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一匹狼は月を識る  作者: 小春凪 水花
第0幕「君は誰?」
3/10

EP0-2「観察対象:7070番について」

再度、意識が覚醒する。

2度目の目覚めは寝起きと同様最悪だった。

何故って?...起きたら口と鼻から鉄臭い味と匂いしか感じないのに気分が良く目覚める事ができる訳ないだろう。

最悪な見たくもない男の顔が真横にあるのも不愉快で、ただ怒りを助長させている。

実際の表情には出ないし、薄くはあるが何も思わない訳ではないんだ。


「...おはよう、何時間くらい経ってる?」

「大体8時間ちょっとだなぁ...、鼻の骨折れてたり大変だったんだぜ?こっちも。消灯時間まであと4時間ちょっとだからな。戻っても騒ぐんじゃねえぞ。まあお前が騒がしくなる事なんてないだろうし、こんな所じゃあやる事ねえからお前も二度寝するだけだろうから心配はしてないけどな。」


そうだ、ここは本当に変な所で優しく希望を持たせてくる。

規則正しい生活も必要最低限の食事も寝床も、生きる事はできる環境は整えられている。

まあ常に寝られない状況で集団発狂されても困るし、人間上げてから落とされる方が辛いからそんな対応を取っているんだろうね。

...どうせ全員殺す癖に。

さっさと帰らせろ、とばかりに睨んでいたら急にこちらをみて奴は突拍子もない事を言ってきた。


「あ、そうだ、もう新人が入ってきてると思うから挨拶しておけよ。」

「え?」


きっとそんな声が漏れた時の顔は、鏡に映ったらツボに入っていたほど情けなかっただろう。




■■■




「ねえ、ここって意外と居心地良いんだね。借金の代わりに連れてこられたから怖かったんだけど一応食事もできて安心したよ〜。ねえねえ、他は何かできたりする?トランプとかあると尚良いんだけど。」

「...うるさい...眠いんだ...」


寝床に戻って来た瞬間、面倒そうな人間に絡まれた...多分、これが新しく入ってきた人間だろう。

とても、整った顔の女性である事はすぐに分かった。

健康で肉付きの良い体と、男受けしそうなスラっとしていても出る所は出ている体。光を吸い込みよく目を引く腰まで届くほどの黒い髪も、とても目を引く程美しい。

なんでこんな奴ここに入って来たんだ...即刻処分するべきだろう...

うるさくて寝れやしない...まだ消灯まで時間があるとは言え、怪我で弱った体は休息を求めてくる。

早く眠りたいがどうにも姦しい。この状況で寝られるほど睡魔がある訳でもないし...どうしたものか。


「ねえねえ、なんで貴方はここに居るの?私は家族の生活が苦しくて、借金のカタとして送られちゃってー...お父さんやお母さん、友達も元気かな〜。あ、貴方は前居た学校とか、友達とか居なかったの?」


なにをいっているんだ?

ともだち?

.........目を細めただけだ。きっと些細な変化だろう、それだけ。

だけど医務室で見せた時の睨みとは質が違う。これは、多分本気で怒っているんだろう。

未だに感情の起伏が残っていた事と、今まで変わらなかった表情の変化に少し驚きもした。

でも、この女はそんな事にも気付きやしない。


「好きなお菓子の話しとかしようよー、じゃないと暇じゃない?あ、私はね〜...あ、自己紹介からだよね!私の名前は---」

「黙れ。」


やけに低く獣の唸り声の様な掠れた声が漏れ出た。

...何故そこまで怒る?何がここまで不快な気持ちにさせている?

...気に入らないんだ、このお気楽さが。

この世界以外、言葉で伝え聞いただけ、何も知らない。

それを他人の事情も知りもせずに楽しそうに語って...


「ここから外の世界に出た事も無いし、菓子なんか食べた事ない。暇なんて思った事もない、ずっとここで生活していく。何も感じなければ何も起こらない。誰が路傍の石に眼を向ける?感情なんて、求めてない。ここで何もしなかったら殺されない、一生食べて寝て生きていける、辛い事なんて何もない。」

「...それは」

「何?憐れんでるの?これが普通の生活なんだからこれ以上なんて望んで「違うでしょ?」...」


なんでそんな目で見つめてくる?この苛立ちは、きっとこちらに向けられる「可哀想」という感情に対してだ、そうに決まってる。そうじゃなきゃおかしい、だってそうじゃないか、まるで外で、幸せを!願ってみるみたいで!!...ありえない、有り得ない、アリエナイ

違う、そんな事望んでない、やめろ、それ以上何も言うな!!!!!


「だって、さっきから怒ってるのが、その証拠じゃないの...?」

「...」

「羨ましかったんでしょ?自分が行けない場所の話をしている私が。」

「ちがう...」


こえが、でない


「寂しかったから、一人で心を閉ざしてたんだよね。もう、大丈夫だから。」

「...何も出来ない、すぐに殺される。」

「すぐに出られるとは思ってない、だからそれまで悲しんでる貴方に寄り添ってあげる。色んな話をしてあげる。きっと、貴方は知らないけどいつか貴方が理解できる様に。私、料理得意なんだ。貴方が美味しいって笑顔で笑ったらきっと私も幸せになれるから。」

「...なんでかかわってくるのさ。」

「最初に目を見た時、寂しそうだって思ったの。何も見てなかったもの。嫌な物には蓋をして都合の良い物にだけ目を向けて、全部教えてあげようとしたら否定してくる。昔、そんな子と出会って何も出来なかった。偽善でも何でも良いから、前とは違った行動が取りたかったの。助けを求めてる貴方を見逃せなかったから。」

「...初めて、誰かが見てくれた気がする。...これは一時的な気持ちかもしれない。...だけど、信じたくなったし、新しい物を食べてみたくなったのも初めて。」

「え?なんて?」

「462番、それしかわからないからそう呼んで。...あと、いつか手料理振る舞って。」

「うふふ、よろしい。じゃあよろしくね。今度こそ言うけど、私の名前は」


初めて、462番として見られた。

誰かに気遣われた。

考えてしまえば溢れてくるこの感情は止められなくて、息苦しかったこの空間に少し愛着が湧いた気がした。偽っていたんだ、自分を。死にたくなかったから。

期待して裏切られたくなかったから。

誰も近寄ってこなかったから。

嬉しくて、涙が出てしまった。

この人なら安心できるって思ってしまった。




思っちゃいけなかったのに









パンッ!

乾いた、太鼓みたいな音が響いた。


見慣れた、目の前で飛び散る血飛沫。

誰かが、不審な行動や脱走をしようとした時によく聞いた音。

怖がらせようと、目の前で何回も見せつけられたその光景。

何も感じなかった。きっとこの先感じる事も無いだろう。

...目の前にいた、その女性以外では。


「あ、え...あ。な、で...」


違う、見たくない、何で、どうして。

口に出るのは、いや...出すらしないそんな意味のない言葉と関係なく、床を見下ろした時に目に入ってくるのは初めて惹かれた女性が倒れ込む姿と、広がる赤い跡がただ”在”った。

この物語に興味のある方はブックマークやレビュー、下にある星マークで評価を下さると作者が泣いて喜んでモチベが上がります。


もう既にしているよ、という読者様はこれからも【一匹狼は月を識る】をよろしくお願いします。

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