帰ってきた孫
「知らない男が出入りしている?」
「いや、ばあさんの孫らしいんだ。まあ、だが見かけたことがないやつだな」
王都の警ら隊の隊員は、ある館に知らない男が出入りしていると聞き、面倒だが一応見回りに行ったのだ。立派な館には、老婦人が一人で住んでいて、後は使用人だけのようだった。使用人たちに話を聞くと、確かに孫だと名乗る青年が来ているらしい。しかし姿を見ることができなかったので、一応、上に報告したのだ。
「気になりますね。そのお孫さんとやらに会いに行ってきます」
ボウエン伯爵邸に詰めていたジュリウスは、警ら隊から姿の見えない孫の話を聞いて、見回りに出かけた。
王都は平民の出入りは自由だ。だが挨拶回りは常識とされている。今回のようなケースなら、館まわりを担当している警らなどに、挨拶に行き、付け届けを渡す。ご近所にも挨拶に回り、顔を覚えてもらう。それが一番確実な防犯対策だからだ。
当然警ら隊は、この辺りの住人の顔を覚えている。姿を表さないというのは、それだけで警戒されてしかるべき事柄だった。
だからジュリウスは、その青年の顔を見に行ったのだ。
その館はトビアス商会の前会頭夫人ターニャが一人で住んでいた。要件を告げたジュリウスを無表情で家に招き、応対してくれた。
「お孫さんは、どなたのお子さんなんですか?」
「私には子どもが五人いたのだけれど、みんな薄情でね。成長したらまったく寄りつかないのよ。特に末の娘とは本当に気が合わなくて。口答えばっかりで。すぐに爆発する爆弾のような子だったわ。それなのに、まわりに言わせると、私とそっくりらしいわ」
「時々聞きますね。そういったことを」
「それでその子、くだらない男に引っかかって。絶対不幸になるって説得したんだけど、飛び出して行ってしまったのよ。馬鹿よね」
「その娘さんのお子さんということですか? 今、来ているお孫さんは」
「そうよ。あの子そっくりで。見て、すぐにわかったわ」
嬉しそうに孫の話をするターニャ夫人は、少しお茶を飲んで眉をひそめた。
「ちょっと失礼いたしますわ」
そうして少し離れた部屋で、使用人を小声で叱責しだした。
「お客様がいらしているのに、どういうこと。あんなぬるい温度でお茶を出すなんて。茶葉にあわないでしょう。今すぐ入れ直しなさい」
使用人は慣れているのか、ハイハイ言って縮こまっていた。女主人として当然の態度であるが、とても厳しいという噂は本当のようだ。
その日、使用人も夫人も、孫はいると証言したが、いつまでたっても帰って来なかった。だからジュリウスは言った。
「これも仕事なので、泊まらせて頂きます」
翌日、ジュリウスはいつもの通り、日が出る頃に目が覚めた。
身支度を調え、表に出ると素振りを始めたのだ。この季節は動いていると寒くはないが、かといってちょっとでも休むと、手がかじかんでしまう。終わって一息ついていると、ブラック号の甘える声が聞こえてきた。知らない厩舎に入れられ、知らない馬たちに囲まれて緊張しているのだ。
顔を見に行くと、とても喜んで頭を噛んできた。時間もあるので、鞍をつけ、館の周りを散歩していると、ブラック号も落ち着いてきたようだ。遠目に、使用人が朝の支度のために、出入りを始めだした勝手口から、侵入した男がいた。例の孫とやらだろう。ジュリウスはブラック号から降りて、顔を見に行った。
「初めまして、セルゲイ殿だね」
ジュリウスが声をかけると、青年は挙動不審になった。
「あんたは?」
「このあたりを取り仕切っている、ボウエン伯爵家のものだ。新顔が来たと聞いてご挨拶に」
ジュリウスの言ったことが、冗談なのか本当なのかわからず、反応に困っているようだった。
「朝食の時にでも、ゆっくり話そう」
ジュリウスはそう言って、自分の客室に戻った。
セルゲイは明らかに怪しかった。一番ありそうなのは、ターニャに自分は孫だと嘘をついて、この館に潜りこんでいるという線だろう。なにが狙いなのか。
そうなるとターニャは、騙された哀れな老婆になるが、とてもそうは見えなかった。年を取っても凜とし、眼光鋭く、観察力に長けている。ターニャのほうが、ある意味、よほど怪しく見えた。いや怪しいというか、なにかを隠しているように見えたのだ。
セルゲイは気弱でおどおどし、それでいて剣呑な雰囲気を漂わせていた。食事の作法ができていないらしく、本人は丁寧に食べようと頑張っているが、どうしてもがつがつと、犬食いをしてしまっていた。ジュリウスとターニャは美しく食事をし、またセルゲイの未熟さを指摘するような失礼な真似はしなかった。
ジュリウスはセルゲイの顔を確認したことで、いったんボウエン伯爵邸に戻り報告した。そのままターニャの家に戻ろうとしたが、真剣な顔をしたリックに引き止められたのだ。
「もうすぐしたら、部下が戻ってくるはずだ。その報告を聞いてからにしてほしい」
「なにかあったのですか?」
「王都で二件目の、強盗事件が発生したらしい」
王都の交通手段は、徒歩か馬だ。それにもかかわらず噂というのは、なぜか風よりも早く伝わった。ジュリウスはなにかが気がかりで、早くターニャの家に戻りたかったが、最近、続けて起こった強盗事件も気にかかり、リックの部下を待った。
報告によると、事件の現場は凄惨な状態で、目撃者どころか生存者もいなかったようだ。被害者は裕福な地主一家で、お金と食料が盗まれていた。驚いたことに、横たわる被害者たちの横で、犯人たちが、飲み食いしたと思われる証拠まで出てきたのだ。手口は違うものの、なんとも言えない残酷さが、一件目の事件と共通していた。
そしてその家の関係者たちに話を聞いていった所、事件が起こる前に辞めた使用人がいたのだ。使用人によると、家の中に誰かが住んでいるような音がするので、不気味に思って辞めたのだという。地主一家の家は、とても大きなログハウスで、いくらでも隠れ潜む空間があるため、忍び込むのは容易であった。
「これはまた……」
ジュリウスもリックも、陰惨な内容に言葉を失った。二人はそれぞれ思考を巡らしていると、今度は別の報告があった。トビアス商会の前会頭夫人ターニャについてだった。ターニャの夫や子どもたちの話を聞いて、ジュリウスはやっぱりと納得しながら、なんだかもの悲しい気持ちになったのだった。
◇◇◇◇◇◇
ジュリウスがターニャの館に戻ると、ターニャとセルゲイが親密そうに話しているところだった。
「聞いて下さい。ジュリウスさん。セルゲイが旅行に、連れて行ってくれるって言うの」
ジュリウスは、「ターニャの金で?」と言いそうになるのを飲み込んだ。
「お孫さんとの旅行なんて、それは楽しみですね。どちらに行かれるんですか?」
「隣国の有名な保養地や、最近発見された古代の神殿跡地に、二年ほど行かないかって」
「素敵ですね」
ジュリウスはにこにこした。仮にセルゲイが強盗犯の一味だとしても、ターニャに対する殺意はなさそうだ。それとも……。ジュリウスは微笑んで相づちを打って、その日の会話を終えた。
部屋に戻ろうとすると、セルゲイがジュリウスの剣をじろじろと見てきた。
「なんだい。気になるかい」
「あんた。強いのか?」
「そうだなあ。まあ、これ一本で身を立てるくらいの自信はある」
「へえ……。いいな。そういうのってどこで習うんだい」
「私の場合は、父親が厳しくてね。無茶苦茶な人だから、覚えざるを得なかったというか」
「いいな。父親がいるのか」
ぽつりと言ったセルゲイは、しゃべりすぎたと思ったらしく、ぷいと立ち去った。
ジュリウスはいつも、セルゲイがよくうろうろしている勝手口の真上にある、二階の荷倉に待機していた。ある日そこで、ようやく待っていた会話が聞けたのだ。
「明日の晩、潜り込む。あのわけのわからん男の食事にこれを混ぜろ。ばばあはすぐに起こせるようにしておけよ」
「…………ばばあには、ひどいことしなくても、いいと思う」
「ああ?」
「あのばばあ、俺のいうことはなんでも聞いてくれるんだ。本当の孫だと簡単に信じやがって。だから、だから、金のありかはすぐにわかるはずだ」
「日和ってんじゃねえよ」
話していた男が、セルゲイの胸を容赦なく打ち据えた。セルゲイは息が出来なくなり、うずくまった。
「裏切ったら、ただじゃおかねえからな」
男はすたすたと出て行った。
ジュリウスの存在で、事件が未然に防げるのなら、それはそれで良かったが、相手はそれでも実行するらしい。ジュリウスは、男が渡していった毒物を観察した。ちょうど良い風向きだったからだ。ジュリウスはリックから、毒物の訓練を受けるようになっていたため、たいていの眠り薬には耐性ができつつあった。だがなんの匂いもしなかった。
ジュリウスの鼻には、セルゲイの体臭と、厩舎の馬の匂い、倉庫にある高価な茶葉の香り、館の古いカビのにおい、様々な匂いが届いた。だが風上にある、すぐ近くの毒物の匂いが、まったく届かなかったのだ。
(まさか……、ヒ素?)
ジュリウスは愕然とした。
百歩譲って『ただの』強盗事件としても、侵入経路も、金を手に入れる人質も、すでに確保しているのだ。ジュリウスが邪魔だというのなら、単に眠らせれば良い。殺める必要なんてないはずだった。まさに、『気軽』に人を眠らせて回る犯人に、荒事には慣れているジュリウスも絶句するしかなかった。
報告を受けたリックは、ターニャの館に、準備していた人員を密かに運ばせ、待機することとなった。
そしてセルゲイが開けた勝手口から男たちが侵入し、眠っていたターニャを乱暴に起こし、その頬を強くはたいた。衝撃でターニャは寝台から落ちそうになり、我知らずセルゲイが止めに入った。
「年寄りだから、そんなにしたら死んじまう。俺がしゃべらせるから」
「質問は俺がするんだよ」
当然、リックたちと、連絡を受けていた王都の警ら隊は、ターニャの寝室に踏み込み、男たちを捕らえ始めた。ターニャを人質にしようと、主犯がその体に手を伸ばすと、ターニャに成り代わっていた男は隠していた武器を一閃し、捕り物に加わり始めたのだ。
そんな中セルゲイは、恐怖から一人だけ逃げだそうとしたが、そこへふらふらと、隠れていたはずのターニャがでてきたのだ。
「ばあさん。ここは危ないから」
セルゲイのその声に、主犯の男は頭に血が上った。
「この裏切り者。そんなばばあ、俺がやってやる」
そう言って自分の武器を、ターニャに向かって投げたのだ。セルゲイはなにをしているのか自分でもわけがわからぬまま、ターニャをかばうように身を乗り出した。その時、ターニャは鋭い目で、持っていた隠しナイフを力強く振り、自分で身を守ったのだ。会頭夫人として全国を回った時に、身につけた護身術だった。
「こいつめ」
ターニャに成り代わっていた男は、主犯を手加減なく打ち据えた。
「とんでもない奴らです。ばあさん相手に、なんの手心も加えなかった。俺が代わってなかったら、下手したら亡くなっていましたよ」
現場では冷静さを求められる警ら隊が、めずらしく激怒していた。
「これで王都を騒がしていた強盗犯が逮捕されたな。それでは取り調べと行こうか」
隊長が少しほっとした顔をした。
◇◇◇◇◇◇
セルゲイは子どもの頃から犯罪組織の下っ端として、あごでこき使われてきた。与えられる食事は残飯だし、毎日暴力をふるわれるし、だが他に逃げ場がなかったのだ。大人になった後は、働きに応じて多少は楽になったが、なんの未来もない毎日だった。
そのうちどこかからか、金持ちの情報を手に入れるようになった主犯は、セルゲイを先に潜入させて、強盗に入るようになったのだ。足がつかないように一度罪を犯すと、遠くに逃げるようにしたが、結局、そのやり方は手に入った以上に金がかかり、主犯はすぐに王都のような、人が多くて目立たない場所で、続けて手を染める機会を狙った。
そのためには目撃者はすべて消せばいいと短絡的に考えたのだ。
命令に従い、セルゲイがターニャの館の下見に来た時に、うっかり姿を目撃されてしまった。その時、言い訳として母親の話をしたのだ。
「俺の親が、この家の生まれだそうで。それで、見に来て。あの、その」
「…………もしかしてエレーナの子なのかい?」
セルゲイはターニャの話に飛びついた。ターニャは自分から、末娘のエレーナの話をぼろぼろこぼし、セルゲイはこれ幸いと、孫のセルゲイ像を作り上げていったのだ。
ターニャ夫人の事情聴取はなぜかジュリウスが行った。厳しい人であるので、親しい人間のほうがいいと言われ、リックと警ら隊の前で行った。
「ターニャ夫人。大変でしたね。とにかく無事で良かったです。あの男は、凶悪な強盗犯の一味で、あなたのお孫さんだと嘘をついていたようです」
夫人は刃を切りつけるように、反論した。
「嘘ではありません。セルゲイは私の娘エレーナの子です。私にはわかっています」
「あなたの本当のお孫さんが、強盗犯に育てられ、たまたまあなたの家に忍び込んだと?」
「そうです。きっと神が導いて下さったのでしょう」
ジュリウスは探るような目でターニャを見た。
「セルゲイは危険な男です。一味のやつらが、罪もない人を何人やったと思います? あの男も手伝っているに違いない。来週には絞首刑になる連中です」
「いけません」
ターニャは真剣な顔で立ち上がった。
「私が……、身元保証人になります。被害者の私が嘆願書を出します。あの子はなにもやっていません。私をかばって死にそうになったではありませんか」
「いいえ。セルゲイは最低でも二人はやっています」
ターニャが絶句した。ジュリウスは今までの事件記録を思い返し、その凄惨さで頭の中がちりちりとした痛みを感じた。
「ターニャ夫人。落ち着いて聞いて下さい。ああいった連中は、セルゲイみたいな便利な下っ端は決して逃しません。そのために仲間である証しを立てろと脅し、手を汚させるんです。セルゲイに取っては不本意だったかもしれませんが、罪は罪なんです。だからやつの処分はもう決まっているんです」
「駄目よ」
「もう、なにもかも終わっているんです」
「お願い」
武器を持ち一人で強盗犯に立ち向かえるほど、気丈なターニャ夫人の目には、涙が浮かんでいた。ジュリウスは無情にも首を横に振った。
「話はこれで終わりです」
そして泣き崩れるターニャ夫人を、じっと見ていたのだ。
刑が執行される前のセルゲイに、リックはジュリウスを連れて面会に行った。
「あのさあ、ばあさん。大丈夫だった? 誰かついててやってる?」
セルゲイは目の前に死が迫っているのに、ターニャの心配ばかりしていた。それにリックがすらすらと答えた。
「今日、会いに行ったら、お茶っ葉の管理が悪くて、かなり怒っていたよ。湿気ってしまうでしょうってね」
「うわー、想像できる。ぷんぷんしてただろう」
本当はひどく落ち込んでしまって、立ち上がれないほどだが、そのことを言う気にはなれなかった。リックは続けて聞いた。
「セルゲイ殿は、ターニャ夫人に懐いているな。私にはとても厳しい方に見えるが、君には優しかったのか?」
「いや、めちゃくちゃ厳しかったよ。スプーンの持ち方がなってないとか、シャツの合わせがおかしいとか、歩き方にまで文句つけてきてさ。本当にうるさいばばあだったよ。でもさ、最初に話した時に、その時食べていた、おやつのサツマイモを分けてくれたんだ。
俺、食べ物を分けてもらったの初めてでさ。このばあさん、優しい人なんだなって思ったよ。それもさあ、サツマイモに砂糖がかけてあるんだよ。あんなの初めてみたなあ。
それにさあ、眠る時に枕を叩いてふわふわにしてくれるんだ。俺のために。俺、人に何かやってもらうことなかったから……。
あの家にずっと住んでいたかったなあ」
リックはセルゲイの話に、うんうんと頷いていたが、ジュリウスはなんだか胸がたまらなく苦しくなり、顔を背けて中途半端な姿勢で聞いていた。
「セルゲイの遺体はどうするんですか」
話が終わった帰り道に、ジュリウスはリックに聞いた。
「まあ、普通は厄除けで街道に埋めるけど、荼毘に付した後、骨だけはターニャ夫人に届けるつもりだ」
それを聞いたジュリウスはほっとした。形は変われど、セルゲイはあの館に住めるのだ。
「……ジュリウス君。ターニャ夫人の娘エレーナには、子どもはいないはずだよね。男と駆け落ちしてすぐに事故で亡くなってしまったから。ターニャ夫人も、当然そのことはご存じだ。どうしてそのことを指摘しなかったの? 夫人がまさかぼけてしまったと?」
「いえ、夫人はしっかりしていらっしゃいます。私はただ、あんなに厳しくて、確かな方でも、いないはずの孫の存在を求めて、心を慰める時があるのだと驚き、その時間をそっとしておきたかったのです。事実は……、現実は時には辛すぎます」
「ジュリウス君。お疲れ様」
リックがねぎらうように声をかけてきた。眼下のブラック号は、久しぶりの家路に嬉しそうに首を振っていた。




