第2話 またしても
意外な事に最上階は平坦な板間である。
「やあやあ、よくきてくださいました大魔導士様、ささっお付きの方もこちらにお座り下さい。」
気取った老人を想像していたサエは拍子抜けした。
「おや、どうなさったお付きの剣士殿?儂の顔に何かついておるか?」
「あっすみませんっ!とても気さくな方だったので驚いてしまいました..」
「ハルシオ侯爵公、こいつは世間知らずなので許してやってください。」
雇い主であるルナーダがそう取りなすと、突然伯爵の顔が真っ赤になる。
「小僧には聞いておらんわっ!黙ってなさい!」
突然の豹変に一同はしらっとした雰囲気になったが、ルナーダは何も言わず一礼をすると2歩後ろへ下がった。
しかし下を向いたその顔は噛みつきそうな形相で有る。
彼が顔を上げた時、表情は至って穏やかな物にとりつくろわれていたので、それを真横で見ていたサエは瞬きをぱちぱちした。
「さあ、剣士のお嬢さん、何か質問はあるのかな?」
再び聞かれて根が単純なサエは思った事をつい口走ってしまう。
「あの、ここまで上がってくるの大変じゃないかなあって、あとトイレどうするんだろうって。」
「ふあっはっはっ、面白いお嬢ちゃんじゃ、気に入った、儂の上り下りは専用の昇降機が実は隠されておる、トイレはそこの箱の中じゃな。」
そう言って指し示された美しい模様の入った漆塗の木箱を見て、なぜこのように高そうな箱が床に直置きされていたのかを理解する。
「大魔導士様とのお話が終わったら少し残って行きなさい、昇降機も見せてあげよう。」
サエが返事をする間もなく、伯爵はどんどん話しを進めて行く。
「さて、大魔導士様自ら、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「査察。」
ファーマの瞳は普段とうって代わって冷たい。
「では馬車を用意させますのでご指示ください、どこへでもご案内させます。」
三人が馬車に乗る為、階下へ降りようとしたとき伯爵がサエを呼び止めた。
「行ってこい。」
小声でルナーダが命令する。
「だって!人さらいに関わっているかも知れないんでしょう?!」
小声で必死に抗議するサエ
「そうだ、そして糾弾するには証拠が居る、分かるな?」
こうしてサエは置いてきぼりを食らう事になった。
■
ルナーダとファーマが乗り込んだ馬車は城下町に向かう。
停車したのは食堂の看板を掲げた平屋の前、馬車を降りた二人はいそいそと中へ入ると甘味を注文する
案内の者が主人に来訪者の身分を伝えると、皆身を低くして出迎えられた。
「所で、少しこの街の事を教えて欲しいのだが、事情に一番詳しい人物は誰だろうか?」
大魔導士の傍らで少年が偉そうに尋ねたが、亭主は愛想笑いを崩さずニコニコ答える。
「へい、それでしたらこの先を直ぐ行った所の教会にいる神父様が一番よくお知りかと。」
厨房へ戻った亭主は女将に調理を指示するなり、さっそくぼやく。
「いやあ~、びっくりしたぜ、大魔導士様は年を取らないとは聞いて居たがまさかあんな小さい子供みたいな背格好だとはな~、隣に偉そうな坊主がいたがありゃ駄目だ、典型的な威を借るキツネって感じで将来碌な大人にならねえ。」
干し柿と葡萄を練り込んで焼いた小麦菓子を北部特有の取っ手の無い湯呑に入った深い赤色のお茶で頂く頃、一人城に残されたサエは喜々として秘密部屋を案内する侯爵の背中を不安そうにみつめていた。
今は優しいご老人だが、先ほどの様にルナーダには厳しく二面性がある。
なにより、立ち寄った村での人さらいに侯爵が関係しているかもしれない容疑者。
サエの様子に気がついた侯爵はねこなで声で誘う。
「おや疲れたのかい?疲れに聞く飲み物を持ってこよう」
暫くして戻って来た侯爵の皺だらけの手には甘ったるい匂いだが何k刺激臭のある赤い液体が入っていた。
「あの、侯爵様?それは...」
「ワインじゃよ、この地方の名産なんじゃ、ちゃんと飲みやすい様に水で割ってはちみつを入れたから特別に甘くて旨いぞ?」
ごくり、甘味に飢えたサエの体がはちみつという言葉に反応した。
「は、はちみつなんて高価な物、平民の私が頂いても?」
「いいから、いいから、さあグイッと行きなさい」
グビグビと杯を空ける伯爵を見つめていたサエは我慢できなくなり、杯に手を掛けた。
ぐびっ
強烈な甘みが喉を焦がし、痺れるような多幸感が脳髄を駆け上がる。
ぐびっぐびっぐびっぐびっぐびっぐびっ
一気に杯を飲み干すと、天にも昇る心地が渦巻き、次第に意識が遠のいて行った。