サーヴィアスの退学
「墓穴を掘った男」の、少し前の話です。
ジュリウスの元婚約者、ルシア嬢の父親が、ラッセル伯爵位を降りることが公示された。
婚約の解消に伴い、ボウエン伯爵家との事業提携が、解消されたことの責任を取ってのことだった。事態は波及的に広がり、ラッセル伯爵家に連なる家で、準備されていた様々な契約が解除され、事業が滞り、計画が中止されたのだ。
伯爵位にとどまることは不可能だった。次代は弟が継ぎ、自動的に跡継ぎは弟の三人の息子と、一人の娘たちとなったのだ。
ルシアは前伯爵の娘という立場になり、継承順位は機械的には六位となる。だが今後跡継ぎの従兄弟たちが子どもを生めば、どんどんその順位は下がっていくのだ。
それに伴い、ラッセル伯爵家の本邸から、ルシアたちは街中のマンションに、移り住むこととなった。ラッセル伯爵家では、今後のことを見越して、大幅に予算を縮小しており、爵位を降り、さらに騒動の原因となった親子に、財産をさけなかったのだ。
ルシアは現伯爵の姪という立場になり、もう貴族令嬢を名乗れなかった。学院のクラスも高位貴族用の二クラスから、無冠の四クラスに落とされたのだ。
身分社会に生きる貴族たちは、当然これを正しく把握した。だが父親に甘やかされ、サーヴィアスに嘘を教えられたルシアは、状況がよくわからなかったのだ。
だから二クラスのジュリウスに、事情を聞きに行ったのだ。それは当然叶えられると、信じて疑わなかった。だが警備の都合上と断られ、取り次ぎもジュリウス本人に拒否され、怒りが爆発した。人が大勢集まるカフェテラスで、詰め寄ったのだ。
「ジュリウスさんのせいで、お父様の爵位が剥奪されたのよ。お願いよ。ボウエン伯爵家に取りなして、事業提携の話を元に戻して」
か弱い女性が泣きながら、男に詰め寄っていたら、事情はわからなくても、女性の味方をしたくなるものだ。まあ、そうは言ってもどんな事情があるのかわからないのだから、普通は片方に肩入れせず、話半分に聞くだろう。
だがルシアの発言は荒唐無稽だった。こういった会話に、当意即妙で答える貴族たちも、あぜんとして言葉を失っていた。
「ジュリウスのせいで爵位が剥奪」などと言ったら、ラッセル伯爵家の権威が、男爵令息のジュリウス個人より、下になってしまう。当の伯爵家関係者が、口が裂けても言っていい言葉ではなかった。
「ボウエン伯爵家に取りなし、事業提携の話を元に戻す」も、同じだ。ジュリウス個人が、ボウエン伯爵家を、意のままにできることになってしまう。百歩譲って、ラッセル伯爵家についての発言は、自分が損をするだけだが、ボウエン伯爵家については他家を貶める発言だった。
ジュリウスはこの騒動に、貴族として身の危険を感じ、そしてそれはまわりもそうだった。足の速いものたちからその場を逃げ出し、万が一の時に、その場にいなかったことにしようと画策した。
ジュリウスは突然背後から、二の腕を力強くつかまれた。背後に現れた騎士に誘導され、上位貴族が使うエリアに案内されたのだ。そこに、リックと、ボウエン伯爵の次男レイモンド、その妹のローズがいた。
「君もたいへんだね。まあ、座りたまえ」
リックに促され座ったのだ。レイモンドはむすりと不機嫌だったが、ジュリウスに怒っているわけではない。ローズは呆れていた。
「なんの教育も受けていないのかしら。あれは、父親による溺愛ではなく虐待に近いわ」
ルシアはついてこようとし、騎士に止められ、取り乱していた。流れるように場外へ連れて行かれる。
そしてそのまま退学となったのだ。学校で問題を起こしたとして、ラッセル伯爵家に通知が行った。甘い父親なら、気にしなかったかもしれない。だが当主になった叔父は、婚約解消という問題を起こした後も、学校に通わせたのは温情だった。それなのにそれを無碍にされたのだ。結婚相手が決まっている以上、卒業させる必要もなかった。
「私、次になにが起きるか予想できるわ」
ローズがレイモンドに言った。
「私もだ」
「いや、本当にやりますかねえ。どう思うジュリウス君」
それ以来、一緒に昼食を取るようになったレイモンドたちが言った。
「サーヴィアスは、価値のなくなったルシアを捨てて、今度はローズを狙うだろう。ジュリウスへの当てつけに」
「まさかそんな……」
そう言ったジュリウスだが、反論できなかった。
「こうなったら、ボウエン伯爵家家門のものが、問題を起こす前に決着をつけよう。ジュリウス、今日から学院ではローズに従うように。朝は馬車の前で待機し、帰りもそうするように。ローズのまわりのものは、同僚として使っていい。クラスも同じ一クラスにしておく」
レイモンドの命令に従うと、すぐに決着がついた。朝、馬車から降りるローズを当てつけのように、親しげにエスコートすると、サーヴィアスが割り込んできたのだ。
「ローズ様。わたくしめもお使い下さい。こんな奴よりお役に立って見せます」
ローズ一行は、無視して歩き出した。
「ローズ様。お願いです。絶対、保証しますから」
「今日の二限の授業は、教室から大講堂に変更になりました」
「ちょっと歩くのよね。でも大講堂の中庭は美しいわ」
「庭師が器用なんでしょうね。剪定が細かくて」
「あのウサギの耳が可愛いわ」
「そうですね」
近くに寄れもしない、一クラスのまわりを、サーヴィアスがうろうろしていると、それをリックが無表情で眺めていた。
「あ、リック様。私をお側で使って頂けませんか。お役に立って見せます」
「そうは言っても、君は使えないからなあ」
穏やかだが、切り捨てるように言ったリックに、サーヴィアスは鼻白んだ。
「なぜそう思われるのですか。私のことなど知らない癖に」
「一度、試験を受けてもらっているからね。その時の印象で」
「試験? いつ」
「三年前、若手の人間で集まって貰って、地質調査の下準備に、行って貰ったことがあったよね。その時、誰かがミスをして、係留ロープが外れてしまい、川に浮かべていたボートが流された。だから一晩、山で野宿したことがあったろう」
「……試験だったなんて、聞いていません」
「そりゃあ、そういうものだから」
「黙ってなんて、卑怯です」
「あの時、ジュリウス君は、暗くなる前に水を確保しようと言って、砂利と岩を利用して、川からの水が流れ込む、水たまりを作ったんだ。折りからの雨で、川の水は濁っていた。水たまりに水を滞留させることで、水に混ざった泥が下に沈み、上澄みがきれいな水になるというわけさ。だが君と、君の親しい友人のウィルは、それを見て、なぜか、かっとして、そんなものは無駄だと怒鳴り、後で壊してしまったね」
「……見ていたんですか」
「一方、ブライアン君は、山菜に詳しいからと言って、山に採りに行ってくれた。六人もいるからと、かなりの量を採ってくれたな。大変だったろうに、君は、こんなものを食えるかと、他の人の分まで駄目にしたね。デビッド君は暗くなる前に火をおこそうと、雨の後では見つけにくかっただろうに、材料を集めて、小さいかまどを作った。あれは感心したな。彼は大雑把そうに見えて、案外器用なんだと。ルイス君は、なにもできないと落ち込んでいたが、ブライアン君に言われて、また雨が降った時のためにと、フキをたくさん集めてきた。それが山菜を蒸すのに使えると、ブライアン君が料理に使っていた。それに夜になって冷えた時に体に巻き付けて寒さをしのいでいたね」
リックは言葉を切った。
「その間、君とウィル君は、なにをしていたかな?」
「だって、試験だなんて、知らなかったから」
「まあ、なにもしないこと自体は別にいいんだ。向き不向きもあるしね。問題は、君とウィル君は、まわりの邪魔をするという点なんだ。まわりがせっかくお膳立てしたものを、壊してしまう。こういった人間を、集団行動に加えることはできないな。君とウィル君は、他の人が働いている最中に、誰がボートを流してしまったかのあら探しを始め、まわりを責め立て、作業を妨害した。ところで、私は君に素朴な質問があるのだけど……」
リックはまるで、わからないといった顔で聞いた。
「君、どうしていつも怒っているの? なにが不満なの? ジュリウス君に嫉妬するのはなぜ? 彼を見下す理由は? そんな自分を冷静に省みることをしないのはなぜ?」
サーヴィアスは、答えられない質問を並べ立てられ絶句した。
「すまないね。こんなことを聞いて。私はどうにも『怒り』という感情と縁がなくて。知識として君みたいな人間は理解できるけど、本心からはわからないんだ」
「……」
「まあ、そんなわけで君を使う気はない」
「待って下さい。だったら改めます。他の人の邪魔をしません。だから……」
「そうかい、助かるよ。じゃあ、今後一切、ジュリウス君も、ローズ様にも、私にも近寄らないでくれ」
「それじゃあ困ります。俺を、私を使って下さい」
「今、他人の邪魔をしないと誓ったばかりではないか」
「じゃあ、どうすればいいんですか」
サーヴィアスが怒鳴るのを、リックは冷静に眺めていた。
「私ならやり方を変えるけどね」
「やり方」
「だって君はずっと同じやり方で、現実に対処している。そしてそれが君の首を絞めている。それなのにやり方を変えないなんて、効率が悪いよ。どうしてそんな、無駄なことをしているんだい?」
心底不思議そうにリックは言うと、すたすたと立ち去った。サーヴィアスはやりたい放題に生きてきて、現実が思いどおりにならないと、世の中が変わるべきだと怒りをぶちまけていた。それ以外のやり方など思いつかなかった。そして自分がつねになにかに、腹を立てていることにすら、自覚がなかったのだ。
コーネリアス子爵家では、サーヴィアスをこのまま学院に行かせるかの、話し合いがもたれた。子爵は婚約が解消された件を、最初は軽く見ていた。由緒あるコーネリアス子爵家に比べると、ジュリウスのラムレイ男爵家は新参であり、なにほどのものでもないと、考えていたのだ。むしろ、三男の息子が、いい嫁ぎ先を手に入れたことを、褒めてやったくらいだ。
だが主君のボウエン伯爵家が、事業提携を解消した時から、状況が変わってきた。今では、いい嫁ぎ先だったラッセル伯爵家は代替わりし、将来の伯爵当主になるはずだったサーヴィアスは、現伯爵の姪の婿、貴族家に連なる縁者でしかない。子爵は前提を完全に読み間違えたのだ。
「あなた、サーヴィアスにもっといい、婿入り先はないものでしょうか」
「……お前はなにを言っているんだ。そんなものあるわけないだろう。サーヴィアスはラッセル伯爵令嬢……、今はただのルシア嬢だが、彼女に手を出したんだ。責任を取って結婚するしかない」
「でもあの子の華やかな外見なら、もっといい縁談がありますわ。今なら間に合います。格落ちしたルシア嬢など、捨てれば良いではありませんか」
子爵はこのところ、なぜこんな状態になってしまったのかを、悩んでいた。そしてその答えが目の前に転がっているのに気がついたのだ。
「お前なのか? サーヴィアスをたき付けたのは」
「たき付けただなんて大げさな。私はただあの子に見合った、嫁ぎ先に行ってもらいたかっただけです」
子爵夫人は三人の息子の内、三男のサーヴィアスを溺愛していた。長男と次男に比べて、美しく整った顔立ちで、早い内から女性に人気があったのだ。そんなサーヴィアスだけ、特別に贔屓した扱いは、彼のプライドを肥大化させた。間が悪いことに、子爵は跡継ぎの長男、次男に重点的に気を配り、サーヴィアスを夫人に任せていたのが仇となった。
特別な存在として育てられたサーヴィアスは、現実の子爵家三男という立場を、受け入れられなくなるほど、自己を肥大化させられてしまったのだ。
現実よりも、内面を重要視してしまうサーヴィアスは、リックのせっかくの助言も無駄にした。
翌日も、ローズに近寄ろうとし、護衛に無理矢理割り込もうとしたのだ。
力尽くで押された護衛は帯剣の柄で、サーヴィアスのみぞおちを突いた。そして拘束したのだ。当たり前のことだったが、サーヴィアスはなぜか、ひどいことをされたと騒ぎ、自分にこんなことをした護衛を降格にしろと怒ったのだ。
子爵はただちにサーヴィアスを退学にし、謹慎処分とした。
「サーヴィアス。どうしてこんなことをしたんだ」
「俺はただ自分を売り込もうとしただけです。ジュリウスの野郎ができるのだから、俺がやってもいいはずでしょう」
「サーヴィアス……。ローズ様のお側に誰がどのように仕えるかは、ボウエン伯爵閣下が考えることだ。お前に口を出す権利はない。でしゃばるな」
「でも、そんなのずるいです。ジュリウスだけ。父上からも言って下さい」
「サーヴィアス。それは伯爵閣下が決めることだ」
「じゃあ、我慢しろって言うんですか」
「そうだ」
そう言われたサーヴィアスは、なぜかショックを受けて絶句した。
「みんなそうだ。我慢して、耐え、選ばれるのを粛々と待つ。どうしてそれができないんだ」
「だってそれじゃあ、ジュリウスだけ、ずるいではありませんか」
「なにがだ」
「……贔屓にされて」
「なにか理由があって選ばれたのだろう。それに、世の中とはそういうものだ」
「そんなの不公平です」
「サーヴィアス……。現実は、理不尽で、残酷で、空しいものだ。お前はさっきから、なにを言っているんだ? ずるいとか、不公平とか、今まで一体なにを見てきたんだ。お前が努力した試合の日に、天気が遠慮して雨を我慢してくれるのか」
「でも、ジュリウスは選ばれています。なにか、こずるいことをやったに違いありません」
「……」
子爵はサーヴィアスが、どうしてここまで、現実を見ようとしないのかわからなかった。
「ボウエン伯爵家では、年頃の少年少女たちに、様々な課題を課す。将来どのような部下になるか見極めるためだ。わしもいくつか、それらしきものを体験してきた。大抵はなにか問題が起きて、集団に解決を促すものだ。心当たりはないか」
「地質調査の手伝いが、試験だったと、リック様が……。俺のことを、使えない奴って言いやがって」
「では、それが原因だろう。使えないと判断されたのなら仕方がない」
「父上はなにを言っているんですか。リック様に訂正して下さい。俺は使えない奴なんかじゃないって。俺は優秀です。父上だって知っているでしょう。それが親の義務でしょう」
子爵は目の前の息子が、なにを言っているのか、本当にわからなかった。
「お前はなにを言っているんだ。リック様が『使えない』と判断されたんだ。一度受けた評価は、新しい実績がないと覆せない」
「違います。だって俺は優秀なんです。だから誤解を解いてもらえれば」
「サーヴィアス。お前。まさか、自分が自分のことを、優秀だと思っていたら、それが『事実』になるとでも思っているのか? そして例えば他人のリック様が、『使えない』と判断したら、それは『事実』ではないから、『誤解』だとでも思っているのか」
子爵は一個一個の言葉を句切り、丁寧にサーヴィアスに確かめた。子爵はここ最近の話し合いで、サーヴィアスとどうして会話が通じないのか、考えていた。だが、今、気がついたように、サーヴィアスは自分のことを優秀だと思い、それが彼の世界の中では、事実となるのだ。だが実際はそうでないから、現実とかみ合わない。問題になるのだ。
一つ前の会話で、ローズに無理矢理侍ろうとするのも同じだ。本人が仕えたいと思ったから、採用されて当然だと振る舞うのだ。それを判断するのは伯爵閣下だと説明しても、聞き入れない。無茶苦茶だった。




