第2話 冒険者「さえずり」
夕暮れ時、街の彼方此方から白い煙が立ち上ると何処からともなく香ばしい香りが漂ってくる。
同時に大通りでは屋台が出はじめる。
昼間賑わった店は半分ほどが店じまいし、一方で午前中は締めていたレストラン達に客足が増えて来た。
そんな薄暗い夕暮れ時、大きく「inn」と書かれた看板の建物の前で少年が所在なさげに立っていた。
見かねた店主が出て来て一言言った。
「おい、小僧、さっきから何時間そこに立っているんだ?他の客に迷惑だから向こうへ行け」
少年は鼻を鳴らす。
「フン、財布を持った奴がくるまでの辛抱だ、黙って部屋を二部屋空けて於きやがれ。」
その大人を大人と思わぬ様な偉そうな口ぶりに、店主は呆れて中へ戻って行く。
暫くすると昼間の少女が何事も無かったかの様にやって来た。
「只今戻りました。」
「ご苦労、遅かったな。報告は中で聞く。」
ドアを開けると頭上でカランコロンとベルが鳴り、満面の笑みを浮かべた店主が奥から顔を出す。
「いらっしゃいませ!っお前か...」
「お前とは何だ、客に向かって!財布が届いた、とっとと二部屋案内しろ!」
だが店主はグズグズと何か呟いていたが、直ぐに一部屋しか空きがない事を白状する。
「別に一部屋でも良いじゃ無いの、あんた達子供同士なんだし。大人用ベットひとつで十分足りますよ」
「手前!そういう事じゃなくってだな…ん?」
怒り出した少年の裾を引っ張った少女が何事か耳打ちすると、少年は冷静さを取り戻す。
ジャラリと銀貨がカウンターに置かれた。
「アンタら、旅行者だね?どこへ行くんだい?」
部屋に案内する途中で宿屋の亭主がたずねた。口調は穏やかだ、金の力だろう。
「あの、ケペの村に行って、それから...」
「珍しいな北へ行くのか?ん~む、お嬢ちゃん気をつけなよ、ケペ村は良い噂は聞かないから」
「あのう、どういう事でしょうか?」
宿屋の亭主とファーマがひそひそと話し合っている間、ルナーダは低くて汚れた天井を睨みつけながら歩いた。
そんな二人が案内された部屋は、丁度大人一人が寝れるほどのベットが一つと小さなテーブルがポツンとあるだけのシンプルな物だった。
少女は早速、持っていた袋からパンや星肉を取り出し、小テーブルの上一杯に広げると、少年に水筒を手渡しながら報告をする。
「私を連れ去ろうとしていた男たちはこの街のCランク冒険者でした。」
「なぜ正規の冒険者があんな強奪じみた真似を?」
「どうやらこの街のギルド本部は冒険者達に十分な報酬を支払って居ない様でして...」
「おいおい、ここは国一番の商業都市だぞ?何だ低落ぶりは、驚きを通り越して呆れる。」
「では私が責任者を始末して参ります。」
すうーと、暗闇に溶け込もうとしていたローブの裾をルナーダは鷲つかみむと、強引に引き寄せた。
その拍子で少年のつるつるとした、剥きたてのゆで卵の様な可愛らしい頬に危うく接吻寸前となった少女は思わず息を飲む。
天日干しされた魚の半身の様に、全身を硬直させた少女の耳元でルナーダはゆっくりと囁いた。
「まてまて、それじゃ何も変わらない。俺が世直しの手本を見せてやる。」
□◆
翌日、冒険者協会を訪れた二人の前に一人の女剣士が紹介された。
「さえづりって名で通っているの、ニックネームはサエ。名指しで指名なんて初めてだからとても嬉しくて、宜しくね!」
年は二十歳前であろうか?童顔で可愛らしい娘がはち切れんばかりの笑顔で挨拶した。
色白、肌がきめ細やか、細めだが良く通った鼻筋にすらっとした顎のラインの先には長すぎず、短か過ぎず、ちょうど良い小ぶりの顎は男なら皆好意を持つに違いない。
しかも加えて、何ともグラマラスな胸の女子だった。
かと言って体形が太い訳では無い、すらりとした印象だ。
ウエストが幅広の革ベルトで締まって見えて、そこが又バストの大きさを依り際立たせて見せるのかもしれない。
また、そういうスタイルなのかベルト下の白い着物の裾が極端に短かかった。
その為、下着では無いのだろうがチラチラ白っぽいアンダーパンツが見え隠れするので厭がおうにも目を引く。
大きく開いた着物の胸元はヒマワリ色のビキニ状下着が大きく覗き、双丘と闇深い谷間を形作っている。
昼間からこの様な姿では、地獄に住むと噂される淫蕩なヤギの悪魔でさえ、照れて隠れてしまいそうだ。と思いながら、ルナーダはなるべく正面から目を合わさないように差し出された手を握った。
自然と視線は腰に差した直刀の鞘に行く。古びれていて決して稼ぎが良さそうな感じではない。
「さあ、もう準備は出来ているからね!」
満面の笑みで案内された馬車屋で、これはもう走っている間にバラバラになるんじゃ無かろうかと心配になるほどガタの来たオンボロ馬車と、負けず劣らずくたびれた老馬達を見せられ、ルナーダ達はぽかんと大きく口を開ける。
「ちょっと待て、前金をタンマリ渡した筈だが?」
困り顔でもじもじ言いにくそうなサエは、ごにょごにょ小声で呟いた。
「ええとね、この街初めてらしいから言いにくいんだけどね...依頼料の、まあ半分くらいは中抜きされてると思って貰って差し支え無いから...」
「そんなバカな話があるか!護衛料から手数料で半分としてもひど過ぎる話しだし、そもそも支度用の金が大半の筈、それを中抜きするとは何事だ!」
「でも…ここじゃあ仕方が無いんだよ、私達が言ったって誰も聞いちゃくれないし、諦める他ないよ」
「なぜそこまで卑屈になる?文句を言った事は無いのか?もういい、他を当たる、ギルドに行って金を返せと怒鳴り込んでやる!」
「私じゃ無いけど..文句言った人いるわよ..何人も、でもギルド協会は裏でこの街の貴族達と繋がっていて、貴族達が仕事の依頼は必ずギルド協会を通さなくちゃ駄目だって定めを決めたのよ、もう文句言ったって無駄よ」
「何だと!そんな事を勝手に決めて一体如何いうつもりなんだ?ええい、貴族が駄目ならもっと偉い奴、王族にでも直訴したら如何なんだ?」
偶然の事にサエとファーマが同時に口に手を当てた。
プッ
噴き出したサエは、さも当然であるかのように語り出す。
「はははは、君面白いこと言うねえ?
王族~?他所の領土を奪う事以外に頭がない人達。何故私達の味方になってくれるの?
無理無理無理無理ぜったい無理。この街の貴族で駄目だったんだから他所に住む、しかももっと偉い人達なんてだれも私達庶民の事なんて気にしてくれないよ」
これにはルナーダも柔らい頬をパンパンに膨らましたまま黙り込んでしまった。
ここで会話が途切れると、まるでその瞬間を狙っていたかのようにファーマが切り出した。
「じゃあサエちゃん、お仕事の前にちょっと人差し指を出して?ちょっとちくっとするけど我慢してね?」
昨日までの口下手が嘘の様に滑らかな説得だった。
ファーマはサエの指に針でぷすりと穴を開けるとその血を数滴小瓶の液体に滴下する。
すると小瓶の色が青に変化した。
「うん、ばっちり、念のためにあと2~3滴貰っとくね。」
そう言ってファーマは別のハート型をした可愛らしい小瓶を取り出すと、大事そうに血液を数滴採取し懐に仕舞い込むとホクホク顔でルナーダの隣に戻る。
刺された指を嘗めながらサエは老馬2頭が引くオンボロ馬車の御者台に座り込んだ。
「さあ、食料はちゃんと積み込んであるし言われた通り毛布も準備した、
足らない物は道中で調達するからとにかく乗って荷物の確認をお願い。」
ルナーダとファーマは馬車に乗り込むと、手際よく品物を確認し始めた。
馬車がゆっくりと走り出しても暫くは荷物確認をしていたが、数分もすると終わった様で、穴だらけの幌が掛かった荷台から苛立った少年の声がサエの耳に届いた。
「ちょっと用事が有るから協会本部に寄ってくれ。」