月蝕覚醒4
さらに数日後。
夕闇が辺りを包み始める頃。
アリスたち調達部隊は、次なる任務に向かっていた。
今回は前回のバイロン軍強襲よりも厳しい内容の任務だが、アリスの強い要望により決行となったものだ。
「よーし、もうすぐ作戦エリアだな。死神より各機へ。出撃準備はいいな?」
機体が変わり、コードネームを改めたアリスが通信を開く。
今回の任務は、紛争への介入。
バイロン軍とテロリストの戦いに割って入る形となり、目標はテロリストたちが持つとされる巨大兵器の簒奪だ。
初の実戦投入となる月蝕石の操縦席で、アリスはチームに通信を飛ばす。
「竜、ルミナス、いつでも行ける」
「猟犬、リベリオン、準備完了。魔剣が疼くわね」
「姫、ミヤビ、ちょっとお眠ですわー。始まったら起こしてあそばせ」
三者三様の返事を受け、アリスの意識は戦闘モードへ。
大型機で3機より上空に運ばれるアリスと月蝕石が、初めに投下される。
作戦は簡単だ。
空からの強襲、そして殲滅。
初めにアリスから一撃、その後チームで降下して各個撃破。
使えるパーツは根こそぎいただき、メイン目標である巨大兵器は駆動部を叩く。
フォートブレイクでの交戦経験から、電子機器を機能停止させる電子回路阻害プログラムインジェクタ、通称フリーズバレットもいくらか準備してある。
「いくぜ、相棒!初手からでかいのぶち込んでやろうぜ!」
降下姿勢から身体を起こし、地表に向けてバスターレーザーカノンを構える。
狙いは両軍白兵戦真っ最中の荒野、その全域。
今回のバスターは一味違う。
銃身に一回限りのアタッチメントを取り付けた拡散仕様だ。
「ーーー喰らえ、流星群!」
引き金を、思い切り引いた。
その瞬間、銃口から無数に分かたれた光束が、雨のように降り注ぐ。
夕闇が裂ける。
空間を引き裂く光の雨。
超火力兵器ゆえに、それは分かたれてすら通常のビームライフルと同程度の威力を発揮する。
白兵戦をしていたバイロン、テロリスト共に、巻き込まれたものを鉄屑に変える死の雨。
総勢100機以上いた両軍は、その雨によって半分になった。
例外は、バイロンの後方で輸送中だった巨大兵器用のコンテナだけだ。
残った半分の機体については、運が良いとは言えないだろう。
唐突な襲撃に加えて、降下してきたたった4機のエグザマクスに蹂躙されるのだから。
「死神様のお通りだ!首を出しな、雑魚ども!」
バスターレーザーカノンから連接剣と魔砲杖に兵装を持ち替え、アリスは剣を横薙ぎにひとふり。
金属が悲鳴をあげながら、斬撃範囲にいたエグザマクスたちの首を飛ばしていく。
少し遅れて地上に降り立つ調達部隊の機体を見て、バイロン軍とテロリスト、双方の中にその正体に気付く者がいた。
「グリムシェイド……!」
「戦場のハイエナだと!?」
「隊列を組め!個別撃破されるぞ!」
そんな呟きが通信機を通じて伝播していく。
だが、それが広がりきるまで、ジャンク屋は待ってはくれない。
「なんだと!ハイエナ如きにこんな事が!?」
「ヒィ、た、助けーーーガガッ、ザーー」
「数で囲め!蜂の巣にしろ!」
「なんだよ、あれ!本当にエグザマクスなのか?!」
お世辞にも統率されていたとは言い難い混戦だった戦場は、さらなる混沌に堕ちていく。
敵軍の通信が聞こえていたら、アリスは大爆笑して狩りの手をさらに苛烈にしただろう。
「感度良好、戦果は上々。死神より各機へ、準備運動は順調か?」
「姫、順調すぎて眠気がとれませんわー。隊長機を寄越せくださいませー」
「竜、雑兵では準備運動にすらならないよ」
「猟犬、撃破数を数えるのが面倒になってきたわ!」
死の舞踊にて敵を切り裂くアリスと月蝕石。
宙を跳ねるようにしてエネルギーブレードを振るう竜貴とニーズヘッグ・ルミナス。
剣機一体の妙技を魅せ、足を腕を綺麗に斬りとばしていくクラリスとファントムハウンド・リベリオン。
桜色のハンドガンを両手に、優雅に頭部を射抜くビアンカとシンダープリンセス・ミヤビ。
たった4人、4機。
正規軍の小隊規模すら下回る集団に、バイロンもテロリストも次々と狩られていく。
鉄の焦げる匂いに、油と血液のむせるような匂いが混じり合う。弾丸が放たれる炸裂音、空気を引き裂く風切り音、衝撃と音の暴力が奏でるオーケストラ。
阿鼻叫喚の地獄絵図にあって、ハイエナどもは活き活きと踊り狂うのだ。
ジャンク屋チームの真髄は、乱戦中の対人戦闘能力と生存能力の高さにある。
これは機体性能とパイロットの技量の両方によって成り立つもので、前にしか進まないで、より多くの敵を倒し、背中に追いつかせないという、半ば机上の空論に近いものだ。
連携などほとんど無くとも、戦場の安全圏を縫うように、または追随を許さない速度で、攻撃で、道を切り拓く。
特に、このような乱戦では、同士討ちをためらった隙に打ち倒すため、本当に手がつけられなくなる。
それが戦場に恐れられるハイエナ。
グリムシェイド調達部隊である。
雑兵では数秒ともたず、温室育ちの指揮官では論外。
小隊規模なら隊長格がきてやっと数分。
おそらくエースでなければ、4人の誰ひとりとして止められない。
この戦闘において、彼女らを止められる者はほとんどいないのだ。
「何ということだ!屑鉄どもが滅茶苦茶にしおって!」
だから、ようやくバイロンの隊長機が前線に来たとき、辺りにはボロボロにやられた機体がそこら中に散らかった状態になっていた。
この時点でバイロン・テロリスト双方の損害はほとんど7割減、しかもジャンク屋を止めなければ壊滅という最悪の構図に、隊長機は立たされていた。
加えて、所属不明機は余裕綽々な様子で健在なのだから、文句の一つもオープン回線で言いたくもなるだろう。
そして、それは結果的に雑兵の余命を長くした。
「アンタがヘッドか?こちらはグリムシェイド調達部隊所属、死神だ。私に壊される前に言い残すことはあるかい?」
その文句を拾い、挑戦と受け止めたアリスが動きを止め、隊長機と向き合ったからだ。
エネルギーの切れた魔砲杖と対の連接剣はマウントに戻し、馴染みのあるアサルトライフルとレーザーライフルを構える。
巨躯の魔神から見下され、エースはさぞかし威圧感を受けていただろうが、しかしながらそこで怯むほどやわではなかった。
「私はバイロン軍、調停部第42中隊特務分隊長、百眼-αである。これ以上の我が軍への狼藉は許可しない。投降すれば命は保証するが、返答やいかに!」
それどころか、アリスの挑戦を真っ向から受ける正直者であった。
骨のある隊長だ。
情も厚く、部下たちからの信頼もある。
だからこそ、心の奥底では、隊長は戦いを望んだ。
アリスはそれに。
「答えは、もちろんノーだ!」
レーザーライフルの銃口で答えた。
戦闘開始の合図だ。
だが、それまでの戦いとはうってかわって、アリスと隊長機だけが戦う。
シエルノヴァベースの改造機体だが、アリスの高速機動に曲がりなりにもついていくあたりは、流石隊長格。
そんな戦いにバイロンもテロリストも巻き込まれては死ぬだけだと理解しており、ジャンク屋の残りの機体はリーダーの戦いに手を出さない。
それでも戦況は転がっていく。
テロリスト側からも2機の機体が前に出てきたからだ。
「取り込み中のところ悪いが、同胞の仇は討たせてもらう」
「貴様らも連合やバイロンと同じで強欲だそうだな。万死に値するぜ」
紅いラビオットと蒼いラビオット。
それぞれハンマーとメイスを持っており、もう片手には取り回しの良いシールド装備。
各所の装甲も厚い割には駆動音は静かで、なかなかに強そうな機体だった。
「あなたたち、遊びたいみたいね」
「眠気が覚めると、そこは戦場の真っ只中でした」
だから、クラリスとビアンカが進み出た。
竜貴は僅かに出遅れた。
「グリムシェイド調達部隊所属、コードネームを猟犬。少しは楽しめそうね」
「同じくグリムシェイド調達部隊所属、コードネームは姫でしてよ。道化のように踊ってくださる?」
クラリスとビアンカは名乗りを上げるとそれぞれ得物を紅と蒼に向けた。
「挑発とはいい度胸だ。ジャンク屋にしておくには勿体ないな。儂の事は紅獣とでも呼べ、猟犬。格の違いを見せてやる」
「その華奢な機体、俺が元通りの屑鉄にしてやるぜ。この蒼角がな!」
テロリスト側2機とグリムシェイド2機の戦いはすぐさま始まる。
「さて、私は余り物になってしまった訳だが……仕方ないな、残った雑兵を平らげておこうか」
最後に残った竜貴は、そこいらで固まっていた雑兵を、無造作に機能停止させていく。
残りはもうほとんどおらず、20機を下回る。
そんな状況では浅はかにも逃げ出す者もいたが、漏れなく竜貴からのバックアタックに沈んだ。
なんとか取り囲もうとした数機は、エネルギーブレードに切り裂かれて倒れた。
この場のほとんどが、陸戦型だらけのバイロンとそれを襲撃した陸戦型のテロリスト集団だったので、高機動かつ飛翔能力のある竜貴からは逃れようがなかったのだ。
雑兵が動かなくなるのに、そんなに時間はかからなかった。