EP0-1「観察対象:462番について」
今日も、眼を覚ます。
この救いのない世界で。解放される事のないこの箱庭の中で。
動くのも億劫だと主張する体を無視し、脳に無理やり首を動かす命令を出させれば、すぐそこにあるガラス板に反射し映るのは何とも貧相な子供の姿だ。
清潔に保たれてはいるものの手入れをしていないからか鈍く光る金色の髪
少し切長で、しかし垂れている様にも見える不思議な瞼の奥には全てを諦め何にも焦点が合う事のない曇ったミッドナイトブルーの美しい眼
何も語るまいと結ぶ口が付いた顔は健康的とは言い難いほどに青白く細かった。
確かな美貌を感じるその顔はしかし健康とは対極に位置する貧相な状態を表す様な真っ白い病衣に加え、少女の纏う諦観した態度によって損なわれている。
首元には黒く機械的に光るチョーカーが巻かれている。
身体は痩せ細り肋が浮き出ている始末だ。
病衣から伸びる手足は枯れ枝のようで不用意に触れれば折れてしまいそうな儚い印象を受ける。
出る所などあるはずもなく身長も平均にすら届かない程に低いだろう。
縦横10mで100㎡の四人部屋。
それが彼女の生まれ育った空間であり世界を構成する全てだ。
ここは、大規模な人体実験の施設。
食事は毎日飢えない程度の3食で、シャワーやトイレは部屋の中に設置されている。これが無駄に高性能で自動で洗浄をしてくれて匂いまでしないらしい。
そんな施設が地球上の何処にあったかは興味もないし、今後も知る事はない。
けれど結局その違法な施設はバレることがなかったのか、黙認されているのかはわからないがこの中に収監された者は誰一人として外に出る事はなかった。
今までこの施設の中に何人が捕まっているのか、何人が犠牲になったのかは知らないし知る必要がないから何も見ないでいた。
この白く無機質な壁と、一面だけ大きなガラスに貼り替えられたような部屋で興味を持った事を調べるのは困難であろうけど。
暇があったら試してみると良い。自分を壁で囲ってガラス越しに観察されるなんていう環境は望んでも得られないだろうけどね。
まあそんなこんなで、誰とも知らない醜く生に執着し争い続ける醜い同居人と生活を共にしながら研究員達から活動を視姦されて死ぬまで生活していくんだろう。
それがきっと生まれてきた時から被験体”462”番に課せられている運命なんだ。
そんな事を思いながら、ベッドとも言えないような壁につけられた板から腰を下ろす。
寝起きの気怠い体で見渡せば、啜り泣く煩わしい声や、ガンガンと壁に拳を叩きつけ「ここから出せ」とみっともなく喚く僕と同じゴミが目に入る。
ああ、それがなんとも、愚かしくて、哀れで笑ってしまいそうだ。まあ寝起きで苛立った僕に笑う余裕なんかないからね。当然喉の奥に溜め込んだ苛立ちを吐き出す為に口を開いたよ。
その苛立ちは現状を受け入れている自分への怒りなのか、心地良い睡眠を邪魔された故かの苛立ちかは当時の僕には理解が出来なかったのだけれど。
「うるさいな、諦めなよ。こんな所にいる時点でもう終わりなんだから。出来る事と言ったら息を潜めて奴等の目に付かないようにする事だけさ。」
我ながら、なんとも平坦な声だと思う。
普通ならこういう場合は慰めの言葉を投げかけたり、「きっと助かる」だの「逃げ出すチャンスはある」だの、根拠のない励ましを投げかけてやるべきなのだろう。
でもそうしない、出来ない。だって知っているから。
ここがどういう場所なのか。多分被験体の中では一番理解しているつもりだからだ。
先程語った空間に共用の風呂とトイレが設置されており、外に広がるのは二十数個以上の同一の部屋と研究員達の居住スペースに、実験室やらだ。
決まった時間に警備員が巡回しており銃や警棒と防弾ベスト等で武装している。
とある研究員の気紛れで世界の外を見せてもらった事があり、そこで学んだ知識がこれだ。
出した結論は脱出は不可能。
この世界すら自由に出入りする事ができないのに希望を抱いて何になると言うのだろう。
そう伝えようと思っていたが、そんな冷めた態度が気に食わなかったらしい。
バキッ
目の前に火花が散り口の中には血が広がった。
..............................なぐられた?
なぜ?ああ、いたい。
目の前には清潔に整えられた白い床と、その完璧に白に支配された世界を乱す赤黒い液体。
「うるさいっ!お前に何が分かる!いつも澄ました態度で見てきやがって...前から気に食わなかったんだよ!」
見上げれば馬乗りになり顔を赤く染め上げた男の顔が見えた。
きっとこの施設に連れられてから精神的に不安定になったのだろう。
髭も髪も伸び放題、目の下に出来た深いクマ。
それでも外に居た時はそこそこイケおじだなんて呼ばれる部類だったんじゃないかと思える程に整った顔の男が幼い少女に怒りを露わにし、その激情に身を任せ暴力を振るう。
そんな情けない状況が可笑しくて、笑みが溢れてしまう。
「くそっ、くそぉお!!お前まで見下してきやがって!知ってるんだぞ!お前がずっとみるから!そんな顔で俺を嗤うなあああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
そんな支離滅裂な言動と共に2発、3発、何度も左右から衝撃が続く。
きっと顔は腫れ上がっているんだろう、頭が揺さぶられて気持ちが悪くなってきた。
脳震盪でも起こっているんだろうか。
そんな事を思って、見ていると徐々に男の行動に変化が出てきた。
気付けば男の手は今着ている病衣の襟に伸びていた。
彼は力任せにそれを引っ張るといとも容易く破れてしまう。
まだ未発達の胸や、この体が女性である事を主張する小さな器官も丸見えになってしまう。
男の顔を見れば、怒りとはまた違った赤が顔を支配している様だ。
「へへっ、そうか...お前も女だったのか、随分と貧相な体に声も変に低いせいで気付かなかったぜ...もう、良いよな、どうせ死ぬんだ、最後くらい好きにして良いよな?...へへっ、へへへへ...」
下卑た笑い声が世界に響く。
病衣を脱ぎさり、いきり勃つ肉棒を見せながら男は覆い被さってくる。
あと数ミリ、それが彼が体を動かせば彼女の体を貫く距離だ。
普通の少女ならきっと泣き叫んで許しを乞う様な状況になってしまった。
さて困ったな、なんて考えながら顔を横に向ければ彼の他にいるルームメイトは壁に向かって呪詛を振り撒いたり、こちらから目を逸す様相だ。
助けを求めた所で意味はないだろう。
なのに、やはり酷く冷めた目で彼を見つめていた。
バチバチバチッと、あまり聞きたくない電流の音と、焦げた匂いが目の前の男から発せられる。
施設の研究員から付けられている首輪の抑止機能が作動したのだろう。
これも逃げられない理由の内の一つだ。何か行動を起こそうにも即座に気絶するような電流を流されたらおしまいだ。
彼は白目を剥き崩れ落ちる。
そうして間も無く、音も無く壁の一部が開き白衣を着た研究員が世界に侵入を仕掛けてきた。
男は数名の白衣を着た人物に引き摺られていく。
きっと、彼も実験台になるのだろう。
この施設は、ただ無差別に人間を使い捨てている訳ではない。
ただ人間を解体するだけでは飽き足らず、どうやらこの中で喜びや興奮、恋心と言った正の感情を抱いた者から優先的に使われる様だ。
よく聞こえてくる悲鳴は、最後に抱いた感情すら塗り潰す絶望か体にメスを入れられる痛みによる悲鳴だろう。
そう物思いに耽りながらそちらを眺めていると、一名の研究員が近付いてくる。
金髪で煌めくサファイアを目に宿した美青年だ。
黄金比とすら思える程に整った顔。
太陽にすら負けない程に輝く綺麗な髪と目は彫像のような程に綺麗な形だ。
そんな男に腕を引っ張られ、無理矢理にも立たされる。
「よう、災難だったな。正直悲鳴の一つや二つ上げてくれれば少しは楽しめたんだが。いっそあいつにお前の事をそのまま犯して貰えば少しは悦んでくれたか?俺達はお前が早く解体」される事を望んでいるんだが...」
「知ってるでしょ、そんなことはありえないって。何の反応もしないつまらない存在だから、早く廃棄でも何でもしてよ。」
そんな男から吐き出されるのは汚らしい、愉悦と嘲笑の混じった声。
こいつはいつもそうだ。
一度外を見せた時だって、言葉を教えてくれたのも、知識を与えたのも、希望を抱いてもらう為だ。
北風と太陽のお話に似ているな。
何の知識も持たずに白に支配された世界で育った少女に経験を積ませれば希望を持つのかという。
...メアリーの部屋の方が考え方としては似ているんだろうか。
まあそんな事はどうだって良いが。
「ふゥん?まあどうだって良いが。どんな処分にするにせよこんな事で死なれちゃあ面白くねえ。ついてこい。」
ついてこいと言う言葉とは裏腹に無理矢理にでも腕を引っ張られ医療室へと連れていかれる。
本当ならもう動かずここで寝転んでいたいし、死んでても生きていても構わないんだ。
けれど、どうしても462番が苦しむ姿を見たいらしい。
そもそも、今無理矢理腕を引っ張られる痛みで苦しんでいる。
悪趣味だな。
そう思いながら、プツッとテレビの電源が切れたように意識は明滅し、瞼が落ちる。




