EP4「これもお勉強かな?」
「んぅ...」
差し込む朝日と共に目覚める。
無機質な白とはまた違った暖かな木材の天井を眺めている内にようやく意識が覚醒してきた。
...ああ、ここは異世界で僕は生まれ変わったのだと。
今までどこか夢見心地で過ごしていた気もする。
地に足がつかないとでも言うべきか、どこかふわふわした気持ちだったかもしれない。
また目を覚ましたらあの恐ろしい雪景色に戻るのが怖かったのかもしれない。
でも、今ようやく分かった。これは夢でも幻でもない。僕はシルフだ、自由になったんだね。
さあ、声を上げよう、この世界に、そしてねぼすけな同居人に。
「やあ、おはようセレナ!」
■■■
未だ目を擦るセレナを連れ部屋の外に出ればふわりと美味しそうな食事の匂いがしてきた。
何の匂いだろう...そう言えば、施設の中の食事はビスケットや栄養食やサプリばかりだったから、僕はまともな食事をした事がないのかもしれない。
歩みを進めれば机と椅子が並んだ部屋がある、どうやら食堂の様らしい。...食堂の使い方、合ってる?
「好きな席に座っときな、もう少しで出来るからね。」
どうやらおばあさんが運んできてくれるらしい。2人で揃って「「はーい」」と声を上げる。
足をぶらぶらさせるセレナを眺めていれば、すぐに食事は運ばれてきた。
焼いた食パンに目玉焼きを乗せた物、野菜が盛り付けられて少しチーズが振りかけられたサラダ、それと...
「血?」
「あははっ!トマトスープだよ、これは。」
「そっか、そう...これがトマト...」
「知らなかったの?記憶がないって大変だね。」
「おや?そうなのかい。アンタも苦労してんだねえ。」
と、僕の記憶喪失の設定で少し話が盛り上がったり。
本の中でしか見た事なかったから少し驚いてしまった。
食事も初めて味わう感覚ばかりで驚きながらも完食した。
美味しさのあまりボロボロと涙を流して心配されたのは内緒だ。
さて、数分の後に腹拵えも終わり立ち上がる。今日やるべき事は既に決まっている。
目を輝かせたセレナを連れて街を歩く。
多少、値踏みする様な視線を街中で感じたがそんな事は些細な問題さ。
昨日テイルさんに教えてもらった冒険者ギルドに向かって歩く。
外装は大きな小屋、と言った感じだ。とんがった屋根にプレートがかかっており、そこには大きく『冒険者ギルド』と書かれていた。...どう見ても漢字だね。
もしかして、この世界に初めて来た元の世界の人間って日本人だったのかな?
もしくは言語体系が似ているとか?そんな偶然があるのだろうか...肌色どころか種族すらばらけているんだ、もっと言語もバラけているはずなんじゃないのかな、そもそも今使っている日本語が標準語なのかな?それも後で調べないと...
「何ぼーっとしてるの?早く中入ろうよ!楽しみだな〜!色んな魔物をやっつけて目指せ英雄!尊敬されたり... 本とか書かれちゃうかな!?ねえねえ、サインとか考えておいた方が良いと思う?」
「さ、流石に気が早いんじゃないかな...まあ、でもどんな魔物が居るのかはちょっと興味あるかもしれない。」
さて、街の平和を守る為に戦おう!
■■■
「申し訳ありません、子供で、しかも新人には魔物の討伐は任せられないんですよ...お嬢ちゃん達にはまず荷物持ちとか、薬草摘みとか、そんな仕事をして経験を積んでもらいたいの。」
駄目だった。
受付っぽい茶髪の眼鏡をかけた女性がそう伝えてくる。
あどけなさがまだ残る顔には本当に申し訳なさそうな色が浮かんでいる。
いや、冷静に考えてみたらそうだよね?人間が経験ないまま戦えって言われても難しいでしょう。
それに何なの?『さて、街の平和を守る為に戦おう!』って...
かなりその場の雰囲気に流されて言ってたよね。...詐欺には気をつけよう。
まあ暫くは雑用するしかないのかな。それも経験なんだし、この子猫を捕まえる仕事とか面白そう!
そう、思っているんだが隣のセレナはそれがお気に召さないらしい。どうやらどうしても魔物と戦いたい様だ。
心なしか尻尾が垂れ下がっている様に見えなくもない。
「ど、どうしても駄目ですか?私、早く魔物と戦いたくて...ほ、ほら!剣だって頑張って練習しますし!」
「そう言われましても、規則ですので...」
「どうしても今すぐじゃないと駄目な理由がある訳でもないし、ゆっくりやっていこうよ。」
「そ、それは...」
どうしたんだろう...うーん、子供だから我慢が出来ないって訳でもなさそう。
何か、焦ってるような...?
まあでも、僕に出来る事はないし規則ならそれに従うべきだし、受付の人に説得してもらうしかないよね。
「いや、そうでもないだろ。ほら、何だったか...誰か冒険者が試験官を務めて、そいつに力を見せれば特例としてある程度のランクから冒険者を始められる制度がなかったか?」
「テイルさん!?この子達に何かあるんですか?」
「ああ、テイルさんか。おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
「ああ、お陰様で。この嬢ちゃんはシルフって言ってな、俺の命の恩人なんだよ。」
「そりゃあどうも。...それで、ランク?とか、実はよく分かってないんだ。」
「ええ?いや、それを説明するべきなのは俺じゃなくて...いや、まあ良いけども。そもそもの話、冒険者には色々な制度があってな。
まずランク、これは単純に強さを表すと思ってくれて良い。とにかく色んな仕事...依頼をこなしていけば自ずと上がっていくもんだ。FからAまであってランクによって受けられる依頼が変わるし、依頼のランクによっても達成時にもらえる金の量が変わってくる訳だ。驚くぜ?Aともなれば一回の依頼で10年は遊んで暮らせる量の金が貰えるのさ。まあ、そんな依頼多くもないけどな。
Fは一般人と同程度、Eは毛が生えた程度、Dでようやく一般人じゃあ敵わないって感じかな。Cから先は一般人じゃあ束になっても敵わないし、Aに至ってはいるだけで戦争の局面を変えられるほどに強いのさ。だから最近は国がどれだけAランクの冒険者を抱えてるのかによって発言力が変わるのさ。まあ、シルフ達にはちょっと早い話かもな。」
そんな事はない、そう言おうとしたが、確かに急に政治の話をされても困るしそういう事にしておこう。
話は簡単だけど、まあ僕達に関係ない話って往々にあるものだし。
「それじゃあ、テイルさんはどのランクなのさ。」
「実はこれでもCさ、魔物にもランクが定められてて人間と同ランクの魔物と戦う場合は命の危険があるって感じだな。昨日見たブラッディベアーなんかそうさ、アイツもCランクだ。そういう意味ではアイツを危なげなく倒せるお前の実力を俺は理解してる。」
「ああ、なるほどね。大体言いたい事は理解したよ。」
そうして、2人して顔の向きを変える。
しかし、当事者である彼女は何を言わんとしているのかをあまりよくわかっていないようだ。
少し主語を抜いて話しすぎたかもしれない。
「...つまり、僕を試す場ではなく、彼女の力を試す場である...そう言いたい訳ね。」
「そうだ、俺も未熟な奴が前に出てきて死ぬ場面なんか、何回も見てきた。ついてこい。」
彼はそう言って、近場に置いてあった木で出来た剣を手に取ると入口とはまた別の扉を開けて部屋の外に出て行った。
ついて来い、と言う事なのだろう。
...ふふ、そうかい。見逃さなかったよ、「ここで気を抜く様ならお前も容赦無く落とす」って顔してるね。
良いさ、やってやろうじゃないか。
どうやら今分かったんだが、僕は他人より上に立たないと気が済まないらしい。徹底的にやってやろう。
だが。その前に人と戦うのが怖いのか、相手が一般人じゃ勝てないと言われて気後れしてるのか、何だか浮かない顔をしているみたいだね。なら発破を少しかけてあげないとね。
「セレナ、冒険者になるんでしょ?この程度で立ち止まってちゃあ、置いてくよ?」
「...意外と意地悪だね、シルフちゃん。良いよ、逆に私の方が置いていくから、隣に立てるように精々頑張ってね!」
「そうそう、その意気さ。」
やる気も出たようだ、さあ、やってやろう。
初めての対人戦の勉強だ!




