第008話 おいしい匂いのするめんどうごとの予感 ★
「お疲れさまでした。また、来てください、先輩」
「はーい、じゃあねー」
変な金髪女はご機嫌に手を振ると、275万円が入ったカバンを大事に抱え、さっさと帰っていった。
「…………普通に返事すんなし」
私は変な金髪女を見送ると、思わず、独り言がこぼれた。
大学時代からバカな先輩だとは思っていたが、ここまでバカとは思わなかった。
剣術レベルが5のルーキーが2人もいるわけないじゃん。
スマホを軽々しく出すな!
先輩のスマホと同じ機種じゃん。
ツッコミどころが多すぎる……
まあ、いい。
あれは多分、先輩だろうが、確証はない。
正直、女装にはドン引きだが、理由があるのかもしれない。
もしかしたら、全部、偶然で別人かもしれない。
私は無理やり、納得することにする。
何故なら、そんなことよりも重要なことがあるからだ。
もちろん、それは売却された回復ポーションである。
確かに回復ポーションがスライムからドロップした事例はある。
だが、それは確認できる中だけだが、1件しかない。
ポーションはスライムに限らず、滅多にドロップしない貴重なアイテムだ。
冒険者や世間の需要も大きく、高価になりやすい。
そんなポーションを一度に5個も納品した事例は私が知る限りはない。
これ、どうしたものだろう?
盗品?
もし、さっきの人が先輩だった場合はその可能性が高い。
だって、女装までして変装しているんだもん。
後ろめたい理由があるからだろう。
うーん、これ、どうしよう?
私は悩むが、報告はしないといけない。
さすがに回復ポーション5個は誤魔化せない。
私は気が重くなりながらも席を立つと、奥の部屋に歩いていく。
そして、奥の部屋の前まで来ると、扉をノックした。
「ギルマス、朝倉です。ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん? いいぞ」
私は入室の許可を得たので、部屋に入る。
部屋の中は10畳程度の広さであり、手前に応接用のソファーが2つ置かれ、奥には作業用のデスクがある。
この部屋の主であるウエーブがかかった黒髪の女性がデスクに座っている。
この人が先月、30代になってしまったことで自虐的になっているめんどくさいギルマスだ。
ギルマスは珍しく仕事をしているようで何かを書いていた。
「お忙しかったでしょうか?」
ギルマスは普段、ソファーで寝ころんでスマホを弄っているような人だ。
「ちょっとな…………それで? 何かあったか?」
ギルマスが手を止め、顔を上げた。
私は扉を閉めると、歩いて、デスクの前まで行く。
「実は先ほど、レベル1ですが、5個の回復ポーションが納品されました」
私がそう言うと、ギルマスが無言で頭を抱えた。
「ギルマス?」
私はギルマスの反応が気になった。
確かにびっくりするようなことだが、貴重な回復ポーションが5個も納品されたことは嬉しいことであるはずだ。
少なくとも、頭を抱えるようなことじゃない。
「まさかとは思うが、そいつ、女じゃないだろうな?」
ギルマスがジト目で聞いてくる。
「女です」
「ながーい金髪だろ。真っ黒いローブに白い鞄を持った」
せ、先輩?
あなた、何をした!?
「そ、そうです」
「あー!! よりにもよってウチに来たかー!」
ギルマスがデスクに突っ伏し、頭をぐしゃぐしゃにする。
「な、何かありましたか?」
まさか、どっかから回復ポーションが紛失したとか?
先輩? 盗んでないよね?
「通報があったんだよ。怪しい女が5個の回復ポーションを持って売りに来たとな。それで認証番号を確認したら逃げたんだと」
せ、せんぱーい!!
あなたはアホですか!?
あ、いや、待て……認証番号のことを教えてない……
先輩には私の所に納品するように言ってあるから教える必要がないと思ったからだ。
あー……だからさっき、認証番号を聞いてきたんだ。
いやまあ、先輩と決まったわけではないけど。
「…………同一人物かと思います」
間違いない。
「そいつは?」
「エレノア・オーシャンさんだそうです」
「ん? 外国人か?」
「そうかもしれませんが、なんとも…………」
「ふーむ…………」
ギルマスが腕を組んで悩みだす。
「あのー、悪い人には見えませんでしたよ?」
庇おう!
「うーん……しかし、聞いたことがない名前だな」
あ、ヤバい……
「ですかね?」
「そいつ、所属はどこだ?」
所属というのはどこで冒険者の免許、すなわちステータスカードを預けているかということである。
冒険者は基本的にステータスカードを預けている所でしか活動できない。
引っ越しとかあるから移籍はできるけど。
「……ここです」
「ん? ここ?」
「はい」
「そんな名前は聞いたことがないが?」
そらそうだ。
だって、名前が日本人じゃないもん。
そんな人はこの支部には所属していない。
「さ、先ほど、ここの所属になりました」
「…………おい、まさかと思うが、そいつ、ルーキーか?」
ダメだ、こりゃ。
誤魔化せそうにない。
「…………です。先ほど、申請し、フロンティアに行き、1時間でポーションを持って帰ってきました。なんでもスライム10匹で回復ポーションが5個出てきたそうです」
「…………そいつ、バカか?」
はい!
そう思います!
「知的そうな雰囲気はありましたよ? ミステリアス的な?」
美人だったし。
しかし、先輩はよくあそこまでのクオリティーの女装ができたな……
いや、まだ先輩じゃないかもだけど!
「だったら世間知らずか……? おい、そいつのレベルは?」
あー…………
「レベル1です」
「スライムを10匹も倒せば、レベル2にはなる。クロで確定」
「ですよねー」
うん、知ってた。
「…………なあ? お前、やけにそいつを庇ってないか?」
あ、マズい。
「いや、出所はわかりませんが、回復ポーションを5個も納品するお客様ですからね」
「まあ、そうだな。実は盗品を疑い、本部でも調査をしているが、そんな事件は起きていないそうだ。貴重な回復ポーションが5個だしな。盗品だったらすぐにわかる」
ほっ……盗品ではないようだ。
でも、本部まで話がいっているのか。
「どうしましょう?」
「もう少し様子を見る。証拠もないし、そもそも、別に犯罪と決まったわけではない」
「上に報告します?」
「…………もうちょっと待つ」
これは急いで先輩と思われる人を捕まえないとマズいな……
あの人、すぐに調子に乗るし。
今度は100個納品ですとか言われたらシャレにならない。
「わかりました。また来たら探りを入れてみます」
「頼む」
「では、失礼します」
私は部屋を出ると、そのまま受付には戻らず、トイレに行く。
そして、個室に入ると、腰を下ろし、頭を抱えた。
あのエレノアとかいう女性は99パーセント先輩だろう。
だが、これを先輩に問い詰めても、しらばっくれるだけだ。
飲みに誘って潰すか?
あの人は酒癖が悪いうえにすぐにべらべらと聞いてもいないことをしゃべり出すし。
あ、ダメだ。
すぐに記憶を失くす人だから後でしらばっくれるだけだろう。
こうなったら誘導尋問かなんかで証拠を掴もう。
そして、犯行手口を聞き、1枚かませ…………自重してもらおう。
私は先輩にいつギルドに来るかを聞こうと思い、スマホの電源を入れる。
すると、メッセージが届いていた。
『カエデちゃん、まとまったお金が入ったからご飯に行こうよ! 奢る!』
ばーか!
ホント、ばーか!
隠す気あるのか、こいつ?
いや、このテンションは飲んでるな……
金が入って、浮かれて飲んでいるんだ。
平日の昼間から飲むなんて良い身分だわ。
いいなー……
私も冒険者に戻ろうかな?
私はスマホを操作し、返信することにした。
『行きまーす。でも、ギルドに来てくださいよー。全然、来ないじゃないですか。冒険して、終わったら一緒に飲みに行きましょう』
こんなもんだろ。
私はスマホをしまうと、個室を出て、手を洗う。
…………先輩、275万円も持っているのか。
あのアホ、私の貯金額をあっさり超えやがった。
よし! たかろう!
そして、夢の専業主婦にしてもらおう!