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モヌ  作者: レッド・ジン
第2章 自制する
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第8話 吶喊

 優雅とルーシーは花蘇芳市内にある、超ヒト体細胞ネメシス型の密売所を訪ねた。


 公安調査庁は、ネメシス型の細胞ディーラーであるハナズオウに、情報収集のための協力者となってもらっている。密売所の休業日というこの日に、二人はハナズオウに事情聴取を行う。


「半年ぶりね。今日は何を訊きに来たのかしら?」


 二人と机を挟んだ向こう側で、濡烏態の彼女――ハナズオウは首をかしげた。


 優雅は一枚の写真を、机の上に置く。写真に写っているのは、超ヒト体細胞モヌ型の注射器。


「この注射器に、心当たりはありませんか?」


 写真を覗き込むハナズオウ。


「私が売っているものとは、少し違う……。これは何?」

「我々が作った、特性の違う超ヒト体細胞と、その注射器です。実は現在、この注射器が外部に流出しており、何者かの手によってばらまかれている状況なんです」

「つまり、その何者かが私なんじゃないかって、目星をつけたわけね?」

「はい。女性語を多用する、との証言も取れていたので」


 ハナズオウは、注射器の写真を手に取って眺める。


「ネメシスからそんな命令は貰ってないわ。私じゃない。それに、私は今、友達の説得で忙しいの」


「説得?」と訊くルーシー。


「いいの。個人的なことだから」


 ハナズオウは写真を机に置いて、それを二人のほうに向けた。


「この密売所は警察に嗅ぎつけられてる。近いうちに摘発されるわ。ここで話せるのは、今回が最後かもしれないわね」



    ◇



 密売所を後にした優雅とルーシーは、続けて依月の住むマンションへ。優雅はマンションの集合玄関機から、彼の家の部屋番号を入力し、インターホンを鳴らした。


 美沙と違って、彼はすでに、モヌの力をその身に宿している。アイザックの話によると、モヌからモヌの力を抜き取ることはできない。モヌの管理者の力があれば、モヌの力を封じることができるが、その管理者の力も行方不明という状況である。現状、依月本人の意思で、力を使わないようにしてもらうほかない。二人による観察が必要不可欠なのだ。


 依月からの応答がない。優雅はもう一度、インターホンを鳴らしてみる。しかし、やはり応答はない。


「出ないね、初瀬さん」

「いったん出直そう」


 その時、着信音が集合玄関に鳴り響いた。鳴っているのは、優雅のスマートフォンである。「初瀬さん」と画面に表示されているのを見た彼は、すぐさま電話に出た。


「初瀬さん? 今どちらに?」

「家の近くの、広い公園です! 森の中で――」


 電話はそこで途切れる。スマートフォンを誰かに取り上げられたようだ。


 優雅は依月の言葉と、電話越しに聞こえた音を頼りに、彼の詳細な居場所を推測する。


「水音が聞こえた。たぶん、公園の中の川だ」


 マンションを飛び出した二人は、コインパーキングに駐めていた、セダンタイプの黒い車に乗り込んだ。優雅が運転手を務め、依月が居るであろう川へと急行する。


 車を二分ほど走らせて、優雅とルーシーは公園に辿り着いた。公園を取り囲むように生い茂っている木々。依月はきっとあの中だ。


 二人は駐車場に車を置き、森の中へと走っていく。


「あっちに川が」


 優雅は川を見つけ、ルーシーと共に川へ近づく。するとそこには――。


「オレンジ色のモヌ……!」


 優雅の視線の先には、オレンジ色のモヌが居た。依月から聞いていたモヌである。モヌはこちらに気づくと、そばに座り込んでいた依月に語りかけた。


「今変身しなければ、殺す。それでも力を使わないのかしら?」

「俺は……俺は……」

「あなたは使わなくていい」


 ルーシーが煌めき、クリーム色の吶喊態に変身する。十メートルほどある、彼女とオレンジ色のモヌとの距離。それを彼女は、一瞬のあいだに詰めてみせた。彼女に蹴られた地面から、土煙が高く舞い上がる。


 ルーシーはその勢いを消さずに、オレンジ色のモヌへ飛び蹴りを食らわせた。地面に倒れそうになるモヌ。助走と同じくらいの距離まで、ルーシーはそのモヌを引きずった。


 オレンジ色のモヌも反撃をしかけてくる。モヌは踏ん張って、ルーシーの脚を掴みながら体を起き上がらせ、彼女を地面に落とした。


 踏みつけられては、容易に抜け出せない。ルーシーは咄嗟に右に転がって、自分を踏みつけようとするモヌの足をかわし、立ち上がることに成功する。


「どうしてこんな森の中に、彼を?」

「人目につかない場所のほうが、戦いやすいわよね?」


 優雅の隣――ルーシーの後方に居る依月は言う。


「やっぱり、俺も力を使わないと……!」

「いいや、その必要はありませんよ。私を信じて」


 ルーシーは右足を引き、腰を落とす。


「みんな良い奴ばっかだから、今まで使う機会がなかったよ」


 直後ルーシーは、怪獣の咆哮のような声を数秒発した。同時に、蜃気楼が発生。蜃気楼の中からは、ルーシーと同じ姿の吶喊態が現れ、彼女の姿は五人に増える。五人は、オレンジ色のモヌを取り囲んだ。


 五人は一斉にモヌを攻撃。数と素早い動きで、モヌを翻弄する。五人の攻撃によって、ピンボールのごとく弾き出されるモヌ。


「吶喊……!」


 そう呟いたオレンジ色のモヌは、ふらついた足取りで退散していった。


 ルーシーは人間態に戻る。ため息をつくルーシー。


「疲れた……」

「お疲れ様。今のが、吶喊態の名前の由来?」

「ああ、吶喊って呼ばれてる。腹の底から、吶喊するように叫べば、怪獣みたいな声とともに必殺技が出せるんだ。モヌによって必殺技は違うんだけど、私のはさっき見てもらったとおり。四人の分身を作れるんだよ」


 依月が二人の前に立つ。何か言いたげな顔でこちらを見る彼は、小さく息を吸い込んでから言う。


「お二人のおかげで、思いとどまることができました。ありがとうございます……!!」


 彼は勢いよく頭を下げた。



    ◇



 優雅とルーシーは依月を家に帰し、イェムモガ長官室に。アイザックと優雅は話す。


「オレンジ色のモヌは、ハナズオウでしたか?」

「いいえ、違うと思います。声を変えているとしても、抑揚のつけ方がハナズオウとは違いました。ハナズオウと違って、人を平気で殺したことがあるような、冷たい声でした」

「そうでしたか……。では、オレンジ色のモヌが現れたときはその対処を。初瀬依月さんの観察も引き続きお願いします」

「わかりました」


 少しの間を空けて、アイザックは続ける。


「『オレンジ色のモヌ』では長いですから、今後は『オレンジ』と呼称しましょうか」

「そうですね。わかりました」

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