《Trip6ー⑥》
今回も御読み頂き、有難うございます。
楽しんで頂けたら幸いです。
ーーー《sideーB》ーーーーーーーーーー
薄いモヤが街を包んでいる。
空にはまだ星が居座っているが、地平近くが少し白み始めており、この時間だと暑さを然程感じない。
仄暗い街中を進む私の心は、過ごしやすくなった季節にも関わらず、重く、そして苦かった。
それは、けして昨夜の………先程まで呑み続けていた酒のせいじゃない。
あれ位の酒でどうにかなる様な私じゃないし………そういう状況を想定した訓練も受けている。
なのに、何故こんなに苦しいんだろう………
特段思い当たる事もない………事もない。
ふと立ち止まり、包帯が巻かれた右手を見る。
その下にあった傷は、高価なポーションまで使ってもらったんで、今では殆ど塞がっているにも関わらず、彼の心配性が暴走していたので、取り敢えずされるがままにしてある。
確か『ハショウフウがぁ………』とか言ってたっけ?
何を言っているのかサッパリだが、あの人には意味が有るのだろう。
すごく狼狽えて、すごく心配してくれてた。
思い出すと、自然と笑みが零れてくる。
まったく………人が良いにも程があるだろうに。
………やっぱり、旦那には何かがある。
多分私達………この世界が知らない事を、おそらく旦那は知っているのだろう。
そう考えたら、今までの事が全て納得できる。
納得はできるが、逆に恐ろしくなってしまう。
どれほどの技術を知ってるのだろう………
どれほどの魔術を使えるのだろう………
どれほどの武術を会得しているのだろう………
旦那は、一人で世界をひっくり返せるのかも………
それは、とんでもない妄想なのかも知れない。
だけど、そんな不安が頭から離れない。
このまま旦那を放置していちゃ、我が国に不利益をもたらすかも知れない。
なのに………
「よぉ。どうしたぃ?時化たツラして。」
不意に暗がりから声を掛けられ、見れば壁に寄り掛かっている男が居る
顔は薄暗くってよく見えないが、その声だけで誰かが判ったので、警戒レベルを少し下げた。
「あんたか………そっちこそどうしたんだい?まるで旦那みたいな物言いをして。」
そう声を返すと、男は………トマスは頭を掻きながら暗がりから出て来る。
その動きは自然すぎて、怪しむ所が微塵もないのが逆に不自然に感じる。
「いや………旦那だったら、きっとこう言うかなと思ってな。」
言いそう。
容易に想像できる彼の言動に、笑みがふと零れ出てくる。
「それで?こんな早い時間からどうしたんだい?」
「なに、大した理由じゃないよ。目的地まで遠いからね。早めに出発しようと思っただけさ。」
「へぇ、そうかい………俺はてっきり居たたまれなくなって、コソコソと逃げ出すのかなと思ったぜ。」
こちらに歩み寄るトマスは微笑んでいる。
だが、その瞳の奥は笑ってない。
その眼差しに、思わず息を呑んだ。
瞳の奥の怒りを感じて………
「お前………最初から旦那を殺る気だったろう?」
私はその問いには答えない。
確かにあの立合いの最中、旦那を殺る事を考えていた。
あの立合いは、武人として非常に興味深いものであり、普通に楽しんでしまった。
だが反面、奥底では如何に事故を装い、怪しまれずに殺す事を考えていた。
全ては祖国のために………
故郷の母様のために………
それを、この男には見破られていたというのだ。
トマスの真意を推し量るべく、警戒レベルを最大まで上げる。
すると、トマスは掌をひらひらと降り、私の考えを否定する。
「待て待て。別にお前を責めるつもりは無いよ。立場の違いもあるしな。そっちも色々な事情もあるだろうし。そもそも旦那が気にしちゃいないのに、俺たちが怒るのは筋違いだろうが。」
そう言いながら、無遠慮に近づいて来る。
が、決して私の間合いには入ってこない。
「嘘だろう?お前達は絶対怒っているはずさ。あの旦那を殺そうとしたんだ。お前達に睨まれたって仕方がない事ぐらい、アタイだって理解しているよ。」
「………まぁな。ダリアも逆の立場だったら許せないだろう?」
「………あぁ。」
解っている。
あんな良い旦那を傷付ける奴が居るなんて、許せる筈がないじゃないか。
「だけど旦那が許してしまってるんじゃ、俺たちがどうこう言える問題じゃ無いだろ?納得できるかは置いといて、口出す事は出来ないよな。」
確かに。
あの旦那は優しすぎる。
私の額の怪我を気にして、『嫁入り前のぉ〜』って喚き散らしながら、最高級ポーションを使おうとして、周囲に抑えられている旦那の姿を思い出して、つい笑ってしまう。
「ほんと、良い人だよねぇ………」
「………あぁ。」
そう答えたトマスの顔は硬い。
私の願望なんだろうか、その顔は私を責めようとし責めきれなく、苦悩している様にも見える。
………私は、責められたいのだろうか。
ひょっとして、私は非難され、罵られる事を望んでいたのかも知れない。
それで救われるために………
その考えを否定できない。
「じゃぁ、なぜ殺さなかったんだ?」
私の悩みの核心をつく言葉に、思わず固まってしまう。
そぅ。
殺してしまえば、跡腐れなかった。
此奴等がいくら怒ったとしても、立合い中の事故として片付けられる。
多少の文句を言われようと、適当に流す事もできたはずなのに。
はずなのに………
「………………わからない………」
絞る様に紡がれた言葉が、私の肩にさらに伸し掛った。
まるで呪いの様に………
「なんだ。命を投げ出されたのは初めてか。」
呆れた様に、トマスは静かに笑う。
そぅ。
戰場で敵を斬り伏せてきた。
隠密で政敵を葬ってきた。
剣に生き、それを生業にしてきたからには、人を殺す事に忌避感は無かった。
実際多くの者を亡き者にしてきたし、そこに罪悪感など抱くのは冒涜だと思っていた。
だけど………
目を閉じて、私の剣を受け入れようとしている旦那を見て、頭の中で何かが弾けた。
まるで剣と剣とが鎬を削り、火花が散る様に………
気が付いた時には、振り下ろした剣を掴んで止めていた。
その後は茫然自失。
自分でも何をしたのかを理解できていない。
だけど、目の前で慌てふためく旦那を見て、意識が覚醒していく。
同時に、怒りが湧いてくる。
何故に諦めた。
何故にその身を差し出せた。
何故に………笑ってられたんだ。
馬鹿にされたのか?
違う。
そうじゃ無い事を位解っている。
けど、旦那を責める事しかできなかった。
激しく罵倒した。
けど、旦那は冷静に優しく受け止めてくれる。
そして言われた衝撃の言葉。
『お前さんやったら、それもええかなって。』
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
堰き止めていた思いが、止めどもなく溢れて、涙となって溢れ出た。
まるで少女の様に………
今更思い返せば恥ずかしい限りだが、あの時は止める事ができなかったのだ。
今でも思い返せば泣きそうになる。
何も好き好んで、旦那を………………
旦那を殺したくはなかったんだ………
やっとその考えに至り、愕然とする。
私に、そんな感情が残ってたんだ………
もうとっくに、そんな感情は捨て去ったつもりだったのに。
そんな私の思いを見透かした様に、トマスは静かに笑う。
「なんだ。随分と甘い『道化』も居たもんだなぁ………」
その言葉に騒然とする。
この男は私の正体に気付いている?
反射的に背中の大剣に手が伸びる私に、トマスはまた掌をひらひらと振る。
「だからやめとけって。お前の正体位、こっち側の者なら皆気付いてるんだから。お前等はこっちを甘く見過ぎだってぇの。」
その言葉に、トマスの顔を見る。
「………俺も、こっち側の人間だって事さ。」
そう言うトマスは寂しそうだった。
「………だからお前等は考えを改めて、こっち側と友好的にしてくれる事を願うよ。」
「………帰ったら、そう報告しとくよ。」
「そうかい………頼むよ………」
弱々しく答えるトマスは、ポケットから何かを取り出し、こちらに放り投げてきた。
片手で受け止めたそれは革袋で、中身は硬貨の様だと知れる。
「なんだい?」
「旦那からだ。旅費の足しにしろってさ。」
「はっ。『山賊に騎士叙勲』じゃないか。」
けして軽くはない革袋の感触を確かめながら、苦い笑みが湧いてくる。
何処までもお人好しな………
「後は………これだ。」
「………なんだい?」
投げ寄越してきた小瓶を掴み、中身を確認すると液体が揺れている。
「この街特産の酒だよ。旅の友にって、旦那がさ。」
「………まったく………どこまで甘いのかねぇ………」
本当に、どれだけ甘いのかねぇ………
こっちは殺そうとした相手だよ?
その相手に、ここまで手厚くするなんて………
ここまで情を掛けてくるなんて………
泣きたくなるじゃないか。
気を利かせてくれたのか、トマスは無防備な背を向けてくる。
暫く静かな時間が流れたが、つくづく顔を見られなくて良かったと思う。
が、締めの言葉がトマスから告げられる。
「………できるだけ早く帰ってこい………旦那が寂しがるからさ………」
もう無理だ。
私の涙腺は崩壊した………
ーーー《sideーA》ーーーーーーーーーー
『ダリアが、この街を出ました。』
………………そっか………
何時もの『夜霧亭』裏庭。
日課としとる朝練の真っ最中や。
『知識』はんの声に心で答えながら、手に入れたばかりの刀、『流火』で形稽古を繰り返す。
この世界でどない言われてるかなんて知らんし、正確に言うたら刀とちゃうんかも知れんけど、ややこしいさかいにそう呼ぶ事にした。
『知識』はんから教えてもうた、文字通りの知識を活用して、取り敢えず基本型から練習する。
実戦で使うがどうかはさて置いといて、手札は多い方がええさかいな。
先のダリアとの模擬戦で判った事やが、俺が思とったより戦えて、思てた通りに使いもんにならん。
今後の事も考えりゃ、何かに使う時もあるやろう。
汗を飛ばしながら刀を振り、無心になろうとするんやが、なかなかに振り切れないもんがある。
ふと手を止めて、大きく息を吐く。
あない泣かれるたぁ思わんかったわ。
一応模擬戦やっちゅう事やったけど、殆どガチなやり取りやったさかい、結果的にそうなってもしゃぁないたぁ思てんけど、彼処までショックを受けるたぁ思てなかったわ。
ダリアに悪い事したなぁ………
まだ若い彼女にゃ、背負わせるには重すぎたか。
この世界の価値観からしたら、この程度の事しれとると思てんけど、案外そうでも無いらしい。
呑みの最後まで元気無かったさかいに、トマスに色々と頼んでんけど、笑顔で別れを言えんかったんが心残りやな。
この世界で、国を越えて再会するなんて難しい事なんかも知れん。
せやけど、生きとって縁がありゃ、また会える事もあるやろ。
そん時ゃ、笑って会いたいもんや。
『マスターは、まだ死にたいのですか?』
どないしてん?
藪からスティックやな。
『………………………………』
問い掛けて来ときながら、こっちの問にはリアクションせんちゅう、ちと我儘なスキルにどない答えるかを考える。
せやなぁ………………
望んで死のうたぁ、今は考えとらんかなぁ………
何もんか知らんけど、神さんぽい奴のお陰で、おもろい人生をやり直しさせてもうてる。
折角やさかいに、疎かにしたらアカンのは解っとるよ。
おもろい連中とも出会えたしね。
そやけど、今はロスタイムみたいなもんやと思てんねん。
今時はアディショナルタイムとか言うんやっけ?
多分、そのうち突然終わるんちゃうんかなと思てる。
そん時、慌てたぁないやん。
せやさかいに、その腹積もりを何時なり持っときたいねん。
出来たら、笑って終われたらええな。
ええ仲間と旨い酒呑んで、笑ってどんちゃんやれて………最後は納得できて、笑いながら逝けたらええかな。
まぁ、それが贅沢な望みやって事ぐらい解っとるけど。
せやからダリアとの立合いは、贅沢すぎる最後かなと思てんけどなぁ。
若い子の心に、重荷を背負わせる処やったわ。
切った張ったの世界で生きとる娘やさかい、多分平気やろなぁって思てんけどね。
まさか、あないに泣かれるとは。
あの娘は根は優しく、真面目過ぎる娘やと解っとったのに、ちと潔過ぎたみたいや。
この歳になっても、後悔する事ばかりやなぁ………
すっかり明るくなった遠くの稜線を見つめ、何処まで行ったか解らんけど、ダリアの旅の無事を祈った。
方向が合うとるかは知らんけど………
『53度右にズレています。』
今言わんでもええんちゃう?
《See you next trip》
如何でしたでしょうか?
今回でダリアが離脱しました。
わりと好きがってに動いてくれるんで、
個人的には好きなキャラでした。
また登場してくれたら嬉しいですね。
頑張って、そこまで書き連ねたいと思います。
その励みとするためにも、
感想等を頂けたら望外の喜びです。
では、熱中症等御身体に御気を付け下さい。




