第5章 暗殺事件
奴国の大王が暗殺される
第1節
安曇厨紀弥は、大王の指示で大綜麻杵命がいる肩野の里に向かった。倭面上国が奴国に攻めて来るのを心配した大王は、東の国の武力に期待して、三輪の里に軍事基地を置くためでした。
「オオヘソキさま、奴国の大王が三輪の里に一部の兵力を移して貰いたいとのことでした」
「わしを大王に会わせる話は、どのようになった」
「それは、またの機会に」
「三輪の里に行って、私たちは何をするのだ」
「奴国の敵対国、倭面上国が攻めて来るのを防ぐためです」
「今回、私たちの任務は、隼人や熊襲との戦いに備えるためではなかったのか」
「確かにそうですが、今直面しているのは、倭面上国です」
肩野の里から南に行くと、豊の国があり、その南には、日向の国があります。日本の最古の歴史書、古事記と日本書紀には、この日向の国が神武天皇の生誕の地となっています。その逸話はさておき、奴国を初めとする連合国家の時代、日向の国はどうであったか。その当時、隼人との争いもありましたが、北部九州では青銅器が主流で鉄器は、
韓の国の鉄鉱石が頼りだった。一方では日向の国は、青銅器文化が根付かず、辰砂が採れる環境にあったため、鉄器を導入していました。日向の国はその当時、南の隼人や熊襲に目を向けていましたので、北の奴国連合には、敵対心はそれほどなかった。でも、奴国連合国としては、脅威だったのは事実です。
「そうか、倭面上国だな」
「何とか、三輪の里に兵をお借りできませんか」
「わかった では、ニタヤを行かせましょう」
大綜麻杵命は、馳使(はせつ:使用人)に物部丹田弥と物部伊那部を呼んでこいと命令した。
「ニタヤ、奴国の大王の命令で、数人の兵士を三輪の里に 倭面上国が攻めてくるのを防ぐために」
「では、兵士を募りましょう」
そうこうしている間に、伊那部もやってきた。大綜麻杵命は、二人揃ったところで、丹田弥に安曇厨紀弥の話を詳しく話した。伊那部もその奴国の現状を聞いていた。
「イナベも聞いてのことだが、おぬしは、奴国の状況を探って来て欲しい」
「私が これは大役ですね 了解しました ムキヤも連れて行ってもよいですか」
「そうするか いいとも」
伊那部は、大綜麻杵命の言いつけに従わなければならなかった。武斬弥も一緒に行くことになって、心強かった。大綜麻杵命の居館から阿木沙都姫の所に戻ろうとした時、中臣曽孁比古にであった。
「イナベさん、なにか不吉なことでもあったのですか」
「別に」
「なんか、心配ごとでも」
「オオヘソキさまが、奴国の状況を探ってこいと」
「奴国に行くのですか それでは、私も同行しようか」
「全く知らない奴国なので、ちょっと不安で」
「昔、父に連れられて、奴国に行ったことあるの 今は、だいぶん変わっているだろうな」
「では、一緒に行ってくれるか」
「いいよ」
第2節
安曇厨紀弥が平穏な肩野の里に大王の命を受けて、大綜麻杵命の居館にやってきた。
「オオキソキさまにお会いしたいのですが」
その時、後ろから伊那部が声を掛けた。
「ズキヤさんではないですか」
「また、会ったね」
「イナベさま、この方に入って頂いてもよろしいですか」
「ズキヤさん、オオキソキさまにお会いされるので」
「オオキソキさまに声を掛けてきます」
安曇厨紀弥と伊那部は、居間に入った。すると、大綜麻杵命が現れた。
「ズキヤ、久しぶりだ 奴国の大王と会わせるという話はどうなった そうそう、大王は暗殺された そうだった」
「オオキソキさまは、ご存知でいらっしゃるのに」
「それで、今回は」
「奴国を守る兵士が足りないのです それで、新しい大王がオオキソキさまに面談したいと」
「大王と会うことができるのか」
「そうです それと、今、奴国連合の王を一同に集めろと言われています」
「その集まりにも、参加できるのか」
「そのために、私が来ました」
「それでは、奴国に行ってやるか 伊那部も同行しなさい」
「オオキソキさま、奴国に行く用意が出来次第、私の船でいきましょう」
大綜麻杵命と伊那部は、柴川に停泊していた安曇厨紀弥の船に乗り込んだ。そして、小倉港から那珂の里に着き、那珂川に入って、須玖の里に着いた。
「ここが、奴国の本拠地か なかなか賑やかだ」
「オオキソキさま、大王の屋敷まで案内します」
伊那部は、大王の家族を助けるために大王の居館には来ていたが、大綜麻杵命のあとに付いて、居館に入った。居間に案内されると、若々しい大王が現れた。
「物部殿、よくこられた」
「大王にお会い出来て、光栄に思います」
「さて、ズキヤからもお聞きだとは思いますが、金庸圭一派を排除して、この須玖の里を守る者が手薄になっている そこで手を貸して欲しいのだが」
「私達は、東国にいて奴国と倭面上国との戦いに応援して欲しいと安曇厨紀弥さんから依頼されて、西国に渡って来た者です ですから、この須玖の里を守るのも、私達の任務です」
「そのように言って頂ければありがたい」
「ここにいる伊那部を長として仕えさせて頂きます 兵士は、三輪の里につめている一部を回しましょう」
「この度、奴国連合の各国の王もここに集まることになっている それまでに警備兵を集められるか」
「承知しました 早速、兵の用意をしましょう」
第3節
中臣余師杜は、伊那部達の前で奴国の政治体制から始めた。奴国だけではなく、奴国の連合国もそうであったが、トップは『王』でその下に『官』がおり、それを補佐する『副官』がいた。その最高指導部になれるのは、階級制度があり、王・大人・戸口・奴婢となっていて、『官』や『副官』になれるのは、大人の中に一部だった。また、奴国では連合国との交渉も大人が担当していた。その指示を出すのが『官』であり、『副官』でした。そして、官は大王に結果を報告し、最終的に判断は大王が下すことになっていた。
「今問題になっているのが、倭面上国です」
伊那部は、ここからが興味があったので。
「どんな問題ですか」
「大王は、官の高震士の考え方を支持して、倭面上国と和解しようと考えておられる しかし、副官の金庸圭は倭面上国と徹底的に戦いを主張しています」
「奴国の倭面上国に対して、意見が分かれているのですか」
「そうです 武装派が台頭してきています」
「なるほど 倭面上国の対応はどうですか」
「今のところは、様子見でしょうか おとなしくしていますね でも、武装派は、この機会に倭面上国を倒そうとしています」
「これから、どのようになるのでしょうか」
「それは,私にも分かりません ただ、大王は和平を望んでおられます」
「ヨシモリさん、だいたいのところがわかりました」
その話を聞いていた武斬弥は立ち上がった。
「ムキヤ、どこへ行くのだ」
「ちょっと、大王の屋敷まで」
「何をしに行く」
「屋敷の周りを見に行きます」
武斬弥や立ち去って後も、余師杜の話は続いた。
「最近、気になることがあります」
「それは、武装派です 副官の金庸圭が、官の高震士よりも力が付いてきて、軍事力を背景に官の勢力よりも拡大してきたことです」
倭面上国との和平を望んでいた官一派は、倭面上国と手を結び、奴国連合に組み入れようとしていた。後の邪馬台国です。一方、副官の武装派は、狗奴国と変化して行きます。
「今は、どうなのですか」
「大王が健在なときは、大丈夫だと思います」
そうこうしている間に、武斬弥が帰ってきた。
「大王の屋敷はどうだった」
「門には、武装派と思われる兵士が立っていました 大王を守るためでしょう」
伊那部は、果たしてそうなのかと疑心を抱いた。
「ヨシモリさん、このムキヤを少しの間、面倒をみてくれませんか」
「いいですよ」
「ムキヤ、ここで奴国のことを監視するのだ そして、何かあったときは、三輪の里まで連絡するように」
「了解しました」
「ヨシモリさん、よろしくお願いします 私は、ソメヒコと肩野の里に帰ります」
第4節
伊那部と曽孁比古は、肩野の里に戻ってきた。
「ソメヒコ、今からオオヘソキさまにお会いしてくる」
伊那部は、大綜麻杵命の居館に入った時、物部二田弥も三輪の里から戻って来ていた。
「イナベ、奴国の状況はどうだった」
「今から、オオヘソキさまに報告に」
「それでは、私も一緒に聞こう」
大綜麻杵命は、伊那部が来たと馳使に知らされて、居間に現れた。
「イナベ、ご苦労であった さて、奴国の情勢はどうであったか」
「はい、奴国では倭面上国と戦う武装派と和平派に別れています」
「大王でまとまっているのではないのか」
「奴国では、大王の下に官と副官がいます官の高震士は倭面上国との和平を唱え、副官の金庸圭は倭面上国との戦いを」
「大王はどちらなのだ」
「大王は、倭面上国と交渉してこれ以上に争いを避けようとされています」
「倭面上国は、どうなのか」
その時、二田弥が。
「倭面上国に忍びを入れていて、今のところ主だった動きはないようです」
「我らは、倭面上国からの攻撃に備えての役目だ しかし、倭面上国から攻めて来ることがないとすると、これ以上の倭面上国と奴国との戦いは避けなければならない 奴国が倭面上国を攻めるとまた、戦争になる」
「では、私達は武装派にも目を向けなければならないのですか」
「大王は、倭面上国との戦争を望んでない 大王の考えに従うのが、私達の任務です」
「もし、武装派が動き出したら、戦うしかないですね」
その話を聞いていた伊那部は。
「オオヘソキさま、奴国にムキヤを忍ばせています そして、何か異変があれば、三輪の里に行って、ニタヤさまに報告するように言ってあります」
「それでは、ニタヤは三輪の里に戻って、いざと言う時の準備をしときなさい」
「イナベは、倭面上国の状況を探って来て欲しい」
「分かりました」
伊那部は、新たな任務を与えられた。今回は一人での任務となったが、大綜麻杵命のために尽くそうと思った。
「イナベ、三輪の里まで一緒に行こう 倭面上国を探りに行くのだろう 三輪の里に帰ったら、私の部下で、倭面上国を探っている者がいる その者と一緒に行動すればいい」
「それは、助かります」
伊那部と二田弥は、三輪の里に着いた。二田弥が最初に三輪の里に着いた時に、この地のことを案内してくれた三輪迦麻瀬がいました。二田弥は、その迦麻瀬を伊那部に付けようと考えていた。
第5節
伊那部と二田弥は、三輪の里に着いた。そして、三輪迦麻瀬を訪ねた。
「ニタヤさま、物部の方が三輪の里に来ていただいて、治安が良くなりました 今日は私に役に立つことでも」
「察しがいいね ここにおられるのは、物部伊那部さまです これから倭面上国に視察に行かれるのですが、お供して欲しい 奴国や倭面上国のことが詳しいリキセだから」
「ニタヤさまの仰せだと断れないです わかりました」
倭面上国の中心は、吉野ヶ里で紀元前200年頃から、弁韓から渡ってきた人達によって形成された集落が拡大して、西暦100年頃には、倭面上国として国の形態をなして来ました。倭面上国の人達の多くは、春秋・戦国時代の中国で斉国や燕国の人が多かった。一方、奴国は、紀元前後に国として形成された日本では最古の国家でした。奴国の人達は、日本の海人系の人達と高句麗辺りに住んでいた獩人の混合集団だった。そのため、考え方や民族の違いから倭国大乱を起こしていた。奴国が57年に倭国の国家として、後漢に認められたのに、倭面上国は107年には、なぜ倭面上国は認められないのか、そんな不満があったのではないか。これは、奴国が国家として認めた理由が明白でない。中国の中華思想で、日本は東夷にあたる。後漢としては、奴国を東夷と扱い、支配下に置くため、国家として認めた。それを倭面上国は、独立国家と考えていた。倭面上国と奴国連合国が邪馬台国を形成して、卑弥呼の時代になり、238年に魏に使者を送って、魏の曹叡から『親魏倭王』の金印をもらい、国家として認めて貰った。これも、倭面上国の人達のこだわりだと思われる。伊那部が倭面上国に三輪李逵畝と向かったのは、倭国大乱が落ち着きを見せた183年頃でした。
「イナベさま、もうすぐ吉野ヶ里に着きます」
吉野ヶ里は、広大な敷地(36ha)があり、V字型に掘られた外壕と内壕の二重構造になっており、その環濠は2.5kmに達していた。おおよそ5400人が生活していたとおもわれる。
伊那部達が、その環濠の周りを歩いていると向こうから手を振る人が。それは息長安藻でした。
「イナベさん、こんな所でお会いするとは」
「アソウさんではないですか」
「吉野ヶ里に何か」
「オオヘソキさまから倭面上国を探るようにと」
「私は、奴国の大王から倭面上国が鉄鉱石を韓の国から唐津の里から手に入れようとするので、それを阻止するために、吉野ヶ里に来ていました」
「それで、阻止できたのですか」
「韓の連中は私の配下にあり、私の許可なしで、倭面上国に鉄鉱石を流そうとしていたので、辞めるように言いました」
「それでは、倭面上国は鉄鉱石を鉄器の剣に変えることが出来ないのですね」
「そうです 奴国に対する武器が青銅器の剣だけになります」
「それでは、奴国を攻めることを躊躇していますね」
「蘇我三千比古さんの話では、倭面上国は和平を望んでいるらしい」
「和平 奴国の大王も和平を」
「そうですか でも、今の奴国の大王では そのようなことをミチヒコさんは」
倭面上国は、奴国との和平について、奴国連合と一緒になるには優位な立場が欲しかった。奴国の大王がいている以上、和平の席にはつかない態度でした。
伊那部は、息長安藻の話を聞いて、大綜麻杵命に報告するため肩野の里に帰ることにした。
第6節
伊那部と三輪迦麻瀬が三輪の里に向かっている時、迦麻瀬が伊那部に話しかけた。
「イナベさま、倭面上国が奴国連合と和平を結ぶのでしょうか」
「今のところなんとも言えない」
「もし、また戦争になったら」
「そうなれば」
「私、この地を離れようと思います」
「それで、何処に移るか」
「河内の方へ」
「息長一族や安曇一族の本拠地がある河内へ」
そのような話をしている間に、三輪の里に着いた。すると、大騒ぎになっている。というのは、奴国に侵入していた武斬弥が、物部二田弥に奴国の大王が暗殺された事を伝えたからだ。伊那部は武斬弥に会って、
詳しい事を聞こうとした。
「ムキヤ、奴国で何があったのだ」
「奴国の武装派が大王を殺害したのです 奴国では大混乱です」
「奴国の官は、大丈夫なのか」
「拉致されています それと、武装派は、倭面上国を攻めるためにこちらに向かっています ニタヤさまは、武装派と戦うために戦闘体制を引きました」
「そうか、これは大変だ」
「大王のご子息は、官の高震士も拉致されています」
「武装派との戦いは、ニタヤさまに任せて、大王のご子息を助け出そう」
伊那部と武斬弥は、玖須の里に着いた。珂那川辺に一隻の丸木舟が停泊していた。あれは、安曇厨紀弥ではないか。
「ズキヤさん、大変なことが起きました 大王が暗殺されて」
「大王が暗殺された まさか」
「まさかではないのです」
「大王のご家族は」
「大王の屋敷で拉致されています」
「それで、イナベさんがご家族でも助けにこられたのか」
「武装派の仕業です どのようにして助けようかと思案していたところです」
「私は、屋敷のことはよく知っている そして、人手がいるようであるなら、韓の国から連れてきた奴を使うとするか」
「それはありがたい」
伊那部達は、門にいた武装派の兵士を振り払い、屋敷に入った。また、見張りの兵士と争いになり、韓の国からやってきた人が打ちのめしてくれた。
「ズキヤさん、何処にかくまわれているのでしょう」
「厠(かわや:トイレ)の側の倉庫ではないか」
倉庫の戸を開けた時、口もとと手足を縛られた大王の家族がいた。
「よく無事で良かった」
大王のご子息を助けた方が、倭面上国と和解して、邪馬台国を設立する時の大王に。
「ズキヤさん、次は官の高震士を助けよう」
高震士の屋敷に来た時、高一族が、武装派の兵士を斬りつけて、撤退していった。高震士は無事であった。
「ズキヤさん、あとはお願いします 私とムキヤは、三輪の里に帰ります」
伊那部が三輪の里に着いた時には、武装派の兵士は二田弥の軍によって、抑えられていた。
「ニタヤさん、この武闘派の長、金庸圭は」
「それが逃がしてしまって 南の方に」
「仕方がないですね」
金庸圭は、後に狗奴国を設立させる。
奴国で内乱が起きて、邪馬台国が生まれ、敵対国、狗奴国が誕生する。