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白き月蝕のヴェンデッタ  作者: 烏月ハネ
金色の魔犬のエミリオ
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金色の魔犬のエミリオ1

「え、僕が、でしょうか」

間の抜けた声が、書斎の絨毯に吸い込まれていった。

「何度も言わせるな。お前もゴールドスミス家の端くれならば、少しは役に立つ事をせよ」

父の声は厳しかった。

僕の父ーアルフレッド・ゴールドスミス。

望月重工グループの経営陣、第4席の富豪。

その父は、僕に対してこう言った。


『ナンバーズという組織に、ピアレスエースと名乗るパイロットがいる。それを監視し、報告をせよ』


僕。

エミリオ・ゴールドスミスは、この父から血を分けられた4男。

しかし、あらゆる才能が、兄たちに及ばなかった出来損ないだ。

「……解りました。計画を練った後、実行します」

そう言うが早いか、一方的にテキストファイルが送りつけられ、ブツリと通信が切られる。

テキストファイルのトップには望月重工のロゴ。

軍事産業で成り上がった日本の企業も今やグローバルな長寿企業。

僕は経営陣の息子で、経営権継承順位第77位の子息。

それが、今はこじんまりとした書斎に押し込まれている。

ここがどこかと言えば、地方都市の紛争地帯目前。

望月重工の孤児保護施設と治安維持部隊が配置された田舎都市である。

詰まるところ、僕はたった齢14の頃から、既に左遷された身なのだ。

77。

僕はこの数字をずっと見続けてきた。

スリーセブンにひとつ足りない幸運なし(ラックレス)

僕にはお似合いの、しみったれた数字だ。

自嘲もそこそこに、僕はテキストファイルに目を通す。

ナンバーズ。

とある盟主が設立した私設旅団。

所属する者は必ず何かを探しており、構成員が何かしらの数字を冠する。

類まれなる戦闘能力を持つもの、奇っ怪な特殊能力を操るもの、化け物じみた巨躯を操るものもいるとかいないとか。

そんなものは冗談だ。

事実なら、このテキストが示す構成員が語っている。

すなわち、エースの中のエース(バケモノ)揃い。

「ナンバーズ、か」

その組織を、僕は知っている。

組織を、というか、そのピアレスエースという人物を。

思い浮かべる顔は、いつもしかめっ面。

一度も素直に言うことを聞いてくれなかった僕の部下。

アリス・ピルグリム・ヴェンデッタ。

元・望月重工治安維持部隊所属、現在は子会社であるグリムシェイドの調達班リーダー。

そして、僕の『恩人』だ。



遡ること2年。

僕は本家から左遷され、この部隊に配属されました。

「エミリオ・ゴールドスミスです。本日よりこの第115部隊の隊長として配属されました。皆さん、よろしくお願いします」

望月重工が各地に持つ独立治安維持部隊、その末席。

その指揮官クラスとして、僕はアルト・クルセイダーを与えられ、部隊員たちに始めて面会しました。

緊張と人見知りで、じっとりと手に汗をかいた状態での挨拶は、意外にもすらすらと言えて一安心。

そんな矢先に、さっそく事件は起きました。

その日の事は、僕は絶対に忘れられないでしょう。

「さっさと帰れや、とっつぁん坊や。ここはガキの来る場所じゃねぇんだ」

隊服を着崩した黒髪の短髪の女の子(?)から、いきなり罵倒されたからです。

白いメッシュ、紅い瞳、見下した突き刺さる視線。

なにより凄まじい威圧感に、どっと冷や汗がでます。

「な、なんだ君は。じじじ上官に向かって失礼な」

これでも財閥での教育は行き届いており、立場の有用性を認識していた僕はなんとか反論することはできたものの、やれたのはそこまででした。

「ァ?舐めた口聞いてんじゃねェぞ?」

ドスの効いた声色で、僕は途端にしぼんでしまったからです。

なんという恐ろしい女の子なのでしょう。

僕と年端は変わらないはずなのに、絶対に勝てないと、身体が認識してしまいました。

そしてこんなのに初日から絡まれるなんて、なんて運なしなんだと、僕は己の数字を呪いました。

僕にできるのは、内心でそんなことを思うだけです。

「ぁ、う、僕は、その」

「言いたい事があるなら、ハッキリ喋れや、軟弱野郎が」

はっきり言って、この女の子ーアリス・ピルグリム・ヴェンデッタとの出会いは最悪でした。



結局のところ、僕は僕でしかないのです。

場所が変わったって、何かができるようになるはずもないし。

他の兄たちよりも、ほんのわずかに機体を扱うのが上手かっただけで、他の能力は軒並みダメダメでした。

だから、例え隊長格だからといって、隊員たちは敬ってくれなかったのです。

当たり前ですね。

アリスを筆頭として、彼女らはそれまで実際の戦場を経験してきているのです。

少なくとも、僕のようにシュミレータと訓練だけの人間より、よほど現実を知っています。

お飾りの隊長。

むしろお荷物ですらあった僕に払う敬意など、これっぽっちもありません。

ゆえに、現場では居ないものとして扱われ、支社では曲がりなりにも経営陣の関係者なので、腫れ物扱い。

それが子供の僕にすらわかるほどなので、よほどあからさまだったのは推し量るに容易い。

毎日が針のむしろでした。

けれども幸い、僕は努力することだけはできました。

自分の力が劣っていることを理解するのと、周りの力量を測ることだけはできたのです。

元々本家でもそういう扱いだったし、兄たちから直接暴力や嫌がらせがない分、僕にはましな環境。むしろ現場に出たことで機体を扱う事に楽しみすら感じてしまったので、僕は一気にEXMにのめり込んでいきました。

……こんなに楽しいと思ったことは、それまでの人生にありませんでした。

特に、第115部隊には二人のエースがいて、僕はその二人の技術を学ぶことができました。

これが大きい。

一人は言わずもがな。

アリス。

もう一人は、アリスの妹分であり親友。

クラリス・望月・ハンマーヘッド。

この二人は、すこぶる強かった。

僕は必然的に、この二人の後を追いかけるように動き回ることになりました。

クラリスはせいぜい自由奔放な子というレベルでしたが、アリスは札付きの規律違反常習犯でした。

経歴書でその出自は知っていましたが、誰かここまでのワルだと考えるでしょうか。

僕の日課は彼女らの戦闘成果の報告書と、彼女のこさえる事件の始末書と対応、そして機体を動かす訓練に染まっていきました。機体を動かす際には、彼女たちは僕を差別しません。それも僕を惹きつけた要因でしょう。

そして僕は、強い者に迎合することがいかに重要か、身をもって学習していったのでした。

同じ機体なのに、なんで10倍じゃ効かないくらいの模擬戦の敗北数を重ねる事ができるのか、僕には今でもまったくわからないままです。

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