月蝕覚醒5
「さてさて。片付けは終わったが、リーダーたちのタイマンはどうなったかな?」
竜貴がカメラを向けると、三者ともがまだ戦闘を継続していた。
クラリス。
こちらは魔剣と立ち回りだけで全ての攻撃を見切り、紅獣を焦れさせていた。
「戦いはじめてしばらく立つけど、格の違いを見せてくれるのは何時になるのかな?」
マシンガン、アシッドガン、グレネード、マイクロミサイル、ブレード。
紅獣の武装は全てを試した後であり、それらの全ては回避され、または装甲板を抜くに至らなかった。
攻撃は魔剣にも機体にもわずかな傷をつけただけで、もはや弾切れしていないのはマシンガンぐらい。
魔剣のみしか携えない剣鬼に、獣の牙はすっかり抜き取られてしまっていたのだ。
その実、クラリスもスラスターのふかしすぎでエネルギー残量は心許ないのだが、紅獣には知る由もない。
「……認めよう、貴様は儂より強い。だが、ただでは死なんぞ」
「へぇ。まだ隠し玉を持ってると?」
声色は冷静に、しかし、操縦桿を握る手には緊張感を。
敵機の一挙手一投足をつぶさに観察する。
クラリスに油断はない。
だが、それはよほどのことが無い限りは奇襲が失敗しない武装であった。
「ーーーふん。冥土の土産すら惜しい。喰らえ!」
紅獣の胸部が左右に開き、ビームカノンの砲身が吠える。
至近距離でなければ使えず、初見しか成功しないであろう高威力照射。
欠点は一度で機体エネルギーを使い切る事と、向きを変えられない事。
つまり。
「残念だけど、それ、グリムシェイド社の設計流用品なのよ」
紅獣は知らず、クラリスは知っていた。
それが決定的だった。
「ここまで、か……」
ビアンカ。
こちらは二丁のビームハンドガンが早々にエネルギー切れしてしまい、肉弾戦の様相を呈していた。
本来遠距離用のシンダープリンセス・ミヤビに装備された近接武器は、スカートにマウントされたショートエッジ2本とヒールブレードだけである。
対して、敵機・蒼角は元より近接格闘機であり、厚手のラウンドシールドとシャムシールという剣士スタイルで、申し訳程度に腰に標準仕様のショットガンを下げている。
「もうビームは終いのようだな!あとは壊されるだけか?」
「冗談は顔だけにしてくださる?ダンスなら得意でしてよ?」
「あぁ?顔は関係ないだろうが!」
「あら?声からは醜男にしか聞こえませんことよ?」
「ぶっ殺す!」
軽やかに、踊るようにシャムシールの剣線を潜る。
刃が小さい以上、ビアンカが蒼角を落とすには、関節を正確に狙う必要があり、意外と隙の無い戦いをする敵機を警戒して挑発していたのだが、それも中々功を奏してくれない。
(なかなかしぶといですわねぇ)
盾を構えながらの攻撃を避けるのは対したことではない。
そもそもリーチが短いため、下がれば当たらないためだ。
こいつ、どうやって射撃武器持ちのエグザマクスを倒してきたのかしら?
疑問を覚える装備構成だが、いまはどうでもいい事だ。
シャムシールを振るう手を狙うか。
そう考えてビアンカは敢えて敵機に近付いて、攻撃を誘った。
案の定、剣を振り下ろす蒼角。
それをぎりぎりで回避し、マニピュレータを斬りつけるとともに、打ち上げた踵を頭部にお見舞いしてやる。
「あら?」
するとどうだろう。
頭は綺麗にすっとび、パイロットは脳震盪。
まさかの一撃ノックダウンにて、呆気ない幕引きとなった。
「ふ、不完全燃焼ですわぁー!」
後でわかったことだが、この蒼角は装甲板もりもりのアンチビームコートで身を固め、タワーシールドを構えて突撃する戦法を使う機体だったらしいが、初手のアリスのビームにより長物武器を失っていたらしい。
それでも、ビアンカに勝てる実力ではなかっただろう。
アリス。
バイロンの隊長機はなかなかに粘っていた。
戦闘は終始アリスの攻めしかなく、隊長機は防戦一方だが、アリスが敢えてライフルしか使っていないため、装甲の堅さもあり、なんとか戦えている状態だ。
「おらおらどうした!攻撃がねぇぞ?」
アサルトライフルの連弾が継続した衝撃を与え、レーザーライフルが確実に装甲を削る。
構えたシールドはすでに役に立つか怪しい。
「ぐぅ、強い……!だが、私は、私はぁ!」
シールドをかなぐり捨て、突撃をかます隊長機。
それは華々しい玉砕だったのかもしれない。
だが、それは隊長も予測していた通り、アリスには届かなかった。
「これがお前の限界か。足りねえな!」
反転して背中を向けた月蝕石。
隊長機のメインカメラに写ったのは、その腰部からしなやかに伸びるテールブレードの煌めきだった。
「がフッ!ふぅ、フウぅー!」
オープン回線を開きっぱなしにしていたために、隊長の痛々しい呻きが垂れ流された。コックピット付近を貫いたブレードがパイロットを押し潰したらしい。
しかし、バイロンの隊長にはまだ意識があり、物言えずとも最後の抵抗をした。
「ガガッーーー、コード認証確認、百眼からの起動指令により、パターンγによる自律行動を開始します」
回線に流れるノイズ混じりの機械音声の余韻すらなく、バイロン後方のコンテナが爆散、中の粉塵を振り払うように巨影がそびえ立つ。
(死ぬがいい、ジャンク屋ども!バイロンに栄光あれ!)
隊長が事切れる。
土煙が晴れていくとともに、ジャンク屋たちを見下ろす巨大兵器の全貌があらわになる。
「クソがっ!アイツ、兵器起動して死にやがった!面倒くせえ事しやがって!」
アリスが悪態をつき、ダブルライフルを再びマウント、そして背負っていたバスターレーザーカノンのアタッチメントをパージして構える。
「死神より各員、目標巨大兵器が起動した!気ぃ引き締めろ!」
月蝕石さえ見上げるその巨体。
4足歩行型で履帯のついたゴツい脚部が支えるは、左右に10、バカでかいレーザーカノンを携えた広域殲滅兵器。
開発名称はハイドラ。
神話の蛇竜の名を冠した超大型。
機体長は通常のエグザマクスの5倍はあるだろうか。
よくこのサイズで自立しているものだ。
だが、フォートブレイクでのデカブツの方がもっと厄介だったぜ。
「コイツ相手じゃ真正面からのフリーズバレットの効果は薄い!全ての攻撃は関節狙え!散開して迎え撃つぞ!」
ジャンク屋チームは一直線にハイドラの足元へ。
迎え撃つハイドラは20あるレーザーカノンをチャージし、熱線の雨が降り注ぐ。
戦地が焦げ、物資や機体の残骸が融解していく。
ハイドラのレーザーカノンは、おそらくアリスのバスターレーザーカノンと同等程度の威力。
つまり、戦艦主砲級が20も揃っている。
「なんつー燃費と頭の悪い兵器だ!」
悪態をつきつつ、アリスはバスターレーザーカノンをぶっ放した。
吸い込まれるように脚部の一つを撃ち抜いたレーザーは、確実にハイドラの機動力を削ぐ。
「ナイスショット、死神!私も続くわよ!」
機動力が落ちたことで足元への対応に穴ができ、そこにクラリスが飛び込んだ。
魔剣ダウン・リベリオンは巨体ですら切り裂く。
残ったエネルギーを一点に集中することで、前脚のもう片方の関節が破壊された。
「失礼あそばせ。フリーズバレットをご馳走しますわね!」
そこに追随したビアンカが、ばすばす音をたてて電子戦弾丸を関節配線に撃ち込んでいく。
フリーズバレットは着弾とともに外殻をパージ、内部から微小な特殊型ロイロイを展開、ウィルスを制御線から侵入させていく。
大型機には効果が出るまでに時間がかかるが、局所的な機能不全を起こすには十分だ。
「竜、猟犬と姫を回収!私が追撃する!」
この間、足元に消えた2機を追えず、レーザーカノンがアリスと竜貴を追っていたが、竜貴が跳んだことでアリスに全てのレーザーが集中する。
「鬼ごっこと洒落こむぜ!しっかり狙いやがれ、このデカブツがァ!」
スラスターを全開にする。
重力が身体と脳を揺さぶるが、アリスは目を見開いて歯を食いしばる。
根性で重力になど勝てない。
そんなことは百も承知。
意識を飛ばさないギリギリのラインでタップダンス。
機体を縦横無尽に跳ねさせ、バレルロールで熱線とランデブー。
バスターレーザーカノンの放熱がまだ終わらない。
だが、もう一度極太レーザーを脚部に当てれば、奴はもう動けない。
きっちり、決めてやらァ!
その時、上空の月が目に入る。
「青白い、不健康そうな美人じゃねぇか。なぁ。そこで見てろよ、私の復讐を」
不意に溢れた小さな独り言を、通信機は拾えなかった。
登り詰め、加速度はゼロへ。
月蝕石が月から落ちていく。
インメルマンターンと、昔は呼ばれていたらしい航空機の技術を、アリスはエグザマクスで繰り出し、落下に合わせてスラスターをふかす。
「私が!一番強え!誰にも!何にも!私は負けねえ!」
バスターレーザーカノンを構えて、ハイドラを狙い撃つ。
残る脚部を撃ち抜く。
あと一つ。
それをアリスが狙う必要は無い。
エネルギーブレードと魔剣が煌めき、フリーズバレットが撃ち込まれたからだ。
あとは携行したフリーズバレットを、奴の頭に叩き込む。
これで機能停止だ。
上部に撃つのが不能なのか、もはやアリスを狙うレーザーはなく、頭に着地したアリスを止めるものはなかった。
「あばよ、デカブツ。楽しい戦いだったぜ」
月夜の晩、百以上の機体を喰らい尽くした月の使者は、物言わず。
その操者は一つの決意を固めた。
その瞳には、地獄の焔が灯っていた。
ーーー
アリスが地上に再び降りた時。
1機のエグザマクスが地を這っていた。
そのエグザマクスから、通信が開かれる。
「おまえを、ころす、ころさなきゃ、ころさなきゃ、いけない、んだ」
開かれるというよりは、おそらく開きっぱなしになっていただけなのだろう。
蒙昧とした、言葉だけが上辺を滑る、意志のない文字の羅列。
形だけの意味をなそうとして、身体だけが動いているなまもの。
そんな名も知らない誰かは、機体の銃をアリスに向けた。
「これは、テロリストの……。まだ動けたのね」
クラリスが近づき、その武器を弾こうとしたが、それをアリスが制した。
「私を殺したいか?そうすれば満足か?」
アリスはコックピットのハッチを開けた。
夜風がコックピットを僅かに冷やす。
「それがお前の望みか?なら、そうしてみろ」
倒れ伏したままで銃を構える機体の、顔もわからないなまものに向けて、アリスは言う。
その言葉に対して、そのなまものの返答は、引き金を引くことだった。
乾いた銃声。
それと、金属を弾く甲高い音。
アリスが月蝕石の腕を僅かに動かして跳弾した音だ。
「だがな。私はお前に殺されるほど弱くねえ。強くなって出直しやがれ」
ーーー
とある日。
とある指定された場所。
アリスは月蝕石に乗って待っていた。
指定時間。
ゲートが開かれ、アリスはそれを潜る。
格納庫だが、そこが何処なのかはわからない。
大事なのは、目の前にいる機体、そして人物。
白い、大きな翼を携えた、マクシオンの機体。
その名を、スノウブライド。
そしてその主、4と呼ばれる男。
「よう、盟主殿。加入願は届いたようだな?」
アリスは機体を降りると、口元を吊り上げて告げた。
「コードネーム、ピアレスエース。NUMBERSのNo.1として、参じた。これからよろしく頼むぜ、盟主殿?」