《Trip10ー②》
此度も御読み頂き有り難う御座います。
僅かでも楽しんで頂けたのなら幸いです。
「よう来てくれたの。待っとったぞい。」
何時もより険しい顔で、俺らを出迎えてくれたドルトン親方。
………出迎える顔やないやん。
まぁ、こないな顔になる位にややこしい事に成っとるんやさかい、わざわざ正規の手続きを取ってくれとるんやろし。
俺やなくてもエエとは思うけど………
「大まかな話は既に聞いとるじゃろ?細やかな所は向かいながら話そう。」
そう言うが早いが、厚手の上着をひっ掴んで、ドルトン親方が表に出ようとするのを慌てて引き止めた。
相変わらず気ぃ早いなぁ………
「ちょ、ちょっと待ったってや。トマスがまだ来とらんねん。」
「あぁ、あ奴の事なら心配あるまい。」
俺の静止をバッサリと切り捨てて、ホンマに気にせずさっさと出て行きおった。
ええんかいな?
そない訝しむ俺の肩がぽんと叩かれたので、振り向くとしたり顔のメルリヤが頷いた後、足早に親方の後を追ってった。
なんで偉そうやねん………
俺の知るトマスは、何でもこなすエエ意味で器用貧乏な奴や。
せやさかい、ほっといても追い付いて来そうではあるんやが………………
この扱いは可哀想やなぁ。
まっ、ええか(笑)。
………結論から言えば、目的地に着く頃にはトマスは合流しとった。
流石はトマス(笑)。
しかし、誰もそこん所に触れること無く、ドルトン親方の説明に耳を傾けとった。
「言うた通り、そこそこ洒落にならぬ嫌がらせを受けた訳じゃが………………まぁそれは、こんな職人の世界じゃわりと有る事じゃし、その対処も出来んようじゃ喰って行けんしの。じゃから石材はなんとか確保出来たし、襲われた職人も大きな怪我には至らんかったから、他の職人も含め念の為に暫く休ましておるが、そもそも何でも一人で熟しておった奴じゃから、そこも問題になっとらん………………じゃが、これ以上過激になりおると、職人生命にも関わるかも知れん。そこだけは何とかしてやりたくての。」
「へぇ………親方がそこまで入れ込むなんて、結構珍しい事だよねぇ。」
そう突っ込むトマスに対し、沈痛な顔を更に歪めた親方が居った。
「ウィレム………今回の護衛対象の奴なのじゃが、あ奴の先々代には儂が駆け出しの頃に一方ならぬ世話になっての。先代とはその縁で友誼を結んで、随分と呑んだもんじゃ。その時の恩を、儂やぁ返しきっておらんのじゃよ。」
そう言って、件の工房と思われる所の扉を開け放ち、ずかずかと勝手に入って行く。
その眼差しにゃ、恩義以上のもんがありそうやが………
「才能は有るんじゃ………それは儂が責任を持つ。じゃが、巣を飛び立つには今一歩何かが足らん様での。前に踏み出せんで居る様なのじゃよ。」
そう語る親方は、工房内で石材を前にして項垂れている人物を目に止め、改めて俺に向き直って少しだけ頭を下げた。
「筋違いなのは解っておる。じゃが、お主なら何か新しい風を吹き込んでくれそうな………そんな予感がするんじゃよ。」
親方が俺に頭を下げる………
これがどれだけ珍しく、そしてどれだけの想いが込められとるか………
それが解らん程の鈍感やあらへん。
解っとんねんけどね………
「あんま、過大評価せんといてや………………俺ぁ通りすがりの酔っ払いやで。」
そう言う俺の目線の先には、砕かれて廃棄されとる石像の残骸が有った。
ここを荒らしに来た奴が壊したんか………
それとも製作者が失敗と断じて捨てたんか………………
もし、前者やったとしたら………
そんな輩は死ぬべきや。
そんな暗い怒りが頭を支配しとった。
こないな見た目やけど、美術芸術を見るんは好きやねん。
芸術に触れる機会は多かったさかいね。
以外と大阪周辺にゃ、思われとるより美術館が多いねんで。
中之島辺りをぶらぶら歩きゃ、あちこちの美術館をハシゴできるし。
天王寺やと鑑賞した後に、公園か展望台でぼーっとする。
少し足を延ばしゃぁ、神戸の灘で鑑賞後に街中のアートに触れてみる。
勿論、その後は呑むで。
中之島の川沿いにゃ落ち着いた小洒落た店が仰山あるし、天王寺なら昔ながらの名店も多い。
灘はそもそも酒蔵があるさかいな。
それで呑まんかったら罰が当たるわ。
………それにどんだけ救われたか。
詳しないで?
ウンチク云々を語れる様な学も無けりゃ、そもそもんなモンを覚える気も無ぇし。
素人が見ても何か感じるモンが在るんが、ホンマもんの芸術やと思とるさかいに。
作品の持つ力に圧倒されて、その余韻に浸りながら、その熱を冷ます様に酒をあおって、酔と共に作者の願いに想いを馳せる………
その一瞬だけは全部を忘れれる。
嫌な事や辛い事………死にとぉなる様な思い出全部を。
ホンマにしんどかった時に一時救ってくれたんが、俺にとっての芸術やったんや。
やから、今回の仕事は少し楽しみにしとってん。
こっちに来てから、芸術に触れる様な事無かったさかいなぁ、
せやさかい………………それを汚す様な輩は死ぬべきやと思う。
理由の解らん思想や、身勝手な環境活動なんぞで、魂を削って生み出した芸術を汚す輩は勿論、私利私欲の為に傷つける様なクソは、三生地獄に落ちたらエエねん。
昔聞いた話やと、発掘された石像なんかはわざと壊されて、頭と胴体とで別々に売られたらしい。
理由は簡単。
儲けが2倍になるかららしいわ。
たまに後世の頭でっかちの学者なんぞが、その事によって魅力と価値が上がったなんぞと宣っとったりするけど、ホンマもんのアホなんかと思てまう。
何かと逆張りして、自己顕示欲を満たしたいんかな?
其処に作者の意図や想いとかは反映されとらんやないか。
それを無視して作品を壊し、それで悪どく銭儲けしてから、その行為でより良い物になったとかほざくなんて、犯罪者猛々しいとはこの事やんか。
純粋に競ったらええやん。
それで磨かれるモンもあるんやろうから。
それを横からちゃちゃ入れるんやったら、きっちり地獄を見てもらおうやんかいさ。
「………………また恐い顔してるぜ、旦那ぁ………」
やかましい。
人様の顔にちゃちゃ入れんなや。
………まぁ、おかげで熱ぅなっとった頭も、少しは冷えたけど。
「取り敢えず依頼は受けるし、作品の完成までは付き合うよ。勿論彼の安全を最優先で………そやけど、後の頼みは保証でけへんで。」
俺の返事に、それで良いと答えを返した親方は、少し安堵の息を付いた。
………よっぽど心配やったんやろなぁ……………
俺は改めて今回の護衛対象………ウィレムという青年を見やった。
相変わらず項垂れとるウィレムという、石工職人と言うには線の細さが目立つ青年は、職人というよりも芸術家の顔付きや。
そんな青年が時折顔を上げては白い石材を睨み付け、盛大に溜息を付いては髪を掻き毟って項垂れるという行為を繰り返しとった。
これは中々のスランプっぽいなぁ………
勿論、親方の願いも叶えてあげたいけども、俺ごときにどないか出来る問題なんかとも思えてきた。
やっぱり、今回の依頼もややこしなりそうやなぁ………………
《See you next trip》
如何でしたでしょうか。
今作は少し短めになってしまいました。
個人的にはもう少し読み応えが在る方が好みなのですが、
中途半端になってしまいそうなので、
今回は涙を呑んで区切らせて頂きました。
結果早めに御届けできた事は、
果たして良かったのか悪かったのか………
皆様の感想を御聞かせ願いたいところです。
次作も粉骨砕身務めますれば、
感想等を頂けたら望外の喜びです。