善意と真実
ジュリウスは王都近郊にある、レジ村に仕事で来ていた。
このあたり一帯は再開発が予定されており、街道を整備し直して、物流量を上げる予定なのだ。そうすれば、きっとこの村も、今よりももっと人が増え、生まれ変わるだろう。
村長である大地主のネル家を訪問し、そこに住み込みで村の調査をしているシミオンを紹介された。シミオンは十年ほど前から、ネル家に住み、再開発のための統計を取っているのだ。王都と行ったり来たりし、一年の半分はこの村で過ごしていた。
シミオンの資料を元に、ジュリウスたちは三班に分れ、村を見て回った。一番治安の悪そうな地域に、ジュリウスはついていくと、雇われ農夫たちが集まり、半端な村を形成している地区に着いた。
地域の子どもたちは、物珍しいらしく、きょろきょろと見ている。その頭が、ジュリウスにはひよこがぴょこぴょこしているように見えて、口元がゆるんだ。
作業員が、測量をしたり、資料に書き込みをしている間、ジュリウスは彼らに危険が及ばないように、見張っていた。その様子に、暴力的なものを感じなかった子どもたちは、三々五々集まってきて、恐る恐る話しかけてきた。外から来た人間が目新しかったのだろう。
「なにしてるの?」
「何年か先に、ここに街道を通すんだ。その準備に来ている」
「お兄さん、お役人さんなの?」
「まあね」
「ふーん」
その内、一人の少年が矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。
「ねえ、役人って、どうやったらなれるの? 学校で勉強したらいいのか? どれぐらい勉強したらいいんだ? お金はかかるのか?」
「君、役人になりたいのかい」
「うん。悪い奴らを捕まえたい」
「それなら、保安官事務所に入ったらいいだろう」
「駄目だ。保安官は下っ端だから。役人を捕まえられる役人になりたい」
ジュリウスは黙り込んだ。
ジュリウスは正式には役人ではない。ボウエン伯爵家門の一員で、その管轄のなかで、治安維持や、捜査活動に従事しているだけだ。要は上司にこき使われるなんでも屋だ。
王都全体は、騎士団と下部組織の警ら隊が、捜査権のある治安維持活動に務めている。そして近郊などの人が少ない地域は、さらにその下部組織の保安部隊が、管理しているのだ。
だからこの少年の言う、「悪い役人」という、立場のある者を捕まえるには、騎士団に入るか、ジュリウスのように貴族に生まれるしかない。現実的な話ではなかった。
「その……、誰を捕まえたいんだい」
少年は悔しそうに、黙り込んでしまった。だからジュリウスは、見張りをしつつ、そのフレッチャーという少年から、話を聞き出そうとしたのだ。しかし中々話さず、奥の手を出したのだ。剣を教えてやろうというと、少年たちはすぐさま飛びついてきた。
フレッチャーの父親は五年前に、役人に殺されたのだという。
父親は正義感の強い人だった。嘘やごまかしが許せず、身内がなにかの被害に遭うと、相手に怒鳴り込む、頼もしい所があった。ある時、きちんと収めたはずの年貢が不足していると、言われたことがあったのだ。そんなはずはない。きっちり確認している。
犯人はわかっていた。嫌われ者のクローパ一家だ。クローパ一家は男手が少ない。無理して、返って病気になったり、怪我をするものが多く、そのため共同で行う農作業で、役に立たないのだ。
フレッチャーの父親が、その件で、クローパ一家の娘マリアに、怒鳴り込むところまでは確認されている。その後、フレッチャーの父親は、用水路に落ちて亡くなったのだ。
そしてしばらくしてから、噂が流れ始めた。その場に、役人のシミオンがいたと。保安官が捜査しない理由がわかった。シミオンには手が出せないからだ。
「という話を聞いたんですが」
大地主の家に戻ったジュリウスは、仕事をしていたシミオンに言った。シミオンは少し困った顔をしながら答えた。
「あれは…………事故でした。ですが私がやったことには、変わりありません」
そして淡々と作業を再開したのだ。
ジュリウスは納得できなかった。役人であるシミオンには手が出せないことになっているが、シミオン本人は認めているのだ。ではなぜシミオンが悪役である必要が、この村にあるのだろう。
自分でも酔狂だと思うが、納得できないジュリウスは、当時の事件を担当した保安官を訪ねに行ったのだ。
「村の状況は、今、そういうことになっているんですか」
保安官は、ジュリウスにいろいろ聞いた後、ひとしきり納得したようだった。
「シミオンさんは犯人ではないですよね」
「もう予想が付いているでしょうから、打ち明けますが、フレッチャーの父親が、クローパ一家のマリアを襲おうとして、返り討ちにあったんです。マリアを助けようとした、シミオン様が、罪をかぶって下さって」
やはり予想の通りだった。
「ああいった閉鎖社会では、犯人が存在すると村八分になってしまう。だから村人ではないシミオンさんが犯人役を?」
「もちろんです。それに……、父親が犯罪者だと知れたら、息子のフレッチャーはおしまいです。だからみんな」
「フレッチャーの父親は、問題があったようですね。やはり、正義感が強すぎて?」
「ええ、自分の尺度の正義を振りかざして、そういった時はとても暴力的になります。それと本人は自覚がなかったようですが、若い女性を狙うんです。亡くなった時も、文句があるなら、クローパ一家の家に、直接行けば良いものを、わざわざ若いマリアが、一人で作業をしている辺鄙なところを探し出して、文句をつけに行ったんです」
「それをフレッチャーに、言う気はないということですか」
「はい」
ジュリウスは真相がわかったのに、さらに納得できなかった。
ジュリウスには、まわりがフレッチャーに、過保護すぎるように感じるのだ。
確かに父親が犯人だったというのは、つらいだろう。だが、だからと言って、誰かが犠牲になっているのを、知らないというのはどうなのだろう。父親の自業自得を、他人にツケを払わせて、子どもというのはそこまでして、守るものだろうか。
それにこの状態のなにが危ういって、昨日今日来たジュリウスですら、真相はすぐにわかった点だ。フレッチャーもいずれ……。仮に自分がフレッチャーだったら、その時、どんなにみじめな気分になるだろう。
この悩みの大きな点は、この状況が満足できない原因が、ジュリウスの正義感から来ていることだ。そして現在の状況を作り出しているのは、皮肉なことに関係者全員の、それぞれの正義感なのだ。正解はない。
だがジュリウスとフレッチャーには、徹底的に違う所があった。
フレッチャーはこの農村で、逃げ場がない。人生の選択肢も無いに等しい。村人たちはそれを肌でわかるから、フレッチャーを守ろうとするのだろう。
それを外野のジュリウスが、口を出していいことではなかった。
……なかったはずなのだが。
シミオンの近くで打ち合わせをしていたところ、なにかが風を切る音がした。反射的に刀の柄で弾くと、こぶし大の石だった。
もし無防備なシミオンにあたっていたら、怪我では済まない。ぞっとして振り向くと、フレッチャーが立っていたのだ。フレッチャーはいつもやっているのか、堂々としていた。村長が怒鳴っているが、平然としたものだ。
シミオンは青くなっていたが、仕方がないとばかりに家の中に入っていった。
それを見て、ジュリウスはこのままではいけない、という気持ちになった。フレッチャーはまだ少年の体だが、これからどんどん力が強くなるのだ。
ジュリウスはフレッチャーを乱暴に捕まえると、ブラック号に乗せ、フレッチャーの父親が亡くなった場所に向かった。
そこは森に奥深く分け入ったところにある作業小屋で、歩きで移動する農夫たちには、遠くて滅多に行かない場所だった。
「フレッチャー。君はお父さんの事件の犯人を、捕まえたいって言ってたね」
「犯人はシミオンだろう」
「こういった捜査では、誰かがそうだと言っていたから、という風には考えない。私もそうだし、わたしの同僚たちもそうだ。自分自身でまず事件を考えるんだ。そしておかしな点はないか探す。君は、シミオンをいずれ逮捕したいなら、自分の頭で考える訓練をつまないといけない」
「……」
ジュリウスは、フレッチャーに自分の言葉が届くよう、ゆっくりと言った。
「君のお父さんは事件の日、クローパ一家に文句を言いに言った。そうだね」
「うん」
「君の家から出発して、どこに行ったんだい」
「ここに決まっているじゃないか」
「どうしてだい? 君の家からクローパ一家へは、逆方向だ。どうしてここに向かったんだい?」
「…………マリアがいたからだろう。うん、そうだ。マリアがいたから」
ジュリウスは、フレッチャーに語りかけた。
「考えて。もっと自分の頭で考えるんだ」
「なにを?」
そうは言いつつ、ジュリウスは我慢できず、誘導もした。
「マリアは女性だから、一人で作業をする場合、場所を誰かに言ったりはしない。それに君のお父さんによく怒鳴られて怯えていた。だから君のお父さんから隠れていたのは、君でも知っているはずだ。つまりマリアは、この場所でこっそりと作業していたんだ。それならなぜ、お父さんはここに向かったんだい?」
「……わかんない」
フレッチャーは、それなりに真剣に考えていた。考えた上でわからなかったのだ。
「今はそれでもいい」
ジュリウスは、フレッチャーが自分で、「わからない」という結論にたどり着くのを見て、急に胸のつかえが取れたような気がした。フレッチャーは、疑問形で話し始めた。
「…………クローパ一家じゃなくて、マリアに言いたいことがあったっていうこと? だから探してたどり着いた」
それが正解だ。だがそれが意味するものはまだ説明できなかった。ジュリウスはフレッチャーに訴えた。
「誰かが君に言った言葉が、どんな意味を持つのか、自分自身で考える習慣を身につけるんだ。それが父親を失って、後ろ盾がない君を支える能力になる。例え、誰かが君のために親切心から言ってくれたことでもだ。善意からの言葉でも、その人たちが責任を取ってくれるわけではない」
「……」
フレッチャーはさっぱりわからないようだ。
「だが……、もしたどり着いた答えが、自分にとってつらいものなら、信じなくてもいい」
しばらくその意味を、考え込んでいたフレッチャーは、怪訝そうに聞き返した。
「それって……、真相がわかっても、信じなくていいの? 自分に嘘をつくっていうこと? おかしくない?」
ジュリウスは首を横に振った。
「おかしくない。君はそれを自分で選ぶんだ」
信念をこめて言ったのだ。
「自分の頭で考えて、自分で答えを導き出す。そしてその答えを信じるか、信じないかは自分で選べるんだ」
「変なの。そんなの本当のことを信じるに、決まっているじゃない」
ジュリウスは返事ができなかった。
ジュリウスはなにに納得できないかが、わかった。
フレッチャーにあらかじめ、答えを渡している大人たちは、善意からやっているのだろう。そういうやり方も、もちろんある。特にこういった場所では、それが最も全体の利益につながるのだ。
だがそれは、フレッチャーから選択肢を奪う行為でもある。フレッチャーは父親が被害者なのか、加害者なのか、事実を知った後でも、自分で選ぶことができるのだ。父親を信じるか否かを。
その選択肢を取り上げ、父親を善人にしてしまう行為が、ジュリウスには危険に思えるのだ。
それはつまり、ジュリウスの感情移入先は、フレッチャーであって、まわりの大人たちではないのだ。フレッチャーを守ろうとする大人たちの気持ちが、ジュリウスにはぴんとこなかった。
いまだ、大人たちに感情移入できないのは、ジュリウスが精神的に未熟だからだろうか。
地主の家に戻ると、シミオンが厳しい顔で立っていた。
「真実って、そんなに大事ですか」
そう言われて、ジュリウスはなにも言えなかった。




