【前日譚】ジャンク屋エースの激情
いささか細い足が、社長室の扉を蹴り開ける。
足の主、アリス・ヴェンデッタは開口一番に告げた。
「なぁ、社長。そろそろ新機体寄越せよ」
書類仕事を進めたままの形で動きを止めた社長ーレオン・グリムシェイドは小さく肩を竦める。
「いきなり来たかと思えば、アリス君、君にはすでにエンプレスを渡しましたよね?」
反射的に銃を抜く。
「その名で呼ぶなよ、爺。ぶっぱなすぞ」
「これは失敬」
もちろん引き金は引かない。
流石に恩義は感じている。
さて、話を戻そう。
「エンプレスは良い機体だが、それでもスノウの延長に過ぎない。まだ足りねぇんだよ」
確かに悪くない。
むしろスノウよりも総合的な能力は高い。
二度の改修を経たスノウホワイトは、元ジャンク品とはいえ、そこらのエース機にも引けをとらない。
だが、これまで戦った強敵を思い返せば、それでは到底足りない。
敵をねじふせるための強さが、足りないのだ。
ゲート技術、宇宙戦闘、巨大兵器、核に生物兵器、カラーズたち、様々な敵が、アリスの上にいる。
本来敵ではない、などとは、アリスには認識できない。
アリスはそういう風に、壊れているのだ。
「ふむ……。あれら以上となると、本格的に設計から始めなければなりませんねぇ」
レオンはそれを知っていて、敢えてスノウを改修機とした。
だが、この状態のアリスを止めることはできないだろう。
「本来強化型のエンプレスじゃなくて、そうする予定だったろ」
レオンは諦めのため息をついた。
「解りました。スノウホワイトを再利用する形であれば、呑みましょう」
財政的な問題と、アリス自身への心配。
それを知らず、アリスは獰猛な笑みを浮かべた。
「構わねえよ。相棒なんだ、むしろ願ってもねぇ」
どこまでも、標榜した名前を表す、ということか。
アリス・ピルグリム・ヴェンデッタ。
復讐の巡礼者とは、どうにも物騒な名前だ。
だが、納得するまでは、この娘は決して止まらないのだろう。
レオンは内心の言葉を表に出さない。
「では、技士長とは改めて相談するということで。それと、流石に時間が必要になりますが、よろしいですね」
「あぁ。よろしく頼むぜ、社長」
こうして、新機体の開発が始まったのだ。