月蝕覚醒2
明くる日。
グリムシェイド社、ブリーフィングルーム。
「皆様、ブリーフィングを始めますので、ご着席くださいませ」
鋼の身体をしなやかに操るAIが、皆に着席を促す。
女性型だが、スキンはアタッチされておらず、まんまアンドロイドなのに、妙に人間臭い。
アリスはそんな事を考えながら席についた。
調達部隊の仕事は不定期である。
それというのも、アリスたちの働きにより、常々倉庫には在庫が溢れ、ピーキーな死蔵兵装が積まれていくからだ。
それでも、望月重工や酔狂な傭兵たちとの取引で在庫がはけるため、その都度仕入れにいく。
今回もそんないつもの調達任務だろう。
テーブルに集まったのは、アリスを含めた調達部隊4人に加え、グリムシェイドの社長であるレオン・グリムシェイド、社長秘書AIのドロシー、技師長デイビッド・グラハムの計7人。
ドロシーの進行により、照明が暗くなり、ホログラムビジョンが展開される。
「今回の調達は、襲撃された連合軍基地での任務となります」
映り込むのは、大地に亀裂の走る荒野と半壊して荒れた連合軍の基地跡。
だだっ広い平地で、地下にもプラントや発電所などの構造物があるようだが、所々崩落しているように見える。
ドロシーによると、かつてバイロンの特殊工作部隊により局所的地殻変動兵器が使用され、基地ごと攻撃を受けた場所とのこと。
ここには連合軍の兵器開発局支部があったそうで、その破壊もしくは奪取を目論んでの攻撃だったのだが、それは迅速な撤退により頓挫し、戦略的な優位性も資源も特に見当たらないこの区画はバイロンも少数のみを残して半ば放置している。
「バイロン側で配備されている部隊は、3小隊エグザマクス計15機で編成されています。随伴する整備士、歩兵を含めて50名程度の敵兵が想定されます」
エグザマクス15機、そのうち隊長機が3機。
戦力としてロイロイ数機も随伴し、主な任務は偵察。
そのため夜襲用の暗色と土地に合わせたサンドカラーのポルタノヴァが主戦力で、通信強化されたシエルノヴァが隊長機の他に配備されているらしい。
隊長機はカスタム機体で、原型は留めているものの、金になりそうな装備をしている。
「今回の調達では、第一目標を隊長機3機の鹵獲、第二目標を連合軍開発データのサルベージとします。敵性機体はなるべく破壊せずに排除してください」
任務開始時刻は日没後。
時間でいうと半日後くらいか。
移動時間を含めると、この後準備をして、軽く打ち合わせする時間くらいはあるな。
ドロシーの情報では、偵察任務から小隊が戻ってくる周期で、その時間であればちょうど全ての機体が集まるらしい。
「任務エリアは平地となりますので、狙撃はせずに強襲し、速やかに戦力排除という方針で進めていただきますが、何か質問はございますか?」
「夜襲で敵機15、了解。敵兵の扱いは?」
「敵兵は、生存者については連合軍引き渡しとします。生死は問いませんが、節度ある行動を心掛けていただければ幸いです」
敵兵は可能な限り殺すな、ね。
さて、機体の鹵獲と人命、どっちが軽いのやら。
技士長デイビッドからは、アリスに対して要望が出る。
「ミス・ピルグリム。技士チームからの要望で、マニピュレータと動力炉が不足気味なので多めに欲しい」
「おう。任せな。標本にして持ち帰ってやるよ」
マニピュレータは肩からもぎとれば綺麗にいくな。
動力炉はコア背中付近だが、頭を飛ばせばなんとかなるだろ。
「他に質問がなければブリーフィングを終了します。調達部隊各員は、輸送時間までに準備を完了し、5番格納庫まで集合してください」
ーーー
5番格納庫。
調達任務、出立前。
そこには準備を終えた4機のエグザマクスが物言わず待機していた。
調達部隊、機体番号05、アリス機エンヴィエンプレス。
調達部隊、機体番号02、竜貴機ニーズヘッグ・ルミナス。
調達部隊、機体番号03、クラリス機ファントムハウンド・リベリオン。
調達部隊、機体番号04、ビアンカ機シンダープリンセス・ミヤビ。
機体番号01であるスノウホワイト・ロストハートは、ジャッカルの新設に伴い解体され、今はもう無い。
だが、今回の任務は夜戦のため、いずれにせよ夜戦用であるエンプレスの出番だった。
そして、惑星グロリアでのトーナメント戦・ゲートドラゴン戦以来、久々のまともな戦闘任務である。
アリスがエンプレスの操縦席に乗り込むと、早速通信回路が開いた。
「アリス、遅かったわね」
クラリスか。
任務前だってのにおしゃべりだな。
「スノウホワイトじゃないと、やっぱ落ち着かなくてな」
まぁ、輸送中の暇つぶしにはちょうど良い。
それに、長い事一緒だった操縦席でないのには、やはり多少の違和感がある。
「リーダーも相棒には愛着があるのかい?」
竜貴がからかってくるが。
「お前だって、ジャバウォックが燃えた後は腑抜けてただろ」
機体を失ったあとの竜貴の腑抜け様よりはマシだ。
なんせ、夜な夜な泣き上戸で呑んだくれていたのだ。
「機体に愛着がないなんてある訳ないわ。だって私のお姫様はこんなにも可憐なのですもの。それぞれ拘りがあるでしょう?」
ビアンカはこの中で一番愛着を持っているだろうな。
なんせ、見た目が気に入らないから改修させる暴君っぷりなのだから。
おかげで無印のシンダープリンセスは交戦記録がほとんどゼロのまま改修されちまった。
まぁ、結果的に機体自体は効率化されたけどな。
そんな雑談をしているうちに、輸送時間となった。
調達部隊の日常は、戦場までもつれこんでいく。
ーーー
「これより任務区域に入ります。各機順次投下後、行動を開始してくださいませ。ご武運を」
無機質なドロシーの通信を皮切りに、アリスたち調達部隊は輸送ヘリから投下される。
夜の静寂に風切り音が交じるが、ステルスコートを纏った降下が敵に気付かれる可能性は低い。
鋼が大地を砕く音を低く響かせ、4機のエグザマクスが戦地に立ち上がった。
ここから先は少しの間、徒歩移動だ。
機体のスラスターをふかし、通信機に号を出す。
「任務開始だ。お前ら、遅れんなよ」
「「「了解」」」
ーーー
同時刻。
バイロン軍局地偵察部隊、旧連合軍研究所駐屯地。
その日は連合軍基地付近の定期偵察を終えた小隊が帰還する日だった。
夕闇に紛れて帰還する同胞が5機。
隊長機シエルノヴァ・レイヴンを先頭に、シエルノヴァ電子戦仕様とポルタノヴァ3機の編成が、いつものように無事に戻ってくる。
基地警戒にあたる歩兵の一人は母星から遥か彼方のこの惑星で、同胞の無事な帰還を今回も噛み締めていた。
「偵察任務完了。緊急報告なし。後ほど詳細報告する」
異常のない報告が部隊内通信で流れる。
また一日、無事に生き延びられたようだ。
格納庫に向かっていく5機のエグザマクス。
安堵に気を抜いた、黄昏の逢魔が時。
それは地獄を招き寄せた闇の帷であった。
「っ、敵しーーー」
通信機の焦った声は、全てを伝える前に特大のノイズを残して沈黙した。
そんなものよりも、目の前の光景の方が事実を物語っていた。
漆黒に赤光。
ぬらりと光る刀状のマテリアルブレードが、電子戦仕様機の頭部をバックパックごと切り飛ばしていた。
電子戦仕様機は返す刀でそのまま脚部膝裏を切られ、行動不能。
おまけに肩関節に刃を差し込まれ、刀身を蹴り込むことで両腕ともをもがれた。
鋭利な頭部は同じバイロンであるはずのシエルノヴァに見える。しかし、扱うブレードはマクシオン、マウントの銃火器は連合軍のものにも見える。
この機体は何者なんだ?
歩兵はそんな陳腐な感想しか思い浮かべる事ができなかった。
ここまでほとんど一瞬。
さらに状況は混迷し、強襲に対応しきれなかった一瞬がさらなる惨劇を招いた。
後続で現れたマクシオン武者風の赤黒い機体。
その機体が振るう、シエルノヴァさえ超えるほどの巨大な剣で、隊長機の武装ごと右腕が宙を舞った。
それだけではない。
ポルタノヴァのうち2機は並んでいたために、流星の如く飛来した異形機体のエネルギーブレードによって、頭部を損失した。
残る1機のポルタノヴァも、後方から撃たれたビームによって頭部が破壊され、同時に股関節も穿たれた。
歩兵には何が起こったのか、まるでわからなかった。
認識できたのは最初だけで、あとは赤黒い武者風の機体の巻き起こしたソニックブームで吹き飛ばされてしまったからだ。
その後、隊長機の左腕と両足ももがれ、ポルタノヴァは関節を破壊され、1つ目の小隊が壊滅した。
ここまで5分とかかっていない。
それでも機体に乗り込み、バイロンの残りの小隊の何機かは出撃した。
だが、強襲はほとんど完了したに等しかった。
戦力の逐次投入は、襲撃者にとって格好の的でしかなかった。
なんせ敵の機体が高機動型で速度が圧倒的に速いため、攻撃が全く当たらない。
当たっても装甲に僅かに傷をつけるだけだった。
加えて、攻撃できるほどマークされていない機体には、攻撃後にもれなく後方からのビームが飛んできた。
徹底的な戦力排除だった。
まとまってかかれば勝機は万に一つ程度はあったかもしれないが、烏合の衆と化したバイロン軍では為すすべもない。
結果的に隊長機が最後になるまでの時間は、およそ15分。
敵機4機は健在で、隊長機の前に漆黒の機体が立つ。
「一騎打ちでもしようと言うのか…!舐めやがって!」
比較的若い、才能のある小隊長は、漆黒の機体の誘いに乗った。
どのみち、まとめてかかられては勝ち目がなく、誘いに乗るしかなかった。
隊長機シエルノヴァ・レイヴンは漆黒の機体を前に、ビームライフルを構えた。
漆黒の機体はレーザーライフルとアサルトライフルを構え、レイヴンの先攻を誘う。
「どこまでも虚仮にするか!」
小隊長は若かった。
自分の実力に自信があった。
ビームライフルの引き金を引いた。
銃口がフラッシュするとともに、腰のアサルトアクスを引き抜き、地面を蹴る。
この間合いであれば長めのライフルよりも格闘武器の方が速い。
目くらましのビームをスライドするように回避した漆黒の機体、その胴体をめがけてアサルトアクスを横薙ぎに振るう。
取った!
小隊長は確信したが、それはすぐに間違いだと気付いた。
「なん、だと!ブレードだ、と!」
アサルトアクスは、腰に納められていたマテリアルブレードによって受けられていた。
あれは、マクシオンに見る、カタナ……!
同時に、逆の腰から抜刀されたもうひとふりが、メインカメラに向かって閃くのにも。
その瞬間、メインカメラの映像が切れて、操縦席がブラックアウトした。
抜刀した2刀のうち片方で受け、もう片方で居合抜きをしたのだ。
何という腕前か。何という判断力なのか。
飛びかかられた一瞬でビームを避けつつ獲物を放り投げ、カタナの間合いにて処断した。
闇の中の操縦席で、小隊長は冷や汗とともに事実を反芻した。
直後、衝撃が小隊長を襲い、そしてハッチがちからずくでこじ開けられた。
「よぉ、隊長さん。大人しく投降しな。命までは取らねえぜ」
漆黒の機体から、少女の声で投降勧告がなされた。
約30分。
バイロン軍の偵察小隊は、短時間の強襲によって、ロイロイを含む全てのエグザマクスを失った。
その事実に、小隊長は歯噛みした。
もはや小隊長は、投降する他に無かった。