第021話 皆、お金は大好き ★
私はメガネを拭きながら部下の報告を聞いている。
「…………もう一度、言ってくれ」
先程言われた報告をちょっと理解できなかったので再度、言ってもらうことにした。
「池袋支部にレベル1ですが、回復ポーションが50個ほど納品されました」
部下の女性は先程と同じく、表情を変えずに淡々と報告してくれた。
「本当か?」
「嘘をつくほど暇ではありません」
優秀な部下なんだが、一言多いんだよな。
「ハァ…………そんなわけあるか! 回復ポーションを50個なんて聞いたこともないわ!」
私は年甲斐もなく、思わず怒鳴ってしまった。
「事実を言っているだけです。あと、パワハラはやめてください」
ぐっ……老害って思われてそうだ。
「申し訳ない。しかし、もう一度、聞く。本当か?」
「本当です。実際、私も嘘かと思い、他の者に池袋に行ってもらい、確認させました。その者の鑑定でも確かに回復ポーションだったそうです」
「そうか……」
じゃあ、本当なんだろう。
しかし、50個って……
「入手方法は?」
「スライムを倒したらドロップしたようです。運が良かったって言ってました」
「そんなわけ!! …………ごほん、すまん」
私は怒鳴りそうになったが、何とか止めた。
「いえ、気持ちはわかります。私も同じ気持ちですので」
まあ、そうだろう。
スライムから回復ポーションがドロップする事例も確認されているし、ありえないことではない。
だが、50個はない。
「盗品の可能性は?」
「回復ポーションが50個ですよ?」
ないか……
そんな盗みがあったら大騒ぎだし、そもそも回復ポーションが50個もあるところなんて限られている。
「納品者は?」
「例の女です」
「…………エレノア・オーシャン」
私がつぶやくと、部下はゆっくりと頷いた。
「あの回復ポーションを5個も売った女が今度は50個か……では、次は500個かな?」
はははー。
「ありえます」
……………………。
「その女は何者だ?」
「調査中です。ですが、名前、住所などのすべての情報がでたらめなことはわかっています」
「そんな者を放置して良いのか? 警察に届けたらどうだ?」
「回復ポーションを55個も納品する者をですか? すでに政府は把握していますし、一部の議員が動いています」
わかっている。
そんな有益な冒険者を海外に流出させるわけにはいかない。
「冒険者の資格をはく奪したら私はクビか……」
「私もマズいです。まだ奨学金が残っていますし、弟が大学生です。路頭に迷うのは嫌です」
結構、苦労してるんだな。
「私だって、孫が今度、私学に入る。娘夫婦に援助せねばならん」
「では、放置でよろしいですね?」
「池袋の支部長はなんと?」
「聴取はしましたが、特に不審な点はなかったそうです」
そんなわけないだろ!
「チッ! 囲ったか!」
各ギルドの支部が有能な冒険者を囲むことはよくあることだ。
そして、一度、囲ったら絶対に流出させない。
多分、裏で何かをしてるんだろう。
「おそらくそうでしょう。そのレベルの冒険者を逃すような者は支部長にはなれません」
「チッ! 不人気ギルドとはいえ、支部長は支部長か……」
あの女狐め!
「舌打ちをやめてください。パワハラです」
パワハラかー……
最近は本当に厳しいな。
ロクに部下も飲みに誘えん。
「上からはなんと?」
「あの女は何者だ? 調査せよ。ただし、絶対に流出させるようなことはするな、だそうです」
自分らで調査しろよ。
いや、してるか……
「難しいな。情報が少なすぎる」
「露出が少ないですしね。ただ、一部のマスコミは嗅ぎつけ始めてます」
「やけに早いな……」
「先程、一部の議員が動いていると報告しました。これ以上は言えません」
全部、言ってるぞ。
「ホントに金の匂いを嗅ぎつけることだけは優秀だ」
「同意しかねます」
嘘つけ。
「エレノア・オーシャンは本当に日本人か?」
「わかりませんが、写真を見る限りは日本人というか、アジア人の顔立ちです。どうぞ」
部下が写真を渡してくる。
その写真に写っているのはどこかの店で財布を手に持っている写真だ。
「これは?」
「財布を買おうとしているところを一般市民が盗撮したようです。それがネットに上がっていました」
「ネット?」
「コスプレイヤー発見! とありましたね。すぐに削除させました」
まあ、こんなに長い金髪はまず見ないし、この真っ黒い服は目立つ。
コスプレイヤーと思うだろう。
「うーん、確かに日本人といえば、日本人だが、よくわからんな…………この本部に呼べんか?」
「池袋支部長が拒否するでしょう。いつもの『ギルドは冒険者を守る義務がある』ってやつです」
何か問題があり、本部が各支部に所属する冒険者を呼び出して聴取をすることはある。
だが、有能な冒険者を聴取しようとすると、どこのギルドもこれを言う。
そして、あいつらにはそれができる権限もある。
「ここだって、ギルドなんだがな」
ギルド本部だ。
そして、私は本部長。
「各支部の支部長は自分が王様ですよ」
「だろうな……内密に接触はできんか?」
「無理です。というか、家もわかりません。探偵を雇ったりもしているんですが、まったく足取りが掴めませんでした。突然、消えるそうです」
……………………。
「え? そいつ、本当に人間か?」
「ポーションを55個納品し、身元不明、姿かたちも曖昧」
「おばけだな」
「どちらかというと、あれは魔女でしょう」
確かに格好から見ても魔女だな。
「ハァ……他に情報は?」
もうないだろ?
「渋谷支部からの情報です」
あるのか……
「なんだ?」
「渋谷支部の冒険者がクーナー遺跡で魔女と接触したようです」
エレノア・オーシャンはもう魔女で決定だな。
「トラブルか?」
「みたいなものです。どうやら高校生を引率中に便意で少し外したようです。その間に高校生達がスケルトンに襲われ、ピンチ。そこを救ってくれたのが…………」
「魔女か」
「はい。魔女はものすごい剣技でスケルトン5体を瞬殺すると、ケガをした女生徒にポーションを分けてくれたそうです」
剣技?
魔女なのに?
「良い話ではないか。冒険者はそうでなくてはならん。助け合いが大事だ」
現実は自己責任という言葉で見捨てることが多い。
まあ、危険だし、トラブルも多いから気持ちはわからんでもないが、嘆かわしいことだ。
「学生は助けてくれ、ポーションを使ってもらったのにもかかわらず、ドロップ品の所有権を主張し、暴言を吐いたそうです」
………………前言撤回。
最悪な話だった。
「それは誰から聞いた?」
「助けてもらった女生徒が引率者に報告したそうです。引率者はすぐに渋谷支部の支部長に報告し、その女性を探し始めたとの話です。謝罪をしたいそうです」
つまり、渋谷支部の支部長も魔女を知っているわけだ。
いや、もうすべての支部の支部長が知っているだろう。
となると、争奪戦か?
うーん、まあ、あの女狐が冒険者を奪われるようなヘマをするわけがないか。
「その暴言を吐いた学生の資格を取り上げろ」
「よろしいので?」
「邪魔だ。理由はフロンティア内で著しく危険な行為をしたからとかそんなもんでいい」
本当に余計なことをしてくれたわ。
「引率者は?」
「1ヶ月の免停」
ちょっと重いが、仕方がない。
「わかりました」
「ハァ…………今日は嫌な報告ばかりだな」
「すみません、本部長」
部下が珍しく謝ってきた。
なんだ?
そんな殊勝な女じゃないだろ。
…………ん?
「その書類は何だ?」
私は部下が抱えている書類が気になった。
「池袋支部の支部長からの申請書です」
部下が深々と頭を下げ、申請書とやらを渡してくる。
「いらん」
私は嫌な予感しかしないので受け取りを拒否する。
「では、説明いたします。これはオークション開催の申請書です」
最悪…………
最悪すぎる。
「物は?」
「アイテム袋です」
「…………容量は?」
「ちょうど5キロ、10キロ、50キロ、100キロです」
ちょうど、か…………
「4つか?」
「2つずつです」
「……………………出品者は?」
「エレノア・オーシャン」
魔女め!
こいつ、絶対に人間ではない。
モンスターだ。
魔女というモンスターだ。
「もう怒鳴る気も起きんよ…………」
「申請を却下しますか?」
「却下すれば、民間にいかれる。ダメだ」
絶対にダメだ。
それこそ、本当に私のクビが飛ぶ。
「では、ここにサインを」
「これにサインを書いたら大騒ぎだぞ?」
マスコミもネットも大騒ぎだ。
「時間の問題でしょう。これで終わるとは思えません。これは始まりです」
「私もそう思う。よこせ。サインを書く。こうなったらギルドの利を考えるしかない」
「どうぞ」
私は部下から受け取った申請書にサインをする。
「ほれ」
「ありがとうございます」
私が申請書を返すと、部下が受け取る。
「上に早急に対応するように言え」
「何のです?」
「このまま事が進めば、この国では終わらん。外国も来るぞ」
「……来ますか?」
部下がゴクリと唾を飲む。
「アメリカ、中国、ロシア…………それにフロンティアとの条約を破り、ゲートを閉じられた国が魔女の確保に動く…………この女は黄金だ」
私は写真を指で掴むと、ひらひらと動かした。
「黄金…………黄金の魔女ですね」
「お前も動いて接触しろ。クーナー遺跡だ。仕事に戻れ、Aランク」
「かしこまりました。そのように致します」
部下は一礼をし、退室していった。
有能な冒険者を抱えているのは支部長だけではない。
私だって、抱えている。
Aランク冒険者の三枝ヨシノをな。
……非常に高かったがね。
それにしても黄金の魔女、エレノア・オーシャンか…………
この魔女は間違いなく、ユニークスキル保持者だ。
問題はその能力…………
確定ドロップみたいなものだろうか?
ヨシノにステータスカードを確認させるのが一番だが、絶対にそれはさせないだろう。
…………まあいい。
有益であることは間違いないのだ。
せいぜい、活躍して稼いでくれ。
オークションの収益の5パーセントはここに入るんだからな!
はっはっは…………
ぐっ……!
やっぱり反対を押し切ってでも、7パーセントにしておけば良かった……!




