第3話 脱獄と侵入
「ファーマ、やれ」
「フロスポンテ―」
白い両腕が流れるような弧をえがくと光の粒が辺り狭い牢屋一面に降り注ぐ。
立ったまま蝋人形の様に凍った黒装束にサエがそっと手を当てると、びくりと手を引いた。
「冷たいっ!?ルナーダ君、これって生きてるの?」
「知らん!ファーマが手加減したなら可能性もゼロじゃない、行くぞ!」
開いた牢から逃げ出すと薄暗く曲がりくねった通路を走り抜け、狭い階段を駆け上った先に細いドアがあった。
バーンと勢いよく開けると、賊の待機所が。
汚いテーブルと椅子がランダムに並ぶ部屋を走り抜けると明るい屋外に出る。
久しぶりの屋外では、周囲をぐるりと覆う壁が50m程遠くに見えた。
丸い運動場の真ん中に家を建て周囲を広く囲ったような場所だった。
「おかしいわ、塀の外に空しか見えない、塀は高そうだけど人二人分って所じゃない?なのに隣の家の屋根も見えないなんて..」
「おいおい、自分はダナの都会っ子だっていうアピールか?少し田舎に行けば周りに何もないなんて普通じゃないのか?」
「でもルナーダ君、それなら山とか見えても良いんじゃないかな?」
「バカ剣士、北部には平野の牧草地帯だってあるんだ。」
サエはリスのように頬を膨らませたが、はっと気づいた様子で部屋の中へ入っていった。
「あった、あった、私の愛剣、でもルナーダ君達の荷物らしきものは無かったわよ、はっ..」
「何が はっ だ?」
「だって今、君は一門無しじゃない?私お給料貰えないじゃないの?帰って良いかしら?」
「ふざけるなよ糞剣士、お前がしっかりしないから誘拐されたんだ、当然盗まれた金はお前に請求する。」
「ひえーん、無理だよ~、私お金持って無い~」
そう言われてルナーダは、契約でサエに食事や宿の代金を出してやっていた事を思い出す。
「はあ~、とにかく今は黙ってついてこい。」
■◇
何もないグラウンドを横切り、漆喰の白壁の前でファーマが魔法でぶち破った時、三人は何故景色が空ばっかりだったかの理由を知った。
ポッカリと開いた穴から見下ろす眼下には低木の繁った山裾が広がっている。
「それほど高い山ではなさそうだが態々山の山頂にこんな物を作るとは、念入りというか、無駄な労力と言うか..俺なら平地に砦を作ってそのこ地下牢にでも隠すがなぁ~」
「それよりルナーダ様、これでは首謀者の所在が分かりません、何の為に泳がせたのか分からなくなりますので、直ぐに先ほどの牢に戻って誰かに吐かせましょう。」
ファーマの提案を手で制するとルナーダは邪悪な笑みを浮かべる。
「いいや、あそこに見える一番近い村に降りてまずは腹ごしらえだ」
「分かりました、では飛びますので肩に手を」
ルナーダがファーマの細い肩にそっと手を置いたのを見て、やりとりを聞いて居てサエは気が動転した。
「ちょっと、貴方達一体何を言ってるの?」
「ん?サエは重量オーバーだ、途中で手を離されて落ちられても困るからな、徒歩で降りて来い。」
ファーマの足元からブンっと旋風が巻き起こり、そばに居たサエは思わず目を瞑ると、風圧に両手で体を庇いながら数歩後退する。
風が収まったので目を開けると、少女の肩に手をあてた少年の姿は山裾の空を鳥のように滑空し小さくなって行った。
◇□
サエたちが捕らわれていた山頂は標高300メートル程の低山で周囲は同じような低い山に囲まれた盆地であった。
村の外に降り立ったルナーダとファーマは何食わぬ顔で村の中に歩き入ると、見かけた村人に食べ物屋はあるかと尋ねる。
「なにぶん小さな村でな、旅人なんて数年に一度も来ん。」
そう言って自分の家に招いてくれた親切な男の名前はティゴスクと言った。
ここはウィン村から数キロ離れた名も無き小村、街道から離れているので人の往来は無く、小さな畑と狩猟で暮らす者達が細々と住むという。
「うむ、この雑炊は中々旨いな、感謝する。」
「はははは、昔から村にあるもんです。」
「所でティゴスク殿、我々を追って巨乳の女が一人ウイン村からやってくる。」
「ほう、態々山を越えて來なすったのか?珍しいのう。」
「そいつは悪い女でな、俺達を捕まえようとしているんだ、逆に捕まえて縛ってしまいたいのだが手を貸して貰えないだろうか?」
突然の申し出にファーマとティゴスクは驚き戸惑った。
しかしルナーダにウインクされたファーマは直ぐに何食わぬ顔で口裏を合わせ始める。
最初は戸惑っていたティゴスクだが、人が良いのか何度も頼むとしぶしぶ近くの村人に声を掛けてくれることになった。
□
「皆さん、お手伝いいただき大変感謝します、これは細やかですがお礼です」
そう言って差し出されたのは3枚の金貨、集まった農夫たちは一人一人それを摘まむと陽光に照らしたり、匂いを嗅いだりした。
「おめえさん達貴族のぼっちゃん・じょうちゃんか?だから狙われているんだな?」
二人が無言で頷くと男たちは納得したようだ。
「それで、捕まえたらあの山頂までそいつを連れて行って欲しいんだが、誰かあそこに行った事のある奴は居ないか?」
ルナーダが指差すのはせっかく逃げて来た例の山頂である。
「あれは、伯爵様の別荘があるって噂じゃから儂ら男衆は近づいてはならんのじゃ。」
「男衆は?女なら良いのか?」
「ああ、女衆は毎日あそこまで食べ物や水を売りにいくんじゃ、それが良い収入になっておる。」
良い収入と言っても、金貨を見た事も無い彼らに対し二束三文で買いたたいるに違いない。
「そうか、ではあそこに商売に行っている女性と会させてくれ、追手の女を侯爵様に引き渡して貰えないか交渉してみる。」