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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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捨て値の婿


 ケントンは、デラニ男爵家の次男だ。


 優秀と噂の長男エイブラハムと、才気煥発な弟オッジの間に挟まれ、存在自体が知られていない。


 ケントンは自分ではそれなりに、優秀だと思っているが、不思議なことにまったく注目されないのだ。その状態は子どもの頃からそうで、ケントンがなにかやっても、それはエイブラハムが、やったことになってしまうのだ。そしてなにかを成し遂げても、それはオッジがやったことになる。


 両親はエイブラハムと、オッジを褒め称えた。素晴らしい、立派だと。当然、ケントンは、自分がやったと主張するし、エイブラハムやオッジだって、自分がやっていないことは、やっていないと言う。


 そうすると、エイブラハムがやっていないのなら、オッジがやったのだろう。オッジがやっていないのなら、エイブラハムがやったのだろう。両親も兄弟もそう思うのだ。


 両親にとっては、ケントンは『なにもしない子』であり、存在しない子どもだった。


 だからケントンは当然、自分を主張した。しかし家族は、面倒くさそうな顔で、わかった、わかったと言い、結局の所、なにも改善されないのだ。


 だからケントンは、諦めてただ黙々と、次男の立場で家に尽くした。


 だが人間そんなに簡単にはできていない。時々、とても空しくなり、剣の稽古で荒れることがあった。普段、寡黙で大人しいケントンが荒れるのは、妙に痛々しく見え、道場生の不安を買ったのだ。




「おい、ケントン。この仕事やってくれ。簡単だから」


 エイブラハムは、ケントンにでも、できるような仕事を持ってきてやり、与えてやった。なにもできないケントンに、少しでも活躍の場を与えたかったのだ。


 そのついでにケントンの机の上を覗き込むと、ケントンは月末に向けての予算調整の作業と、気候変動に伴う来年の収穫予想の作業をしているのが、飛び込んできた。


「無理しなくていいよ。こういうのはいつもの通り、オッジに任せればいいから」


 そう言ってエイブラハムは、部屋を出て行った。


 エイブラハムはとても優秀ではあるが、雑用のような作業量はあるのに、成果が目に見えにくい仕事をするのが、苦手だった。放っておくと雑用を貯めてしまい、それが重要な作業をせき止めてしまう。つまり仕事を選ぶ短所があったのだ。


 ケントンが今まさにしている予算調整と、収穫予想の作業は、オッジはしたことがない。だがいつもの通り、エイブラハムは、自分がしていないのなら、ケントンではなく、オッジがやっているに決まっている、と思い込んでいた。


 オッジは才気煥発で、発想力が豊か、物怖じしない発言で、注目を浴びている。それは事実であるが、自分の提案を実現するための、地道な下準備などは苦手だった。


「ケントン兄さん。悪いけど、この作業お願い」


 オッジは、ケントンの部屋に来て、父親に作成するよう言いつけられた、領地の報告書作りを頼んだ。オッジは学院と、手習い、父親から任されている領地の仕事などで、手一杯なのだ。することがなくて暇なケントンに、少しでも手伝ってほしかった。


「なにこれ、予算調整と、収穫予想? そんなの無理しないで、エイブラハム兄さんに回しなよ。下手にケントン兄さんが手を出して、仕事が遅れたらどうするの」


 慣れていたケントンは、さっさと雑用を終わらせていき、少しでも効率的に、次の日の作業に取りかかれるよう、素早く仕事の分類をしたのだ。




 ケントンは人生に疲れ、学院の教室でぼんやりしていた。


 昨日父親に言われたのだ。長男のエイブラハムは婚約者と結婚し、家を継ぐ。人手が足りないので、三男のオッジも婚約者と結婚した後、実家で働いてもらう予定だ。そうなるとケントンをどうするかだが、さすがに三人目だと、結婚させるための持参金も用意できないし、かといって働かないケントンには給料もだせない。家を出て自分で仕事を探して欲しいと。


 もとよりそのつもりだった。そうなるだろうと思ってもいた。しかし父親から、次男なのに、「三人目」と言われ、働いているのに、「働かない」と言われたのは、予想以上にきつかった。もうなにもする気になれなかった。


「ケントン。済まない。仕事を手伝ってくれないか」


 そう声をかけられ、責任感の強いケントンは立ち上がった。


「済まないな。私の上司が、仕事ができる人間を探していて」


「へえ。ジュリウスの上司って、ダイアー伯爵家の?」


「その上だ」


「……まさか。ボウエン伯爵家か」


 同じ武術道場に通っているジュリウスに、ケントンは話しかけられた。ジュリウスとは、その道場の幹事も一緒に務めている。


 ジュリウスの上司で、ボウエン伯爵家の令息レイモンドが、使える人材を探しているという。そして彼が詰めている生徒会室に、連れてこられたのだ。


 生徒会室には日常的にはまず見ない、高位貴族がごろごろいたりもする。その身分になると忙しいので、まず出席してこないが、席次表を見ると、別の世界のようだ。


「ああ、君が、例のケントン君か」


 レイモンドは気安くそう言われ、思わず敬礼した。


「私のことはどのように……」


「的確な事務処理をする、精神的に不安定な男で、落ち込んでいる時ほど、作業の手が素早くなるとか」


 間違ってはいなかった。

 ジュリウスのやつ……、もう少し言い方をとケントンは思った。だが就職するなら、外に顔を売っておいて損はない。そのためケントンは、黙々と作業に打ち込んだのだ。しかし実際の所、人手は足りなかった。判断する人材は揃っている。単純に人が足りないのだ。


「というわけで、もう一人の人材、ニトン伯爵家のグイニー嬢だ」


「よろしくお願いします」


 レイモンドが知り合いを連れてきたらしく、一気に場が華やかになった。


 グイニーは伯爵令嬢とは思えぬほど、気さくで、率直な女性で、ケントンは一緒に働いていて楽しかった。ただ過ごすより、協力し合うほうがお互いのことも見えたりする。


 その内、ケントンが就職先を探すために、図書館で調べ物をしたり、資格の勉強をしているところに、グイニーが声をかけてくるようになったのだ。


 そしてこう言われたのだ。「私の所へお婿に来ませんか」と。ケントンには願っても見ない申し出だった。


「ですが、私はただの男爵家の次男坊です。伯爵家に婿養子に行くような身の上では」


「私の家、ニトン伯爵家は、伝統はありますが、規模は小さく、そんなに身構えるような家柄ではありません。それと血統を重要視する家柄ですので、下手に大きな貴族家と縁組みするよりかは、あなたのような方のほうがいいのです。…………あのう、私ではだめでしょうか」


「いえ、そんなことはありません。ぜひ」


 早速、ニトン伯爵家は、デラニ男爵家に婚約を申し込んだが、なかなか上手く行かなかった。存在しない次男に、伝統ある伯爵家が、婚約を申し込むことが、理解できなかったようだ。


「大変申し訳ありませんが、次男は本当になにもできない息子で、なにかのお間違いかと。あの三男のオッジは優秀な子で、良ければオッジを推薦します。婚約していますが、なに、口約束ですので、解消しても構いませんから。

 もしご希望なら長男でもいいです。大変優秀ですし、ニトン伯爵家に婿養子に行ける栄誉など、滅多にあることではございませんから。婚約も解消させますので」


 ニトン伯爵家は、当然ながら、辛抱強く、ケントンを婿に迎えたいと説明した。


 だが、いくら説明しても、『なにもしないケントン』に、こんな名誉ある話がくるわけがない。伯爵家はなにか勘違いしている。この話を進めたら、大きなしっぺ返しがくる、と、思い込んでいて、話がまったく進まないのだ。


「どうしたら……」


 ケントンとグイニーは、生徒会室でぼんやりとしていた。手だけは素早く動かしながら。


 付き合いの長いジュリウスは、余計なことだと思いながら、こんなことを言った。前からケントンの境遇に思う所があったのだ。


「ケントンのことを、そんなにも『なにもしない』息子だと思っているのなら、丁稚奉公のような形で、別の家に養子に出してもらって、その後で、ニトン伯爵家に、婿養子に行ってはいかがですか。つまり……」


 ケントンの実家が、ケントンの価値を認められないのなら、クズ値で養子に出せばいい。ニトン伯爵家は養子先に、本来実家に払うべき高価な対価を払い、そして優秀なケントンを手に入れるのだ。


 その案は実行され、レイモンドが話を調え、ケントンの養子縁組をした。案の定、デラニ男爵はケントンになんの価値も、見出していなかったので、対価を貰うどころか、いくばくか支払って、まるでそれが親心であるかのように、ケントンを送り出した。それは間違いではないのだろう。なにしろ本心なのだから。


 そしてボウエン伯爵家が名代となり、ニトン伯爵家と豪華な縁組みをしたのだ。まったくなんの関係もないケントンを利用し、漁夫の利を得たボウエン伯爵であった。


「ケントンとグイニー嬢が、うまくいってよかったですね」

「まあ、最初から、予定していたことではあるしな」


 ジュリウスの言葉に、レイモンドが当然のように言った。


「そうだったのですか? てっきり二人は生徒会室で会ったのかと」

「それは間違いない。だが優秀な人物だったからな、ニトン伯爵家との縁組みに利用させてもらった」


「生徒会室の作業を利用されたんですね」

「そもそも、生徒会という存在自体が、優秀な人材を洗い出すためのものだろう。それにしても埋もれている人材は結構いるな。皆、なにを見ているんだ」




 デラニ男爵家では、異変が起きていた。


 ケントンがやっていた地味な下準備や、粘り強い努力、根気のいる作業、長年の経験が必要な仕事をする立場の人間がいないのだ。


 気がついていて、やれていないのであれば、まだ救いがあった。だがそういった作業が、存在していることすら、エイブラハムもオッジも、見えていないのだ。


 なぜ日常業務が滞るのかわからず、デラニ男爵は対応できないまま、いたずらに人員を増やして対処しようとした。


 エイブラハムとオッジの婚約者は、呼び出されてそれを手伝いながら、当てが外れたとがっかりした。二人の婚約者は、ケントンのことを馬鹿にしていた。それは悪意から来るものではなく、デラニ男爵家での、ケントンの扱いが軽かったからだ。だから知らず見下し、仕事を押しつけていた。だからケントンが、ニトン伯爵家に婿養子に出されると聞いて、腹を立てた。自分たちより下の人間が、そんな良い縁談を手に入れるなんて、苛立たしかった。だからクズ値で養子に出された時には、溜飲が下がったものだ。


 ところがそれから、デラニ男爵家がおかしくなって、作業要員として呼び出されるようになって、気がついたのだ。誰もやるものがいなくて困っているという、作業の前回の署名を見ると、ほとんどがケントンのものなのだ。だから二人は言った。


「頭を下げて、ケントンに処理手順を聞きましょう」と。


 ところが不思議なことに、エイブラハムもオッジも、ケントンの署名であることを理解しているのに、「なにかの間違いだろう」と言うのだ。いくら署名を見せても、かたくなに信じない。他のことは話が通じるのに、ケントンに関してだけは、ネジがおかしくなってでもいるような、反応だった。


 混乱は広がり、行き当たりばったりの事務処理は、作業量を増やしていったのだ。そこでエイブラハムと、オッジの婚約者は手伝いを拒否した。二人は、ケントンの不在が事態を招いているのに、その分析ができない、デラニ男爵家に不信感を抱いたのだ。


 それにケントンがデラニ男爵家を支えていたというなら、婚約の時のエイブラハムと、オッジの釣書は虚偽ということになる。そう突きつけられたデラニ男爵は、それでも事態を呑み込めなかった。




 一年後、デラニ男爵家は困窮していた。


 一年前の混乱で、いくつかの不渡りをだし、納税も遅れて目をつけられていた。


 三男のオッジは節約のために退学し、エイブラハムともども婚約は解消になった。男爵は、ケントンが原因だということは、ようやく理解したものの、それに納得できないでいたのだ。


 だからケントンの結婚式に出席したのだ。ケントンはボウエン伯爵家の傍系に養子縁組し、デラニ男爵家とは、完全に縁を切っている。だから本来は会えないはずだが、デラニ男爵がどうしても結婚式に参列したいと、強引に頼み込んだのだ。


 行ってみると、末席も良い所で、どうしてこんな扱いを受けるのかわからなかった。そしてニトン伯爵家のグイニー嬢と、幸せそうに歩くケントンに声をかけたのだ。


「ケントン。どうしてなにも言ってくれなかったんだ。今、家がたいへんなことになっているのに、連絡の一つも寄越さないで」


 ケントンは一瞬考えた後、なにを言われているのか、わからないという顔をした。


「言うって、なにをですか。それに私はもう養子に出た身ですが」

「言ってくれなければわからないだろう。家の仕事をやっているなんて。教えてくれれば……」

「……」


 ケントンはグイニーと目を合わせた。グイニーがいつもの率直さで聞いた。


「あのう、デラニ卿。エイブラハムさんや、オッジさんは、一々、この仕事をやったのは自分だって、言って回ってたんですか?」


「いいや」


「それなら三人とも、言わなかったんですね。それなのにどうして、エイブラハムさんと、オッジさんだけ仕事をしていて、ケントンはやっていないと思ったんですか」


「それは……、ケントンはそういう子どもだったから……」


「だったら言ったか言わないかは、関係ないです。卿がそう思い込んでいるだけの、話ではないですか」


「……だが、……だが、言ってくれれば」


「親父。俺は子どもの頃は言っていたよ。ただ聞いてもらえないから、言わなくなっただけで。でも自分がやった仕事には、きちんと署名してある。親父に回した仕事すべてにね。膨大な量に登るはずだ。俺の署名、見てくれたかな?」


「…………」


 ケントンのたくさんの署名を、思い出した男爵は黙り込んだ。


 ケントンとグイニーは、男爵を置き去りにするように、歩き出した。デラニ男爵家はさらに没落するだろう。現当主が、一番有望な息子を捨て値で養子に出し、家を混乱させ、注目を集める結婚式で、誰が家を支えていたのかもわかっていなかったということを、大声で宣言してしまったのだ。




 グイニーは、横で歩きながら、少し気が立っているケントンに囁いた。


「自分を大事にしてくれる人の側にいよう」


 ケントンは、一年前の養子縁組のことを思い出した。

 ケントンはやはり両親に、振り向いて欲しかったし、兄弟に大事にしてもらいたかった。だからずっと、たゆまぬ努力をしてきたのだ。それで養子の話を迷っていたのだ。


 だがグイニーに言われた。


「私の両親が昔、言ったの。例え、その人のことが大好きだったとしても、自分のことを大事にしてくれないなら、離れなさいって」


 そう言ってグイニーは、ただ手を握ってくれた。


 つまりケントンは、両親にも兄弟にも、大事にされていないのだ。


 そのことを正面から受け止めるのは、とても勇気のいることだった。自分が親に大事にされない、みじめな人間だと、認めなければならないなんて。


 だが、ケントンはもう疲れていた。だからグイニーの手を取ったのだ。そして温かいグイニーが、ケントンを大事にしてくれた時に、誰かに大切にされることが、涙が出るほど嬉しいものだと感じた。そのぬくもりを知ってしまったら、もう後には戻れなかった。


「グイニー。僕のすべてを君に捧げる。大切にするから」


 グイニーは、はにかんで笑った。


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