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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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真っ赤な真実


 ジュリウスはその日、ブラック号に乗り、港に向かっていた。


 王都から半日で着ける距離に、大きな港があり、川と街道で行き来できた。寒さが厳しい季節だったが、今を乗り越えれば、もうすぐ暖かくなると思うと、人も馬も気が緩む。きつい寒さなのに日差しは高くなっており、どこか安心感を覚えた。


 そんな中、ブラック号の様子が突然おかしくなったのだ。まるで、いやいやをするかのように、頭を振り、終いには後ろ足を大きく蹴り始めたのだ。ジュリウスは馬を降りると、どうどうとなだめた。その内、ブラック号の足の蹄鉄が、ずれているのに気がついた。


 幸いここは人通りの多い街道のため、鍛冶屋はすぐに見つかったのだ。


「すまない、親父。こんな急ぎの仕事で」

「慣れてますんで」


 鍛冶屋は威勢の良い音を響かせて蹄鉄を打った。慣れた手つきでブラック号につけようとすると、嫌だったのか、その場でぐるぐると回り始めた。ジュリウスと、その場にいたもう一人がブラック号をおさえ、鍛冶屋が的確な手つきで着け終わると、やっと一心地ついたのか、何度も蹄の調子を確認するように足踏みした。


「手間をかけたな。いつもはもっと大人しいんだが」


「いや、こんなの、なんでもねえですよ。この間、子どもを連れたお貴族さんなんて、乗ったまま蹄鉄をつけろとか無茶言いやがって。馬の方も怖がっちまって、何人も人を呼んだり、目隠ししたりとか、滅茶苦茶でしたよ」


「そ、それは、大変であったな」


 ジュリウスはそんな人がいるのかと驚き、冗談なのか、本当なのかと迷った。


 ブラック号がジュリウスのポケットに鼻を入れようと、催促しだした。黒糖を取り出すと、遅いですよ、とばかりにべろりと口に入れた。大人しく作業に付き合うと、もらえることを学んでいるのだ。


「よしよし、よく我慢したな」


 ジュリウスが乗ると、ブラック号は、では行きましょうか、と機嫌良く歩き出した。その時はそんな陰惨な事件に巻き込まれるとは、思っていなかったのだ。




「これがレックスの遺体です」

 仕事を終えたジュリウスに、港湾の現場監督官と、警ら隊が死体安置所で見せてきたのが、レックスという男の遺体だった。慣れている人間たちも顔を背けるほど、ひどい有様だった。


「怨恨ですか」

「そうだろうな」

「亡くなった後も、執拗に頭部を攻撃している。相当強い恨み辛みがあるのでしょう」

「恨みによる殺人……」



「それでレックスという男は、どんな男なんだ?」


 話を聞いていたジュリウスの質問に、監督官はすらすらと答えた。


「王都出身の流れ者ですが、良い家の出身みたいで、学もあるし、なにより礼儀正しかったです。息子がいて、溺愛していました。今年でちょうど十二歳のはずです。俺の子と同い年のはずですから。

 学を生かして、税理士として働いていました。堅実で、ちょっといい加減だけど、人柄も良いって評判でしたね。とにかく息子一筋で、いい学校に入れようと学費を貯めたり、休みになると一緒に出かけたり。息子も、これまた、良い子なんですよ。父親の仕事を手伝ったり、小さい頃から家事をやったり。本当に。あんな良い子が、なんでこんな目に」


 ジュリウスは混乱していた。レックスの遺体を見て、受けた印象と、レックスという男の評判がまるで合わないのだ。しばらく監督官に話させていたジュリウスは聞いた。


「では、次に、その息子に話を聞きましょう。息子さんのお名前は。今、どこですか」

「ショーンという名前で、今、行方不明です」


 ジュリウスの喉が、恐怖でひゅっと鳴った。



 レックスとショーンの住居は、港にある大きな集合住宅の一角だった。建物全体が階段のように連なっていて、古い部屋を、二人の工夫で暮らしやすくしていたのだ。裕福ではないが貧しいということもなく、レックスが安定した収入だったのが伝わってきた。


 関係者によると、部屋は荒らされず、物取りでもなく、貯金にも手をつけられていないという。部屋の中の祭壇にはお守りに使われる房飾りが飾ってある。すっかり色あせてしまい、ただの黄ばんだ白っぽい飾りだ。


「それで捜査の方は?」


 ジュリウスは警ら隊の話を聞いた。


「使い古した高価な税理の教科書が、たくさんありました。元々着ていたらしい服も、王都の高級仕立屋のもので。それとショーンの産着が一揃い。綺麗にとってありました。高価なイニシャル入りで、上流階級出身なのは間違いないですね」


 そこへもう一人の隊員が戻ってきた。


「引退したっていう大家の親父に、話を聞いてきました。十二年前に部屋を借りたそうです。その時に、クーパーなんとかという名前を、名乗ったそうですが、長すぎて覚えていないそうです」


 その場にいた全員が、考え込み始めた。


「嫌なことを聞くが、子どもの……」

「上がってません」


 少なくとも子どもの安否は不明なままだと思ったジュリウスは、それはなぜだろうと考えていた。皆、同じ結論にたどり着く。


「跡目争いでしょうね」

「ええ、レックスの実家がわかれば解決です」



◇◇◇◇◇◇



 ショーンはカッパーフィールド男爵家で、蝶よ花よと育てられていた。


 突然、誘拐され連れてこられたのだ。言うことを聞かなければ、父親のレックスを殺すと言われ、おとなしく従っていた。


 最初はあたりが厳しかった、デロンとその妻ロディーは、ショーンが下町育ちにもかかわらず、礼儀作法がきちんとできており、高等教育を受けているとわかると、とたんに態度が変わったのだ。


 カッパーフィールド男爵家当主のデロンは、レックスとよく似た男で、自分がショーンの本当の父親だと名乗った。十二年前にレックスがショーンを盗み、連れ出したのだと。必死に探して連れ戻したのだから、存分に実父として甘えるようにと宣言したのだ。


 デロンの妻ロディーは子どもができなかったらしく、ショーンを甘やかした。だが自分の思いどおりに動かないと、かんしゃくを起こし、ショーンに八つ当たりした。デロンもロディーも、子どもの前で感情をむき出しにするのだ。


 ショーンはこの異常な環境に、心が麻痺してしまい、ただ淡々と日々を過ごした。




 ショーンは父親のレックスが大好きだ。


 ショーンのために必死に働き、生活を整え、いつだってショーンのことを一番に考えてくれた。レックスの頭の中は、ショーンのことで一杯だったのだ。


 とても明るくて、いつも笑っていたレックス。困ったことがあっても、まず笑うんだと、ショーンに教えてくれたのだ。反面、いい加減で、その場しのぎなところもあり、ショーンが面倒を見てやらないと、生活が回らないところもあった。二人三脚で父子は歩んできたのだ。


 だが一つだけ不満があった。それは母親のことを、あまり教えてくれないことだ。ショーンが粘り強く聞き出した話によると、母親の名前はエリアナといい、産後の肥立ちが悪く亡くなったという。エリアナのことを聞くと、言うことがころころ変わるのだ。ある時は綺麗な人だったといい、あるときは優しい人だったといい。聞くと毎回、楽しい話を教えてくれる。だが毎回ちょっとずつ違うのだ。


 ある日突然、男爵家のショーンの部屋に、押し入ってきた青年がいた。


「初めまして、ショーン君。私はジュリウスといいます。君を保護しに来ました」


「保護……、あの、僕のことはいいから、お父さんを助けて下さい。このままでは」


「……」


 ジュリウスは、一瞬目をそらし、うなずいた。


「わかった。とにかく言うことを聞いてくれるかな」


 そしてカッパーフィールド家に、リックと、警ら隊が押し入ってきたのだ。




 デロンは子どもの頃から才気煥発な子どもだった。

 兄のレックスに比べて、とても優秀だったのだ。レックスは別に無能ではない。ただデロンと比べると見劣りがしたのだ。だが心根の優しい男だった。


 デロンは甘やかされ、早くから跡継ぎとして、もてはやされた。行く先々で下にも置かない扱いを受けたのだ。


 だがそんなデロンに、どうしても許せないことがあったのだ。デロンのまわりにはいつも女性が絶えなかった。だがそんな軽い女どもより、清楚な女をデロンは好んだ。それにもかかわらず、その清楚な女に、わざわざ声をかけてやると、そいつらは、「優しいレックスがいい」というのだ。


 一人、二人なら、その女の見る目がないと思えたが、三人目に言われたときに、怒りで頭が真っ白になった。


 腹立ち紛れに、レックスが惚れているはずの、従姉妹のエリアナと関係を結び、目の前でふくらんだ腹を見せてやると、レックスは言ったのだ。


「おめでとう。デロン。お父さんになったんだね。いいなあ」


 レックスの癖に、人をどこまで見下せば気が済むんだ、と。


 怒り心頭になったデロンは、なんの役にも立たなかったエリアナを捨てた。従姉妹だったエリアナは、親を通じて抗議したが、跡継ぎというデロンの立場には誰もかなわなかった。憔悴しきったエリアナは、産後の肥立ちが悪く亡くなったのだ。


 残されたのは、跡継ぎのデロンに、邪魔だと明言されている赤子のみ。横たわるまだ温かいエリアナの横で、デロンは言ったのだ。


「邪魔だなあ。これ。誰か始末しておいてくれない?」


 この時、デロンも、それ以外の人々も、これから新しい赤子はいくらでも生まれると思って、疑っていなかった。なぜなら既に一人できたのだから簡単だろうと。まさか一人も生まれないとは思ってもみなかったのだ。


「なんてことを言うんだ。デロン。神様からの贈り物だ。こんな愛らしい宝物を」


 誰も手を出そうとしない赤子を、レックスは大切に抱きしめていた。赤子は文字通り真っ赤で、まだはっきりとした反応は見せていなかった。そのレックスを見て、デロンは閃いたのだ。邪魔なものを二つ同時に消す方法を。


「いいこと考えた。あのさあ、兄さん。どうしても、それを始末されたくないなら、消えてくれない? それごと。そうしたら見逃してあげる」


 デロンが一度口にしたら、執念深く実行することを知っていたレックスは、神様からの贈り物を胸に、失踪したのだ。


 母乳売りから、母乳を分けてもらい、港への馬車に乗ると、まわりのお節介な人々が世話を焼いてくれた。


「あらまあ、ほんと、生まれたばかりじゃないのさ。この子」

「なんて可愛らしい」

「目が開くのが楽しみだよ」

「これから、港に行くんだね。え、宿が決まってない?」

「あらあら、じゃあ、今晩はうちに泊まりなよ」

「そうだ、知り合いの大家も紹介するから」

「おや、この房飾りは? 母親の形見。なんて不憫な」

「そういえば、この子、名前はなんて言うんだい」


 レックスはこう言った。


「名前は……、ショーンとつけようかと」


「どういう意味だい?」


「神様からの贈り物という意味です」


「「「「「違いない」」」」」


 レックスは、弟と差をつけられ、結婚は諦めろと父親に言われていた。だから子どもを持つことも諦めていたのだ。


 デロンがエリアナのお腹を見せてきたときには、例えそれがどんな経緯であれ、うらやましくて、神聖なものだと感じたのだ。本心からの憧れがあったのだ。


 だからそんな大切なものを、始末しようとするデロンが信じられなかった。そんなことをするくらいなら、寄越せと、喉元まででかかった。


 レックスにはなにが起こったかわからない。だがデロンは気まぐれを起こし、大切な宝物をレックスに渡してくれたのだ。




 それからのレックスは、ショーンに夢中になり、ショーンのためだけに生きた。


 ショーンが愛しくてたまらなかった。だがレックスは、いつも、自分の心の中が汚い考えで満たされているのを感じた。


 愛らしい赤子を、実の父親から引き離し、実の母親のことを教えもせず、たった一人で育てたのだ。ショーンが愛しければ愛しいほど、実の両親のことをきちんと教えないことが、後ろめたさを感じて仕方がなかった。


 それでもどうしても本当のことが言えなかったのだ。

 もし事実を知って、嫌われるのが怖かった。なにより実の親の元に帰ってしまうのではと思うと、心の中が真っ黒に染まるようだったのだ。


 だからデロンが、ショーンを誘拐しに来たとき、どこかで思ったのだ。「罰があたったのだ」と。そして同時に思った。『あんまり幸せすぎると、早死にするって、本当だなあ』と。




 リックはジュリウスに話を聞いていた。


「ショーン君を誘拐した理由は、なんだと?」

「デロン殿は、その後、妻とも、愛人との間でも、子どもができなかったそうです」


「それは、つまり……」

「デロン殿は、女が悪いと文句を言っています。ただエリアナさんは血縁関係があるので、彼女の子どもを跡継ぎにしても、問題は解決すると親戚たちは考えたようです」


「一生、放っておいてやればいいものを」

「……、あのう、今回の罪状はなんになるんですか」


「国家反逆罪だ」


 リックは断定した。


「カッパーフィールド男爵家の、主要な継承者の一人であるレックスを殺害し、またそれに準じるショーン君を誘拐したんだ。しかもそれを隠しもしない、舐め腐った態度で。国王からただ爵位を借りているだけのデロンが、よくぞやってくれたものだ。従って、死罪は免れないな」


 リックはおもむろに立ち上がった。


「さてと、もっとも重要な仕事だ」


 ショーンの控え室に数人で入ると、座っていたショーンが立って、駆け寄ってきた。


「あの、お父さんは……」

「ちょっと先に、別の話を聞いてくれるかい?」


 リックはそう言って椅子に座り、ショーンに、事件の経緯や、説明を始めた。

 今後の身の振り方なども丁寧に説明していく。特にショーンは、デロンとエリアナの子どもであることが、認められているため、カッパーフィールド男爵家の跡を継ぐのだ。それにもかかわらず、多くの親戚が連座で逮捕され、後見人がいない状態だった。


「信頼できる後見人を探すのを、これから手伝うので……」


 ショーンは黙って聞いていたが、リックから目線をそらすと、部屋の中にいる人々を、きつくにらみだした。

 そしてなにか確信を得たように、立ち上がると、ジュリウスの前に歩いて行き、両手を強くつかんだのだ。ショーンはこれ以上ないくらい真剣な目で、ジュリウスを見たのだ。


「お父さんはどうなったんですか」


 ジュリウスは訓練を受けるようになってからは、それなりに嘘も上手につけるようになっていた。だがショーンを目の前にすると、もうなにも考えられず、頭が真っ白になった。ジュリウスは視線を彷徨わせ、下を向き、挙げ句の果てに目をつぶった。からからに乾いた唇を、ぺろりと舐めて言った。


「修行に行く、と」


 ジュリウスはいつも自分の父親が言うセリフを、そのまま言った。

 それを聞いたショーンは、少しの間の後、へらりと笑ったのだ。まるで、それこそが求めていた答えかのように。


「そっかあ」


 そう言ってなにごともなかったように、リックの話の続きを聞くために座った。


「じゃあ、僕、待ちます。仕方がないなあ。父さんは。僕がいないと、なんにもできないくせに」


 話が終わり、リックとショーンを残して、同僚たちが部屋を出ると、ジュリウスは廊下の隅で、両手で顔をおおい、落ち込んでいた。


「もっと他に言いようがあるだろう」

「せめて、仕事とかな」

「修行って、おい」

「あの子のほうが、嘘、上手かったな」


 部屋に残ったリックは、ショーンに聞いた。


「ところでどうして彼に聞いたの?」

「目の泳ぎ方が、お父さんにそっくりだったから」


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