自分を背負う覚悟
ジュリウスは、寄り合いに参加している、祖父のゲイアスを迎えに行った。
ゲイアスはそのようなことをしなくてもいいくらい、達者な老人だが、最近、様子がおかしいので、ブラック号を出したのだ。場所に顔を出すと、ゲイアスは酔っ払いにからまれており、それをまわりのものが、困ったように遠巻きにしていた。朗らかな老人が話しかけてきた。
「君は……、どなたのお孫さんかな」
「ジュリウス・ラムレイと申します。祖父ゲイアスがいつもお世話に……」
ジュリウスが挨拶をしようとすると、途端に大声で言われたのだ。
「ゲイアスのお孫さんか。噂は聞いているよ。さあさあ、入りたまえ」
そして強引に連れ込まれ、既に帰った人の、空いている席に座らされて、酒の肴にされたのだ。
ジュリウスの頭は忙しなく、目の前の人の名前から、係累を推測したが、第一線で働いているものもいれば、引退しているものも多く、すべてはわからなかった。そしてちょっと意地悪な老人たちは、ジュリウスの心の内がわかるのだろう。わざとあてこする質問をするものもいれば、それを笑ってとめるものもいて、賑やかだった。
とにかく失礼にならないようにと、かしこまっていた。
「若いんだから、もっとのびのびしていいぞ」
そうは言われても……。こういう時の老人たちの反応は、両極端に分れる。自分たちの孫のような年齢のものを前にして、礼儀などに厳しく注文をつける派閥と、生意気でもいいからのびのびとしろという派閥だ。どちらも困ったものだ。その時、ゲイアスに肩を叩かれた。
「帰るぞ」
なぜか逃げるように、外に行ったゲイアスを、あわてて追いかけ、ジュリウスはその場を後にした。
ブラック号は夜の散歩が楽しいらしく、先ほどから規則的に大きな鼻息をたてている。春が近づきバイオレットの香りが風に乗って、漂ってきていた。
「そういえば、先ほどの……あの、お酒を召していた方は、よろしかったのですか」
「……」
ゲイアスは黙ったままだった。ジュリウスも黙ったままでいると、ぽつりぽつりと話し出した。
「今の主君、ジェイムズ様に、弟君がいらっしゃるのは知っているであろう」
「はい」
「弟君のマーティナ様は、才気煥発な方でな。とても優秀だった」
ジェイムズは四人兄弟で、全員が有名だ。
平凡な長男ジェイムズに比べて、優秀な次男マーティナ、武芸に達者な三男と、美貌の末妹がいる。お家騒動というほどでもないが、マーティナが優秀なあまり、ジェイムズは長い間肩身が狭く、立場もなかったらしい。
次世代のジュリウスにまで、その噂は聞こえてくるのだから相当なものだ。今となっては考えられないことだった。
「特にマーティナ様の後ろ盾となっていた、イームズ子爵は権勢を振るってな。つぎつぎと若手を引き入れて、一大帝国を築こうとした。お家が二つに割れそうになったんだ」
大事な話の途中に、ブラック号が、ゲイアスの馬にじゃれつこうとして、ジュリウスは急いで手綱をひいた。あたりがうす暗いため、馬恋しくなったのだろう。
「まあ、昔のことだがな」
ゲイアスはしばらく黙っていた。
「それで……、その後、どうなったと思う?」
「その後……」
ジュリウスには、ぴんと来なかった。なぜならそれは、十五年も昔の話なのだ。終わったことだという感覚でしかない。だがその当時を生きていた人には、どうなのだろう。
「弟君のマーティナ様の勢力は大きかった。それが、ジェイムズ様が当主についたことで、一気に出世街道から外されたのだ」
ジュリウスはぞっとして、ゲイアスを見た。
「別にジェイムズ様は、ひどいことをしたわけではない。だがそんな情勢で、日陰の自分に、付き従ってくれた人々を、重用するのは当然だ。マーティナ様の勢力だったものは、後回しにされただけだ。なにかの罰があったわけでもない。皆、男だからな。マーティナ様に自分の人生をかけた。それが上手く行かなかっただけだ。だが中には、それほどの覚悟がないまま、ただ勢いがあるから、皆がやっているから、という理由で、マーティナ様のお側にいたものもいる。そういったものには、後悔がついて回る。そしてジェイムズ様のお側にいた者を、『運が良かったな』と妬むのだ」
その後は、家につくまで、ゲイアスは一言も口を聞かなかった。
ジュリウスは、翌日、つらつらと考えていた。ジュリウスが従っている主君ジェイムズには、同じく四人の子どもがいる。それぞれ得意不得意はおありになると、拝聴しているが、ジェイムズは兄弟で力を合わせるようにと、教育している。
本来なら別々に育つことが多い、高貴な方々だが、教育方針に則って、なるべく一緒に過ごしていらっしゃるのだ。そのせいか、特に二番目のレイモンドと、その妹ローズは、遠慮のない関係に見えるのだ。
「ゲイアス殿はそういった輩は苦手だろうね」
リックはカウンターにもたれて立ちながら、ぼそりと言った。
「私も、感情的に絡んでくる輩は苦手です」
「そーだろうねー」
へらへらと笑うと、リックは腕を組んだ。
「それはおそらく、マーストン男爵だろうね。ゲイアス殿の同輩で、マーティナ様の派閥、寄り合いに出るほど元気で、絡み酒……」
リックは頭の中の人別帳を、めくって答えを出した。
「マーティナ様に組した者は、多かったと聞きます。そんなに簡単にわかるのですか」
「ゲイアス殿は、『覚悟もなく』と仰ったんだろう。それならマーストンかな、と。まあ、勘だがな」
ジュリウスとリックが立っている、高級ホテルのクロークに、一人の男がやってきた。さりげなく背中を向けているリックと、堂々と正面を向いて、ホテルの係員と話しているジュリウスの所へ、歩いてくる。
「お前は……、ゲイアスの孫のジュリウスか」
先日の寄り合いで、ゲイアスに絡み酒をしていたマーストン男爵は、このような高級ホテルに、当たり前のように立っている、ジュリウスを見て鼻白んだ。
「こんな時間から、良いご身分だな」
「先日は、祖父がお世話になり申した」
「はっ。さすが上司に贔屓にされていると違うな。その年で女遊びか」
男爵は腹立たしげにコートを脱ぐと、預けて立ち去った。
ジュリウスが振り向くと、リックが楽しくてたまらないとばかりに、男爵が立ち去った方を見て、にやにやしていた。
「覚悟もないまま、流されるようにマーティナ様に仕え、現在の自分に満足できないという、感情に流されるまま、謀反に加わるか。困ったなあ」
ちっとも困っているようには、見えなかった。
「とりあえずたいした面子が揃っていないし、もう少し、泳がせよう。大物が釣れるに超したことはないからね。そのほうが面倒くさくないし」
「……あのう」
「なんだい」
「男爵たちは、自分たちのことを、不遇だと思っているようですが、マーティナ様は彼らのことを、助けてやらなかったのですか。だって自分を支えてくれた人たちに、なにか返しても……」
「ああ」
リックはなんと言って説明しようかと、迷っている風だった。
「ここだけの話だけど」
「はい」
「マーティナ様も、その後ろ盾の前イームズ子爵も、優秀で才気煥発なのは、間違いないお方だ。だが、それは上手く行っている時の話なんだ。事態が難しい情勢になったり、自分たちに完全に勝ち目がなくなったりした時の、『覚悟』は持っていないんだ。だからそうなると、失敗を分析して受け入れることができず、誰かのせいにしたりする。不遇の状態に耐え忍ぶこともできず、闇雲になにかをしようとして、更に悪い状況にする。そう言った方々に、部下を助ける余裕はないよ」
「……」
「以前、ジェイムズ様がおっしゃっていたが、そういった覚悟を持って、時代を耐え忍ぶようなことは、ジェイムズ様はお得意だ。だから弟君と手を組んで、ことに当たれたら最強の組み合わせだったのにと、嘆いておられたよ。その後悔から、ご自身のご子息を、仲良くさせようと努めているそうだ」
◇◇◇◇◇◇
「これが謀反に加わっている連中か。大体の予想通りだな」
リックの執務室では、関係者が揃って、打ち合わせをしていた。
「なんの勝ち目もないのに、よくやりますね」
「それほど腕に覚えのある者はいないようだ」
「あ、このトネティ男爵は事前に拘束してくれ」
リックが男爵の名前を指さした。
「なにかあるんですか」
「よく働くんだ。使い勝手良いから再利用しよう。謀反なんかで潰してはもったいない。他はいいから」
「……お気の毒に」
リックの部下は、トネティ男爵に同情を寄せた。
「それで黒幕は」
「もちろん敵対派閥の、ガビン伯爵家です。情報が欲しいのでしょう。裏で糸を引いているのは第二王子殿下派閥かと」
「そのあたりどうにかならない?」
リックは駄目元で部下に聞いた。
「捕まえても結局の所、いたちごっごで」
「まあねー。仕方ない。そのあたりは温存して、次回に流用しよう。そのほうが新しく捜査する手間が省けるし」
ジュリウスが不思議そうに、リックに聞いた。
「トネティ男爵は謀反に加わったのに、『再利用』するんですか」
「まあ、その辺の考え方は、人によるかな。裏切ったら優秀でも首にする人もいるが、私は使える者は、粉になるまで使い潰すほうなんだ」
リックたち捜査関係者が、謀反に加わっている連中が、会合を開いているホテルの部屋に踏み込むと、その場にいた人々に、なぜか安堵の空気が漂ったように見えた。自分たちは誰かに見られていたのだ。人々は目を輝かせて刀を抜き、斬り合いが始まった。しかし多勢に無勢で、捕らえられ収監されたのだ。
「なんでこんな無駄なことをしたんだって、顔をしているな。ゲイアスの孫よ」
謀反に加わった、マーストン男爵の、取り調べに立ち会っていると、ジュリウスは話しかけられた。
「お前の祖父のように、運良く流れに乗れたものに、私の気持ちはわからない」
「……」
「マーティナ様ではなく、ジェイムズ様を選んでさえいれば」
「……」
「あれからずっと閑職を歩んできた。その苦しみなど」
「……」
「このまま人生が終わってしまう、焦りがわかるか」
「……」
ジュリウスはなにも言わなかった。ジュリウスには、マーストン男爵の気持ちなどわからない。どうしてそんなことをしたかも、理解できない。
だが、このまま人生が、終わりを迎えてしまう恐ろしさだけは、なんとなくわかったのだ。明日は我が身だと思うと、これ以上、男爵を傷つけるようなことは口にできなかった。
その時、初めて祖父ゲイアスの気持ちが、わかったのだ。男爵に絡まれるのがわかっていて、寄り合いに行くゲイアス。ゲイアスも男爵のつらさが、想像できるのだ。だから黙って絡まれていた。
マーストン男爵が、怒りをにじませる声で話す中、ジュリウスはただ立っていた。
「ジュリウス君。出ようか」
そうリックに声をかけられ、ジュリウスは男爵を置いて、後ろ髪引かれる思いで部屋を出た。リックはため息をついた。
「ゲイアス殿も、君も、人が良いなあ。お人好しも度を過ぎるよ。だから男爵のような人を惹きつけてしまう」
廊下を歩きながら、リックはそう言った。
「まあ、それを利用している、私も、私なんだがね」
「すみません」
「謝ることではない。ただ……、そうだなあ」
リックは少し考え込んだ。
「お人好しのままでは、この仕事はだんだん、つらくなるだろうな」
「性格を変えた方がいい、ということですか」
「そうではない。だが、お人好しのままでいるなら、その覚悟を背負った方がいいだろう」
「覚悟……」
「自分自身に対して、忠実でいる覚悟だ。それが今後の君を、支えると思う」
たった一歳年上なだけのリックは、多くの部下を従える上司の顔をしていた。
ジュリウスが仕事から家に戻ると、シェリーが笑顔で台所から出てきた。
「お兄様。今日はお兄様の好きな、甘辛の魚の煮付けよ。好物でしょう」
ジュリウスは、シェリーの頭を、優しい笑みを浮かべながら、ぽむぽむと叩いた。
「ど、どうなさったの?」
「いつもありがとう」
そしてしばらく、シェリーをにこにこと眺めていたのだ。




