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モヌ  作者: レッド・ジン
第1章 手放す
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第2話 通達

「ルーシー! まさか、君がバディ? 心強いよ。よろしく」

「こちらこそ心強いよ。うんざりするこの世界にも、優雅みたいな奴がいる――優雅がいるって思うと、本当に心強い」


 優雅はルーシーと握手を交わした。

 以前、彼女と一緒に仕事をしたことのある優雅は、本人の希望もあり、彼女をミドルネームの「ルーシー」で呼んでいる。


「二人には接点が?」とアイザックが訊いた。それに答えるルーシー。


「はい、花蘇芳市(はなずおうし)の調査で何度か。それにもう、私はすっかり公安調査官ですよ。日本は私の、第二の故郷です」


 ルーシーは優雅のほうに向き直す。


「そうだ優雅。モヌがどんな感じに変身するのか、まだ見てないでしょ」

「ああ、そういえば」

「今見せるよ」


 ルーシーがそう言うと、水面に反射する太陽光のような光が、彼女の体をほんの一瞬だけ覆い隠す。光が晴れると、まるで手品のように、彼女は異形のクリーム色の姿に変身していた。赤みがかったまつ毛が美しい。


「これが私の吶喊態(とっかんたい)だ」


 ルーシーは再び体を煌めかせ、人の姿に戻って言う。


「人間の視覚は変身として認識するけど、これ実際は、見せる角度を変えてるだけらしい。イメージとしては、見る角度によって絵柄が変わる、シールやカードとかに近いかもしれないね。自分で言ってて全然わかんないけど」

「不思議な変身だ。興味深い……」


 優雅は彼女の変身に感動し、モヌという存在に魅了されていた。しかしモヌとは、鬼を模倣した存在という話である。鬼の力のように、人の手に余る力なのではないかと思った彼は、アイザックに尋ねる。


「モヌって美しいですね。鬼の変身や、濡烏態とは、また違った美しさを感じます。ですが、モーズリー長官。イェムモガは、モヌの力を認めているということですか? 鬼のような危険な力を、わざわざ生み出して運用するなんて」

「モヌの力の流出に、責任を強く感じています。最終的には、モヌの力を封印することを約束します。ですのでどうか、この事態を解決するために、力を貸してください。モヌの力が渡った者を私が探し、お二人に観察対象者として、後日通達いたします」


 猜疑心はあった。だが、モーズリー長官の誠実な態度に、嘘があるとも思えなかった。逡巡する彼。それでも最終的には、彼の中の、少なからずの好奇心が、彼自身を突き動かす。


「承知しました。これからよろしくお願いします」



    ◇



 それから四日のあいだ、ゆりの下で今までどおりの仕事をしていた優雅。その後二日間の休みを経ても、観察対象者が通達されることのないまま、ついに一週間が経過する。彼は今日も、自身の職場がある合同庁舎に登庁した。


 優雅に電話がかかってくる。彼はスマートフォンを取り出して、電話に出た。相手は上司のゆりである。


「おはようございます、東條課長」

「おはようございます。早速ですが、今からイェムモガへ向かってください。パスワードは先日教えたとおりです。麻田さんの指紋も登録してあります」

「わかりました。すぐに向かいます」


 電話が切れたのを確認して、優雅はスマートフォンをスーツの内ポケットに仕舞い、先週の地下五階へと直行した。


「地下五階です」というアナウンスとともに、エレベーターの扉が開く。少し奥にはルーシーの姿があった。


「優雅、一週間ぶりだね」

「ああ、一週間ぶりだね、ルーシー。ルーシーも居るってことは、やっぱり」

「きっと通達だ」


 二人は仄暗い廊下を進む。以前はこの暗さでよくわからなかったが、ドアの上に、「イェムモガ長官室」と表示されていたことに気づく優雅。

 ルーシーがドアをノックし、「失礼いたします」と言うと、ドアの向こうから、「どうぞ」というアイザック・モーズリー長官の声が聞こえた。ルーシーがドアを開け、二人は長官室に入室する。


「おはようございます、ウィンターズさん、麻田さん」


 吶喊態で出迎えたアイザックに、「おはようございます」と返す二人。そういえば、なぜ彼は人間態を見せないのだろうか。やはりイェムモガの長官ともなると、機密も多いということなのだろうか。それとも、人間態に戻れないのか。疑問は浮かぶが、触れてはいけないことのように感じた優雅は、これを口に出すことはなかった。


「お待たせしました。お二人に観察対象者を通達します。対象者は、羽立(はだち)美沙(みさ)さん三十歳。モヌの力をもたらす、超ヒト体細胞モヌ型が込められた注射器が、現在彼女の手に渡っています。おそらく、羽立さんはまだ注射器を使っていません。ウィンターズさんと麻田さんは、彼女がモヌの力をその身に宿す前に、注射器を回収してください」


 優雅とルーシーは三十三歳。対象者と年齢が近いため、いくらか話しやすい部分があるかもしれない。

 二人は、「承知しました」と答え、観察任務を引き受けた。



    ◇



 アパートの二階にある、羽立美沙の家。彼女の家の前に到着した優雅とルーシーは、インターホンを鳴らしてみた。すぐに足音が聞こえ、ドアが開かれる。不安そうな表情で顔を出したのは、鎖骨にかかる長さの髪の、眼鏡をかけた女性であった。

 優雅は、公安調査官としての身分を示す手帳を、彼女に見せながら言う。


「公安調査庁の者です。突然すみません。あなたが羽立美沙さんですね?」

「はい……」

「単刀直入に申し上げますが、最近、注射器を受け取りませんでしたか? 私たちは、それの回収をしに参りました」

「えっ……」


 美沙は怯えている。


「どうぞお入りください」


 美沙に案内された二人は、「お邪魔します」と言って、彼女の家に上がった。家の中は質素だが、暖かみのある空間である。


「注射器なら、こちらにあります」


 たんすの引き出しを開ける美沙。護身用の銃のごとく、注射器は引き出しの中に仕舞われていた。


「モヌ……。こんな力、私が使っちゃ……」


 美沙は、モヌの力に呑まれる自分を想像し、その自分を恐れているようだ。


 ルーシーから、「私たちが受け取りますよ。大丈夫です。あなたに罪はない」と伝えられると、彼女は少しだけ安心した表情になる。彼女はルーシーに、超ヒト体細胞モヌ型が込められた注射器を手渡した。


 優雅がスーツの右ポケットから、ハードタイプの黒い眼鏡ケースを取り出して開く。その中へ、ルーシーに注射器を入れてもらうと、彼は眼鏡ケースを閉じて右ポケットに仕舞った。そして美沙のほうに視線を戻し、彼は尋ねる。


「お聞かせください。この注射器は、いつ、どこで、どんな人から貰いましたか?」

「誰かから直接、貰ったわけではありません。先週の水曜日の、午後七時頃に帰宅した時、アパートの郵便受けに入っていました。注射器の説明書も、一緒に」

「郵便受けに……。情報提供、ありがとうございます」


 ルーシーと共に、優雅は軽く頭を下げる。美沙もつつましやかに頭を下げた。優雅は続ける。


「あなたはモヌにはならなかった。ですが、これから少しのあいだ、あなたを観察させてください。あなたに注射器が届いたのは、何か理由があるはずです。よろしくお願いします」

「私も、私が選ばれた理由を知りたいです。こちらこそ、よろしくお願いします」

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