幽霊を撃った女
王都にある高級マンションにホイットニーは住んでいた。
古代からある水道橋と、王城が交わい、それを眺める広い公園が、眼下に見渡せる、一等地にあるマンションだ。
寒い季節特有のからりとした風が吹いていたが、どこか暖かさを含んでいた。
こんなすごい部屋に住んでいるが、ホイットニーは実は平民だ。早くに亡くなった父親の遺産があり、生活に余裕があった。
最近結婚したばかりの、夫ブライトと二人で住んでいる。
今、ブライトは親友のケイルとカードで遊んでいた。二人の吸うタバコの匂いが漂ってくる。
ブライトとは実は、結婚前は三回しか会っていない。
運命的だったのだ。
初めて会ったのは、ヘラスに旅行に行った時だ。海の色がとても鮮やかな国で、ホイットニーは長く滞在した。帰国の日に、大型客船に乗ろうとすると、同じ船で入国してきたブライトがいたのだ。
ブライトは荷物を盗まれて、茫然としていた。気の毒になり、その時はお金を渡した。そして一年後、今度はホイットニーがヘラスに旅行に行った所、船を降りた所で、貴重品が入った荷物を盗まれてしまったのだ。
パニックになっていたら、同じ船で帰国しようとしていた、ブライトと再会した。ブライトは前回のお礼だと言って、わざわざ引き返して、港の高級ホテルまで案内してくれ、一ヶ月分の宿代を払ってくれたのだ。
とてもかっこよかった。
だが、ホイットニーは財産があり、近づく人間にはくれぐれも注意するよう、まわりに言われていたのだ。だからその時は、連絡先を交換して別れただけだった。
王都に戻ってきた後、あまり社交はしないホイットニーが、めずらしく付き合いで、あるパーティに出た所、そこにブライトもいた。彼はとても驚いており、喜んだホイットニーは、次の日にデートしないか誘った所、たいへん残念そうに断ってきたのだ。明日から仕事で出張だと。
そのためブライトは今日の想い出に、一曲だけ踊ってくれないかと誘ってきた。そして踊り終わった後の、名残惜しそうで、いつまでも手を離さないブライトを見て、ホイットニーは決心したのだ。ブライトと結婚しようと。だが結婚生活はおかしなものだった。
「幽霊が出る?」
ホイットニーの親友のラビアンは、大きな声を出した。隣でラビアンの夫ロビソンも、目を見張っている。
財産のせいで、身辺に気をつけねばならないホイットニーにとって、二人は数少ない気のおけない友人だった。昔からの長い付き合いで、なによりホイットニーを軽く上回る、財産を持っているのだ。
寡黙なロビソンと、なんでもはっきりと口に出すラビアンは、いい夫婦だった。
「寝室で寝ていると、薄気味の悪い男が出るの。怖くて」
「その幽霊はなにかするのか?」
「いいえ、ただ立ってるだけよ」
「ふーむ。ブライトとは一緒に寝てるのか? 寝室は一緒?」
「寝る時は一人がいいんですって。だから別よ」
「それなら、怖いからと言って、幽霊が出たら、ブライトの部屋に行くのはどう?」
「それが……、幽霊が出る時は、なんだか頭がぼんやりして、体がうまく動かないの」
「怖いわ。他にはなにかあるの?」
「いつも変な匂いがするし……、幽霊が出た次の日は、必ずひどい頭痛がするのよ」
「他には?」
「思いつかない」
「ねえ、ブライトはなんて言ってるの?」
「…………」
「どうしたの、ホイットニー」
「私、離婚されるかも」
「「え?」」
ホイットニーのとつぜんの発言に二人はびっくりし、声を上げた。なかなか言い出さないホイットニーを、根気強く慰めるとこう言ったのだ。
「ブライトに幽霊の話をしたら、驚いて、なんだか気持ち悪いものを見る目で私を見たの。その後、急に話をそらしてしまって。腫れ物に触るように話すの。まるで私がおかしいみたいに」
「うーむ」
「それに今日、ブライトの親友のケイルが来たのだけど、ケイルに『奥方は元気?』って聞かれたら、まるで嫌な話を振られたみたいに眉をひそめて、『その話は勘弁してくれ』ですって。つい聞こえてしまったけど、ブライトにあんな風に思われていたなんて。もう泣きたい」
「うーむ」
話を聞いていたロビソンは、どうしたものか困ってしまった。
だから妻のラビアンを見たのだ。
ラビアンは率直に言って非常識で、遠慮がない。発想がぶっ飛んでいるし、押しつけがましい。だからラビアンを苦手としたり、はっきりと嫌悪を示すものは多かった。だが、常識にとらわれない率直さは、ロビソンを始めとした一部の人間たちには、心地よいものだったのだ。
ラビアンはテーブルを叩いた。
「ホイットニー。あなた、なにもかもおかしいわ」
「どこ、かしら?」
「その弱気よ。なんでなにもかも自分が悪いみたいな、考え方になってるの。普段のあなたはもっと自信があるはずよ。幽霊なんて出る方が悪いのよ。部屋から追い出しなさい。ブライトは、胸ぐらつかんで怒鳴りなさい。妻の心配をしないなんて何事かと」
「そう、かしら……」
「ブライトが、おかしな目であなたを見た? ええ、今のあなたはおかしいわ。でもそれはブライトの言う意味じゃない。あなたが自信を失っているからよ」
「でも、どう、したら……」
「そんなの決まってるじゃない」
「なあに」
「幽霊をうち倒すのよ」
ラビアンはそう言って仁王立ちした。
「はい、これが銃よ」
ラビアンが持ってきたカバンを開けると、銃が二丁入っていた。
「……あの、ラビアン?」
「これは最新式の銃で、安心して。装填も簡単になって、女性でも撃てる重さなの。私がしっかり教えてあげるわ」
「……」
ホイットニーはなにもかも、安心できなかった。ラビアンがなにを言っているのか、わからない。頼りのロビソンが、肩を震わせて笑っている。こう言う時はラビアンの提案を、ロビソンはすべて受け入れてしまうので、どうしようもなかった。
「銃を扱うにはまず体力、そのためには、栄養満点の食事、深い睡眠よ。よし、これから一週間、我が家に泊まり込んで。がっつりしごくわよ」
弱気になっているホイットニーが、目標を定めたラビアンに敵うはずなかった。
それからホイットニーは、ラビアンとロビソンの邸宅に泊まり込み、ひたすらトレーニングをつんだ。二人の用意する食事はおいしく、訓練でへとへとのホイットニーは、もりもりと食べた。人生でこんなに空腹になったことが、あるだろうかと思うくらい、お腹が空くのだ。不思議なことにいくら食べても満足しなかった。
「ちょっとホイットニー、なんなのこの体形は、がりがりじゃない。気がつかなかったの?」
「それがここ最近、お腹が空かなくて」
「仕方がないわね。体重が増えるまで、運動は少し控えましょう」
「僕も不思議に思っていた。服でも変えたのかなと」
三人は別に仕事があるわけでもないので、ホイットニーの体作りに集中した。ラビアンとロビソンは、まるで面倒見の良い両親のように、ホイットニーに尽くしたのだ。
「それじゃあ、構えて」
「本当に、撃つの?」
庭に専用のコーナーを作り、ラビアンはノリノリでホイットニーを指導した。
「こういうのは、気持ちの問題なのよ。実際に銃で撃ってやると思えば、幽霊だってたじろぐわ」
「そうかしら」
ラビアンは、幽霊に怒りをこめて拳を振り回した。
「まったく、ホイットニーをこんなに弱らせるなんて。体重が減ったのは幽霊のせいよ。後で文句言ってやるんだから」
それを見て、ホイットニーはくすくす笑い出してしまい、それが止まらなくなってしまい、銃を置いた。
「ふふ、ふふふ。ハハ、アハハハ」
終いには、げらげらと大声で笑ったのだ。
確かにラビアンだったら、現れた幽霊に、指をつきつけて、ホイットニーの文句を言い、果ては銃なんかなくても、退散させてしまいそうだと思ったのだ。そしてその光景を想像したら、おかしくてたまらなくなってしまった。弱り切った幽霊の顔まで想像してしまい……。
「ラビアン、ホイットニーがようやく笑ったよ」
「本当だわ。なんでかわからないけど、良かった」
ロビソンは、明るいホイットニーが、沈んで笑わなくなっていたのが、一番の気がかりだった。お腹をおさえて、苦しそうに笑っている姿を見て、ようやく安堵したのだ。
◇◇◇◇◇◇
ホイットニーは、銃を借りて持ち帰った。
本当に幽霊を撃とうと思ったわけではない。だがラビアンを見て、あれぐらいの気概で臨めば、幽霊なんて怖くなくなるかもと思ったのだ。だからお守り代わりに寝室に置き、ちゃんとすぐに撃てるように準備して、枕元に置いた。
そしてその夜、再び幽霊が現れたのだ。暗い寝室の中、向かいの暖炉の横に、黒いローブを着た男が、ほのかな光に照らされて浮かび上がったのだ。ゆっくりとなにかを訴えるように手を動かし、その恐ろしい姿は、ホイットニーを打ちのめした。
ホイットニーは恐怖でなにもできず、ただ震えるだけだった。思うように体が動かず、頭もひどくぼんやりして、なにも考えられなかったのだ。ホイットニーはやっぱり自分にはなにもできないんだと、諦めようとした時、ラビアンの言葉が蘇った。
「出てくる方が悪いのよ。だから幽霊に文句言ってやりなさい」
なにもできない自分が悪いと思っていたホイットニーは、試しに幽霊に怒りを燃やしてみた。怖いと怯える前に、「どこかに行って」と叫ぼうとした。
だがどうしてもできなかったのだ。
だからホイットニーは、ラビアンに借りた銃に手をかけた。手が震えてうまく動かないのを、無理矢理押さえ、雷管をはめると、訓練通りに幽霊を撃ったのだ。
大きな銃声が響き渡り、幽霊は撃たれて大きな音を立てて倒れた。ホイットニーが混乱し、そのままでいると、寝室の扉が激しい音を立て開き、なぜかいないはずの夫の親友ケイルが現れたのだ。
「まさか、撃ったのか」
その場に立ち尽くしたケイルは、次にホイットニーをにらみ付けると、襲いかかってきた。しかしそこにジュリウスとロビソンが飛び込んできて、ケイルを羽交い締めにすると、次々に寝室に人がなだれこみ、ケイルを逮捕したのだ。
幽霊に扮していたブライトは病院に運ばれたが、その場で亡くなった。
ジュリウスはリックに報告し、ブライトたちの荷物を並べた机を見せた。
「ブライトとケイルの荷物の中身は、大体こんな感じです」
「ふむ」
「この衣装で幽霊に化けて、ホイットニーさんをおかしくさせていたんですね」
事件が終わったにもかかわらず、リックの表情が険しくなった。
「…………ホイットニー殿の事情聴取は」
「そろそろ終わらせる予定です。夜も遅いですし。続きは明日にしようと」
「いますぐ再開しろ。中断せず、最後までやれ」
「ですが、規則違反です。女性ですし、体力面も考慮しないと」
「責任はとる。倒れるまでやれ」
◇◇◇◇◇◇
ホイットニーの夫ブライトと、その親友ケイルは、財産家の娘や夫人を狙う、たちの悪い結婚詐欺師だ。どこがたちが悪いのかというと、ただお金をだまし取るだけではない。相手と結婚し、その相手を精神的に追い込み、おかしくさせたり、自殺に追い込んだりさせ、不当に財産を相続するのだ。
わかっている限りで、これまでに数人の女性が被害にあって、亡くなっていた。
ホイットニーを自宅に帰したロビソンは、後になってホイットニーを一人で帰したことが不安になり、知り合いの警ら隊隊士に相談したのだ。夜中だったが、隊士たちと念のため見回りに行った所、大きな銃声を聞き、踏み込んでケイルを逮捕したのが、事件が発覚したきっかけだった。
ロビソンとラビアンは、事情聴取のために数日間も、拘束されているホイットニーを心配し、面会に来た。
「被害者なのに、どうして犯人のような扱いを受けているんですか」
「そうよ。それに知らないこととは言え、夫を撃つなんてどんなショックを受けているか」
ジュリウスは弱り切って答えた。
「昨日、まとまった睡眠を与えたので、大丈夫だと思います。食欲もありますし。それと…………、旦那さんのことはあまり覚えていません」
二人は驚いて、ジュリウスを見た。
「ブライトが、精神的に不安定になるような、薬を与えていたんです。特に事件の夜は大量に。そのせいか記憶があいまいになっていて、睡眠を取る度に、事件に関する詳しい記憶が薄くなっています。つきそっている精神科医によると、おそらく結婚してすぐくらいから、薬を投与されていたようなので、ブライトについての記憶自体が薄れるだろうと」
「「…………そんな」」
ブライトは、確かに悪人だったが、殺されたにもかかわらず、それを含めた一切を、妻に忘れられていくのだ。
まるでこの世に存在しなかったかのように。
ロビソンは、自業自得とはいえ、なんともいえないむごい最期だと感じた。
そして横目で妻の愛しいラビアンを見た。
よくよく聞いてみれば、ブライトは結構危ない橋を渡っていた。だが悪辣な殺人犯である自分たちに比べ、一般人は子ヒツジのようにおとなしいと、常識にとらわれていたのに違いない。
ラビアンに比べると、殺人犯のほうが常識的だったのだ。そのことに、くすりと笑みがこぼれ、あわてて手で口元をおおった。




