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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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完璧な計画

 

 ジュリウスはブラック号に乗り帰宅する途中、街道に向かう不審者を発見した。


 一年で最も日が短くなる季節で、まだ昼餉をかっこんだばかりなのに、太陽の方はもう沈む準備をしていた。その中をこそこそと動く人影があったのだ。


 ブラック号はなにかの小動物がいるのかと思い、興味深そうに眺めている。ジュリウスは古いレンガ塀が放置されている場所まで泳がせ、塀に阻まれて左右どちらにも逃げ出せない場所で追い込み、刀を突きつけたのだ。


 体格の良い男は号泣し、泣き叫んだ。


「お助け下さい。お願いです。俺、なんにもやってないんです。人違いです。抜け荷なんてやってません。それに牢抜けもやってません。鍵が勝手に開いたんです。本当です」


 泣きながら地面に突っ伏してしまった。それと同時に大きな腹の虫が鳴り響いたのだ。


 ジュリウスは哀れむ余裕があったので、今日マックスからもらった、下町のお菓子というものを取り出して渡したところ、泣きながら流し込むように食べたのだ。当然喉に詰まり、胸を叩いていた姿が、さらに哀れに感じ、竹水筒の水を飲ませてやった。


 忙しい男であったが、水を飲み落ち着いたところジュリウスを見て言った。


「ジュリウス坊ちゃまじゃねえですか。俺、バイルズ親方のところで、荷運び人をしているボリスです。あ、名前言っちゃった」


 ジュリウスは覚えてこそいなかったが、ボリスの特徴的ないかり肩や、話し方にはなんとなく見覚えがあった。このあたり一帯の荷の運搬を取り仕切っている、バイルズ親方の下で働いている、荷運び人の一人だ。重要拠点なので、何度も見回りに行く内、向こうがジュリウスの顔を覚えていたようであった。


「それでなにがあったんだ? 困っているなら相談にのるぞ」


「いいえ、ジュリウス坊ちゃまといえども、決して言えません。俺が牢抜けしたなんて」


「牢抜けしたのか」


「なぜ知っているんですか」


「………………ボリスは、おそらく隠しごとに向いていないと思うぞ」


「やらねばなりません。そうしねえと俺の命はありません」


「人には向き不向きというのがあって……」


「とにかく、俺は、逃げて身の証しを立てねえといけねえんです。このままでは人違いで死罪になっちまいます。坊ちゃまにだって、詳しいことは言えません」


「だいたい事情はわかった。抜け荷のえん罪で牢屋に入れられ、ところがなぜか鍵が開いたので、死罪が怖くて逃げ出したんだな」


 ボリスは死に神に見つかったかのように、ぞっとした目でジュリウスを見た。


「どうしてわかったんですか。さすが国の偉い仕事をされている方は、悪魔のような洞察力をお持ちで」


「違う」


 ジュリウスは切り捨てた。


「ところでボリス。私が弁護してやるから牢に戻らないか? えん罪なのだろう。このままでは不利になってしまうぞ」


「いいえ、戻りません。お役人たちは俺の話なんてろくに聞かず、殴る蹴るしやがって。俺がやったって決めつけて……。うう」


 ジュリウスは考え込んだ。確かに身分社会の世の中では、ボリスのような労働者階級は損をしがちだ。だから話も聞かず暴力をふるう、役人がいるのは確かだ。


 だがもしその暴行が正当な取り調べだったとしたら、役人側はボリスが犯人である、確たる証拠を掴んだ上でのことではないか。そもそも抜け荷のような重大犯罪を取り調べるのに、手抜かりなど普通はないのだ。


 だが明らかにボリスは、そういった犯罪に向いていないタイプだった。その上、牢の鍵が勝手に開いただと。ジュリウスは案外、この話は深いかもしれないと判断した。


「よし、わかった。では私の知り合いの家でかくまってやろう。その間に事件のことをきちんと調べてやる」


「ですが、やっぱりお役人は怖いです。なにをされるか。牢抜けだって重い罪だし」


「……私の学校の一年先輩に、リックという……、先輩がいる」


 ジュリウスは嘘をつかず、事実を述べた。


「へえ、貴族の坊ちゃまでも先輩後輩ってあるんですね。俺たちみたいだ。それなら気楽です」


 ボリスは、リック先輩が、ボリスの言う『お役人たち』の総元締めであるなど、つゆほど思いもしなかった。




「よろしく。リックです」


 リックは、うさんくさい笑顔を浮かべ、ボリスをダイアー伯爵邸に迎えた。屋根裏に近い使用人部屋を与えたのだ。


「仮住まいさせて下さってありがとうございます。リック先輩……、リック坊ちゃまはここで、働いてらっしゃるんですか」


「……」


 ジュリウスがちらりとリックを見た。リックはへらへらと笑っている。


「まあね。それにしてもたいへんだったんだね。ところで荷運びってどんな仕事なんだい。教えてくれないか」


 貴族の坊ちゃまなら、荷運びなんて知らないだろうと、ボリスは張り切って説明を始めた。リックは巧みな話術で、ボリスの周辺の人間関係や、仕事の流れを聞き出し、問題点を洗い出していった。


「ボリスは生き証人だから、くれぐれも警備を固めてくれ。それと牢の警備関係者には箝口令を敷くように」


「やはり牢の番人は」


「買収されているようだね」


 ボリスが働いているバイルズ親方の元では、十年前にも同じような抜け荷騒動で逮捕者が出たのだ。捜査の結果、逮捕された男が拘留中に牢を逃げ出してしまい、後日、切り裂かれた上着だけが見つかった。


 男は仲間割れで死んだと思われていたが、十年ぶりの今回の捜査で、ひょっこりと見つかったのだ。

 逃げ出した男は、逮捕された時、ボリスと同じようにえん罪だと主張したが、心当たりのない証拠が次々と出てきたのだ。絶望していた時、夜中に牢の鍵が勝手に開き、死罪になる前に逃げ出したのだという。


 だが王都を出ようとした所で、追っ手に襲われ、水道橋の中に潜り込み難を逃れたのだ。その後は遠方に逃げ延び一人で暮らしていたが、どうしても家族が恋しくなり、戻ってきたのだという。


「誰かさんの話とそっくりだろう?」


「つまりはバイルズ親方の元では、組織的な抜け荷が行われていて、ばれそうになると犯人をでっち上げると。その後、買収した牢の番人に鍵を開けさせ、死罪が怖くて逃げた犯人役の口を封じれば、完璧というわけですか」


 リックはそこで、「よくある話だね」と言おうとして、ちらりとジュリウスを見た。きゅっと眉根をよせたジュリウスは言った。


「下劣ですね」

「そーだねー」




 ジュリウスはボリスに会いに行った。


「ジュリウス坊ちゃま。お役人に囲まれています。俺を騙したんですか」

「リック先輩の同僚だよ。つまり先輩たちだ」


「あんな目つきの悪いのは、役人に決まってます」

「まあ、間違いではない。というか、どうしてそういうことはわかるんだ。とにかくここ数日でいろいろわかったんだ。説明するから」


 ジュリウスの説明で、ボリスは自分のえん罪を、役人たちが確信しているのを聞いて、少し安心したようだった。


 その後、おおがかりな捜査の末、犯人は一網打尽となった。




 組織が一新した荷運び場を、ジュリウスとリックは改めて正式に訪れた。現場作業者たちがお偉い役人の訪問に、緊張していると、下っ端のボリスがふらりと前に出た。


「ジュリウス坊ちゃま、リック坊ちゃま。よくぞいらして下さって。さあ、どうぞ、どうぞ。俺、案内しましょうか」


「頼むよ、ボリス」


 お役人と、親しく話すボリスの姿に、全員が畏敬の念を抱いた。

 その日からボリスは、「ボリス先輩」と呼ばれるようになった。


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