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月蝕覚醒3

闇が辺りを包む。

制圧後、アリスは竜貴に加えて、ロザリーが制御下においたロイロイに捕虜を任せ、連合軍に捕虜の対処を要請させた。

連合軍の応答によると、付近の基地から隊を送るため、引き渡しは明日の朝になるらしく、調達部隊は一晩の駐留を要請され、それをロザリーが承諾したらしい。

いずれにせよ、グリムシェイドの資材回収も待たねばならないし、施設のデータを調べる必要もあったため、アリスは軽く食事を取ったあと、クラリスを伴って、施設の調査を開始した。

地下施設はそれなりに生きており、バイロン軍も同じようにデータを漁っていた形跡が見られる。

施設内から各端末を引っ張ってきて、即席の解析部屋を作っていたようで、今のアリスたちには好都合だった。

ビアンカと輸送班が積み込みを始めたのか、地上から微かな振動と重低音が聞こえてくる。

こっちも仕事を進めよう。

「クラリス、わかってるとは思うが、任務対象は連合軍の開発データだ」

クラリスに声をかけると、アリスは開発データがないか、そこらの機材を起動し、ハッキングを試し始める。

クラリスもまた同様だ。

「わかってる。ミス・ピルグリム、他にご注文はございますか?」

ドロシーの分離端末のおかげで、こういう怪しい事は割と容易に出来てしまう。

作業を進めつつ、クラリスはおどけてみせる。

クラリスがアリスをアリスと呼ばない時は、おおよそ冗談である。

ついでに、その裏に何か聞きたいことがあるのは、長年の付き合いで知っていた。

「給仕の真似事は似合わねぇぜ?まぁ、そうだな。強いていうなら、少年兵の情報……とか、だな」

今回は、多分アリスの過去の事、だと思う。

「気になる?」

「まあな。前にも少し話したが、過去は忘れてるからな。気にならんと言ったらそれは嘘になる」

アリスは戦争孤児であり、少年兵だった。

無理やりエグザマクスに乗せられ、使役された。

その事実は覚えているのだが、どうにも記憶が曖昧で、両親の事や生まれは思い出せない。

別に不要だ。

アリスはそう思うようにしている。

だが、そうはいっても、気にはなる。

別に記憶が惜しいわけではなく、アリスをそんな状況に陥れた奴がわかればいい、くらいの感覚で。

「いつもより素直じゃない」

「今はお前だけだからな。つい言わなくても良いことまで喋っちまう」

今まで無力感に苛まれてきたんだ。

生き残った罪悪感や、殺人に対する嫌悪もな。

過去は忘れているが、そういう気持ちがあって、それすら砕けたことはわかるのだ。

例えそれらを記憶の片隅に追いやっていたとしても、そうさせた奴がわかるなら、復讐したいと思うだろ?

アリスの言葉を、クラリスがどう捉えたのかまではわからない。

だが、少なくともアリスの言葉に嘘はない。

得てして、正直者にはご褒美があるようだった。

「おっと、ビンゴだぜ。連合軍の兵器データだ」

「こっちも当たりだわ。これは……兵器の実証実験ね」

任務の手土産をまんまと見つけ、二人は携帯端末を通じてそれらのデータの回収にかかった。

しばらく時間がかかりそうだ。

アリスはなんの気無しに他のデータを閲覧する。

ふむ。ここでは兵器開発の他にも色々と手を出していたらしい。

エグザマクスの兵装はもちろん、広域殲滅目的のものや、戦艦、宇宙船、それらに使用する様々な構成要素を総合的に研究している。

その他では、連合軍加盟国の内戦状況やバイロン出現地域の分析、果てはゲート技術やカラーズ、傭兵などの特殊因子となる団体やパイロット情報まで。

それらは穴開きの不完全情報ではあるが、足がかりとしては有益だろう。

そして、アリスは見つけた。

(……こいつは、別の意味で当たりを引いたな)

忘れているのに、見覚えのある顔。

忘れているのに、心がチリチリと燃え上がりそうになる、憎らしい顔。

反連合軍テロリスト、神無冬舞カンナ トウマ

銀髪の、冷酷な目をした男。

少年兵を酷使してまで、内紛を起こしていた男。

こいつの事を、私は覚えている。

アリスの心に、焔が灯る。

そのデータには、テロリスト氏名と所有する機体情報、所属組織、活動場所などが記録されていた。

最近のものは抜け落ちているが、それでも足跡を辿るヒントくらいにはなる。

プライベート端末を取り出し、アリスはクラリスにみえないようにこっそりとデータをダウンロードした。

「ーーーこっちは、データ回収、完了だ。そっち、は?」

「バッチリよ。さっさと戻りましょう」

クラリスからは、椅子から立ち上がったアリスの顔が見えなかった。

見えていたら、きっと異変に気付いていた。

(……これでこの焔を解き放てる。待ってろよ、テロリスト)

燃え盛る獄炎が、その瞳を染めていたのを。

口元が戦慄き、吊り上がっているのを。

嗤う悪魔の如き形相になっているのを。

きっと見逃さなかっただろう。


ーーー


数日後。

アリスの期待を一身に受けた機体が完成した。

格納庫に集まるグリムシェイド社の全社員が見守る中、技士長デイビッドと設計補佐の竜貴がアリスの前に立つ。

「この機体の名前は、月蝕石(ムーンクォーツ)。他者の光を受けてなお霞まぬ、燦然と輝く夜星の名を冠する、リーダー専用機だ」

「スペックはこないだ渡した完成版の通りだ。もちろん隅から隅まで読み込んでるんだろ、ミス・ピルグリム」

巨躯の魔神、月の使者。

スノウホワイトから引き継いだ経験と技術、象徴としてのアサルトライフルとレーザーライフルを携え、空戦機体であるポラリスセイバーの飛行技術を詰め込んだ、空を裂く死神。

その大きさに見合う円弧にたわんだ連接剣は、それ自体にも動力が仕込まれ、まるで蛇のようにうねる。

死神の身の丈を更に超えるバスターレーザーカノンは、並のエグザマクスでは扱えない、母線規模戦艦に搭載されるはずの主砲級。

補完するように小回りのきく魔砲杖とミサイルポッドが備えられ、汎用性の高いライフル2種が引き継がれた、ハイエンドの高機動高火力汎用機。

これがアリスの望んだ、不敗のエース。

「ハハッ!コイツは良い!最っ高じゃねぇか!」

アリスは歓喜していた。

コイツなら負けない。

どんなやつにも引けをとらない。

アリスの内に燃え盛る地獄の焔すら、コイツとなら燃料だ。

アリスは年端も行かない子供がプレゼントを与えられた時のように跳ねて喜んだ。

そして、そのまま搭乗する。

「このまま試運転と洒落こませてもらうぜ?」

操縦席はスノウホワイトに似ている。

操縦桿の握り心地は、生まれたときから一緒だったように馴染む。

右、左、と順に腕やマニピュレータを動かす。

デカイだけじゃなく、繊細な動きをする。

マウントした武器の持ち替えも素早く、静かだ。

足の動きと脚部が連動する。意に反さずスムーズに動く脚部には感動すらおぼえる。

格納庫の外まで歩けば、空は快晴。

飛行試験にゃおあつらえ向け。

スラスターをふかす。

メインフレームのツインブースターに火を入れる。

機体を包む浮遊感が、コイツの速さを予感させる。

無意識に、口がニヤけた。

「お前、最高だ!」

操縦桿を握り込み、連動したブースターが吠えたける。

同時、衝撃的な振動とともに、死神が動き出した。

一気に加速して身体に凄まじい負荷がかかるが、高機動乗りには準備運動ですらない。

加速、加速、加速!

滑走路を走り抜け、バインダーウィングで風を切り、アリスは新しい相棒とともに踏み切り、空へ駆け出した。

機体制御は意のままに。

加速は底を知らず、立体機動はキレッキレにキマる。

これが最高と言わずして、何が最高なのか。

アリスはその後、動力炉が熱を吐き出せなくなる直前までアクロバット飛行をやめなかった。

その後コックピットから降りてきたアリスのお肌は、ツヤッツヤに輝いていたとか。

ともかくこの時点で、ジャンク屋グリムシェイドに最凶の魔神が誕生した。

白く輝く闇の結晶。

その魔神は、乗り手の想いを形にすべく、茨の戦いを引き寄せていく。

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