7話
無事街に着いたアプロとミスティアとフラムの3人は、今回の旅を報告する為にギルド拠点へと向かっていた。
「えへへ、いっぱい食べましたねーっ」
その向かう途中、全く膨らんでいない不思議なお腹を手でさすりミスティアは嬉しがっていた。
「ミスティア、本当に良かったのか?」
「いいですよお、私が誘ったんですから!」
ミスティアに全員のクレープ代を出してもらったのを申し訳なさそうにするアプロだったが、ミスティアは「そんな事気にしないでください!」と言って優しく微笑む、一方でフラムはミスティアの膨らまないお腹が気になるのか。
「みすてぃー。あれだけクレープ食ったのに、一体どういう胃袋してるんスか?」
フラムはもう一度手で撫でてから尋ねると、「エルフは大食いだけど太らないんですよ」というよくわからない回答にフラムはアプロを見るが、アプロもよくわかっておらずそういう物なのかと首を傾げた。
「もーーーーーっ、いっけん!」
「あ、それもーっ、いっけん!」
辺りは太陽が隠れ、道はすっかりと薄暗くなった街はもう1つの顔を見せていた、各家に明かりが灯り子供は家に帰ったのか昼間と違い走り回っている姿はどこにもなく、代わりにだらしのない大人達が泥酔しながら酒瓶を持ってフラフラと蛇行する。
「楽しい街ですねー」
ミスティアは観光気分で夜の街を楽しんでいた、白麻のボンネットや、麦わら帽子……アプロは自分の住んでいた街とは随分ルールが緩いと感じ、ふと故郷の事を思い出す。
(そういや親父と母さん、元気してるかな……)
無事ギルドにたどり着いた3人、先頭に立ったフラムが扉を開けると突然、耳がキーンッと響くほどの怒声がアプロ達の身体の中を駆け巡る、あまりの大声にミスティアは魂が抜けた人形のようにコテンッと後ろに倒れた。
「うるさっ……。そんな怒鳴ってたら早死にするッスよ? ロザリーおばさん」
気怠そうな足取りでフラムは中へ入り、バーカウンターのような机に取り付けられた木のゲートをすっと身体で押すと、おばさんと言われた『ロザリー』という女性の怒りの言葉が止まらなかった。
「おば……アンタ何言ってんのさ!! あたしゃまださんじゅうろくだよ!!」
「そっスか、若者から言わせてもらうと、さんじゅう超えたらおばさんッス」
「ふ……フラム!!」
一般的な『おばさん』の歳は明確に決まっていない、しかし多くの人がそう言われても仕方ないほど、納得する歳を重ねていたロザリーはフラムの言葉について言い返す事が出来ず、べちゃくちゃと説教を始めた事にフラムは根負けして。
「わかったッス、言い過ぎたッス」
平然とした顔で右から左へと聞き流しながら軽く謝罪を繰り返した。
「……ん、あっおい、起きろミスティア」
アプロは倒れたミスティアに気付き、座り込んでから頬をペチペチと叩く。
「――はっ!?」
「起きたか?」
「ろ、ロザリーおばさん、今日もお怒りですね……」
「ああ、逆らわない方が吉だ」
2人は荒れ狂うロザリーを見ながら、コクリと頷いて怒りが収まるのを待つ事にした。
――。
――――。
「はあ、はあ……。それで、そこの2人はいつまでそこに突っ立ってるんだい!」
「フラムへの説教が終わるまで、かな」
「ドアは閉めな!!」
「はい」
息切れしながらフラムに説教を繰り返していたロザリーはようやく入り口にいるアプロ達に気付くと、早く入って来なと大声をあげ、怒らせないように従うアプロ、腰に白いエプロンを身につけ、時には厳しく時には優しく、冒険者の面倒を隅から隅まで見てくれる母親的な存在……それがギルドを管理する長、ロザリーだった。
「今日は店が閉まるまでしっかり食べて、しっかり飲むぞー!!」
「「おおー!!」」
ギルド内ではパーティを組んでいる冒険者達がそれぞれの椅子に座り、テーブルに置かれた酒を飲みながら和気藹々と談笑する、さらにその奥には『依頼ボード』と呼ばれる綠色をした長方形の大きい板が壁に取り付けられていた。
「なんだこれ?」
アプロは近寄ってから貼り付けられた紙を1枚1枚軽く見ていると――。
「それは依頼者が、冒険者に頼みたい事を紙にしてボードに貼りつけるんだよ」
まだ気分が優れないのか、ムスっとしていたロザリーが腕を組んだまま説明を行う。
「へえ、何でも頼めるのか?」
「冒険者側が受けたらね、まあ最近の冒険者なんて、人からの頼まれ事なんてやる気にもならないだろ?」
ダンジョン攻略がメインの冒険者にとって人からの頼まれ事などするはずもない、まあ、そうだなとアプロは心の中で納得し、最近では依頼する側も冒険者が増えていくに連れ質の低下を感じており、依頼者達の共通認識は『あまり期待していない』となっていた。
「……で? アンタ達は飯でも食いに来たのかい? ラストオーダーは近いよ」
ロザリーの話にへーと頷きを繰り返すミスティアとアプロに向けて、一体何しにギルドに来たのかと尋ねると、ミスティアは1枚の紙を手に取って用件を伝える。
「あ、あの、私達冒険の報告とパーティ結成をしたくって……」
「ふん、ならパーティカードを出しな」
お腹の近くで両方の指をクルクルとまわし、「は、はい」と始めの言葉に詰まってしまうほどロザリーの威圧感は強く、ミスティアは少し怯えながらパーティカードを手渡す。
「ほらアンタも出しな、同じパーティなんだろ?」
「あ、悪いロザリーさん、俺のカードは冒険してる途中に無くなったんだ」
……口から出たアプロの何気ない一言が、またもやロザリーの怒りを火をつけてしまった。
「はあ、どうしてだい!? アンタ名前は!?」
「アプロ」
「どこに落としたんだい!!」
「その辺の森かな、再発行いいか? あ、パーティは残したままで頼む」
「な……なんで冒険者ってのは管理もロクに出来ないんだい! 私の若い頃はね! みんなしっかりと装備を整えて――!!」
うわあ始まってしまったと心の中でアプロはそう言うと、苦い顔を浮かべながらロザリーの説教をとりあえず右から左へと聞き流し、怒りが収まるのを待つ事にした、その途中怒り狂うロザリーの隣に立っていたフラムは、アプロに向けどんまいという意味で親指を立てる。
「――わかったね!!」
「わかったわかった」
「ちゃんとわかったのかい!!」
「ちゃんとわかってるって」
「よし……ならいいんだよ、調査報告書と再発行書、そしてパーティ結成書のさんまいにさっさと書きな!!」
言われた通り紙を受け取ったアプロは机に向かい、スラスラと置いてあったペンを掴んで記入欄を埋めていく、基本的に冒険者は調査が終わった後ギルドに報告する義務があり、きちんと何があったのかを書いて認められなければ報酬を受け取る事が出来ない。
「うえーっ、ロザリーさん喋り過ぎッスよ。ツバで書類ベチャベチャッス」
「なんだって、だいたいアンタがね――」
アプロは怒りの矛先がこちらへ向かないよう、なるべく気配を消しながらカキカキとペンを動かす、そのフラムの一言によって怒りが再燃したロザリーはベチャベチャと喋り出したので、それを見たミスティアがテーブルカウンターに向かって身体を乗り出し、2人を止めようと間に割って入ったが――。
「喧嘩じゃないよ!!」
「喧嘩じゃねぇッス」
「はうっ!!」
ドンッと突き飛ばされ、そのまま後ろへと下がると側にあったテーブルの角に頭をぶつけ「あいたー!」と叫んでからゴロゴロ地面を転がる、その間にアプロは全て書き終え、ぜえぜえと息切れをしていたロザリーに提出した。
「よし出来たよロザリーさん、報酬はいくらぐらいだ?」
「はあ、はあ。……まあ、これならにじゅうペクスってとこだね」
「にじゅ……もっと上がらないのか?」
「文句言うんじゃないよ、駆け出しダンジョンにいるボスを倒しただけだろう? それじゃあこの程度しか渡せないね!」
「そっか……パーティ申請の方は?」
「今日から活動しな、ところで今日は宿の予約入れてるのかい? もし入れてないならウチで泊まっていきな」
ロザリーは宿の鍵2つを机の前に置き、2階の方をクイクイと指で差す、それをしゃっと奪い取るようにアプロは受け取ってから「ありがとなロザリーさん」と階段の方へ向かったが。
「ちょっと待ちな、2人で10ペクスだよ!!」
気付いたか、とアプロが階段に足をかけている最中にロザリーは呼び止めた。
「後に伝説となる冒険者って事で何とかならないか?」
「伝説になってもアンタだけ特別扱いはしないよ!」
「うええーっ」
しぶしぶ納得したアプロはしょんぼりとした態度で階段を降り、机の前に戻ってミスティアの分を含めた10ペクスの硬貨をきちんと置くと、2階に続く木の階段で立ち止まるミスティアに声をかけた。
「ん、どうしたミスティア?」
何か言いたげだな。
そうアプロは感じる。
「あ、あの私……」
もじもじと身体を動かし、どこか落ち着かない素振りを繰り返したミスティアは目線を下にし、ギュッとスカートの端を握って下の段にいるアプロを見た。
「その、わたし、今日は全然、アプロさんの役に立てなかったのに……今後もメンバーとして一緒に泊まってもいいのかなって」
えっ、とした顔でアプロは平然と答える。
「……いまさら何言ってんだ?」
「ふえ?」
「明日も2人で冒険に行こう、それにあの時はミスティアがパーティを解散をしてくれなかったら俺は間違いなくアイツの斧で切断されてた」
「いや、でも……」
踏ん切りの付かないミスティアの気持ちに、アプロは手を握って階段を上り始める。
「いいから、色々あってもう疲れてるんだよ」
「あ、アプロさん――!!」
……ミスティアは何かを話したそうに立ち止まろうとする、それが『何なのか』ミスティアにしかわからない、でも何かを伝えたい、そんなミスティアの複雑な気持ちにアプロはどう言えばいいか悩んだが、今の気持ちを正直にぶつけた。
「俺はお前とこれからも冒険がしたい」
その一言にミスティアは口をパクパクとさせると。
一瞬で頬を赤くし、アプロの手を振り払って急いで階段を上る。
「あれ、どうしたミスティア!?」
慌てて追いかけてきたアプロが背中を向いたままのミスティアに声をかけると、ミスティアは複数回顔をパンパンと叩き、気合いを入れてからゆっくりと振り返る。
(ほんとに……本当にこの人は……)
なぜアプロの事を『好きになってしまった』のか本人にはわからなかった。
ドキドキが止まらない。
真っ直ぐ見るだけで心が揺れる。
ミスティアはなぜ好きになったかわからないが、アプロの誠実さが惚れた理由の1つだと考える、元々嘘が嫌いで真っ直ぐな性格のミスティアはハッキリと自分の言葉で話す男性が好みであり、それに気付いてしまうとより顔を真っ赤にした。
「ミスティア?」
溢れてくる感情を何とか、必死に抑えつけたミスティアは目線を斜め下にし、1階で飲んでいる者達を適当に見ながら小さく呟く。
「……ずるいですよアプロさん、ずるいですっ」