第4話 ファーマの正体
ウティメは隣家に住むウメディオの娘だが、突然の申し出におののいた。
「悪い剣士だか?おっかねえ!」
だが、大金に目のくらんだ父親の勧めもあってしぶしぶに承知してくれた。
夕刻になると体中に引っ掻き傷を作ったサエが疲れた様子で村にやってきた。
打ち合わせ通り、ルナーダ達の事は知らない事にしてティゴスクはサエを歓待する。
腹いっぱいになったサエは勧められた床に休むことにした。
山登りは大変だが、実は下りも常に踏ん張っていないと足を滑らてしまうため思うより何倍も体中の筋肉を酷使する。
昼から歩き通して足が棒のように張っていた。
直ぐに寝息を立て始めたサエをルナーダ達は一晩そっとした。
翌朝早くサナの泊まる部屋に侵入したファーマはサエの口元を手で押さえる。
異変に気付き飛び起きたサエをジェスチャーで鎮めると、何事か囁いてファーマは去って行った。
再び眠りにつくサエ。
すると間もなくティゴスク達村男3人が入っていてあっという間にサエを縛り猿轡をはめた。
「はーはっはー!俺達をつけねらう悪党め、これから侯爵殿にお前を引き渡してくれる!」
村人達の後ろから颯爽と現れたルナーダが、農民たちに縄でぐるぐる巻きにされたサエの鼻先に指先を突き付けた。
「むーむむーむうん、ほむれむーん。」
サエは猿轡の所為で喋れない。
そのまま促されるまま山を登ると、手前でルナ―ダ達は姿を隠し、不安そうに後ろを振り向くウティメに笑って手を振った。
「何だ村娘、今日は立て込んでいるんだ、野菜を置いたらとっとと下山しろ、支払いは明日取りに来い。なんだと?女剣士~?」
ぞろぞろと男達が小門から出て来るが、黒装束の下から白い包帯が見える。
彼らはサエを見ると、皆怒りの眼差しで睨みつけた。
「てめえ~、昨日はよくも!」
「おい娘、こいつらの他に子供がいなかったか?」
だが、ルナーダから二人の事を喋ると報奨金が二人の懐に入り、ウティメ達が損をすると言い聞かされていた彼女は被りを振り続けた。
「おっとうが捕まえたのはこの人だけです。」
納得した黒づくめの男達はサエを取り囲む様に塀の中に連れて行った。
駄賃に銀貨3枚を貰ったウティメが嬉しそうに戻って来る。
「これで何か買って貰える、さあ帰るべ。」
「ウティメ、俺達は用事を済ませてから戻るからお隣のティゴスクさんに伝えてくれないか?夕飯には戻るから飯をたらふく3人前用意しておいてくれと。」
□◇
再び牢屋に連れ込まれたサエが臨時で壁にあてがわれた竹柵の中から外を眺めていると、男達に二人に牢から引きずりだされた。
そのまま引きづられる様に兵士の待機所まで連れてこられると、そこには見知らぬマスク男が待っていた。
他の黒づくめ達と違い、男は王都風のしゃれた洋服を身にまとっているし喋り方も訛りが無い。
「お前は魔法を使えるのか?」
男の声は被っている黒塗りのマスクの所為でくぐもっていたが、恐らくは中年の声だ。
ブルブルとサエは首を横に振る。
「そうだろうな、こんな真似を出来るは王都でもそう何人もいない..そしてお前が連れていたという二人組の子供達、一人は少女だったというじゃ無いか?」
カクカクと首を縦に振るサエを見て、男は可笑しそうに笑った。
「ふはははは、どうせお前は知らずに巻き込まれたのだろうから教えてやる、その少女の姿をした生き物は国一番のキチガイ、ファーマと呼ばれる魔女だ。奴は過去に破壊の限りをつくし幽閉中だっと聞いて居たが、よもや逃げ出していたとは...」
猿轡をされたサエは何か言いたそうな目で男を凝視している。
「女、騒がぬなら猿轡を解いてやらんでもないぞ?」
黒装束達がサエの口を縛る布を取り払うと、彼女は大きく深呼吸ののちに尋ねた。
「私をこれから如何する気?」
「貴族に売られて屋敷の地下牢で一生を過ごして貰う。悪いが我々には金が必要なのでな。」
「誰の命令?!」
「お前がそれを知る必要はないよ。」
其の時、突然部屋に子供特有の甲高い声が響き渡った。
「つまり、お前を吐かせる以外に知る手立ては無いという事か?はっきりしてよかった。」
「誰だっ!」
叫んだ黒マスクが何かに弾かれた様に宙に舞い、男はもんどりをうって倒れ込む。
他の黒づくめ達は一斉に振り返ると、撃った少女目掛けて飛び掛かった。
「フロスゴンテー‼」
小悪魔の放った白い息吹は男達を瞬く間に凍らせ、バランスの悪い石造の様に固った体は倒れた拍子に皹が入り砕け散る。
「あーあ、蘇生は無理っぽいな。」
「悪党は生かしておいても又悪い事をします。」
「まあそう言うなファーマ、それでも更生の機会を与えてやるのが王の統治という物だ。」
「分かりました..」
まるでしゃれたお茶会での日常会話の様に風景に、仮面を剥がれた男は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「貴様が魔女か?!よくも私の家来を殺してくれたな?!」
壁に掛けてあった剣を握ると少女目掛けて襲い掛かる。
「があっ‼」
だが、悲鳴を上げたのは男の方だった。
剣を握っていた左手首はすっぱりと斬り飛ばされ、放物線を描き地面に落ちると、手首からはびゅっびゅっと鮮血が迸る。
「死なれてはやっかい、フロスポンテ―」
今度は血が噴き出す手首が真っ白になり血が止まったが、男の顔色は真っ青になり両膝を地面につく。
「俺の手~俺の手~」
白く固まった左手を摩りながらうわごとの様に繰り返す男を容赦なく蹴り倒したルナーダは、倒れた胸元に足をかけ、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「おい、この辺で侯爵って言えばハルシオ侯爵だが、奴はこの事を知っているのか?」
「きっ貴様!侯爵様を奴よばわりとは、ぶへっ!」
何かが男の頬を弾いた、氷塊だ。
「ルナーダ様が質問している、答えないと顔の皮を半分剥ぐ。」
「ひいいいい~」
「おいおい、ファーマ、そいつはやりすぎだ、せめてもう一本腕か脚で勘弁してやれ。」
「分かった..フロス...」
ファーマが呪文を口に仕掛けた時、
「分かった!分かったから助けてくれっ!」
男は涙ながらに懇願した。