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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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支配者の本心


 ジュリウスの祖父ゲイアスは、寄り合いで同窓生の、メイド伯爵ギャレンの噂を聞いていた。


 ギャレンには跡継ぎである優秀な孫がいて、当主としても有能、また剣の腕も立つという。どこに行ってもその孫の自慢話を始めて、仕方がないのだそうだ。


 孫のジュリウスと同世代ということなので、そんなに強いなら知っているだろうと思い、話題に出した。しかしジュリウスは微妙な顔をしたまま、黙ってしまったのだ。


「どうした。なにかあるのか」

「邪推しても……」

「気になるな」


 しぶるジュリウスから、聞き出した話はこうだった。


 メイド伯爵家の当主ギャレンには、跡継ぎの息子ロニーがいる。ロニーには、息子が二人いる。長男のディエゴが噂の孫で、有能で腕が立つことになっている。一方、次男のルシアンはなにもできないのだそうだ。


「確かにディエゴは、学院での成績も優秀です。また武術試合でも勝っています。ですが本人と話すと、とてもそうとは思えないのです」


「どういうことだ?」


「そしてディエゴと弟のルシアンは、双子のようにそっくりなんです。ルシアンのほうは話していて、とても理知的な人間だと感じます」


 ゲイアスはしばらく黙り込んだ。そっくりな兄弟。評判を覆す二人の印象。つまり。


「兄ディエゴの輝かしい評判は、弟のルシアンのものと、お前は疑っているのだな」


「はい。私だけではないと思います」


 あり得ないことではない。家を継ぐ跡継ぎの評判は、良いに越したことはない。次男が優秀なら、その評判を長男がもらい受けるのも、一つのやり方ではある。


「それのなにが問題なんだ。難しい顔をして」

「……もし、私が兄ディエゴの立場なら、用心深くなります。偽の評判とばれないように、立ち居振る舞いに気をつけます。ですが……」


「なるほど、ディエゴという青年は、そうではないと」

「率直に言って、短慮かと」


「短慮な青年が、優秀さを演じるのは難しいな」

「はい」


 ゲイアスは、メイド伯爵当主のギャレンを思い浮かべた。


 なんでも自分の思いどおりにしないと、気が済まないタイプだった。きっと自分の家の中などは、独裁体制を作っているに違いない。だが同時に、世の中、なんでも自分の思いどおりになると、思っているタイプだった。本人は優秀であるし、なにより大きな伯爵家の跡継ぎとして生まれたのだ。まわりもそう取り計らってきた。


 もし噂の孫ディエゴが、祖父の影響を受けているのなら、短慮に振る舞うかもしれない。なぜなら用心する必要がないほど、まわりが自分の思いどおりに動いてくれるのだ。




 メイド伯爵ギャレンは、議会に出席した後、派閥のメンバーと固まって立ち話をしていた。そこへダイアー伯爵が通りかかる。ダイアー伯爵は、息子のリックと、その部下ジュリウスを連れていた。


「ダイアー君。そちらは?」

「息子のリックと、学友のジュリウス君です。勉強のために側に置いておりますが、特にジュリウス君は優秀で」


「頼もしいですなあ。二人は今、学院生で?」

「ええ、通っております」


「おやおや、では、私の孫もご存じかな」


 ダイアー伯爵が、リックに視線を送った。リックはうさんくさい笑顔を浮かべて、お世辞を言った。


「彼には勉学でも武芸でも、恥ずかしいことに、勝てたことは一度もありません」


「またまた、そんな。お追従を。まあ確かに孫は、なにをやらせても優秀ですからなあ」


 ギャレンは本心から嬉しそうに頷いた。周りにいた人々も、次々に孫のディエゴの褒め言葉を口にした。




 ダイアー伯爵と、リック、ジュリウスの三人は馬車に乗ると、ぽつぽつと世間話が始まった。


「メイド伯爵は孫のディエゴの、実力を知らないのか?」


 リックが不審そうに口に出した。


「そんなはずはないのでは。なぜならディエゴ一人では、あんなやり方を、思いつかないでしょうから」


 ジュリウスが反論する。ダイアー伯爵が意見を述べた。


「案外、どちらの意見も正解かもな」


「どういうことですか。父上」


「兄ディエゴに、弟ルシアンの実績を盗むように、指示したのはメイド伯爵だろう。彼は、彼の世界の王で、なんでも思いどおりになるんだ。指示したことがそのまま現実になっていると、思っているんじゃないか。そしてそれは間違いでもない」


「……それはどういう」


 返答に困り、リックは眉をひそめた。


「私は幾人も見てきたが、あまりにも支配者として持ち上げられすぎると、現実よりも、自分の頭の中の世界のほうが、重要だと感じてしまうことがあるんだ」


「それは……現実と妄想の区別が、つかなくなるということでしょうか。閣下」


 ジュリウスの問いに、ダイアー伯爵は難しそうに答えた。


「どうだろう。実際にメイド伯爵の世界は、すべて彼の思いどおりになっているんだ。妄想ではなく現実が、思いどおりになる。その場合、現実と現実の区別がつかなくなる、という言い方が正しいかな。

 支配者たる者、どこまで自分の支配が現実に及ぶのか、つねに気を払っていないといけない。だがあまりにも独裁体制が続くと、すべて支配できると勘違いしてしまうという話だ」


「……わかるような、わからないような」


 リックがそういうと、ダイアー伯爵は笑い出した。


「お前にはまだ早かったかな。だが、これからそういう老害と、たくさん出会うぞ」


 傍で聞いていたジュリウスには、よくわからなかった。



◇◇◇◇◇◇



 武術道場からの帰り道、ジュリウスは剣戟の音を聞いた。


 すぐに駆けつけ、薄暗くなってきた空き地に飛び込むと、誰かの荷物が飛び散り、一人を大勢が取り囲んでいたのだ。見ると、先日名前が出た、メイド伯爵家の次男ルシアンで、壁を背に追い詰められていた。


 少し我流の入った、特徴的な構えはルシアンだ。取り囲んでいる子弟たちは、メイド伯爵家家門の者たちだった。


「主人に刃を向けるとは、物騒だな」


 ジュリウスが声をかけると、主導者らしき男が嫌そうに言い返した。


「関係ない奴は、引っ込んでてくれないか」


 確かに、ボウエン伯爵家家門からすると、関係のない問題だ。だが放っておく気にもなれなかった。だから関係のない人間として口に出した。


「世間の評判ではルシアン殿は、剣の腕など持っていないことになっている。となると、もしこの場にいた者たちが、ルシアン殿に大勢でかかって敵わなかったら、全員、ルシアン殿より弱いという噂が流れるだろう」


 一人が舌打ちすると、次々に剣を鞘におさめ、帰って行った。


「大丈夫ですか。ルシアン殿」

「ジュリウス殿ですか。助かりました。そして弱り申した」

「どうされたのですか」


 ルシアンは額に手を当て、困り果てていた。


 メイド伯爵家は当主の、祖父ギャレンに支配されている。誰も反論できず、従うしかない。当主跡継ぎとされる父親のロニーは、すっかり無気力になってしまい、ギャレンの言いつけを黙って守るだけの、人形に成り果てていた。


「独裁政権をしいているのですね。問題が?」

「そうですね。結局の所、一人一人が自分の頭で、ものを考えなくなってしまうんです。考えても無駄ですし、空しいだけです。言われたことに従うだけ」


「なるほど」

「兄は、兄のディエゴは、その影響を一番に受けていて、祖父の言いなりで、なにも考えません。でも本人は、どうやらその自覚がないみたいなんです」


「というと?」

「最近、私を目の敵にするようになって、目障りだからという理由で、殺されそうになっています」


「ですが、そんなことをしたら、どなたが剣術大会に出たり、提出物を作成されたりするんですか?」


 ジュリウスは口に出してしまい、あわてて手で口を押さえた。


「すみません。余計なことを」


「つまりは、そういうことです。祖父の言うがままに、弟の手柄を取り上げ、自分のものと吹聴し、それで不愉快な目にあったら、後先考えずに、弟を亡き者にしようとする。なにも考えていませんし、それでどうにかなると思っています。実際、これまでは祖父や、私がどうにかしてきましたし」


 ジュリウスは不思議に思って聞いた。


「ルシアン殿の手柄を横取りして、どんな不愉快な目にあったのですか?」


「オルダス殿が……」


「私の父が、なにか粗相を?」


「道場に来て下さった時に、一番弟子として挨拶した兄を無視して、私に声をかけて下さって……。オルダス殿はまったく悪気がなかったらしく、目の前にいた兄が『見えなかった』と」


 ジュリウスは頭を抱えた。それは、おそらく、本当にオルダスには、『見えなかった』のだ。オルダスは、顔や肩書きで人を見ない。立ち居振る舞いで、ルシアンの日々の鍛錬に気がつき、声をかけたのだろう。そしてディエゴの面子を潰した。関係ないとはいえ、ジュリウスは責任を感じた。


「命を狙われた以上、家には戻れません。ジュリウス殿。保護して頂けませんか」

「私を頼ったら、メイド伯爵家の派閥全体を、敵に回しませんか」


「構いません。メイド伯爵家に残っても、一生日陰の身。命まで狙われ……、それくらいなら除籍します」

「それは、できるのですか? あなたのお爺さまが許すとはとても思えない」


「兄が私の命を狙ったことを、公にすると脅せば大丈夫でしょう。国王に罰を与えられるくらいなら」


 ジュリウスはそう上手くいくとは思えなかったが、ルシアンを連れて警備が厳重な、ボウエン伯爵家に向かった。


 話はすぐに通った。てきぱきと処理するレイモンドとリックを見て、ジュリウスは不思議に思った。この二人が人道的観念云々を、言い出すとも思えなかったからだ。


「そのう。自分で連れてきてなんですが、どうしてルシアン殿を助けて下さったのですか」


 レイモンドとリックは、ちらりとルシアンを微妙な目つきで見た。


「私のことは構わないで下さい。それに私も気になります」


 ルシアンがそういうと、レイモンドがリックに命令した。


「リック。お前が説明しろ」

「は」


 リックは、ルシアンに向き直った。


「君のお爺さまが、メイド伯爵家を独裁者として支配しているのを、伺っているよ」


「はあ」


「そういう家は、その独裁者が亡くなった後、舵取りが難しく、崩壊する例が多いんだ」


「……確かに」


「権力の移行が上手く行けばいいけれども、そうでなかった場合、メイド伯爵家ほどの大きさともなると、周囲への影響が大きい。そうなった時のために、君のような継承権のある優秀な駒を確保し、保護するのは有用だ。ボウエン伯爵家がその後ろ盾になる旨みも大きい。直截な表現で済まないね」


「いいえ。ですが、跡継ぎは兄です。私が役に立つでしょうか」


「お兄さんは……、それこそ何かの役に立つとも思えないね」


 リックは穏やかに、辛辣なことを言った。

 ルシアンは、否定せず、目を泳がせた。


 その後、ルシアンをどこで保護するかという、話になったのだ。メイド伯爵ギャレンは、当然、ルシアンの除籍を認めようとしなかったが、さすがのギャレンも、国王のご威光は敵に回せず、除籍処理をした。この時、ギャレンは一時的な処理のつもりで、すぐにルシアンを連れ戻すつもりだった。




 そして一報が入ったのだ。メイド伯爵ギャレンが亡くなったと。



 逆説的な言い方だが、ギャレンが生きていたら、ギャレン亡き後の跡継ぎは、長男のロニーになっただろう。国に申請している、継承順位にもそうなっている。


 だがその手続きのための、親族会議を取り仕切った、ギャレン腹心の部下エンダーズと、右腕の摂政役ゴライスの間で、誰が権力を握るかの一騎打ちとなり、熾烈な戦いが繰り広げられた。

 両者引かず、また勢力も半々に分れていた。そしてゴライスの息子の妻であり、ロニーの妹でもあるパトリシアは、微笑んで跡継ぎである兄のロニーに、大勢の前で判断を委ねたのだ。


「お兄様は、どちらに政権を任せるの?」

「パトリシア。お前が選んだほうに」


 メイド伯爵家は、右腕だった摂政役ゴライスのものになった。


 ギャレンの跡は、その娘パトリシアが継ぐことになったのだ。後継者はパトリシアの子どもたちだ。ギャレンは死んでも、女なんかに跡は継がせないと宣言していた。


 だからギャレンがこれを阻止し、自分が決めていたとおりに、長男のロニーに跡を継がせたかったのなら、自分が生きている内にやればよかったのだ。だが権力の座にしがみついて、まだ大丈夫だろうと思い、いつまでも世界が自分の思いどおりになると思っていた。


 ギャレンは、女に継がせたくない以上に、本心ではロニーにも、ずっと譲りたくなかったのだ。


 ロニーの妹パトリシアは、覇気のない兄と比べて、野心溢れる人間だ。隙がなく、狡猾で、用心深い。無気力な兄とまるで違うタイプだ。

 だが兄と妹の仲は案外良かった。

 女に生まれたというだけで、跡継ぎから外されたパトリシアだが、ロニーのほうも男というだけで、本人の意志に反して跡継ぎの座に座らされた苦痛を、お互いに知っていたからだ。


 つまり、ギャレンの後に遺された跡継ぎたちは、一見、反目しそうで、実は利害は一致していたのだ。


 権限の譲渡は、多少の混乱はあれど、問題なく行われた。

 パトリシアを当主に、その夫であるバイロンと父親のゴライスが後ろ盾になった。腹心の部下エンダーズは今回は引き下がり、不満をもらすものも多かったが、大きな家はまとまったのだ。ロニーを締め出すことによって。


 まとまったのには、いくつか理由はあったが、ギャレンが長い間、独裁政権を敷いていたというのが一番大きい。

 政権の中央にいた人々は皆、当主の顔色を読むのに長けた、取り巻きばかりになり、自分たちの意見を持ち、判断する人が、すっかり少なくなってしまったのだ。


 そんなところに、パトリシアが旗頭となって現れれば、反発するよりも、安堵するものが多かったろう。メイド伯爵家は、長年のギャレンの支配により、家としては大きくなったが、人材はめっきり痩せ細ってしまったのだ。


 ロニーは、自分の家が妹パトリシアのものになり、それが事実上、ギャレンの摂政役だったゴライスのものになってしまったことを、どこか痛快に感じていた。


 彼の人生は今まで何一つ思いどおりにならず、ずっとつらかったのだ。だからパトリシアに、しばらく休んだらどうだと言われたときに、こう言ったのだ。


「そんな暇はない。人間、いつ死ぬかわからないんだ。自分のやりたかったことを、一つでもいいからしたいんだ」


 パトリシアは、初めて見る兄の気力に溢れた瞳を見て、全面的に応援することにした。

 ロニーは自分で事業をおこしたかった。その資産で、自分の生活というのをしてみたかった。例え失敗してもいい。それで金がなくなり野垂れ死んでもいい。自分の手でなにかしたかったのだ。


 荷物をまとめていると、息子のディエゴが戸惑った様子でやってきた。


「どうして当主が父上ではなくて、叔母上なのですか。それに家の者が私の命令を聞きません。父上、どこに行かれるのですか」


「私は当主になんかなりたくなかった。ずっと。だからパトリシアにくれてやった。私はもう自由なんだ。この家をでる」


 そう聞かされたディエゴは、ヒステリックにわめき立てた。今すぐ当主の座につけと。ディエゴを跡継ぎの座に戻せと。ロニーは不思議なものを見るように、ディエゴを見た。


「当主である父上の命令だから、黙って従っていたんだ。どうして当主でもなければ、目上でもない、息子の命令を聞かねばならないのだ。馬鹿馬鹿しい」


 そう言って、ロニーは風を切って出ていった。

 後には、自分の頭で考えたことが、一度もないディエゴを残された。


 ディエゴは、叔母パトリシアに不満を言った。


「パトリシア叔母上。どうして叔母上が当主なのですか。それに跡継ぎを私に戻して下さい」

「親族会議で決まったことだ。こうなるように義父のゴライスと、長年準備してきたのだ。当然であろう」


 パトリシアは、気の毒なものを見る目で、甥のディエゴを見た。もう一人の甥ルシアンは見所があるのに、この男はなぜ……。


「これでは乗っ取りではないですか」

「そうだな」


 それがなんだとばかりに、パトリシアは仕事をしていた。


「乗っ取りなど許されません」

「誰が許さないんだ。結果的に親族会議で、全会一致であったし、国への申請ももう終わった。そもそも乗っ取りは、家を継ぐ手段の一つであろう」


「それでは私はどうなるんですか」

「そんなものは自分の頭で考えたまえ」


「……」

「ディエゴ。そちは弟のルシアンを、消そうとしたそうだな。家の継承者の暗殺。これは許されない犯罪だ。自分はそんな振る舞いをしておいて、正当なる乗っ取りごときで、ぐだぐだ言うのか」


「……ですが。こんなことはお爺さまだったら、許しません」

「…………ディエゴ。ロニーお兄様が、いやいや後継者を務めていたのは、誰の命令だ。そしてお主を次代の後継者としたのは」


「お爺さまに決まっています」

「それはなぜだ」


「そんなものは、この家の当主だからに決まっています」

「つまりお主は当主の命令に従い、次代の後継者として振る舞っていたのだな」


「もちろんです」

「今は私、パトリシアが当主だ。ロニーとディエゴをすべての任から解く。今後の道は自分で選べ」


「…………」


 ディエゴははくはくと唇を動かした。


「ああ。追加の命令だ。今後のことも含めて、自分の頭で考え、自分で決めるように」


 ディエゴにロニーの元へ、行くように指示すれば事は簡単だ。だがパトリシアは、せっかく自由になったロニーに、ディエゴを押しつける気にはならなかった。


 ディエゴはどうしたらいいかわからず、ただ無為に日々を過ごした。

 そしてある日、邸内で消そうとした、弟のルシアンを見かけたのだ。


「どうしてお前がいるんだ」

「当主パトリシア閣下に、呼び出されて」


 ルシアンはそう言うと、すたすたと歩いて、パトリシアの仕事部屋に入っていった。

 ディエゴはそれをおそるおそる、眺めに行った。


 家が落ち着いた所でパトリシアは、事務仕事をこなしてくれる、信頼できる部下を欲していたのだ。ルシアンは微妙な立場ではあるが、有能であるし、なにより人間性を信頼していた。それにこういう危険な駒は、手元に置くのが一番だ。


 だから子どもを作らなければ、自由に結婚してもいいという条件で、籍を戻したのだ。パトリシアは口にしなかったが、もし将来、政権がもっと安定したら、子どもを持つのも許すつもりだ。


 ルシアンは、パトリシアの三人の子どもたちに、問題なく合流し、あっという間に馴染んでしまった。元々従兄弟同士、仲良くしていたというのが強かった。


 ディエゴは、それを見て、そんな下っ端の仕事ができるかとわめいた。当主の跡継ぎたちがしている仕事が、つまらない仕事とも思えないが。




 ディエゴはどんどん、無気力になっていった。


 パトリシアは叔母としては心を痛めたが、当主としては都合が良かった。なぜなら兄ロニーの長男ということで、担ぎ出す勢力に利用されては困るからだ。もしディエゴが優秀だったら、様々な勢力に目をつけられただろう。メイド伯爵家には、ギャレンの腹心の部下エンダーズを始めとする、実力ある勢力がたくさんいるのだ。


 そうなったら、ギャレンの夢描いていた、自分の長男の長男による統治という、直系による支配を完成することができたのだ。


 だがディエゴは、すべて弟のルシアンにまかせ努力をしなかった。まわりがお膳立てしてくれるのに、慣れてしまったのだ。だから丸裸にされたときに、誰かの駒になるほどのなにかを、持っていなかった。


 ディエゴは今でも、喉から手が出るほど、元の立場に戻りたいと思っている。

 そのために必要な、他人には手に入れることができない血筋や、立場などを持っている。

 だが努力すれば手に入る、優秀さなどを改めて、手に入れようとはしなかった。


 そんな風に育てたのは、他でもないない元当主ギャレンだった。


 彼は自分の思いどおりになるように、息子や孫を育てた。そしてその結果、息子は家を捨てるほど毛嫌いするようになり、孫は自分の頭でものを考えない人間に育ったのだ。


 あらゆることを支配することができたギャレンだったが、人だけは思いどおりに育てることはできなかった。

 ……いや、今となっては、家も後継者も時間も、なにもかも……、彼の思いどおりになったものなど、なにかあっただろうか。


 ギャレンは、自分の死後もメイド伯爵家を支配したいと思いながら、その行動によって、ギャレンがいないと成立しない、ロニーとディエゴという跡継ぎを作ってしまった。

 当然、彼の死と共に、二人は使えない欠けた駒になってしまったのだ。




 ダイアー伯爵邸で、リックは父親に、メイド伯爵家について報告していた。


「ギャレン閣下は、伯爵家を完全に支配していたのに、亡くなった途端、体制がある意味、崩壊したわけです」


「つまりはそういうことではないか」


「なにがですか?」


「本人は自覚がなかったかも知れないが、自分亡き後の家に、崩壊してほしかったんだろう」


「それがギャレン閣下の望みだったと?」


「ギャレンだけに限らず、独裁者たちのな。生きている間は、すべてを支配し尽くさないと気が済まない。そして死んだ後は潰れて欲しい。言葉でどう言おうと、行動はそう言っているではないか」


「業が深いですね」


 リックは深刻な顔で、感想をもらした。

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