表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/63

善意と真実


 ジュリウスは王都近郊にある、レジ村に仕事で来ていた。


 このあたり一帯は再開発が予定されており、街道を整備し直して、物流量を上げる予定なのだ。そうすれば、きっとこの村も、今よりももっと人が増え、生まれ変わるだろう。


 村長である大地主のネル家を訪問し、そこに住み込みで村の調査をしているシミオンを紹介された。シミオンは十年ほど前から、ネル家に住み、再開発のための統計を取っているのだ。王都と行ったり来たりし、一年の半分はこの村で過ごしていた。


 シミオンの資料を元に、ジュリウスたちは三班に分れ、村を見て回った。一番治安の悪そうな地域に、ジュリウスはついていくと、雇われ農夫たちが集まり、半端な村を形成している地区に着いた。


 地域の子どもたちは、物珍しいらしく、きょろきょろと見ている。その頭が、ジュリウスにはひよこがぴょこぴょこしているように見えて、口元がゆるんだ。


 作業員が、測量をしたり、資料に書き込みをしている間、ジュリウスは彼らに危険が及ばないように、見張っていた。その様子に、暴力的なものを感じなかった子どもたちは、三々五々集まってきて、恐る恐る話しかけてきた。外から来た人間が目新しかったのだろう。


「なにしてるの?」

「何年か先に、ここに街道を通すんだ。その準備に来ている」


「お兄さん、お役人さんなの?」

「まあね」


「ふーん」


 その内、一人の少年が矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。


「ねえ、役人って、どうやったらなれるの? 学校で勉強したらいいのか? どれぐらい勉強したらいいんだ? お金はかかるのか?」


「君、役人になりたいのかい」


「うん。悪い奴らを捕まえたい」


「それなら、保安官事務所に入ったらいいだろう」


「駄目だ。保安官は下っ端だから。役人を捕まえられる役人になりたい」


 ジュリウスは黙り込んだ。


 ジュリウスは正式には役人ではない。ボウエン伯爵家門の一員で、その管轄のなかで、治安維持や、捜査活動に従事しているだけだ。要は上司にこき使われるなんでも屋だ。


 王都全体は、騎士団と下部組織の警ら隊が、捜査権のある治安維持活動に務めている。そして近郊などの人が少ない地域は、さらにその下部組織の保安部隊が、管理しているのだ。


 だからこの少年の言う、「悪い役人」という、立場のある者を捕まえるには、騎士団に入るか、ジュリウスのように貴族に生まれるしかない。現実的な話ではなかった。


「その……、誰を捕まえたいんだい」


 少年は悔しそうに、黙り込んでしまった。だからジュリウスは、見張りをしつつ、そのフレッチャーという少年から、話を聞き出そうとしたのだ。しかし中々話さず、奥の手を出したのだ。剣を教えてやろうというと、少年たちはすぐさま飛びついてきた。



 フレッチャーの父親は五年前に、役人に殺されたのだという。


 父親は正義感の強い人だった。嘘やごまかしが許せず、身内がなにかの被害に遭うと、相手に怒鳴り込む、頼もしい所があった。ある時、きちんと収めたはずの年貢が不足していると、言われたことがあったのだ。そんなはずはない。きっちり確認している。


 犯人はわかっていた。嫌われ者のクローパ一家だ。クローパ一家は男手が少ない。無理して、返って病気になったり、怪我をするものが多く、そのため共同で行う農作業で、役に立たないのだ。


 フレッチャーの父親が、その件で、クローパ一家の娘マリアに、怒鳴り込むところまでは確認されている。その後、フレッチャーの父親は、用水路に落ちて亡くなったのだ。


 そしてしばらくしてから、噂が流れ始めた。その場に、役人のシミオンがいたと。保安官が捜査しない理由がわかった。シミオンには手が出せないからだ。


「という話を聞いたんですが」


 大地主の家に戻ったジュリウスは、仕事をしていたシミオンに言った。シミオンは少し困った顔をしながら答えた。


「あれは…………事故でした。ですが私がやったことには、変わりありません」


 そして淡々と作業を再開したのだ。


 ジュリウスは納得できなかった。役人であるシミオンには手が出せないことになっているが、シミオン本人は認めているのだ。ではなぜシミオンが悪役である必要が、この村にあるのだろう。


 自分でも酔狂だと思うが、納得できないジュリウスは、当時の事件を担当した保安官を訪ねに行ったのだ。


「村の状況は、今、そういうことになっているんですか」


 保安官は、ジュリウスにいろいろ聞いた後、ひとしきり納得したようだった。


「シミオンさんは犯人ではないですよね」


「もう予想が付いているでしょうから、打ち明けますが、フレッチャーの父親が、クローパ一家のマリアを襲おうとして、返り討ちにあったんです。マリアを助けようとした、シミオン様が、罪をかぶって下さって」


 やはり予想の通りだった。


「ああいった閉鎖社会では、犯人が存在すると村八分になってしまう。だから村人ではないシミオンさんが犯人役を?」


「もちろんです。それに……、父親が犯罪者だと知れたら、息子のフレッチャーはおしまいです。だからみんな」


「フレッチャーの父親は、問題があったようですね。やはり、正義感が強すぎて?」


「ええ、自分の尺度の正義を振りかざして、そういった時はとても暴力的になります。それと本人は自覚がなかったようですが、若い女性を狙うんです。亡くなった時も、文句があるなら、クローパ一家の家に、直接行けば良いものを、わざわざ若いマリアが、一人で作業をしている辺鄙なところを探し出して、文句をつけに行ったんです」


「それをフレッチャーに、言う気はないということですか」


「はい」


 ジュリウスは真相がわかったのに、さらに納得できなかった。


 ジュリウスには、まわりがフレッチャーに、過保護すぎるように感じるのだ。


 確かに父親が犯人だったというのは、つらいだろう。だが、だからと言って、誰かが犠牲になっているのを、知らないというのはどうなのだろう。父親の自業自得を、他人にツケを払わせて、子どもというのはそこまでして、守るものだろうか。


 それにこの状態のなにが危ういって、昨日今日来たジュリウスですら、真相はすぐにわかった点だ。フレッチャーもいずれ……。仮に自分がフレッチャーだったら、その時、どんなにみじめな気分になるだろう。


 この悩みの大きな点は、この状況が満足できない原因が、ジュリウスの正義感から来ていることだ。そして現在の状況を作り出しているのは、皮肉なことに関係者全員の、それぞれの正義感なのだ。正解はない。


 だがジュリウスとフレッチャーには、徹底的に違う所があった。


 フレッチャーはこの農村で、逃げ場がない。人生の選択肢も無いに等しい。村人たちはそれを肌でわかるから、フレッチャーを守ろうとするのだろう。


 それを外野のジュリウスが、口を出していいことではなかった。


 ……なかったはずなのだが。


 シミオンの近くで打ち合わせをしていたところ、なにかが風を切る音がした。反射的に刀の柄で弾くと、こぶし大の石だった。


 もし無防備なシミオンにあたっていたら、怪我では済まない。ぞっとして振り向くと、フレッチャーが立っていたのだ。フレッチャーはいつもやっているのか、堂々としていた。村長が怒鳴っているが、平然としたものだ。


 シミオンは青くなっていたが、仕方がないとばかりに家の中に入っていった。


 それを見て、ジュリウスはこのままではいけない、という気持ちになった。フレッチャーはまだ少年の体だが、これからどんどん力が強くなるのだ。


 ジュリウスはフレッチャーを乱暴に捕まえると、ブラック号に乗せ、フレッチャーの父親が亡くなった場所に向かった。


 そこは森に奥深く分け入ったところにある作業小屋で、歩きで移動する農夫たちには、遠くて滅多に行かない場所だった。


「フレッチャー。君はお父さんの事件の犯人を、捕まえたいって言ってたね」


「犯人はシミオンだろう」


「こういった捜査では、誰かがそうだと言っていたから、という風には考えない。私もそうだし、わたしの同僚たちもそうだ。自分自身でまず事件を考えるんだ。そしておかしな点はないか探す。君は、シミオンをいずれ逮捕したいなら、自分の頭で考える訓練をつまないといけない」


「……」


 ジュリウスは、フレッチャーに自分の言葉が届くよう、ゆっくりと言った。


「君のお父さんは事件の日、クローパ一家に文句を言いに言った。そうだね」

「うん」


「君の家から出発して、どこに行ったんだい」

「ここに決まっているじゃないか」


「どうしてだい? 君の家からクローパ一家へは、逆方向だ。どうしてここに向かったんだい?」

「…………マリアがいたからだろう。うん、そうだ。マリアがいたから」


 ジュリウスは、フレッチャーに語りかけた。


「考えて。もっと自分の頭で考えるんだ」

「なにを?」


 そうは言いつつ、ジュリウスは我慢できず、誘導もした。


「マリアは女性だから、一人で作業をする場合、場所を誰かに言ったりはしない。それに君のお父さんによく怒鳴られて怯えていた。だから君のお父さんから隠れていたのは、君でも知っているはずだ。つまりマリアは、この場所でこっそりと作業していたんだ。それならなぜ、お父さんはここに向かったんだい?」


「……わかんない」


 フレッチャーは、それなりに真剣に考えていた。考えた上でわからなかったのだ。


「今はそれでもいい」


 ジュリウスは、フレッチャーが自分で、「わからない」という結論にたどり着くのを見て、急に胸のつかえが取れたような気がした。フレッチャーは、疑問形で話し始めた。


「…………クローパ一家じゃなくて、マリアに言いたいことがあったっていうこと? だから探してたどり着いた」


 それが正解だ。だがそれが意味するものはまだ説明できなかった。ジュリウスはフレッチャーに訴えた。


「誰かが君に言った言葉が、どんな意味を持つのか、自分自身で考える習慣を身につけるんだ。それが父親を失って、後ろ盾がない君を支える能力になる。例え、誰かが君のために親切心から言ってくれたことでもだ。善意からの言葉でも、その人たちが責任を取ってくれるわけではない」


「……」


 フレッチャーはさっぱりわからないようだ。


「だが……、もしたどり着いた答えが、自分にとってつらいものなら、信じなくてもいい」


 しばらくその意味を、考え込んでいたフレッチャーは、怪訝そうに聞き返した。


「それって……、真相がわかっても、信じなくていいの? 自分に嘘をつくっていうこと? おかしくない?」


 ジュリウスは首を横に振った。


「おかしくない。君はそれを自分で選ぶんだ」


 信念をこめて言ったのだ。


「自分の頭で考えて、自分で答えを導き出す。そしてその答えを信じるか、信じないかは自分で選べるんだ」


「変なの。そんなの本当のことを信じるに、決まっているじゃない」


 ジュリウスは返事ができなかった。


 ジュリウスはなにに納得できないかが、わかった。

 フレッチャーにあらかじめ、答えを渡している大人たちは、善意からやっているのだろう。そういうやり方も、もちろんある。特にこういった場所では、それが最も全体の利益につながるのだ。


 だがそれは、フレッチャーから選択肢を奪う行為でもある。フレッチャーは父親が被害者なのか、加害者なのか、事実を知った後でも、自分で選ぶことができるのだ。父親を信じるか否かを。


 その選択肢を取り上げ、父親を善人にしてしまう行為が、ジュリウスには危険に思えるのだ。


 それはつまり、ジュリウスの感情移入先は、フレッチャーであって、まわりの大人たちではないのだ。フレッチャーを守ろうとする大人たちの気持ちが、ジュリウスにはぴんとこなかった。


 いまだ、大人たちに感情移入できないのは、ジュリウスが精神的に未熟だからだろうか。


 地主の家に戻ると、シミオンが厳しい顔で立っていた。


「真実って、そんなに大事ですか」


 そう言われて、ジュリウスはなにも言えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ