第7話 お花見
優雅とルーシーは、イェムモガ長官室に戻った。優雅はアイザックに報告をする。
「注射器は、何者かから初瀬さんへ、直接手渡されました。羽立さんが注射器を使わなかったことを受けて、そうしたのでしょう。注射器を、確実に使わせるために」
続けて彼は、その何者かの正体について考察する。
「また、初瀬さんが注射器を受け取った場所は、科戸市にある自宅の中。注射器を渡したのは、女性語を多用する女のモヌ。この二点から、超ヒト体細胞ネメシス型のディーラーである、ハナズオウの関与を考えました。モヌの力は鬼の力と違って、どこに居ても使えますから、花蘇芳市の外で活動するための姿として、吶喊態を手に入れた可能性があります。鬼の力とモヌの力が競合する、というようなことが、なければの話ですが」
「確かめてみる価値はありそうですね。今度、ハナズオウに事情聴取をしてみましょうか」
「はい」
優雅たちは長官室を退室し、エレベーターで上階へ。エレベーターのアナウンスが、「一階です」と、到着階を知らせる。
「おや、ウィンターズさんと麻田さん。こんにちは」
扉が開いたその先から、綺麗な姿勢で歩いてきている健一の姿があった。彼に、「こんにちは」と返す、優雅とルーシー。三人はエレベーターの扉から、少し離れた位置に留まった。
「桜庭さん、どうして一階へ?」
「どなたかを、お花見にお誘いできないかと。アデレードは、日本の怪獣のリーダーを務めていますから、任務で忙しくてお誘いできず……」
優雅の問いに、照れるように笑いながら答える健一。
「私は、今度の土日なら空いてますよ。土日なら行けます」
「私も優雅と同じです」
健一は、わざとらしく目を丸くする。
「お二人とも、ありがとうございます……! では、今度の日曜日によろしくお願いします」
「よろしくお願いします」と返す二人。また、お花見と聞いて、優雅は一人の名前を思い浮かべていた。大切な友達の名前を。彼はルーシーの顔を見て言う。
「せっかくだし、羽立さんも誘おうか」
「私も同じこと考えてた」
◇
四日後の日曜日。お花見の日。優雅、ルーシー、そして美沙の三人は、桜が咲き誇る公園で健一と落ち合う。彼はすでに、お花見の場所を確保してくれていた。「おはようございます」と、一同は挨拶を交わす。
「羽立美沙さん、はじめまして。桜庭健一と申します」
「はじめまして。二人から少し聞きました。桜庭さんは、怪獣なんですね」
「はい。人に化け、人の言葉を話す怪獣です。安心してください。取って食べたりはいたしませんので」
四人は広いレジャーシートの上に腰を下ろした。桜餅を皆で食べ、談笑する。
「桜餅食べるの久しぶりです。美味しい」
桜餅を味わう美沙。優雅は彼女に言う。
「羽立さんは、桜餅多めに食べていいよ」
「そんな! 大丈夫だよ!」
「遠慮しないでいいよ。羽立さんにはもう、不幸になってほしくないから」
「ありがとう。じゃあ、あと三つほどいただきます」
彼女の家や、彼女の振る舞いは、実につつましやかなものであった。彼女の前科者としての生き方がうかがえる。今まで美沙は、前科者という立場から、贅沢をしない生活を心がけていたのだろう。それゆえに、今までしてこなかった贅沢をしてほしいと、優雅は彼女に思っていた。
優雅も桜餅を食べながら、美しい桜の木を眺める。
「そうだ桜庭さん、桜の写真撮りませんか? 撮って、ハリスさんに送りましょう」
「いいですね。では、私のスマートフォンで」
そういえば彼の名字にも、桜という字が入っているのだな、と思いながら、優雅は桜を撮影する健一を見ていた。
桜の写真を確認する健一。
「良く撮れています。イフにも見せましょう」
「イフって確か」
「私たちの、偉大なる家族です」
二人の会話を聞いていた美沙は、ルーシーに質問する。
「ルーシーさんも知ってるの? その、イフさんっていう人」
「ああ、知ってはいるね。イフは人間嫌いだから、会ったことはないけど」
「もしかして、イフさんって人間じゃない?」
「そう。神獣っていう、怪獣より先に生まれた存在なんだ」
ルーシーは続ける。
「言ってなかったけど、私、実はモヌなんだ。優雅は違うけど。モヌになってから私は、家族や友達たちと離ればなれでいることを強いられてて、ずっと会えてない。だから、美沙がモヌにならなくて良かったし、私も美沙と友達になれて良かった。ありがとう、美沙」
「ううん、こちらこそ」
その後も彼らのお花見は続き、そして、あっという間に時間が過ぎていった。健一と優雅は言葉を交わす。
「皆さん、本日はお集まりいただき、ありがとうございました。とても楽しかったです」
「ええ、またこうやって集まりましょう」
「次はアデレードも呼びたいですね」
◇
二日後。怪獣態の健一はブラックバスのような怪獣と共に、小さな桜の木を、イフの花園へ搬入した。
「イフ、お待たせしました。写真でもお見せしましたが、こちらが桜の木です。もうしばらくは開花しているでしょう」
イフは、桜の木の近くに体を下ろし、花園でお花見を楽しんだ。




