迷惑への第一歩
「いやー、なかなか良いところに引っ越したんだな」
サツキさんが玄関から入ってくると廊下を眺めながら頷く。
「まあね。チビ夫婦とメイドさんと一緒に暮らしているのよ」
「フロンティアの王子夫妻と一緒に住むって聞いた時は何を言ってんだって思ったもんだわ。あ、これ祝いな」
サツキさんが持っている紙袋を渡してきた。
「なーに?」
「高いタオル」
普通だ。
「あなたって真面目なのね」
「うん。まあ、遅くなったが、結婚祝いと新居祝いってところだ。カエデには個別で祝ったが、お前には祝ってなかったしな。せっかく招いてもらったし、用意した。マジで高いタオルだからな」
今日は珍しくというか、初めてサツキさんを新居に招いた。
実は引退してから会うのすら初めてだったりする。
基本的に用事があってもカエデちゃんに伝言を頼むか電話するかだったので会う機会がなかったのだ。
そういう話をカエデちゃんとしたらせっかくなんでお呼びしてパーティーでも開きましょうっていうことになったのだが、サツキさんはわざわざ祝いを買ってきてくれたらしい。
「ありがとう。タオルはいくらあってもいいからね。それにしてもやっぱり支部長になれるくらいだし、常識があるわ。我が物顔でよくウチに来るあなたの従妹のドケチとウチの弟子のレズっ子は何もくれない。この辺がユニークスキル保持者と支部長にまでなった人間の違いなんでしょうね」
「人を招いておいてその姿なお前も相当だけどな。何だ? 目覚めたか?」
失礼な。
「ちょっと話があったからこっちなのよ」
「ふーん、フロンティア案件か?」
「そんなところ。まあ、入ってちょうだい」
俺達はリビングに行く。
すると、カエデちゃんがテーブルに料理を並べていた。
なお、チビ夫妻は我関せずとゲームをしている。
「あ、サツキさん、いらっしゃーい」
「おー、カエデ。なんか主婦みたいだな」
「みたいじゃなくて、主婦ですよー」
その料理はミーアが用意したものだけどな。
「サツキさん、彼女の名前を知ってる?」
「カエデ」
「沖田カエデなの」
ぜーんぜん、違う。
「お前、心底うざいな」
「それはクズ2人からもよく聞くわ」
ヨシノさんとナナポンね。
「いつも言ってるからだろ」
まあね。
これが挨拶。
「まあまあ。座ってください。サツキさん、ビールでいいですか?」
「ああ、悪いな。しかし、まだ昼の3時だろ。昼食時でも夕食時でもないだろ」
「パーティーですから気にしないでください。適当に摘まんで適当に飲んでくださいよ」
カエデちゃんがそう言うと、ミーアがキッチンからお酒を持ってきてくれたので3人で席につく。
「ホントにメイドがいるな……」
サツキさんがキッチンに戻っていくミーアの後ろ姿を眺めながらつぶやいた。
「ミーアちゃんをスカウトするのに苦労しましたよ」
「おかげで変なチビ夫妻がついてきたけどね」
「君に変なって言われたく――おーいぃ!」
アルクがこっちを見た隙にリディアちゃんに攻撃されたっぽい。
「あれは無視してちょうだい」
「あっそ。乾杯」
「「かんぱーい」」
サツキさんが缶ビールを開けたので俺達も酎ハイを開けて、乾杯する。
「しかし、お前ら、金持ちなのに安い酒を飲んでるな」
「金持ちになっても貧乏舌は直らないのよ」
「まあ、わからんでもないな。私もお前のおかげで相当儲けたが、あまり食生活は変わらん。ガチャは回しまくっているが……」
この人、まだソシャゲをしているのか。
「vtuberに投げ銭してる?」
「それはせん」
そこはヨシノさんと一緒か。
前に聞いたが、ヨシノさんはvtuberをよく見るそうだが、絶対に投げ銭はしないらしい。
まあ、ドケチだもん。
「支部の方はどう? まだ問い合わせとかある?」
「あるな。お前が表舞台に出なくなってから半年以上経っているが、いまだにマスコミやらどこぞの企業から電話がかかってくる。まあ、私は私でお前からもらったポーションを売りさばいているし、クレアの企業が好調だからな。誰もお前が本当にいなくなったとは考えていない」
まあ、死んでないしね。
単純にこっちの世界では外に出なくなっただけだ。
「ヨシノさんとナナカさんはどう? ちゃんと冒険してる?」
「しているようだが、ほぼ遊んでるな。しかし、ナナポンはエレノアさん、エレノアさんとうるさいわ」
それは家でもそうだ。
「ヨシノさんだって悪くないでしょ」
「バカはバカが好きなんだろう。ヨシノって冒険のことになると真面目だしな。しかも、自分のことを棚に置いて正論を言う時があるからむかつくんだと」
あー、そんな感じはするな。
「あの人、見た目以外に良いところがないのかしら?」
「ないんじゃね?」
従姉もないと判断したか……
「可哀想な人……」
「本人は楽しいだろうけどな。お前はどうだ?」
「ふっ、私のことは最高顧問と呼んでちょうだい」
そう言いながら髪を払った。
「顧問? 何だそのお前に似つかわしくない肩書は?」
「ぷぷっ」
なんかアルクが笑った。
「表舞台で目立つのはもう時代遅れよ。今は裏で糸を引く存在になったの……そう、フィクサー!」
「おー!」
カエデちゃんがパチパチと拍手してくれる。
「お前は本当に人が想像しないことをするな……」
「常人の物差しで私は測れないのよ。そう、フィクサーだから!」
カエデちゃんは飽きたようでもう拍手はしてくれない。
「お前、絶対にフィクサーの意味を知らんだろ……具体的に最高顧問になってどうするんだ?」
「いい? もうすぐオーシャン王国は王様がそこのアルクに代わるの。そうなった時にオーシャン王国はこれまでの引きこもりから脱却するらしいのよ。その時に活躍するのがこの黄金の魔女なわけ」
壮大な計画!
「活躍? 混乱させるの間違いだろ。というか、オーシャン王国って何だ? バカみたいだぞ」
「サツキはまともだなー」
アルクがお得意のガヤを飛ばしてきた。
もっとも、こちらもお得意の無視だ。
「ふっふっふ、私はすでにオーシャン王国で知らぬ者はいない正義の魔女で通っているのよ。もはやオーシャン王国は私のものといっても過言ではないの。次は世界ね」
「そうなのかー?」
サツキさんがあっちでゲームをしているアルクに聞く。
「知らぬ者はいないってところだけあってる。あちこちの会合にやってきては我が物顔でお茶菓子をバクバク食べている謎のバカ。それと町の外にいる魔物を虐殺しまくっている殺戮の魔女」
「お前、本当に何してんだ……?」
サツキさんが呆れ切っている。
「いやいや、語弊があるわよ。私はアルクやリディアちゃんの護衛としてついていってるだけ。でも、何の話をしているかもわからないし、つまんないから食べることしかやることがないのよ。魔物狩りも町の人が魔物の脅威に晒されているっていうから正義の心で駆逐しているだけ」
全然違う。
「それのどこが顧問なんだ? SPだろ」
え……
「……さあ? でもね、でもね、めちゃくちゃ貢献しているし、仕事をしているのよ。ニートじゃないの」
それにこの前、顧問としてリディアちゃんにゲームの攻略情報を教えてあげた。
「ああ……ヨシノとナナポンにそう言われたんだな……」
あのボケ共めー!
「見ておきなさい……私はニートじゃないってところを世界に教えてやるわ」
「そんなしょうもない理由で世界のお偉いさんたちの頭を悩まさせるんじゃない」
今さら謝ってももう遅い!
俺は黄金のフィクサーとして世界に君臨すると決めたんだ!
歴史の教科書に載るんだい!
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