第6話 傷つけたくないから
怪獣の森の最奥部。そこには花園が広がっていた。花園に住まう主は、自身の体に生える宝石のようなものを光らせ、辺り一面の花々を赤く照らしている。
そこへゾノフェの怪獣が、人の姿で足を運んだ。健一である。
「こんばんは、イフ」
花の生えていない地を、四つの足で踏みしめる巨大な神獣――イフ。健一は、見上げた先にあるイフの顔が、目をそらすように動くのを見た。
「ああ、すみません。人の姿では怖いですよね」
彼の体は上方に巻き上がり、怪獣の姿へと変身する。頭部はアゲハ蝶の幼虫に似た見た目だ。
健一は、「では、改めまして」と言うと、こう続ける。
「イフ、ご一緒にお花見をしませんか? ここの花園とは、また違った趣がありますよ」
しかし、イフはゆっくりと背を向けた。
「そうでしたか。やはり、人間が居る場所は嫌ですよね。ではこうしましょう。小さな桜の木を、こちらに運び入れて飾るのです。いかがですか?」
イフは花園の端に移動する。
「そちらに植えたいのですね。かしこまりました。尽力いたします」
◇
優雅とルーシーは、アイザックから新たな観察対象者を通達された。二人は対象者の家を訪ねる。家はマンションの一室であるため、優雅はまず、集合玄関からインターホンを鳴らしてみた。
インターホンの向こうから、若い男性の声で、「はい」と応答がある。優雅は、公安調査官の手帳をカメラに見せながら、「公安調査庁の者です。初瀬依月さんはご在宅でしょうか?」と訊いた。
「はい、私ですが……」
「注射器、と聞いて、心当たりはありませんか? 私たちは、あなたの観察をしに参りました」
集合玄関が開放されないまま、インターホンが切れる。優雅とルーシーは顔を見合わせた。
「優雅、外を捜そう」
「外? ……そうか!」
二人はマンションの外へと駆ける。そこから見えたのは、四階のベランダから飛び降りる、入浴剤のような淡い色をした吶喊態のモヌだった。間違いない。観察対象者の依月である。
「ここは私に任せて」
優雅がうなずいて返すと、ルーシーは体を煌めかせて、クリーム色の吶喊態に変身。獲物を狙う肉食獣のように体をかがめた彼女は、直後にロケットスタートをしてみせた。
駐車スペースに通じるアスファルトの道に着地した依月へ、目にも留まらぬ速さでルーシーが迫る。彼女は依月を押し倒して、固め技をかけた。
「私たちは敵じゃない。逃げなくていい。私が変身を解くから、君もそうしてほしい」
ルーシーは変身を解いて人間態に。依月から体を離して起立する。
依月はルーシーに従い、彼女に続いて変身を解いた。センターパートの大学生が現れる。
立ち上がる依月に、「ありがとう」と礼を言うルーシー。優雅もそこへ到着し、少し息を切らしながら言う。
「初瀬さんは、大切な人はいますか?」
「えっ? ……家族と、彼女がいます」
「私たちからのお願いです。モヌの力を、もう使わないでください。その力はあまりに強すぎます。大切な人たちを守るより、傷つけてしまう可能性のほうが高いです。もしあなたが、モヌの力を使い続けるというのなら、私たちはあなたを、あなたの大切な人たちから引き離すことになります」
依月は、自分の両手のひら――モヌの力の危険性を見つめる。彼の手は震えていた。そして彼は、再び二人に視線を戻す。
「わかりました。この力はもう使いません。大切な人を、傷つけたくないから」
「ありがとうございます。では、これからしばらくのあいだ、あなたを観察させていただきます。注射器をあなたに渡したのが何者なのかも、調べたいですから」
優雅は、「麻田優雅と申します。何かあれば、この番号にご連絡ください。私のスマホに繋がります」と、取り出した名刺を依月に差し出す。
「ありがとうございます」と名刺を受け取った依月。すると、直後に彼は、「あの、注射器なら、モヌの人から貰いました」と発言した。
「吶喊態?って言うんでしたっけ? 終始その、オレンジっぽい姿だったので、顔とかはわかりませんでしたが、声は女性の声でした」
「オレンジ色の、女性の声のモヌ……!?」
モヌの力を流出させた人物に、彼らは一歩近づいた。
「貰った場所や、そのモヌの口調など、詳しく教えていただけませんか?」