第2話 来訪者
「一体どうやったら、湯で満たされた鉄窯が傾く?」
「ルナーダ君、聞くのそこ? ファーマちゃん、大丈夫? 一体何があったの?」
「お風呂に入ろうとしたらお湯が熱すぎて、出ようとしたら転んで窯が火傷しそうに熱くて...」
「だから大人仕様だと言っただろう?身長が無いと非常に難しいんだ。」
「ファーマちゃん、火傷していない?」
「大丈夫、咄嗟に冷水で冷やしたから…ブルブル、寧ろ寒い…」
サエが大きめのタオルを借りて来てファーマのひんやりと冷たい体をふいてやる。
残されたルナーダは、宿屋の二人が風呂釜の傾きを直すのを見て首を傾げた。
(随分力持ちだな? それに熱く無いのか?)
不審に思って近づいて触ってみると謎は解けた
何故か風呂窯の温度はすっかり下がっており、寧ろ気温より低いくらいだった。
そして風呂の中には殆ど水が残って居なかった。
そう言えば女将がびしょ濡れになっていたし、目を凝らせば砂利敷の上が濡れている。
(あいつ、咄嗟に水撃魔法を撃ちやがったな...しかも冷水で?)
部屋では丁度その説明をサエがファーマから受けていた所であった。
「あら?じゃあ今日はもうお風呂は無理ね?今からあの大きな窯にお水を張って、沸かしてってやっていると夜遅くになっちゃうわ?」
するとファーマは済まなさそうにこう提案する。
「私が直接お湯を入れるね。」
二人が戻ると丁度、川から桶で水を汲んで来て張り直そうかと旅館の夫婦が相談していた所であった。
「あの、私がお湯を入れますので大丈夫です、任せて下さい。」
「いや、魔法でもなきゃそんな真似…お湯出たーー!」
ファーマの呪文共に突如空中から大量の清水が窯に注がれると、次に唱えた魔法で一気に水が湯気を立てだした。
湯に変わったのだ
「お湯加減がどうかしら?あら、少し温め過ぎたみたい、水を足しますね?」
ザバア
こうして一瞬で風呂が仕上がってしまったので、宿屋の主人は真顔でファーマの両肩を掴む。
「お前さん、うちで働かねえか?」
返事代わりに愛想笑いで部屋に戻ろうとするファーマをサエが引きとめた。
「さっき体が冷たかったわ、折角だから一緒に入りましょう?風邪を引いては大変。」
こうして、二人が風呂に入っている間に料理の準備が整う。
旅館の主人が自慢するだけあってキノコ鍋は絶品であった。
中には謎肉が入っていた。野性味あふれる旨さだ。
「猪の肉ですじゃ、猟師が捕まえた物をおすそ分けして貰って来ました。」
3人は心行くまで食事を楽しんだ。
その夜。
ぐっすりと寝入った3人の部屋に黒装束の人影が現れる。
一人、二人、総勢3人の黒影だ。
「今日の獲物はこの3人か? この女はスケベな貴族に高く売れる。こっちは子供、男と女か?まあ、どっちも特殊性癖の貴族に高くうれるかもしれん。」
そういって男たちは寝入っている3人を簀巻きに巻くと肩に担いで連れだしてしまった。
翌朝。
「いたたた、頭が痛い...」
こめかみを摩りながら目を覚ましたサエは周囲の状況がおかしい事にすぐに気付いた。
「何で私達牢屋の中にいるのよー!」
内側は狭く3人が無造作に寝かされていた畳2畳程のムシロ1枚と丁度同じ程度の広さだった。
窓は無く天上に手が入るか如何か程度の穴が3つ開いておりそこから陽光が差し込んでくる。
牢の外は狭く薄暗い通路だったが、大声を出すと直ぐに誰かがやって来た。
昼間だと言うのに黒一色の衣装を頭から被り、露出している肌は目元だけという妙な出で立ちの男だ。
「静かにしねえとこいつで殴るぞ?」
男は手に持った鉄の棒をこれ見よがしに掲げ、脅す。
サエは小声で背中の二人に囁いた。
「ねえ、これって?」
「どうやら、誘拐されたようだな。」
「ルナーダ様、落ち着いている場合では無いでしょう?」
「まあまあファーマ、人さらい共の目的はサエの体に違いない、俺達など労働力としての価値は低いだろうかな。」
すると、黒づくめの男が会話に割って入って来た。
「確かにエロボディーの姉ちゃんは金貨50枚にはなるだろうぜ。だが残念ながら俺達は変態専門なんで小さいお嬢ちゃんだってもの好きな客なら金貨20枚は出すんじゃねえのか?」
「じゃあ俺は?」
「ちびか?もし変態に売れれば金貨10枚、まあ需要が稀だから売れ残ったら金貨1枚で国外行の奴隷船に売り飛ばされるって所だろう。」
それを聞いたルナーダは大笑いした。
「聞いたかファーマ、俺が金貨1枚、お前が20枚、へっぽこ剣士が50枚だと。」
「はい、笑える金額ですね。」
「ちょっと二人とも、へっぽこって役立たずって事?傷つくんですけど?確かに今回は油断しちゃったけど..」
「今回は?ケペ村でエロ村長から救ってやった事を忘れたのか?お前の仕事は俺達の警護の筈だがちっとも役に立っていないじゃないのか~?」
「そんなあ~」
ムシロの端でいじけるサエの横顔を見て、まつ毛が長いのが美しいと感じたルナーダであったが、その様な態度は出さない。
「では、こいつらの取引相手の書類を押収してとっとと次の村へ出かけるとするか?」
「はい、ルナーダ様!」
「ちょっと君達、何をする気?」
「おい小僧共、何舐めた事ぬかしてるんだ、この棒で...」
突き出した棒に対してファーマはくるりと背を向けると腕先から閃光放つ。
一瞬遅れて大きな爆発音と土煙が吹き抜けた。
爆風で転がったサエは鉄格子に頭をぶつけ、門番は通路の壁に叩きつけられた。
だがそれ程の爆発だったのに、ルナーダとファーマは事も無さげに悠然と立っているでは無いか。
目を凝らすと彼らの周りにだけ土煙が無い。
まるで体の周辺を見えない魔法障壁が覆っているかの様に。
「痛ったーい!君たちずるーい」
サエは後頭部をさすりながら壁にぽっかりと開いた横穴から外へでようとすると、誰かに後ろから首元を掴まれた
「ルナーダ君、なにするの」
「そっちじゃない、用があるのはこっちだ」
「だってそっちは鍵がかかってるし、あっ人が来た!」
爆音を聞きつけて、牢屋の前には続々と人が集まり始めた。
皆先ほどの男と同じように黒づくめで、口々に何か喚いている。
やがて誰かがカギで牢屋の鍵を開け男共が雪崩れ込んで来た。
じたばた逃げ出そうとしていたサエは、男達が迫るとルナーダにしがみ付く。
「もう~、囲まれちゃったじゃない」