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貧乏男爵家の調査官日誌  作者: 林はるる


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血がこびりついた王冠

 

 ジュリウスはトスカーニ家の、調査に来ていた。


 トスカーニ家は王都の上流階級で、爵位を有していた時期もあり、実質上の準貴族として扱われている名門だ。だが悪い噂が絶えなかった。

 その立場を利用して、裏取引に関与しているとか、投資詐欺を行っているとか、最近では妖しい魅力で知られている末の娘マレーナが、結婚詐欺に近い手口で、若い男性から金を巻き上げているというのだ。


 リックからそのマレーナと、親しくなって欲しいと指示され、公に立場を名乗り、面会に来たのだ。リックがこういった指示をする時は、たいていの場合、記録からはわからない、『犯人の事情』があるだろうと、推察していると、わかってきたジュリウスは、慎重に話を進めた。


 トスカーニ家は悪辣さが顔に出ているご隠居と、家長夫妻、長男、次男、三男、末娘のマレーナがいた。全員、人を舐めたような表情を浮かべ、どうにも仲良くなれそうになかった。だがマレーナを見て、ジュリウスは思い出したことがあったのだ。



 あるパーティの一角で、飲み過ぎた酔っ払いが、人気のない廊下で、壁にもたれよろよろとしていたことがあったのだ。酔っ払いが帰ろうと足を踏み出した所、近くに飾ってあった壺に、勢いのままぶつかりそうになった。

 別々の方向にいたジュリウス、マレーナ、警備員の三人は思わず壺をかばって、酔っ払いを安全な場所に引き離した。その時、マレーナはいつも身につけている手袋を外しており、ひどいあかぎれやささくれがあることに気がついたのだ。

 今日のトスカーニ家の面会ではいつもの手袋をつけていた。家の中では不自然なことだった。


 ジュリウスは子どもの頃に、祖母が話してくれた昔話を思い出した。

 目の見えない女の子を、悪魔が騙そうとする話だ。女の子は祖母に、人が来たらまず手を確かめるようにと言われていた。仕事を求めに来たと嘘をついた悪魔の手が、すべすべなのに気がついた女の子は、悪魔を追返したのだ。

 人は言葉ではいくらでもいいつくろえるけれど、日頃の行いを誤魔化すことはできないという言い伝えだった。


 他にも気になることがあったジュリウスは、しばらくトスカーニ一家に滞在することになった。一家は嫌な顔をしたが、たかが若輩の小僧になにができるとあなどり、二階にあるマレーナの部屋のすぐ近くの客室を提供してくれた。異常だった。未婚の娘の部屋のすぐ近くに、異性の客人を泊めるなど正気の沙汰ではない。


 滞在してすぐに客人があった。ジュリウスはそこに招かれたのだ。客人はマレーナの叔父夫婦とその一人娘で、従姉妹のベアトリーチェだった。


 ベアトリーチェは髪を、マレーナと同じ金髪に染めていた。根元の色からすると地毛は褐色なのだろう。瞳の色はマレーナが琥珀色で、ベアトリーチェは明るい茶色だった。そして元々よく似ているらしい顔立ちに、さらに化粧の技術で、二人は双子のようにそっくりだったのだ。


 ベアトリーチェは男爵令息が来たという噂を聞き、ジュリウスを呼び出したが、正直な話、外見が平凡でがっかりはしたのだろう。だが隣に座り、体を密着させ、自分を花嫁としてアピールし始めた。

 ジュリウスが体を離そうと少しずれると、ベアトリーチェもまた近づき、ジュリウスの太ももに手を乗せようとした。


「離れて下さい」


 ジュリウスは口だけでなく、手でもはっきりと制止の動作をしてみせた。この手のぐいぐいと他人の領域に入り込もうとする輩は、口頭での注意だけでは聞き流してしまうのだ。


 美しく、実家が裕福なベアトリーチェは、男性に拒否されたことがなかったらしく、自分が拒絶されたことが、一回では理解できないようだった。


「やだあ。怖い。固く考えすぎですよ」


 そう言うとまた密着しようとした。ジュリウスは立って、隣の一人がけソファに移動したのだ。これ以上ない侮辱に、ベアトリーチェは顔を真っ赤に染めた。


 それを見ていた叔父は、なんとか場を収めようと、世間話をしつつ、ジュリウスは若いからわからないだろうが、もっと柔軟になるべきだと、やんわり説教を始めた。


 トスカーニ家の家長には弟が一人いて、それがこの叔父だ。貧しくはないが、兄の家に比べると裕福ではない家庭を築いていて、近所の評判は悪かった。柄の悪い人間が出入りし、寸借詐欺のようなことを繰り返しているというのだ。


 長男で家を継いだ兄のことを恨んでいて、兄の権力や金を狙っているハゲタカのような男だった。事あるごとに、「兄がいなければあの家は自分の物だったのに」と言っていた。


 それを真に受けて育ったのが、ベアトリーチェだった。ベアトリーチェはなぜか、マレーナが持っている物は、本来自分が受け取るべきだったと主張しているのだ。そして外見をマレーナそっくりにしていた。


 ジュリウスが調べた所、マレーナがやったとされる悪事の、ほとんどは、ベアトリーチェがやったものと思われたのだ。


 ジュリウスは叔父夫婦に話をさせ、それをただ聞いていた。ベアトリーチェは媚びを含んだ表情でジュリウスを見ていた。だがその目には、自分の思いどおりにならない男への、怒りが含まれていた。ちらりと見やると、マレーナは目を開けたまま眠っていた。



◇◇◇◇◇◇



「あの男、地味な癖にお高くとまって。何様のつもりなのかしら」


 ジュリウスがさりげなく使用人と話したり、裏帳簿の隠し場所はないかと部屋を改めていると、続き間からベアトリーチェの声が聞こえた。カーテンに隠れると、次男の声も聞こえたのだ。


「その内堕ちるよ。適当に金と女をちらつかせれば、誰だって簡単さ」

「ねえ、早くマレーナを始末させてよ。邪魔なのよ。あの女」


 そして二人で、睦言を紡ぎながら、マレーナを消す計画の打ち合わせを始めたのだ。


 トスカーニ家では女性の立場というのが、極端に低かった。女は子どもを産む道具でしかないのだ。末娘のマレーナは生まれた時から、いい縁談を手に入れる道具として育てられた。だが気まぐれな家族によって、八つ当たりの道具にされる時もあれば、家政婦のようにこき使われたりもした。


 おかしな事に、一家に対して女を武器にできる、ベアトリーチェのほうが厚遇されたのだ。マレーナは馬車馬のように働かされ、高く売れるように勉強させられ、金を稼ぐ駒として悪事に手を染めさせられ、抵抗できなかった。もうくたくただった。


 だがそんなマレーナを、羨んでいる者がいたのだ。

 ベアトリーチェだ。


 ベアトリーチェはマレーナの持つ、名門一家の娘という立場が欲しかった。どれだけ金があったとしても、名誉は買えないのだ。おまけにマレーナの実家のほうが金もあった。


 腹立たしいベアトリーチェは、その嫉妬心が歪んだ形で表に出た。マレーナとうり二つの外見にし、マレーナとして振る舞うようになったのだ。しかしそれだけでは物足りなかった。そこでもう本人を消す決心をしたのだ。


 肉体関係のある次男をたきつけ、マレーナと入れ替わろうと。ベアトリーチェは楽しみにしていた。これでマレーナでないと、手に入れられない、貴重な縁談に巡り会えるのだ。



 

 それはある夜、決行された。

 マレーナは屋根裏にある、粗末な小屋のような寝床から無理矢理連れ去られ、ごろつきの寝床に運び込まれたのだ。


「まずは私と同じ痣を入れ墨で作って」


 彫り師がマレーナの体に手早く、ベアトリーチェが生まれた時からある痣をいれていった。ベアトリーチェのほうは特殊な薬品であざを消していた。その痕は痛々しいものだったが、これでベアトリーチェを証明するものはなくなったのだ。


 マレーナは見知らぬごろつきに囲まれ、体をいじられ、恐怖で目を見開いていた。


「ねえ、ベアトリーチェ」


 ベアトリーチェはマレーナに話しかけた。


「あなたはもうベアトリーチェなの。もし本当のことを言ったら……、お上品なあなたには想像もつかないほどの、残忍な最期にしてあげるから」


 そう言うと、その場にあった道具でなんの躊躇もなく、マレーナを殴った。マレーナの痩せた体は吹っ飛び、側にいたごろつきですらぎょっとした。


「あーあ、本当は死んで欲しいのよね。お高くとまって、あんたなんか大嫌い。なぶり殺しにしたいところだけど、殺すのを我慢するかわりに、ちょっとくらい痛めつけてもいいわよね」


 そしてベアトリーチェはマレーナとして、トスカーニ家に乗り込み、贅沢三昧を始めたのだ。





「まだだろうか」


 リックは、トスカーニ家を検挙するために各所への手配を終えていた。だがジュリウスに少し待って欲しいと言われ、待機していたのだ。その待機時間がなければ、ベアトリーチェとマレーナの入れ替わりに間に合い、マレーナは助かったかもしれない。だがリックは待たされ、その後ようやくトスカーニ家に踏み込み、検挙したのだ。




「私はマレーナではありません」

「捕まった奴はみんなそう言うんだ」


 トスカーニ家とその弟夫婦は、大がかりな詐欺事件から、芋づる式に過去の罪を掘り返された。中には強盗などの重犯罪もあり、当分は出られそうになかった。末娘のマレーナも悪質な詐欺に何度も手を染めており、余罪があると見られ厳しく追及されたのだ。




『ベアトリーチェ』は冷たいタオルを顔にあてられ目を覚ました。


「……パオロ?」


 開けられる右目だけで、寝台の横に立っている青年を見た。パオロと呼ばれた青年は目に涙を浮かべて、ベアトリーチェを手当てしていた。ベアトリーチェの顔の左側は、風船のようにふくらみグロテスクだった。何度もあてられる冷たいタオルが心地よく、ベアトリーチェは起き上がれないほどぐったりしていたが、幸せな気持ちだったのだ。


「会いたかった。パオロ」

「私もです。マレーナ様」


 パオロは地下の奴隷市場で、売られていた子どもだった。なにかの商売の見返りに、父親が手に入れたが、国では奴隷は固く禁止されており、非合法な存在として、闇に紛れていた。同じように虐げられていたマレーナと、手を取り合って生きてきたのだ。


 だが一年前、精悍な顔つきに成長したパオロに気がついたベアトリーチェが、次男にねだって連れて行ってしまったのだ。

 それからはマレーナは魂が抜けたようになり、屍のように生きてきた。


「すみません。マレーナ……、あ、ベアトリーチェさん。暴行を止められなくて」

「あれは仕方がありませんでした。それにパオロに会えたからいいのです。それより叔父夫婦は」


 部屋の隅にいたジュリウスは、マレーナに声をかけた。パオロはマレーナがこんな目に遭ったことを許せないらしく、ジュリウスを見る目に剣呑な光が宿っている。


「トスカーニ家と一緒につかまり、実刑判決を受けるでしょう。このままここに住んでも、もし逃げるにしても、十数年単位で猶予はあると思います」


「捕まっているマレーナは……」


「犯罪件数が多すぎますから、十年以上はくらうでしょうね。なにしろベアトリーチェ本人として、犯した悪事に、マレーナの名前を使って犯した悪事、そしてトスカーニ家が『マレーナ』にさせていた悪事があります。

 もう自分がベアトリーチェだと証明することもできませんし、仮にできたとしても、ベアトリーチェだって罪を犯していることには、変わりはありませんから」


 ジュリウスは見舞品を置いて辞去した。




「ジュリウス君。マレ……、ベアトリーチェさんの怪我はどうだった」


 報告するとリックが聞いてきた。


「ひどいものです。女性があんな深刻な怪我をさせられるのは、初めて見ました。目の前にいたのに止められなかったのが悔やまれます」


「医者は?」


「幸い、痕は残らないだろうと言われました。回復するためにひどいはれが起きているだけだと」


「そうか、良かった」


「牢の中のマレーナさんはどんな感じですか」


「自分はマレーナではないと、抗議しているようだ。捕まった犯人のよく使う手口だな。まあ……、その人の光を手に入れると、影もついてきてしまうといういい例だな」


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