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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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11/16

悪魔の手のひらの上での踊り

 

「サーグッド団が再結成した?」


 リックは驚いて、声が大きくなってしまった。


 サーグッド団とは、有名な義賊で、金持ちの家を狙って強盗に入り、盗んだお宝を貧しいものに分け与えていた。盗みに入るのは平民を搾取する悪徳資本家で、表だっては言えないが、庶民はみなサーグッド団の味方をした。


 その手口は見事で、盗みに入るにしても誰も傷つけず、居合わせた女性には椅子をすすめるなど、紳士としても知られていた。捜査側すら、味方になる者が出るなど、本末転倒な状態で、あまりの人気に別な問題に発展しそうだと、危惧されていた頃に、姿を消したのだ。


「確か二十年ほど前に姿を消したと聞いたが。下手に活躍して、庶民の人気を獲得する前に、検挙した方がいいだろうか」


「それが……、手口がまったく変わってしまったんです」


 ここの所、やり口が残忍で乱暴な強盗事件が何件か発生している。

 よく調べてみると、打ち壊しも、鍵の解錠も手際よく、そんなことをする必要がないのに、凄惨な結果を引き起こすのだ。


 彼らは、自分たちはサーグッド団だと名乗っていた。


 だが手口がまったく違うため、それは見過ごされていた。しかし捜査が細かく進むにつれ、鍵の解錠方法、現場に捨てられているタバコの銘柄、そして吸い口の噛み跡、特徴的な縄の縛り方など、サーグッド団の特徴がいくつもでてきたのだ。


「どういうことだ。まさか手口を変えたとか」


「それはねえと思います」


 リックのつぶやきに、バロネスが口を挟んだ。


「ああいう奴らは、自分たちの流儀っていうのを固く変えません。お天道様に顔向けできない商売ですからね。験を担ぐんです」


「つまり」


「変わったのは手口ではなく、人でしょう」



◇◇◇◇◇◇



 王都全体に緊張が走っている頃、ジュリウスはブラック号と、用事で歩いていた郊外で、足の不自由な老人を助けていた。


 老人は不自由な片足をひきずりながら、懸命に歩いていたが、その調子では明るいうちに、宿がありそうな場所までたどり着けそうになかった。


「もし、ご老体。良かったら、ご一緒しませんか」


「いえいえ、わたくしのようなものは野宿で結構ですんで」


 老人は即座に断ってきた。


 だが王都に強盗が出ている、危険な時期に放っておく気になれなかった。そのため重ねて声をかけると、老人はどちらかというと、しぶしぶ付いてきた。


 そしてブラック号に乗せる時に、ジュリウスにつかまった腕の力が存外力強く、ジュリウスは目の前にいるのが、痩せて小柄で体が不自由な老人であるにもかかわらず、たくましく感じたのだ。


「いやあ、助かりました」


 老人はブラック号が動き出すと、やはり体が楽になったようで、朗らかに言った。ジュリウスが宿より、自宅のラムレイ男爵家のほうが近いため、泊まっていかないかと誘うと、一瞬考え込んだ後、ぼそりと言った。


「そのほうが、足が付かねえかもな」


「なにか仰いましたか」


「いえいえ、誠にありがたいお申し出でございます。甘えさせていただいてもよろしいでしょうか」


 ラムレイ男爵家では老人を歓迎した。


 老人はドゥエインと名乗り、鍵職人を生業にしており、年を取って体が不自由になったため、王都に仕事を探しに来たという。晩餐は和やかに進んだ。


 だが終わり頃に、ジュリウスの父親オルダスが帰ってきて、一変したのだ。


「よう、じいさん。強そうだな。俺と手合わせしねえか。もちろんその足の分は手加減してやるよ」


 強いものとの戦いに目がないオルダスは、目をぎらぎらさせていた。


 ドゥエインはじろりと睨むと、しゃべり方も声色もがらりと変わった。オルダスの登場に、猫をかぶっても意味がなさそうだと判断したらしい。


「落ち着きがない小僧じゃ。わしは今疲れておる。大体食事中じゃ、行儀良くせい」


「つまんねえな。この世に戦いよりおもしろいことあるかよ。それじゃあ、寝込み襲ってもいいか。殺さねえから」


「ああ、もう、うるさいのう。わしは大事な用事があって、体を温存しておきたいのじゃ」


「なら、それが終わったら戦ってくれるか」


 ドゥエインはぎろりと、オルダスをにらみつけた。


「殺し合いをしてやってもいいぞ」


「いいねえ」


 満足したオルダスは、遅れて食べる夕食に舌鼓を打ち出した。あんな会話をしたドゥエインとも打ち解けて、なにやら世間話をしている。


 ジュリウスは確かに、しっかりしていそうだと思ったドゥエインの腕が、どの程度のものか考えていた。強者に目がないオルダスが反応したということは、相当の腕利きなのだろう。


「ドゥエイン殿は、王都には、他にどんな用事があるのですか」

「…………息子に、呼び出されておりましてな。馬鹿息子に」


「お子さんがいらっしゃるんですか。何人」

「よくできた娘が一人。大がつくほどの馬鹿な養い子が一人。娘はもう二十年ほど前に亡くなりましたが」


「それはお気の毒に。その、どうして」

「わしが殺したようなものです」


 それきりドゥエインは答えず、その場には無神経なオルダスのおしゃべりだけが響いた。



 ◇◇◇◇◇◇



「約束の場所はここですか?」


 王都にはくわしくないドゥエインのために、養い子からもらった手紙に書いてあった場所に、ジュリウスはドゥエインを案内した。


 なぜかオルダスもついてくる。


 王都の中ではあるが、水道橋の真下に位置し、工業地帯と、流通経路がいりまじり、治安の悪い場所だった。ここなら潜伏しやすく、死体の処理もしやすく、かつ複数の逃げ道が確保されている。そして登場したのがサーグッド団だったのだ。


「久しぶりだな、親父」


「ガス、この大馬鹿者が」


「いやあ、使っていた鍵師が、リックとか言う野郎に保護されちまってさ。困ってるんだ。最近、腕の良い鍵師はみんな保護されちまうから、すまないが親父、少し働いてくれねえか」


 口ではすまないと言いつつ、ガスと呼ばれた男は、残忍な笑みを浮かべ、ドゥエインに断らせる気はみじんもなさそうだった。


「ガス、目を覚ませ。もうサーグッド団とは手を切るんだ」


「なにを言っているんだ。サーグッド団を作ったのは、親父じゃないか。それにこれは俺の復讐なんだ。姉さんを殺した連中への。親父もその一人さ。なにせ姉さんを殺したも同然だからな」




 ガスは貧民街で育った。


 両親は少しでも金があれば酒を飲み、暴力を振るった。底辺で育ったが、それが普通だったので、そんなものとも思っていたのだ。


 どうやら違うとわかったのは、両親が次々に野垂れ死に、盗みで生計を立てていたガスを、ドゥエインとその娘が引き取った時だ。


 毎日残飯でない食事が用意され、いきなり殴られることもなかった。なによりなにをやっても褒めてもらえた。


 だが大事に扱われる度に、反発心がむくむくとこみ上げ、ひどい言葉を使ったり、わざと反抗したりした。それでも優しくしてくれる姉に愛情というよりは、執着に近いものを感じたのだ。


 だがその幸せは長く続かなかった。


 ドゥエインとその部下は仲違いしていた。

 サーグッド団の首領であるドゥエインは、義賊として振る舞っていた。だがそのせいで実入りが少ない部下たちは、不満を抱えていたのだ。意見が割れ、ドゥエインは王都に残り、部下たちは地方にちらばったのだ。


 だが腕利きの鍵師でもあるドゥエインを失うと、結局は盗みはなかなか成立せず、困った部下たちは、またドゥエインを頼ってきたのだ。


 そんな中、姉の死体が見つかった。見るも無惨な状態だった。当時十歳だったガスはひどいショックを受け、その時、部下たちに言われたのだ。原因はドゥエインだと。


 ドゥエインは義賊として庶民には人気があったが、盗みに入った家々からは恨まれている。また貧しいものたちに配ると言っても、もらえなかったものや、もらっても少量だったものからは、もっと寄越せと恨まれていた。人間というものは欲に際限がないのだ。


 どれだけ親切に尽くしてやっても、奴らは満足しない。悲しいことにガスはそれが本当だと知っていた。ドゥエインが金をばらまいた日は、もらえなかったものの怨嗟、もらえたものの不満を実際に聞いているのだ。サーグッド団の正体を知らない人々は、子どものガスの前で平気で悪口を言うのだ。


 ガスは姉の復讐を誓った。


 敵はいつまでも満足しない庶民たちであり、実行犯の富裕層だ。

 ガスは姉にされたように、残忍な盗賊になることを誓ったのだ。そしてドゥエインに弟子入りし、あらかたの技術を盗み出すと、部下たちと姿を消したのだ。


 だが最近になって、王都に再び姿を現した。


「そうは言っても、鍵師の技術だけは、最後まで教えてくれなかったな。まあ、それは練習すればいいと思っていたが、さすがに独学では難しくてな。だから親父」


「断る」


「……いい加減にしろよ。なんであんな、いつまでも満足しない連中をかばうんだよ。姉さんの復讐をなんでしないんだ」


「お前がそんなことをするほうが、よほどあいつは喜ばない」


「いつまでぬるいこと言ってるんだ。俺は親父とはちがう。姉さんのためなら、いくらでも残酷になれるんだ」


 ガスは刀を抜いた。


「できれば鍵師として使いたかったが。殺してもいいんだぜ。俺はもう平和ぼけした親父の知っている、俺じゃないんだ。俺がどれだけ残忍な男か想像つかないだろう。どのみちそんな不自由な体じゃ、抵抗もできないだろうがな。黙って従うんだ」


 後ろにいた男たちがにやにやと、二人のやりとりを眺めていた。そして一斉に刀を抜いて斬りかかってきたのだ。横で控えていたジュリウスがさっと抜刀するよりも早く、オルダスが飛び出した。


「待ってたぜ。話なげーんだよ」


 そしてかかってきた三人を文字通りなぎ払ったのだ。三人は吹っ飛ばされ、空中を舞い、それぞれの方向に落ちていった。


「すげえ」

「三人同時」

「化け物」

「これが噂の」


 ジュリウスの耳に、どこかに姿を隠している同僚たちの、まったく隠す気がないつぶやきが聞こえてきた。


 ジュリウスも一人と打ち合ったが、殺す技術は持っていても、戦う技術は持っていない盗賊相手に、つばぜり合いをしたまま蹴りを入れれば、簡単に倒れていった。腰が全く入っていないのだ。


 五人目はすでにオルダスが倒しており、残りはガスだけだった。ガスはなぜかこの事態をまったく予想していなかったらしく、動揺していたのだ。


「この、警らを呼ぶなんて。卑怯者」


 そしてドゥエインに狙いをつけた。


「ガス、お前。何人やった? もう引き返せねえところまで来ちまったな。最後の情けだ。引導渡してやる」


「は、ぬるい親父にそんなこと、できるはずないだろう」


 そしてドゥエインに斬りかかったのだ。ドゥエインもさっと刀を抜こうとした。だがそれを見ていたジュリウスは、反射的にドゥエインの刀の鞘を掴んで前に押し出し、刀が完全に抜けないようにした。邪魔をしてはいけないと頭ではわかっていても、ジュリウスにはどうしても、親子が殺し合いをすることなど、受け入れられなかったのだ。


「いけない。そんなこと……」


 だがオルダスが自分の刀を、抜き身でぽいっと、ドゥエインに渡したのだ。足が不自由なドゥエインに、大きく上段に振りかぶったガスは、ドゥエインの左側面上部に打ち込もうとした。


 だがドゥエインは、ジュリウスが鞘を押さえているせいで、最後まで抜けなくなった刀を、返した左手でぎりぎりまで抜き、それを盾にしてガスの剣戟を受けた。


 そして右手でオルダスの刀を、ガスの急所に刺したのだ。ガスは驚愕に目を見開いた。


 ドゥエインは深く刺したまま刀をひねり、ゆっくりと抜いた。

 力が抜け倒れてきたガスの体を、ジュリウスは受け止め地面に横たえたのだ。


「……」


 なにも殺さなくても、という言葉を、舌を噛み、ぐっと飲み込んだジュリウスは、ドゥエインを見上げた。

 ドゥエインは地面に這いつくばると、開いたままのガスの目を閉じた。


「馬鹿だなあ。お前は本当に馬鹿で、馬鹿で、仕方がないなあ。親に似ちまったんだなあ」



◇◇◇◇◇◇



「娘さんをあやめたのは誰なんですか」


 リックの問いに、ドゥエインはこう答えた。


「部下たちだ。娘を人質にとって、わしに鍵師に戻れと脅迫した」


 さもありなん、と、その場にいた者たちが納得した。


「だが娘はわしにもう、盗賊なんてやめてほしいと訴えていた。おそらく夜中に寝ているところを襲われ、ガスの命が惜しければ、父親に言うことを聞かせろと、迫ったのだろう。自分の父親の手をもう汚したくない。だがガスの命も救いたい。決断を迫られた娘は、部下の目を盗んで自害したんだ。腹を立てたやつらは娘の遺体を……」


 ドゥエインは淡々と答えた。もう過去のことなのだ。


「わしはどうしても、ガスに本当のことを言えなかった。ガスをかばって娘が死んだことを、知らせたくなかったんだ。だがそこを、部下たちにつけこまれてな」


 ドゥエインは今まで貯めていた心の内を吐き出した。


「ガスは苦労した生まれだからと、俺も娘も、甘やかしちまったところがあって、どうにも平和ぼけした所があった。善良でな。目の前の人間が言うことを、信じちまうんだ。少し考えればわかるはずなんだが。


 だから自分はいっぱしの残忍な盗賊になったと思って、背伸びして虚勢を張っていたんだろうな。馬鹿だなあ。悪い奴ってのは、部下たちみたいに、生まれた時から自然にそうなんだがな」


 取調室を出たジュリウスは、ついてきたオルダスに頭をはたかれた。


「父上……」

「お前なあ。覚悟を決めた男の邪魔をしおって」


「すみません。いけないことをしたのはわかっています」

「じゃあ、なんであんなことをしたんだ」


「どうしても、どうしても止めないといけない気がしたのです。親が子を殺すなんて。せめて他の人の手でも良かったのでは。絞首刑になる身の上ですし」

「馬鹿か、お前は。あれは親の慈悲だと、俺は思うぜ」


「なぜですか」


「強盗犯、強殺犯の取り調べは厳しい。一番重い拷問を昼夜なく、死んでも構わないとばかりに行うんだ。実際取り調べの最中に死ぬものも多い。そんなものをろくな覚悟もなく、強盗になった男にやったらひとたまりもないだろう。ドゥエインはそれがわかってたから、せめてもの慈悲をかけたんだろうが」


「そう……なん……です、か」


 帰り道、ジュリウスは、自分が親だったら、子どもだったら、と考えをめぐらせた。だがいくら頭の中で考えても答えが出るわけもなかった。


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