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《Trip8ー⑤》

御読み頂き、有難う御座います。


今回も楽しんで頂けたら幸いです。






ーーー《sideーB》ーーーーーーーーーー






 くそっ!


 苛立ちだけが先走る。


 旦那が衛兵団に連れて行かれて、1日が過ぎた。



 俺達は『夜霧亭』に集まっていた。

 勿論、旦那の帰りを待つためだ。

 誰かが言い出した事じゃない。

 いつの間にか集まっていた。

 皆、気が気じゃないんだろう。

 それだけ旦那の存在が、日常に必要とされているのだろう。

 当の旦那は否定するだろうが………



 特にメルリヤの落ち込み様が酷い。


 その前から思う所が有ったのか、それは酷い取り乱し様で、一時は衛兵団詰所にカチこもうとしやがったのを、皆で羽交い締めにして止めたのだが、それから塞ぎ込んでしまっている。

 虚空を見詰め、時折ぶつぶつと何かを呟いては項垂れるの繰り返しで、正直不気味で気になって仕方がないのだが、今は構ってられないので放置している。


 店の常連連中も似たりよったりで、笑い声どころか会話も聞こえてこず、各々酒を口元に運んでは、呑みもせずに机に戻しては溜息を付く事を繰り返している。


 店の隅のテーブルでは、滅多に姿を見せないガルストンが陣取り、向かえには秘匿しなければならないはずのアリフェスさんの姿まである。

 本来ならば場違い過ぎる二人の姿にも、今は誰も気にも止めない。

 ………おそらく、最大限の警備体制を構築しているのだろうが、それにしても危険過ぎる行為なのだが、よくガルストンが許可したものだ。

 それだけ気に掛けているのだろう。


 あの『氷血』のガルストンがねぇ………



 ハルア婆さんの怒鳴り声も鳴りを潜めた店内は、さながら敗戦を覚悟した国の様だ。


 俺も苛立ちを隠せないでいた。


 旦那が衛兵団に身柄拘束されて、すでに1日が過ぎている。


 無実の者が捕縛される事など珍しくも無いが、わざわざ衛兵団が出張ってくるなど考えられない。

 奴等は無駄に気位が高いから、民衆の事件などに積極的では無い筈なのだが、今回に限ってはやけに乗り気だ。

 やる気を出させるだけの何かが在る事は、おそらく間違い無いのだろう。


 だが、今はそれよりも気に掛かる事がある。

 それは衛兵団に身柄拘束された者が、高確率で変死を遂げているのだ。


 国政に関わる事件を取り扱う衛兵団ならば、事件を詳らかにすること無く、闇に葬り去る事を求められるのも少なくは無いだろう。

 それは、俺達の様な者も理解している。

 しかし、旦那が獄死させられねばならない理由が無いはずだ。

 どんな事で魔竜の尻尾を踏みつけたのか解らないが、旦那は今非常に危険な立場に居る事は間違いない。


 やれるだけの事はやった。


 いきなり荒事に持ち込むのは賢明では無いので、考えられるだけの伝手を使い、辺境伯の騎士団にまで働きかけてもらったのだが、旦那は未だ帰って来ない。


 ならば少なくとも旦那の状況だけでもと、組織を使って可能な限り探りを入れて見たのだが、独房に拘禁されている事以外に聞こえてくる話が無い。


 やはり無理矢理でも奪い返して置くべきだったか?


 自責やらなんやらで、ごちゃごちゃと考えが纏まらない俺が頭を掻き毟っていると、不意に上着の裾がつんと引っ張られた。


 振り返ると、裾を摘んだミアが、涙を溜めた瞳で見上げている。


 この子も思う所が有るのだろう。


 俺は屈んで目線の高さを合わせると、両肩に手を置いて無理矢理微笑む。


「大丈夫。あの旦那の事だ。きっと飄々と帰って来て、こっちの気持ちも知らずに、酒呑みたいとか言い出すに違いないさ。」


 今の俺には、この子を元気付ける事しか出来ない。

 それが、何の根拠も無い事だとしても………



「いや。そりゃ呑みたいとは思とるけどさ。そない鈍感みたいに言わんでもええんやないの。」

「いやいや。ああ見えて、意外と鈍い所があるからなぁ………」

「そんな風に思われとるんかいな。ちょっとおっちゃん傷付くわ。」

「まぁ、そこも良い所なんだけどねぇ………………」



 ………………………………………………。



 ………………………………………え?



 慌てて振り向いた俺の目の前に、何時もと変わらない飄々とした姿の彼が、片手を上げながら微笑んで佇んでいた。


「旦那ぁぁぁっ!?」




「どういう事だぁぁっ!」


 昨日は巫山戯た態度を取っていた男が、今は見るも笑える………無様な姿で吠え立てている。


 正直に言おう。

 少しは溜飲が下がる思いだ。


 だが、その八つ当たりを受ける下男にとっては溜まったものでは無いだろう。


「いえ。確かに昨日の夕食には、何時もより多めに薬を盛ったんでやす。ですがあの野郎、ピンシャンしてやがるもんすから、今朝の食事には倍以上を盛ったんすが………」


 萎縮しながらも、保身の為に言い募る下郎の胸元を、あの生意気な男が掴み上げる。


「出任せを申すでないぞっ!」

「とんでもごぜいません。あっしは確かに、仰せのままの何時もの薬を………………」

「馬鹿なっ!高名な賢者が作った薬なのだぞっ!」

「ですが………………」

「どうでも良いのだが………」


 いい加減、この詰まらない芝居にも飽きて来たので、本題に戻すために割って入る。


「これから如何致す所存かな?」


 毒殺は失敗し、目的の人物は解き放たれている。

 知った事では無いとはいえ、これから如何に動くつもりかは聞いて置かねばならない。


「………………ドノバン殿。今一度、あの者を拘束しては頂けまいか?」


 絞り出す様な、今一度の協力を求める声に、素気なく返答を返す。


「無理を言われては困る。あの者は嫌疑なしとして釈放したのだ。それを今更どうしろと申されるのだ?」

「しかし………………このままでは、そちらにも不利益が生じるのでは………」

「そちらの事情を我らに転化しないで頂きたい。そのそも、そなた等の申し出を受けて、あの者を一時的に拘束したに過ぎぬ。そちらの不始末の責任までは負いかねるわ。」


 後は、飼い主に言い訳するがいい。

 ………まぁ、最後まで聞いて貰えるとは思わぬが………………


 今一度言う。


 少しは溜飲が下がる思いだ。


 震える拳を壁に打ち付け、昨日は巫山戯た態度を取っていた男が見苦しく叫ぶ。


「くそぉぉぉぉっ!」






ーーー《sideーA》ーーーーーーーーーー






 うっさっ!


 声でか過ぎんねん。


 トマスの無駄に張り上げた大声に、顔を顰めながらも『ただいま』を言おうとしたんやが、殺到するトマスを筆頭とする常連連中に圧倒され、なんも言えずに壁まで追い遣られる。

 

「旦那ぁぁっ!」

「大丈夫かいっ?旦那ぁ?」

「旦那ぁ、怪我とかしてないかい?」


 いやいやいやいや、ちと待てや。

 見たまんまにピンシャンしとるし、一度にあ~やこ〜や言われても、こちとら返答に困るんやが。

 ………とは思うんやが、そんなん言える雰囲気やあらへん。


「いやいや………全然元気やねんけど………」

「いっ………何時釈放されたんだい?」

「いやぁ~………何か解らんまんまに、昼前にゃぁ釈放されたんやけど………」


 そない答えると、途端にトマスは怪訝な顔しおる。


「………旦那ぁ。もう夕刻だぜ?何をしていたんだよぉ。」

「いや、銭湯に行っとったんやが………」

「旦那ぁぁっ!」

「何やねん。怒んなや。そやかて、あんな衛生環境の悪い(ばばちい)所に居ったんやさかい、身綺麗にしたいやんかいさ。」

「………………本当に、旦那って人は………………」


 最後の方のトマスの声は、諦め半分の涙声やった。


 その声を皮切りに、周りのもんも『旦那は………旦那は………』って口々に文句を言いおる。


 改めて思うんやが………

 この世界に降り立って半年ちょっとが過ぎたんやが、何時の間にか『旦那』呼びが定着しおったなぁ………

 正直、いまいちピンとけぇへんねんけど、それだけ『俺』っちゅう様なもんが、この世界に受け入れられたっちゅう事なんやろか。


 なんや、皆に心配掛けたなぁ………


 押し寄せる連中に、心の中で密かに感謝しながらも、いちいち全部答えられへんさかいに、落ち着けと宥めるしかあらへんかった。



「静かにおしっ!取り敢えず、其処を退きなっ!」


 なんやか懐かしくも思えてまうハルア婆さんの怒声が響き渡り、『Yes! Ma’am!』とばかりに人垣が分けられていく。


 ………みんな、躾けられとんなぁ………………


 んで、紅海を渡るモーゼの如く、直立不動で立ち尽くす人垣の間を、エールのジョッキを運ぶミアが静々と進んでくる。

 はいと俺にジョッキを手渡すミアは、笑顔なのに涙目やった。

 それに気付かんふりをしながら、受け取ったジョッキを一気に煽ってく。


 一気呑みは体に悪いらしいが、そんなん気にしとる場合やない。

 こちとら2日ぶりのシャバの酒や。

 風呂上がりやしね。

 大きな声で言えんけど………


 ごっ、ごっ、ごっと喉を鳴らし、五臓六腑に染み込まして行く。

 かぁぁぁっと声を上げながら息を吐き、大きく深く息を吸うて、拘禁されとった疲労と一緒に溜息を付くと、ミアの頭に手を置いて軽く撫でると、ジョッキを返しておかわりを求める。

 ありがとうと言いながら………………


「はいっ!」


 元気な声を残し、厨房で微笑むルミルさんの胸に飛び込んで行くミアの姿に、皆で密かにほっこりしていると、不意に背中を殴られた。

 何やと振り向くと、綺麗な銀髪の旋毛が見える。


 こいつ、こんなに小さかったっけ………………


 俯いたままのメルリヤが、さらさらとした銀髪を揺らしながら、振り返った俺の胸を無言で殴りつけてくる。

 痛くはない。

 やが、そこに込められた思いは痛い程解った。


 子供扱いすんなと言われそうやが、ハラスメント上等で揺れる銀髪を撫でた。


「………………ただいま。」

「………………………………ん。」


 静かに、撫でられるがままにしているメルリヤから、小さく返事が帰ってきた。



「私も宜しいかしら?」


 渋いバリトンボイスが響くと、再び人垣が割れる。

 そこを美しすぎる傾城が進み出てきた。

 笑顔で無くとも圧倒されるその美しさに、皆が思考が停止する。

 俺も迫り来る御尊顔に、戸惑うばかりや。


「………アリフェスさん。」

「………………手を見せなさい。」


 えっ?と意図も解らずに掌を見せると、逆だと叱られて慌てて手の甲を見せる。

 それを顔を近づけて観察すると、ふむと一人で納得された。


「………………アリフェスさん?」

「………もし体調が優れなくなったら、何時でも訪ねていらっしゃい。」


 お邪魔したわねと渋いバリトンボイスを残し、ガルストンさんを引き連れて『夜霧亭』から出ていった。


 ………何やったんやろう?


 あの人なりに、多分心配してくれとったんやと思うけど、何をしたかったんかは解らへん。


 まぁ、人前に出たがれへんのに、わざわざ来てくれたんは有り難いこっちゃ。

 ガルストンさんにも礼はせなあかんなぁ………



「………で?これからどうするんだい?旦那ぁ。」


 ぼーっとしとった俺を、トマスの声が引き戻した。


 こっちを見るトマスの厳しい目には、不安を含んどる。

 これで厄介事が終わりやと思とらんのやろう。

 俺もそない思う。

 こないな面倒くさい手を打ってくる連中が、これで諦めるとは思われへん。

 最悪、この『夜霧亭』にも手を出しおるかも知れん。

 せやさかい、こっちもなんか手を講じんとあかんやろう。


 それは解っとるけど………


「トマス。取り敢えず呑むで。」

「旦那ぁぁっ。」

「ええから。勝負は明日からや。」


 情けない声を出すトマスの肩をぽんと叩くと、集まってくれた連中に呑むぞぉっと声を掛ける。

 おぉぉっと歓声が上がり、ホールに活気が戻って来た。


 やっぱり『夜霧亭』はこうやないとね。

 ここが元気やないと、こっちの調子が狂てまう。


 なんか嫌や。


 せやさかい、今夜はとことん呑みまくったるねん。



 せやけど………………



 このままで済ませへん。






《See you next trip》

如何でしたでしょうか?


この投稿した日は、友の誕生日です。

あいつがこれを読んだ時、なんて言うでしょう。

ちょっと想像出来ません。


あっちに行った時に、聞いてみる事にします。


次回作も読んで頂けるのなら、

望外の喜びです。

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