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卑弥呼の世界  作者: 藤巻辰也
卑弥呼の世界
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第3章 赤ん坊誘拐事件

伊那部と阿木沙都姫は、物井の里で新生活を始める。そして、阿木沙都姫は双子の男子を産んだが、弟の遼瀬依が誘拐される。

第1節

 伊那部と阿木沙都姫が物井の里に着いた時、集落ムラの人々が新しい首長が着任したことを祝うために祭事場に集まって来た。武斬弥が先に来て、ムラの人達を集めていたようでした。

 「みんな、これからの親方になられる伊那部さまです 横におられるのが、阿木沙都姫でおわします」

 「皆さん、よろしく」

 祭事場では笛の音が聞こえ、風俗歌に合わせて舞が披露された。その後、伊那部と阿木沙都姫は、阿木沙都姫の世話をする女人ふたりと共に、用意された居館に入った。

 「私達、ふたりだけの生活がはじまるのね」

 「そうだよ、なかなかいいところだね」

 「榎浦の里を出る前、こちらの生活のために送っておいた荷物があるの」

 「何を送ったの」

 「あなたが首長になられたので、それらしい服装とか小物をね」

 この当時の服装は、一般的には麻で編んだ衣装で、2枚の布を肩の部分と腕から下を縫い合わせた衣装でした。そして、腰で紐を括る。丈は、ふくらはぎが見える程度。伊那部と阿木沙都姫の衣装は、首長と姫らしく袖が付いていた。

 「ありました イナベさま、これに着替えて」

 その衣に袖を通した伊那部は、ムラの状態を見るため外へ出た。すると、ムラの人達は種もみを持って、水田に向かっていた。伊那部は、その後に付いて行った。

 「イナベさま、これから稲の種をまくところです」

 「この田んぼの水は、どこから引いてくるのですか」

 弥生時代の稲作は、乾いた畑に稲の籾を植える直播栽培で、桜が開花して、気候が穏やかになった頃、種まきをします。そして、端午の節句のころに芽が出てきた段階で、畑を田んぼにするため、水を張ります。

 「鹿島の川から水路を引き、溜池を作ってあります その溜池から水田に水が流れて来ます」

 「長月の頃には、収穫だね」

 「イナベさまも、手伝って下さいね」

 「収穫が終わったら、神様を迎えて収穫のお祝いをしなければ」

 「豊年祭ですね 桃が咲く頃に、豊作でありますように田の神を迎えて、祈りを捧げています」

 「そうではなくて、十五夜の頃に田の神を迎えて、収穫祭をするのです」

 「その時は、田の実を田の神に供えましょう」

 伊那部は、物井の里に来たばかりなのに、もうムラの人達に溶け込んでいた。そして、稲の収穫時期がきて、ムラ人達と一緒に稲刈りをし、伊那部が提案した収穫祭を設けた。着実に、首長の役目を果たしていった。日が暮れるのが早くなって、新月の夜、阿木沙都姫が叫び出した。

 「お腹が動いている 何故か吐き気がする」

 「それって、妊娠してるのでは」

 「そうかも知れない」

 「分かった 明日にでもヒメの家を建てよう」

 弥生時代には、妊娠すると妊婦は別宅で生活するようになり、男性を近づけない、男子禁制が行われていた。


第2節

 物井の里は、桃の咲く頃になっていた。阿木沙都姫の別宅では、女人が交代で姫の世話をしていた。

 「もう、生まれそう」

 阿木沙都姫の額から汗が噴き出していた。女人は、姫の汗を拭きながら。

 「水をください そして、土器も」

 女人のもう一人が、土器に水を汲んできた。その時。

 「おぎゃー、おぎゃー」

 何と、二人の男の子が出て来た。女人達は、水で濡らした布で赤ん坊の肌を綺麗に拭き取った。

 「ヒメ、大丈夫ですか 二人の男の子です ほら」

 「元気そうですね 私、ちょっと気分がよくないけれど、大丈夫だと思う」

 阿木沙都姫が双子の男子を産んだという噂が、ムラ中に広がった。その噂は、榎浦の里の美世太彦にもこの噂話が届いた。美世太彦に西の国々の情報を流している息長安藻あそうの耳にも入った。

 「これは、これは、美世太彦さま ようこそ物井の里へ」

 「イナベ、でかした これで物部も安泰じゃ ヒメはどこにおる」

 「今、産後で具合が悪いようで、床をとっています」

 「それは心配だ 双子の孫は」

 「女人達が面倒を見ています」

 「では、孫の顔でも拝まして貰うか」

 「では、こちらへ」

 「二人ともげんきそうだのぉ じいだぞ」

 美世太彦が物井の里に来たことで、伊那部の居館は慌ただしくなった。女人達は、二人の若が誕生したことで、祝いの宴の用意を始めた。宴席の用意ができた頃、阿木沙都姫も床から出てきた。

 「ヒメ、大丈夫か」

 「はい 父上、ようこそ」

 「新しい生活にも慣れたようだね」

 「ここのムラの人達が良くしてくれるので」

 「イナべ、はどうだい」

 「去年の稲の収穫は豊作で、稲の種、籾も余った良いです それで、佐倉の里で、水田にできそうな土地に種まきをしようと思っています」

 「水田のための水路はあるのか」

 「収穫期が終わってから、佐倉の里へ行って、溜池を作って、そこから水路を作り、新たな水田に水が来るようにしました」

 「そうか 人では行けるのか こちらから応援しようか」

 「何とか、私達で頑張ってみます」

 美世太彦は孫の顔も見て、阿木沙都姫にも会えて、機嫌よく榎浦の里に帰って行った。


第3節

 伊那部と阿木沙都姫が物井の里に来て、1年がたった。伊那部は首長として、佐倉の里新田開発で余った土を、海からの突風がきつい蘇賀の里に運んで、海岸線の整備をしていた。後に、日本武尊の后の弟橘姫が入水し、姫の女人も入水した中で、蘇我比咩だけが生き残ったという蘇賀の里。その里に伊那部は、船着場を造ろうとしていた。

 「みんな、よく頑張ってくれる 稲の種まきまでに、ここに丸木舟を」

 「丸木舟で、どちらに行かれるのですか」

 「どこに行こうかね ただ、物井の里から海に出る海路の拠点を作っているだけだ」

 「なるほど それでしたら、私達もいつかは海に出て行けるのですね」

 「そうだよ、海に出ることが出てきたら、みんなで行こうで」

 後に、この蘇賀の里から物部氏族が伊勢地方に移動するとは、誰しも思っていなかった。

 伊那部が物井の里に帰ろうとした時、後ろから声を掛けてくる者がいた。振り返って見ると。

 「イナべさま」

 「なにか」

 「私、息長安操あそうと言います 美世太彦様に懇意にさせて頂いてます」

 「父上(義父)とか」

 「美世太彦様に、西の情報を伝えたりしております」

 「そのような役目をされているのですね それで」

 「お聞きしたところ、双子の赤ん坊をヒメがお産みになったそうですので、挨拶がてらこの蘇賀の里に来ました すると首長でいらっしゃるイナべさまをお見かけしましたので、お声を掛けました」

 「そうであったか では、我が屋敷まで案内しよう」

 「ありがとうございます」

 「アソウさん、この蘇賀の里に少しの間、滞在されるのですか」

 「私の仲間が到着するまでの間滞在します」

 「少しはゆっくり出来るのですね では、西の国のことも聞かせてください」

 「分かりました」

 息長安操と伊那部は、物井の里に着いた。その時、阿木沙都姫も居館の前で女人と一緒に赤ん坊を抱いて、あやしていた。

 「アソウさん、久しぶりですね」

 「ヒメも元気そうで赤ん坊ですかヒメに似ていますね」

 「そうですか まぁ、入ってください」

 息長安操の役目は、弥生時代後期に九州を中心に人口が増え、国同士の戦いも激化する中で、移住を望む者を関東地方に。そして、人手不足の集落に移住者を送り込む役目をしていた。

 「アソウさんの仲間を待っていると言われましたが何か運んで来るのですか」

 「ヒトです」

 「西の国からですか」

 「人身売買をしてるのです」

 「西の国では、戦士が必要だと言われて、草刈の里でも若者がさらわれていますが」

 「それは、悪党ですね 私達はそのようなことをしません 西の戦争が激化して、生活に困っている人達を、東国に移住させているのです」

 「そうすると、佐倉の里に人を送り込むのも可能ですね」

 伊那部は安操の話を聞いて、その移民達を引き受けようと思った。

 「アソウさん仲間が、西の人達を連れて来るのですね」

 「そうです男性が6人と女性が4人です」

 「その人達、伊那部に預からして貰えないですか」

 「イナべさまでしたら安心です」

 息長安操は、話がまとまって安堵した。そして、その報酬として物井の里で栽培されている五穀の内、米、大豆、あずきを頂いた。


第4節

 息長安操は、蘇賀の里で仲間の到着を待っていた。すると、沖から3隻の丸木舟が見えてきた。そして、蘇賀の里の港に3隻が入港した。

 「舟からみんなこちらに」

 息長安操の仲間が6名。移住者が11名いた。

 「おいおい、一人多いぞ」

 「あぁ、この女でしょ」

 「どうしたのだ」

 「それが、瓜破の里(大阪府大阪市平野区)から墨ノ江の里(大阪府大阪市住吉区)に停泊しているときに、丸木舟に忍び込んだんです 船が出港してから気が付いた この女は、黄咲美姫きさみひめと言って、以前は東国にいたが誘拐されて、墨ノ江の里の首長、安曇厨紀弥ずきやに引き取られた。依羅の里(よさみのさと:大阪府大阪市住吉区)の首長の妃にされたが、子供を産めない体だったようです それで、離縁された」

 「それで東国に帰ろうとして、我らの丸木舟に」

 「はい、そのとおりです」

 「わかった では、物井の里に連れて行こう」

 黄咲美姫は、周りを見渡した。

 「あぁ、ここ」

 安操は、大きな声で叫ぶもので。

 「キサミヒメ、どうしたのだ」

 「ここ、私が小さいときに育ったところです」

 「へぇ」

 「物心着いたころ、人買いに攫われて 墨ノ江の里まで そして、養女に」

 「それで、ヒメと呼ばれるようになったか」

 「私、子供を産めない体だけれど、赤ん坊は欲しい」

 一行は、伊那部の居館に着いた。

 「伊那部さまにお会いしてくる ここで待っとけ」

 安操と伊那部が玄関に現れた。

 「イナべさま、男6人と女5人を連れて来ました」

 「アソウ、男6人と女4人だろう」

 「あれぇ、もう一人は」

 黄咲美姫は、その中にはいなかった。黄咲美姫は姿を消して、双子が寝ているところに忍び込んで、片方の赤ん坊を攫って、蘇賀の里まで逃げ去っていた。女人が伊那部の所まで駆け寄って来た。

 「イナべさま、大変です 若様がいなくなりました」

 阿木沙都姫は、血相を変えて赤ん坊の所に。そして、一人だけの赤ん坊を抱えて、戻ってきた。

 「もう一人がいません」

 「リョウセイの方か」

 「はい、ヒュマはここに」

 伊那部の居館は、慌ただしくなった。安操達は、混乱している伊那部の居館にはいられなくなった。

 「イナべさま、ここらで失礼します お前ら、イナべさまの言うことをよく聞くのだよ」

 黄咲美姫は、丸木舟まで戻って来て、丸木舟にあった布をかぶった。

 「おおい、伊那部さまから頂いた米や大豆や小豆をふねに載せるのだ 奴国まで出発するぞ」



双子の遼瀬依は、息長氏に寄って引き取られ、西国へ。日向馬は、大王の子息、大綜麻杵命に従った伊那部に連れられて、西国に。

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