第3話 化ける者たち
報告のため、美沙の家から長官室に戻った、優雅とルーシー。優雅は、中に入っている注射器が見えるように眼鏡ケースを開け、アイザックの前の机に置く。
「長官のおすすめやってみました。注射器がすっぽり収まるの気持ちいいですね。こういう物の活用好きです」
「眼鏡ケースはまだ二個くらいあります。すべて、友人の怪獣から譲り受けた物です」
怪獣――それは、魔神と同じように竜から創造され、魔神と敵対している生き物。優雅は、ネメシスの部下であるハナズオウから情報を得ており、怪獣の概要を知っている。優雅は気になった。イェムモガは、怪獣との協力の下で活動しているという話だが、それはいったいどういうことなのかと。
「イェムモガと怪獣との繋がりというのは、どういうものなんでしょうか? 怪獣が長官のご友人とは……」
その疑問に対し、ルーシーが横から優雅に言う。
「じゃあ優雅、怪獣に会ってみない?」
優雅の返事を待たずに、「良いですよね? モーズリー長官」と、アイザックに許可を求めるルーシー。
「私はもちろん大歓迎です。怪獣との交流は大事ですからね」
「わかりました。よろしくお願いします」
◇
「地下九階です」
長官室への行き来に使っているエレベーターで、さらに地下へと降りた優雅たち三人。扉が開く。目の前に続く廊下は、暖色の照明に照らされていた。
「この先が怪獣たちの拠点です」
奥の部屋に進めば、怪獣が居る。部屋のドアの上には、「怪獣の森」との表示があった。廊下は地下五階とよく似たレイアウトをしているが、そちらと違って明るいため、文字が読みやすい。
先導する長官が、怪獣の森という部屋のドアを開けると、その先はまさしく森と呼ぶべき空間が広がっていた。入り口から数段の階段を下り、優雅たちは土を踏みしめる。
優雅が見上げた高い天井は、真っ白な光で覆われていた。近づいたら、吸い込まれてしまいそうな光。
左の木陰には、一つの丸机と二つの椅子があった。片方の椅子には、眼鏡をかけた黒人の中年女性が座っており、読書をしている。もう片方には、綺麗なスーツを身にまとった、日本人のように見える中年男性が座っていた。優雅たちに気づいた彼は、席を立ってその長身を見せる。
「こんにちは」
アイザックが挨拶をした。彼に続いて優雅とルーシーも、「こんにちは」と声をかける。
「こんにちは、モーズリーさん。それにルーシーさんも」
アイザックとルーシーに挨拶を返す、長身の彼。彼はアイザックに、「そちらの方は?」と尋ねた。
「イェムモガに新しく入った、麻田優雅さんです」
「よろしくお願いします」と、優雅は軽く頭を下げる。
「あなたが麻田さんでしたか。モーズリーさんから聞いています。よろしくお願いします。私は人の姿をもつ怪獣の、桜庭健一と申します」
「桜庭健一さん。怪獣の方でしたか。では、そちらの方も怪獣ですか?」
読書をしていた彼女は、本を閉じて机に置き、健一の横まで来ていた。
「ああ、私も怪獣で、ゾノフェだ」
「ゾノフェ、というのは?」
アイザックが優雅の視界に入り、説明する。
「ゾノフェとは、お二人のような、人間態をもつ怪獣のことです。超ヒト体細胞モヌ型を移植されることで、人間態を獲得しました。また、人間と同様の自由意志も獲得しています。イェムモガの活動には欠かせない、よき友人たちです」
「では、眼鏡ケースを譲り受けたご友人というのは」
「彼女――アデレード・ハリスさんです」
「よろしく、麻田優雅」と言うアデレードに、優雅も、「よろしくお願いします」と返す。
優雅は奥の池の中に、一体の怪獣の姿を見た。その怪獣は、猫背のブラックバスのような見た目。池に膝まで浸かっており、持ち上げられた尻尾はSの字を描いている。
怪獣に気づいたアデレードは、そちらに体を向けた。
「ああ、気になって見に来たのか」
アデレードは優雅のほうへ向き直す。
「彼女は私と桜庭の部下だ。つまり彼女も、イェムモガの協力者というわけだ」
「怪獣を実際に見るのは初めてです。美しいですね……」
「変わってるな、君は」と口元を綻ばせるアデレード。
健一は優雅に言う。
「観察任務で何かあれば、私たち怪獣がサポートしましょう。任務外でも、いつでも頼ってください」
「ありがとうございます」
まだ知り合って間もないが、優雅は頼もしい味方が増えたことに、心から喜んでいた。自分たちの未来が豊かなものになることを、彼は期待する。