18話
「早くかかってきなさいっ、アフロ!」
「アプロです」
「どっちでもいいわよ!! 本当の最強を教えてあげるわ!!」
ボルグの安易な挑発を鵜呑みにしてしまったメイスは、右、左と拳を突き出し準備運動をしながらアプロにかかってくるよう挑発する。
メイスの高いボルテージとは反対に特に戦う理由はなかったアプロだったが、冒険者としてボスと戦うのはアプロがパーティを作り、やりたかった事でもあったので腹を決めて剣を抜く。
「んじゃまあ、よろしく」
「何よそのやる気のなさは! アンタ、冒険者でしょうが!!」
「よろしく」
「顔がキリッとしただけじゃない……まあいいわ、行くわよ!! 全てを包む闇を我が手に! ダークネス・ジェイル!」
詠唱したメイスは手に魔力を込め、先ほどと同じように拳を包むように紫色の炎を発生させると、真っ直ぐアプロに向かって突進したが……。
「遅い」
さらりと身をかわし、手刀をメイスの首後ろに軽く叩き込むアプロ。
「うう、ぐぐっ……痛いいいいい!!」
苦痛の声をあげてメイスは地面をゴロゴロと左、右へと這った……強いと思われた魔王もアプロの孤独薬で得た最強の力には叶わず、そのまま立ち上がれず悶えたままのメイスに心配したアプロはしゃがみ込んで声をかける。
「おい大丈夫か……あれ、泣いてる?」
「泣いてないわよっ……!!」
「でも、涙が」
「な゛い゛て゛な゛い゛っ!!」
「そうか」
彼女の尊厳を大切にしようとうんうんと頷いたアプロは懐から茶色の布を取り出し、メイスの涙を拭ってあげるとバッと立ち上がり、メイスは強気に指をピッと複数回アプロに突きつけながらこう言った。
「な、なかなかやるわね……! 今のは本気じゃないから、勘違いしちゃダメよっ!?」
「はい」
「しちゃダメなんだからねっ!!」
「はい」
とてもプライドが高い女の子だなと思ったアプロは、とりあえず形だけでも負けて気持ちよくさせてやるか、と鞘から剣を抜きぼんやりと構えていたその時。
「覚悟ッ!!」
スキを窺っていたテスターが、卑怯という気持ちを抱く事なく容赦なく背後からメイスを切りつけた。
「ぐっ、うあああっ……」
油断していたメイスは苦痛の表情を浮かべ、再び地面へと転がると今度は本気で痛いのか立ち上がる様子はない、すーっと息を整えたテスターは周りを見ると、サッと隠れたヘランダを見つけこちらへ来るよう大きな声で指示をする。
「あ、あらあ団長、気づいてらしたのね……」
「気付いていた、ではありませんよ。今まで何をしていたんですか?」
ギロリ、と開く団長の冷たい目にヘランダは動揺した、新たな冒険者を連れてくる事も出来ず、円卓の騎士団が行っていた悪事は全てバレてしまい、ギルドが調査に乗り出してしまった。
そんな失態を団長テスターに話すことも出来ず、ヘランダは身体を震わせながら黙っていると、テスターは再度目を閉じて洞窟の天井を見上げた。
「やはり……ゴミ共は皆殺しするしかありません、か」
テスターの一言にヘランダは慌てて土下座をした。
「す、すいません団長! 命だけは……!!」
「だったらこのカス共の始末を手伝えやあッ!!」
怒鳴り散らすテスターにいつもの冷静さはなく、彼の本心が漏れていた、ヘランダが怒られている最中、メイスは何度も魔力を込めたが。
(う、うそ! 力が……出ない!?)
強く拳を握っても先ほどの凶悪な魔力は発生せず、空気が抜けた風船のように両手から力が失われていく感覚に焦るメイス、そんなメイスを見てテスターはニヤリと笑いながら、目を完全に見開くと、ボールを蹴り上げるかのように思い切りメイスの顔を蹴る。
「バカがァ! この虚空刀は握った者の魔力を力に反映させ、更にパーティを抜けてひとりになると最強の力を持った剣になるんだよ!!」
2回目のキックを行う途中、アプロのやめろという静止にピタリと足を止めるテスター。
「ああ確か……アプロくんは”飲んだ”んでしたっけ?」
「どうしてお前が孤独薬を知ってる」
「知ってますよ、よーくね。黒いコートにフードを被った男……私の騎士団は彼が実質権利を握っています。まあ上官と言えばいいんでしょうか、ふふふっ」
「……なるほど、お前の団を管理してる奴が、俺に孤独薬を渡した男って訳か」
「そうですよ、ふたつの孤独薬。貴方は身体に入れ、私は剣に付着させた……当てるのに苦労しましたがね」
テスターが孤独薬を付着させた剣、その効果は『斬った者の魔力を空になるまで減らしていく』という恐ろしい効果で、魔力を失いつつあるメイスは徐々に呼吸を乱していき、その場に倒れ込む。
「……ううっ」
魔力が無ければ血液を失っているのと同じ状態で大変危険であり、徐々に苦しんでいくメイスを見てテスターはあざ笑いながら足でぐりぐりと背中部分を踏みつけた。
「おい、ヘランダ!!」
「は、はい!」
ヘランダは返事をしてすぐに駆けつけると、ぐっとメイスの手と頭を抑えて抵抗しないようにする。
「息が……だ、誰か……助けてっ」
「助けて、ははは! 誰に助けを乞うんだ!? ここら辺りに魔物はいませんよ!!」
死ぬ。
という恐怖を想像するだけで……。
メイスはブルブルと身体を震わせ、とうとう泣き始めてしまった、そもそも魔王とは人を脅かす存在、冒険者である人間達が助ける訳がない。
しかしメイスは今までの歴代魔王とは違い、向かってくる冒険者達に大変優しかった。
時には軽い力で手加減し、追い返す時もあり。
弱いと思った相手には命まで奪う事もなく。
外へと追い出すだけで済ましていたメイス。
自分が何もしなければ、そのうち相手は何もしてこない、ずっとその考えを持ち続け、いつか冒険者達が考えを改め、敵としてではなく。
友達として、分かり合える時が来るのではないか?
今まで人を殺め、世界を滅ぼそうとしてきた『魔王』のイメージを何とかして変えたかったメイスだったが。
ここで。
死ぬ。
1人寂しく過ごしてきたこの場所で死ぬ。
メイスはそう思うと今までの生活は、自分の生きてきた毎日はなんだったのだろうと急に虚しくなり、心が悲しくなった。
「メイス……」
その姿を傍から見ていたアプロは悩んでいた、冒険者達の敵である魔王を助けるべきなのかと……Sランクに近づく為には魔王を倒した実績も必要である。
本来なら助けるという事は魔物側に加担する事であり、どちら側から見ても『非常識』である、アプロがいた施設でも魔王を倒すのが冒険者の『常識』として教わっていた。
大人達から教わっていた事をしっかり守るのが本当に正しい冒険者なのか?
そもそも俺が望む冒険者の形とは何なのか?
世の中の歯車にハマるのが嫌だから、こうして冒険者になったのでは……?
複数の糸が絡まったように色々悩むアプロとは違い、誰よりも早く答えを示す女性がいた、それは。
「やめてください!!」
ミスティアは叫び、すぐにメイスを解放するようテスターに詰め寄っては振り下ろそうとした腕を抑えつける。
「……おや、貴方はアプロくんのパーティにいるミスティアさん……でしたか」
「だ、ダメですよこんな事したらっ!」
ダメ、という言葉にピクリと反応するテスター。
「はあ? よくわからない事を言いますね、魔王を倒すのが冒険者の目的と使命、そしてギルドに与えられる最大の名誉なんですよ? 何故やめなければいけないんです?」
テスターの言う事は最もだった、それでもミスティアは否定を続け。
「め……メイスちゃんが死んでしまうからです!!」
シンプルな答えをぶちまけた。
命を奪う事はよくない、だから止めて。
それは冒険者達が決めた常識ではなく。
ミスティアが1人で考えた常識――。
「わ、私も同意見! 早く魔力を注ぎ込んであげないと……!」
サーシャもまた、自分の決めた答えに従いメイスを助けようとした、呼吸を荒くしながら倒れていたメイスは少し驚いた様子で2人を見る。
何故なら、そんな魔物の事を心配する冒険者なんて今まで戦った者達の中に1人もいなかったからだ。
もらえる富、名誉を考えるのならどう見てもこの状況は冒険者、テスター側に加担した方が得なのに、ミスティアとサーシャはたとえこの場でテスターに敵と見なされ、切り付けられたとしても固い意志は曲げるつもりはなく。
サーシャがテスターの目の前に大の字で立ち、ミスティアはヘランダが離れるよう身体を掴んでどかそうとした。
「メイスちゃん、いま助けますからね!!」
「な、何よアンタ達!! 冒険者より魔物側につこうっての!?」
「魔物だからとかそういう問題じゃないんです!」
ヘランダとミスティアのやり取りを聞き、テスターはミスティア達に最終確認をした。
「この場で魔物を庇えば、全冒険の敵となりますが?」
「構いませんっ!! ……誰かの命を助けたいのが、そんなに間違ってるんですか!?」
必死にミスティアは力を入れて引っ張りヘランダをどかそうとする、そんな姿を見て若干嬉しそうな顔でテスターは「どいつもこいつも……」と、振り上げた剣をサーシャに向けて。
「楽しませてくれますね――」
振り下ろそうとした。
が、腕をアプロがしっかりと掴む。
「おい……何をしているのかわかっているのか?」
「十分にわかってるよ、テスター」
「じゃあお前も敵だなッ!!」
魔物と同じ『敵』と認識したテスターは思い切りアプロに向かって剣を振るい、バッとアプロは後ろに下がって距離を取った。
「……口調ブレ過ぎだろお前」
世界クラスの円卓の騎士団。
世界が認める冒険者ギルド。
今後、全ての冒険者を敵に回したとしても。
どんな結末を迎え、どんな後悔をしたとしても。
アプロ、ミスティア、サーシャは……。
自分の決めた冒険者の道を歩く選択をした。
「選ぶのに迷いはない、選んだのに後悔もない」
そう言ってアプロはミスティアとサーシャを見る。
「――それでいいんだよな?」
アプロの言葉にすぐさま2人はコクリと頷き、満更でも無さそうな顔でアプロはポリポリと頭をかいて言葉を述べる。
「んじゃまあ、暴れますか」
世界クラスのパーティとの最後の戦いが今、始まった――。




