《Trip11ー③》
此度も御読み頂き有り難う御座います。
僅かでも楽しんで頂けたのなら幸いです。
かららららん………………
テーブルの上に設えられた丼鉢の様な所に、一天地六のサイコロが投げ入れられて、乾いた高音が周囲に響き渡ると、周囲に居る者達が一斉に血走った目を凝らしおる。
そして、その周囲の熱量をさらに煽る様に、胴元は声高らかに宣言しおった。
「出目は『6』っ!」
よっしゃぁぁっ!
取ったったぁぁっ!
周囲が悲喜交交とする中で、俺の手元に掛け金が3倍になって返って来おった………
ここはさっきまで呑んどった店の表っ側。
酒と女と博打を提供しとる大人の社交場の方や。
おもてなしを受けとる身としては有り難いこっちゃが、あないに落ち着いた所はどぉーも落ち着かんでしゃーない。
せやさかいエルモントさんとの会合は程々にして、表に居る連中の様子を見んのを言い訳にして、こっちに逃げて来たって訳や。
エルモントさんにゃあ申し訳ないが、やっぱりこっちの方が性に合うわ。
あぁ、酒がうまい。
こっちに来たら来たで、馴染みの連中から歓待の声が上がり、そないに悠長に呑んでられんのやが………まぁそれはそこまで嫌いや無いさかい、エエとしといたるわ。
好き勝手に俺を引っ張る酔っ払い共を適当に受け流して、あっちこっちの集まりで乾杯を繰り返し、合間に適当に博打に興じとる。
ほんま適当に掛けとんのやが、こんな時に限って勝ってまうんやなコレが。
まぁ、博打ってそんなもんなんやが。
思てた以上に儲けたもんやさかい、胴元に酒手を握らせ、後ろで見物しとった連中に酒を奢って、やっと一人でテーブルに落ち着いた。
喧騒の中で独りになり、掻き鳴らされる音楽と嬌声を意識の奥に沈めると、全てが遠くのノイズになって行き、そこで小さく一つ吐息を吐く。
小さくグラスを捧げると、瞑目と共にお疲れ様と小さく呟いてからグラスに口を付ける。
前の世界から続く、知る人ぞ知る俺のルーティンや。
頑張って今日を生きた、自分に対する労いみたいなもんかな。
どっちの世界も、多少の事では誰も褒めてくれんのやさかい、自分で己を褒めてもええやろ?
頑張ってん。
誰も知らんやろうけど。
頑張って生きぬいてん。
そんな、傍から見たらしょーもない事かも知らんけど、それだけで少し心が軽くなんねんで。
疲れとる人が居ったら、わりとガチでオススメしたいわ。
「失礼ながら、相席宜しいでしょうかな?」
そんなこんなで束の間ぼぉーっとしとったら、不意に後ろから声が掛かった。
肩越しに首だけで振り返ったら、そこに俺よりも少し年上の様な、こざっぱりとした身なりの初老の男性が、優しげな笑みを湛えて佇んではる。
特に断わる理由もあらへん。
呑み屋の席は自由やねんから。
ただまぁ………少しは警戒しながら、どうぞと仕草で伝える。
「いやぁ、なんともお強いですなぁ。」
そう言いながらテーブルに両手を付き、よっこらしょと俺の向かえに腰掛ける。
そん姿は年相応には見える。
………ただ何やろ?
何か違和感を感じるんやが………
閑話休題………
折角話し掛けられたんやさかい、返答せんのは流石に失礼やろ。
なんで、何を言われたんやろかと思い返すと、おそらくさっきの博打の事やと思うんやが、よぉ居る勝ち馬にタカりに来る卑しい連中とも思われへん。
て事は、純粋に褒めとんか?
ここでの博打は所詮運否天賦。
攻略法やイカサマのやり様があらへん、ホンマもんの運だよりのゲームや。
そんなモンに強いもへったくれもあらへんがなたぁ思うが、今日はたまたま目が向いたさかい、そないな様に傍からは見えんのやろ。
そう、博打の勝ちなんて所詮たまたまや。
「いやいや………失礼ながら、賭け事の本質を良く理解なさっておられる様で、感服いたしましてな。」
………………そぉかなぁ?
なんやかやと偉そうに言うとる俺も、実は運は気合で引き寄せるんやって感じの、ゴリゴリのオカルト信者やったりするんやけど、博打は基本的に負けるもんで、たまに勝てたら御の字やと思とる。
前世はパチンコもたまに行っとったけど、その頃にゃ既にオワコン化しとったし、俗に言うパチン◯スの様な考え方はようせんかったさかい、チャララインやったらラッキーって感じやったね。
やが、何が言いたいんやろう………
そう語り掛けて来はる男の声色は、小柄で優しげな風貌も在ってか、中々の好々爺の様にも見える。
………あくまでも見えるちゅうだけやが。
「それに、とても綺麗に遊ばれておられる。降って湧いた様な金を掴んだ者は、なかなかにその様には振る舞えぬものなのですがな。」
泡銭に固執しとったら足元掬われるさかいなぁ………
まぁ、散財すんのもどやさたぁ思うけど。
少なぁとも褒められたモンやないわな。
それをこないに褒められるたぁ居心地が悪いわ。
「噂には聞いて居りましたが、ここまでの粋人とは………いやぁ御見逸れ致しました。」
『粋人』やのうて、『酔人』やけどね。
てか、ホンマどんな噂が流れとんねやろ?
本人の知らん所で、どないにすいた事を言われとんのか、一度ガチで聞いてみたい様な聞きとぉ無い様な………
まぁ碌でも無ぇもんばっかしやと思うけど。
「旦那様の事は、この辺りの酒を嗜む者共の間でも近頃口端に登っておられますからなぁ。」
やっぱり碌でも無ぇ。(笑)
酔っ払いの言う事に、まともな事なんぞある訳無いがな。
………まぁ、極偶に真理を口にする事があるさかい侮れんのやが。
それにしても………『旦那様』ってさぁ………………
どっかのお店の主か、和風メイド喫茶の客にしか使われへんと思とったけど、まさか俺に使われるたぁ思わんかったわ。
初めて言われた感想としては………若いねぇちゃんに言われるんは別として………いや、やっぱりどっちも勘弁してほしいなぁ。
思わず眉間にシワが寄ってまうわ。
ほんま、ガチで止めてほしい。
「なるほど………では遠慮無く、敬称不要と致しましょうか。」
ぜひ、そうしてください。
取り敢えず、ここまでの会話でおそらく害意はなく、単純に興味本位で話し掛けてきたっぽいな。
そうなると、この世界に来てからの初めての同年代と呑む機会やちゅう事やな。
そう考えると、俄然楽しゅうなってきた。
「いかがですかな?御近付きの印に一献差し上げたいのですが………」
間違いない。
酒を奢ってくれる人に悪い人は居らへんっ!
半分冗談やけど、ホンマに俺に悪意が有るんや無いと思う。
それが証拠に、相棒はんが何も言いはらへんし。
『確かに敵意は無く、害意はありません。』
ね?
まぁ真意は解らんけど、もう少し友好的に振る舞うてもエエやろう。
一方的に疑ってもうたし、泡銭も降って湧いたんやから、俺が一杯奢る事にすっか。
「や。申し訳無いですなぁ………………では遠慮無く、御相伴に預かりましょう。」
丁度近くを通り掛かった何時ものお姉さんに声を掛け、それぞれ好みの酒を注文する。
好きでもない酒を勧めるんも嫌やしね。
………お姉さんが妙に驚いた顔しとったけど、こっちやと変やったかなぁ?
まっエエけど。
やがてお互いの酒が運ばれて来て、それをそれぞれ掲げた。
「んじゃ………ぴんしゃんコロリとくたばるそん時迄、お互いの健やかな健康を祈願いたしまして………乾杯っ!」
「おぉっ!それは………ははっ………それは実に………いや実に良いですなぁ………………では有り難く………乾杯。」
そぅお互いに述べてグラスを合わせる。
チンっと言う乾いた音だけが、やけに大きく響いた気がした。
………………いや、ガチで静かすぎんやんか?
グラスの中身を半分程流し込んでから振り返ると、そん時には音が取り戻されとった。
………………気の所為か?
イマイチ納得はできんが、取り敢えず現状を飲み込むしかしゃぁないな。
狐につままれた気分やわ………
首を傾げながら体制を戻すと、グラスから口を離した好々爺が一息をついた後、改めて姿勢を正して軽く頭を下げはる。
「これはこれは申し遅れました。私めは………………」
「うるせぇっ!このボケがぁっ!」
品性の欠片もない怒声が、そん時俺等の会話を遮ってが響き渡った。
うっさっ!
なんやねん………
何事やと思ってそっちを振り向くが、怒号は続くが様子が解らん。
酔っ払いの喧嘩か?
そう思い至って放っとこうかと考えたが、今この店にゃ知り合いがようけ居ると思い至り、しゃぁなしに重い腰を上げる。
人垣を押し退け、騒ぎの中心に乗り込むと、見知った顔の奴がエリクに宥められとった。
そん向かいにゃ、どっかで見覚えがある赤いベストを着た連中が射殺さん勢いで睨んどる。
あのアホ共かい。
「なんあったんや?」
「旦那ぁっ!聞いてくれよぉ………」
俺の問い掛けに、宥められとった奴がこっちに訴え掛けてきおる。
どうやら、さっきの怒声はコイツの様や。
「お前………ちったぁ『品』っちぅのを覚えぇよ。」
「………………はぁぁ………?」
気の抜けた返事と共に、どうやら毒気も抜けた様やな。
こっちはそんでええとして、あっちのアホ共がどない出るか。
「………てめぇ………………このままで済むと思うなよ。」
予想外に引いていきやがった。
中二病暴走モード的な『赤龍団』やが、この反応は予想しとらんかったわ。
都合のええ様にしか物事を変換でけん連中にしては、意外と押し引きが解っとるやんか。
………まぁ、ここに至るまでに引き下がれんかったとこら辺が、やっぱりアホやなとは思うけども。
やが………なんか含みがあるなぁ………
なんか企んどるっぽいけど、今はそれが解らん以上はどない仕様もあらへん。
………ここは俺等も引き上げるかぁ………
何時ものお姉さんを見つけると、諸々の支払いを終わらせて帰る段取りをする。
これ以上この店に居っても、迷惑を掛け続けるだけやろうしね。
折角、貴重な同年代の呑み友がでけるかと思たけど、諦めて次の機会に期待しよ。
「申し訳ないです。これ以上居ったら店に迷惑掛けるさかい、俺等はこの辺で失礼しますわ。」
「いやいや、賢明な判断かと………ご挨拶の続きはまた次の機会にでも。」
「すんまへんなぁ。ほなまた………」
そんな挨拶もそこそこに、俺等は店を後にして、雪のちらつく暗闇へと出て行った。
無論、呑み直せる店を探して………………
ーーー《sideーB》ーーーーーーーーーー
「何があった?」
私がそう呟くと、手下の者が駆け寄って来て、畏まって答えてくれる。
「遊戯中の客に対して執拗な勧誘を行い、別の賭場に誘導しようとした者どもがいまして、それに対して拒絶した客とのトラブルが発生した模様です。それが先程のお客人と面識が御有りの御様子。大きい揉め事になるかと思われましたが、両方共に引いて行かれたので、店内に影響はありません。」
ここの裏方を任せている者の耳を傾け、大まかな事柄を把握する。
「………………賭場荒らしではないか。それは対処したのか?」
「それは………………」
平素物怖じしない男が、なんとも奥歯に物が挟まったかの様に歯切れが悪い。
それだけで、裏にある事情が透けて見えてくる。
「そうか………………苦労を掛けるな。」
「いえっ!決してその様な事は………」
私の謝罪に慌てふためく男を見て、私の予想が間違っていなかった事を確信する。
やはり、彼奴等か………………
これは私の因縁だ。
いずれ決着を付けねばなるまい。
しかも早期にだ。
しかも、あの御仁と揉めているのであれば尚更だ。
あの旦那は良い人だが………………敵にだけはしてはいけない。
ーーー《sideーA》ーーーーーーーーーー
「旦那ぁ………落ち着いて聞いて欲しいんだが………………」
なんやねん、仰々しい………
何時もの様に、仕事探しの前に『夜霧亭』で朝飯をカッコんでいる俺の元に、何時もの様にトマスがやって来た。
そっから仕事探しに行くのが何時もの流れなんやが、どうも様子がおかしい。
横に『騎士』フェルナルドが居る時点で、何事かが有ったんは間違いが無いんやろうが。
やがて、トマスが重い口を開いた。
「………昨夜、エリクが襲撃されて大怪我を負わされた。」
………………………………はぁ?
《See you next trip》
如何でしたでしょうか。
次作も粉骨砕身務めますれば、
感想等を頂けたら望外の喜びです。




