく気持ちが悪いのだ。
皮肉なことに『誠実』なローズは、人に見返りを求めない。だからイワンのような、下心ありきで仕えてくるものの気持ちを、真の意味で理解することができない。知識はあれども、具体的に想像できないのだ。どうにも相性が悪かった。
「つまりは、その支配行為とやらが、イワン殿の愛情表現なのですね」
話を聞いて、ジュリウスはそう結論を出した。
業腹だが、同じように心を寄せているため、イワンの気持ちが少しわかるのだ。内心ではもっと直截な表現を、思い浮かべた。だが女性に聞かせる言葉ではなかった。そのため柔らかい、言葉選びをしたつもりだ。
だが力のない、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
ローズはめずらしく動揺し、手に持っていた布ナプキンで、ごしごしと手を拭っている。力をこめているのか、手の甲が赤くなっている。クィンタスがそっとナプキンを取り上げ、その手をやさしく握った。ローズは子どものように目に涙を浮かべて、クィンタスに甘えた。相当追い詰められている。
「じいや。抱っこして」
常だったら断る所を、クィンタスは仕方なく、幼児退行した泣き顔のローズを抱きかかえ、小さな子をあやすように体を揺らした。
「ねむれ ねむれ ちいさな子よ」
おそらく昔からローズに聞かせていて、つい出てしまったのだろう。子守歌を歌っている。祖父代わりにとっては、七歳でも、十七歳でも、大した違いはない。
ローズは強いダメージを受けていた。ただでさえ、おかしな人々に絡まれやすいのだ。慣れるどころか、嫌悪感はいや増しているに違いない。
マックスが、ローズとクィンタスの二人を、気の毒そうに見ている。
「今まではなにもしてこなかったかもしれません。ですが脚立を壊したのは、仮にイワン殿として、要注意人物としてお側から離してはいかがですか」
「でも、証拠がないわ。それに私が怪我したら、イワンの責任にもなるわ。つまり『事件』の動機がないの」
イワンを遠ざける理由を、ローズは自分でも必死に探していたのだろう。だが、疲れのせいか、視野が狭くなっている。
「イワン殿が犯人である、証拠もなく、動機もないということですね。問題ありません」
「どうして?」
「脚立の『事故』が起きたのです。責任者のイワンには、文字通り責任を取らせましょう。下手をしたら、大けがをしたかもしれないのです」
クィンタスに抱っこされているローズは、恐る恐る聞いた。
「ジュリウスは、イワンにどんな動機があったら、脚立を壊すと思うの。あ、言わないでね」
ローズは気になるが、かといって聞きたくもないようで、両耳をふさいでいる。ジュリウスは、思い当たる点があり、眉をひそめた。
「おそらく聞かない方がいいかと……」
「ローズ様。耳をふさいでいて下さい」
クィンタスがそう言うと、ローズは耳だけでなく、目も少し塞いだ。
「ローズ様の運命が、自分の手のひらの上だという歪んだ悦びと、怪我をした動けないローズ様を、治るまで支配できる悦びが欲しかったのでしょう」
今度は、ずっと黙っていたマックスが、少女のような細い悲鳴を上げて立ち上がった。マックスは気持ちを落ち着かせようと、テーブルの上のお菓子を、次から次へと口に入れ、ぼりぼりとかみ砕き、お茶で流し込んだ。
「気持ち悪いです」
ぷはーと、口をぬぐいながら言った。マックスを見たローズは、とても気になるけど、でも絶対に聞きたくないという顔をした。
「とにかくこれで、事件でも事故でも、イワンに動機があることになります。それに……、彼が犯人かどうかに関係なく、引き離した方がいいです。実際にローズ様の負担になっていますし、真相はその後で調べても別に構わないではありませんか」
クィンタスはしばらく考えていたが、ローズをソファに座らせると、外に出ようとした。
「ローズ様。私が戻るまで、ここを出てはいけません。ジュリウス殿。マックス。姫をお守りするように。外のものにもそう指示しておく」
そして出かけていった。
「ローズ様。どうしてそこまで、イワンは放置されているんですか?」
「先ほども言ったように、ずっと問題はなかったの。彼は優秀に見えて」
「ではいつ頃から、変化したんですか」
「一年ほど前からかしら。仕事で彼に口を出せる立場のものがいなくなって。その頃からなんだかおかしくなったわ」
「今回のように直接的な、行動にでるきっかけは?」
「……ジュリウスを側に置くようになってからかしら。マックスもそう思わない」
ローズが、マックスを見た。
「そうですね。初対面でジュリウス殿に突っかかっていましたが、あんな風に感情的になるのは初めてみました」
「そうなのか?」
ジュリウスは、最初からイワンはそういう人間なのだと思っていた。だからなぜこんな危険人物を側に置いているのかが疑問だったのだ。だが以前はもっと落ち着いた人物のようだ。
「どんな風におかしくなったと感じました」
「なんだか妙ににやにやとして、傲慢な振る舞いを見せるようになったわ」
その時、部屋にどやどやと、ローズの使用人たちが入ってきた。彼らはまるでイワンを主人のように囲んでいる。何事もなかったかのように、ローズに近づいてきた。
「また、こちらにいらしたのですか。いい加減にご自分の立場をわきまえて下さい。自室に戻りますよ」
イワンは、まるで自分の方が主人ででもあるかのように、ローズに命令し、無理矢理、連れていこうとした。
ジュリウスはすたすたと歩いて行き、ローズとイワンの間に割って入ると、剣の鯉口に手をかけたのだ。がちゃりと重い金属の音がする。周囲がぎょっとして言葉を失った。ここは当主、ボウエン伯爵の館であり、ここで剣を抜くなど許されていない。どんな理由であれ、抜いたら処罰されるのだ。
だからただの牽制だと思ったイワンは、思わず後ろに下がったものの、鼻で笑った。
「お前のような下級役人になにができる。下がれ。私はお前とは立場が違うんだ」
「どうでしょう。あなたが私を憎んでいるように、私もあなたがいないほうが、都合が良いことをご存じでしょう」
「……」
以前、イワンがジュリウスの無自覚の恋心を指摘したように、今度はイワンのローズへの恋心をあてこすった。
そこへマックスも割って入り、ジュリウスに並んだ。いつものとおり明るくニコニコしているが、慣れた手つきで剣に手をかけている。安定感のある立ち居振る舞いで、隣のジュリウスですら背筋が寒くなるような威圧感を放っており、牽制だと判断したイワンでも近寄れなかった。
十四歳のマックスは、まだ成長期で、身長も体つきも小柄だが、鬼の子のように強いと評判だった。
イワンはぎろりとにらんだ。
「下がれ」
「クィンタス様から命令が出ています。姫を守れと。それに俺の上司はジュリウス殿です」
「下がれ。私を誰だと心得る。前当主リチャード様の孫イワンだぞ。私の父マーティナは、現当主ジェイムズ様の弟だ。お前たちが、気軽に話しかけていい人間ではないのだ」
「それでは。わしが気軽に話しかけてやろう」
部屋の中にとつぜん、ろうろうとした声が響き、部屋の入り口にクィンタスと、噂の前当主リチャードが立っていた。クィンタスは手を打つなら早いほうが良いと思い、今、邸内でもっとも身軽な権力者を呼んだのだ。
「大分好きにやっておるようだな。だがなあ、自分の立場を認めて欲しいなら、相手の立場も認めねばな。まずは、イワン。主人のローズに頭を下げろ。発言をわびろ」
「…………申し訳ございませぬ」
リチャードの登場に驚いたイワンは、しばらく絶句していたが、しぶしぶと頭を下げる。本人は上手くやっているつもりだろうが、その目に宿る剣呑さを隠し切れていなかった。
「なるほど。これかあ」
「はい」
リチャードは、弟のクィンタスを見ながら、呆れたようにこぼした。どう見てもイワンは使用人の顔ではなかった。
「イワン。お主を罷免する。もうここへは来なくてよい」
ばっさりと切り捨てたリチャードに、首になったイワンは抗議した。
「なぜですか。私がいないと仕事が回りません。私は優秀だと認められているのです。それにローズ様が困ります」
「本当に優秀な人間は、いつなにがあってもいいように、引継書を作っている。自分がいないと回らないようにする人間が、優秀とは思えん」
「………………………………ですが」
「さきほど、自分の立場を笠に着て、命令しようとしてたな。それなのに自分より偉い奴が来ると、今度は理屈で対抗か。
あのなあ、イワン。そうやってころころやり方を変える奴は、誰からも信頼されない。つまり言っていることがその場しのぎで、信用ならないんだよ。クィンタスやローズが、ジュリウスやマックスを信頼して、お前を信用しないのにはちゃんと理由があるんだ」
そう言われたイワンは、クィンタスを見る。クィンタスは厳しい顔をしていた。
イワンは次にローズを見る。ローズはイワンの視線を避けて、ジュリウスの背中に隠れていた。自分の名前が出されたのが怖かったのか、ジュリウスの上着の裾を、ぎゅっとつかんでいる。
イワンが脚立を壊すような直接的な行動に出たのは、ローズのせいだった。当主ジェイムズの四人兄弟の子どもたちの内、たった一人の女性で、結婚などの手段で直系に潜り込むには、相手はローズしかいなかったのだ。落ちぶれた家で育ったイワンは、だから精一杯下手に出るつもりだった。
だがローズ本人と会って、手に入れたいと思ったのだ。なんとしてでも。
漆黒の美しい髪に、猫のような魅力的な瞳。下っ端のイワンの話に、親身に耳を傾けてくれた。孤独なイワンを受け入れてくれたのだ。
だからローズが結婚するまでの間、様々な策を練った。だがローズの周囲は、選りすぐりの使用人ばかりで隙がない。そのため時間をかけた。しかし距離が近づいたと思うと、かわされるの繰り返しで、残り時間は少なくなっていった。
だがその時には、どうせ侯爵家に嫁ぐのだし、自分以外の人間の手に入らないなら、それでいいという諦めの気持ちもあった。
それなのに、あのジュリウスとかいう新入りの下っ端を、突然、側に置き始めたのだ。
ひどい裏切りだった。
これまでの努力を侮辱するも同然だ。
イワンを無視したローズには、お仕置きが必要だった。
イワンは、ジュリウスと、その後ろに隠れているローズをにらみ付けた。
「話は終いじゃ。さあ、帰れ」
リチャードに促され歩き出した。
そして一瞬、足を止めると、ジュリウスを見てにやりと笑ったのだ。
「……」
「ジュリウス殿。今の見ましたか?」
隣に立っていたマックスが、小さな声で言った。
「ああ」
「気になりますね」
「……ああ」
ローズは、本物の祖父と、じいやのクィンタスと話し始めた。イワンはもう来ないと慰められてやっと安心したようだった。
マックスは、お三方にお茶を出している。
ジュリウスは落ち着かず、人員が揃い、ローズの警護体制が整うまで、入り口近くで待機していた。
最終的にイワンは咎めを受けなかった。証拠が出なかったことや、不名誉な形で首になり、家に戻されたこと自体が罰だと考えられたからだ。
前当主リチャードは、クィンタスにぼやいた。
「マーティナもそうだが、その息子のイワンも、結果を求めすぎるところがあるな。世の中、上手く行かないことの方が多いし、失敗したからと言って、落ち込む必要もないのだが」
ローズのまわりの使用人たちは、イワンがその地位を利用して、長年の間に、自分に従うようにさせていた。その手口はまるで洗脳のようで、話を聞いた人たちはぞっとしたのだ。
いろいろあったその日、ジュリウスは混乱したままの頭で、ぼんやりとしながら帰った。
「お帰りなさいませ。お兄様」
シェリーが夕食の支度でばたばたしていた。
「ただいま戻りました」
「あら、上着の背中、汚れているわよ。きれいにするから、後で出しておいて」
ジュリウスはつぶやくように言いながら、自室に向かった。
「…………自分でするからいい」




