わたしときらきら
わたしは、テレビのすぐ前に立っていました。
大きな画面に、小さなきらきらが広がっているように見えます。きらきらのひとつひとつが、着いたり消えたり、赤色になったり青色になったりを繰り返します。
「こらっ、離れなさい」
お父さんに怒られてしまいました。わたしはテレビから離れて、またソファに座りました。
大きな画面には、大きな男の人が映っています。男の人はお話をしています。お話はやっぱり難しくて、つまらないもの。もう、きらきらだって見えません。でも、たくさんのきらきらがあるはずです。この大きな難しい男の人は、たくさんのきらきらで出来ています。
わたしはテレビを見ながら、お出かけのために靴下を履きかえました。
わたしは、ハンバーグの前に座っていました。
本当はナポリタンが良かったのですが、ハンバーグの選択肢も捨てきれませんでした。でもやっぱりナポリタンが良かったな、なんて後悔もしながら、わたしはフォークを、ハンバーグに突き立てます。
フォークはきらきら、ハンバーグはきらきら。刺したところから切って溢れ出す肉汁も、チーズも、天井の光を反射してたくさんのかたちに光ります。わたしは、さっきのテレビのきらきらも思い出しながら、お肉を口に運んでいきます。
甘いチーズの香りが口の奥から耳のあたりまで広がって、幸せ。
ゴクン、と飲み込むたびに、ちょっぴり苦くてからい(こしょうの香りに違いありません。お父さんに教わりました)ような、そんな美味しさも重なって、嬉しい気持ちです。
それはいっぱいのきらきらが、わたしの中に広がっていくようでもありました。きらきらは良い香りのする、美味しい何かかもしれません。
わたしは、本屋さんの棚を覗き込んでいました。
お父さんがなんでも買ってくれるそうです。わたしは図鑑が大好きです。
この前読んだのは昆虫図鑑。沢山の甲虫が彩り豊かにカブトを被って、また蝶々も蛾も、思い思いのドレスを着飾っていたことを覚えています。知らないことが沢山あって、わたしの胸はワクワクします。
次に読みたいのは植物図鑑。目の前にある図鑑を開きます。だけど、どうでしょう。あんまり面白くありません。ワクワクしません。わたしは少しだけ、がっかりしました。なんだかとても悲しくて、どうにでもなれと思って、どうでもいい図鑑をやっつけがちに開きます。
わたしが開いたのは自動車図鑑。そうしたら、あれれと思いました。不思議なことに、ワクワクします。硬くて大きい自動車は怖いけれど、書いてある文章が暖かい。きらきらはないのに、さっきのハンバーグと同じ、嬉しくて楽しい気持ちになりました。
わたしは、自動車図鑑を買ってもらおうと思います。きらきらと目を輝かせて、わたしはお父さんのところに向かいました。
わたしは、怒るお父さんの前で俯いていました。
お父さんは、最近怒りっぽいです。わたしはそれが悲しくて、涙がいっぱい溢れます。どうして怒っているかはわかりません。お父さんだって、わかっていないみたいです。
涙越しに見える地面はきらきらと光ります。自分の声とお父さんの声、周りの人の声、それに音も混ざって、水の中に潜っているみたいです。見上げても、お父さんの声が分かりません。それでも光る風景に、わたしは怖くなって、いやになって、もっと大きな声で喋ります。
きらきら光っていた風景はいつの間にか、じっとりと沈んだ油のよう。テレビやハンバーグの時に見た風景が嘘だったみたいに、べったりと塗りたくった絵の具みたくなっていました。不思議です。これも本当だったら、きらきらなのでしょうか? 近づいたら、テレビと同じなのでしょうか?
よく分からないまま、お父さんと手をつないで帰りました。泣いたわたしの手は、とても熱くなっていました。でもわたしの気持ちは、熱さを失ってぬるくなっていました。なんだかどっと疲れて、わたしはきらきらなんて思いだせないくらいに、眠くなっていることに気づきました。
わたしは、お布団の中で、天井を見上げていました。
お父さんと喧嘩して、帰って来てからお風呂に入って、歯だって磨きました。わたしは、自分をえらいと思います。なんていったって、今日は大変な一日でした。すぐそこの自動車図鑑も、開く気になれません。嫌なことが、頭の中をぐるぐると巡ります。
わたしは、目を瞑りました。でも、お家に着く前に寝てしまったからでしょうか、すぐに眠れる気はしません。こういう時は、羊を数えるといいそうです。羊が一匹、羊が二匹、三匹……するとどうでしょう。数えているうちに、その羊が、テレビの大きな男の人や、フォークやハンバーグ、図鑑で見た黄色い花や赤いバイクに姿を変えていきます。冷たい香りや暖かい手触り、大きな声からピリ辛まで、一匹一匹が野原を駆け回り、わたしのからだに寄り添います。
ふと目を開けると、お布団の横の目覚まし時計が、きらきらと光っているのが見えました。お父さんの目覚まし時計です。お父さんは、まだ眠っていないみたいです。でもその光が優しくて、手足はぼんやり暖かく、またわたしは少しずつ、少しずつ、眠くなっていきました。
わたしはまた、目を瞑ります。瞼の裏は、暗い絵の具で分厚く塗り固められているよう。でも不思議と、それが怖くはありませんでした。何故なら夢の中で、わたしが沢山の羊達と野原を駆け回っているのが見えたからです。
そのわたしは、色鮮やかでも眩しくもなく、むしろ暗い絵の具が何回も重ねられた、胸のあたりがざわざわするようなわたしでした。だけど笑っていました。両手両足も目いっぱいに振り回して、ただただ元気いっぱいに羊と遊ぶ、そんないつかのわたしの姿でした。
いつの間にか、わたしは眠りについていました。
きらきらと光る明りの近くで、すーすー寝息を立てるほどに深く、深く。
わたしは、眠っていました。




