邂逅と啓蒙、そして逃れ得ぬ焦燥6
エピローグ【煉獄火炎】
ついに、妃夜九天の装甲を貫いた。
魔剣の切っ先は、機体の左肩口から刀身を埋めている。
「…………見事」
妃夜九天が燃え上がり、塵に消えたかと思いきや、少し離れた中空に“無傷”で再度現れる。だが、そこに威圧はなかった。
「神殺しにはまだ足りぬが、善きものを見せてもらった」
そんな陽炎の言葉に、アリスは舌打ちを返す。
終幕を迎えた事で、アリスはコックピットを開く。
そして、妃夜九天を睨みつける。
「……結局、足りてねぇってことかよ」
「汝の牙は、妾には届いておったさ。妾が単に死ににくいというだけじゃ、この異能も含めて、の」
アリスへの返礼なのか、妃夜九天のコックピットが開く。
その中には、紅眼黒髪の獣人が、ギラつく笑みを見せていた。
唐突に、焔が島を包む。
熱を感じない、見せかけの焔が、ポルタイガーたちを燃やしていく。
虚空に消えるように、ポルタイガーも、紅牙族たちも、全て。
「妾のポルタイガーたちは回収させてもらうぞ」
単に燃えたわけではないらしく、燃え跡にはなにもない。
陽炎の異能の力が、印をもつ信奉者たちを支配領域に引き込んだのだが、アリスにはそれを知る由もない。
「汝の名前は何という?」
陽炎の紅い瞳が、アリスを真っ直ぐに射抜く。
「ーーーー名前は失った」
負けじと睨み返す。
「それでは呼びにくかろう。仮でも、名を名乗るがよい」
「ーーー、ピルグリム、ヴェンデッタだ」
「巡礼と復讐か。名乗りというには些か可愛げがないのお」
「煩い。仮でも良いと言ったのはお前だろう」
「そう猛るな。妾の名は天廻綾津日神、通り名を陽炎という。神楽舞の返礼として、異能を望むこと、質問をすることを赦すぞ」
アリスは今一度、陽炎を睨む。
「ーーーなら、まずは質問を」
「申してみよ」
「お前に全ての争いは消せるか?」
「呵呵!災禍の神格にソレを問うか!」
「どうなんだ?」
「汝らの認識する世界において、であれば可能じゃ」
それは、ある意味で絶望的な答えだった。
「方法は、全ての生命の根絶。それによってであれば、可能じゃろう」
アリスは表情を変えない。
しばしの沈黙ののちに、再び口を開く。
「ーーーもう一つ。抑圧された平和に、意味はあるか?」
「それは“妾に聞いておる”のか?」
「ーーーーーーーいや、今のは不要だったな。忘れろ」
アリスは一度目を伏せ、大きく息を吐いた。
「他に聞きたい事はあるか?」
雰囲気がいつものアリスへと戻っていく。
「……異能を殺すにはどうすればいい?」
「知らん。ただ、その異能に理があれば、その構造の脆弱性を突くしかあるまいよ」
異能の脆弱性、か。
この九尾之妖狐にも、脆弱性はあるのだろうか。
「これで汝の問答は終いじゃな」
陽炎はアリスとの謁見を締めると、後方にいた友軍機に声をかける。
「後ろに控える者らも、妾への謁見を望むなら拒まぬ」
そして、アリスに再び意識を向けると、破滅的な笑みを零す。
「さて。汝は異能を望むか?」
アリスの答えは、決まっていた。
「ーーーー世界を焼き尽くすほどの力を、私は渇望する」
陽炎は笑う。
「ーーーー己を失った者よ。汝の渇望はいずれ身を滅ぼすじゃろう。そうなる前に、“止まれる”と良いのぉ」
陽炎の手が、虚空を掻く。
同時、アリスの心臓が跳ねる。
焼け付くような、千切れるような痛みから、アリスはグッと呻いて胸を掻きむしる。
それは永劫にも似た一瞬。
「汝には焦天の刻印を与えよう。それは異能の種じゃ。どういう風に開花するか、どういう風に成長するか、それは汝の有り様次第。楽しみにしておくがよい」
いくらかの謁見の後、
妃夜九天は焔に消えかけていた。
「そこの。神楽舞の最後の覚悟は中々のものじゃった」
エミリオを指して、陽炎は片手に炎を灯す。
「コレはその褒賞じゃ」
その瞬間、エミリオの首すじに炎が爆ぜる。
「「痛……」」
アリスと声が重なる。
コックピットの映像には、アリスの首すじに赤く刻まれた炎の刻印が見えた。
状況からして、エミリオの首にも同じ印がなされたのだろう。
「それは縁じゃ。ソレを繋ぎたくば、一層の努力と運命に抗う力をつけよ。さもなくばーーー」
言いたいことだけを言い残し、妃夜九天とポルタイガーたちは消えてしまった。
あとにわだかまるのは、無事で良かったという安堵とある種の敗北感、無力感だけだ。
「…………まだ、足りねぇ」
そんなアリスの呟きに、僕は何も言うことができなかった。