金色の魔犬のエミリオ9
だが、その指摘こそ的はずれだ。
本当に期待されるような人材ならば、僕はここにいるはずが無いのだから。
「ーーーー人が失望した時の目をご存知ですか?」
「………」
思い出す、本家の書斎。
窓からの逆光を差し引いてさえ、何も見えなくなる瞬間。
「人が失望する時、目の色がなくなるんです。何もない空間を見つめているみたいに。それはもう綺麗なもので、もう何度みたかも忘れるくらいなのに、毎度毎度、『あぁこんなにも無色になるのか』って感動するんですよ」
何度、それを見たことか。
何度、それを見て、自分に失望したことか。
何度、それを見て、自分を責めたことか。
「なんです?不幸自慢がしたいなら、洗いざらい喋ってから、酒場にでも行ってやって下さい」
別に不幸自慢がしたいわけではない。
そのつもりがあれば、それこそずっと喋っていられる。
自分を客観的に見ることができるくらいには飲み込んだ。
だから、この言葉は、僕の評価に対する裏付けだ。
「いえ、情に訴えるつもりはありません。単に、僕がこれまで失敗をし続けていたという事実があり、現場レベルでは小さな成功をおさめていますが、経営権継承者という器には到底不足しているので、僕は捨て駒でしかないという結果の話です」
これは事実だ。
紛れもなく、僕は落ちこぼれ。
能力が足りずに剪定される者なのだ。
「……解りました、では切り口を変えましょう」
「えぇ、どうぞ」
それを理解したのか、はたまたただ飲み込んだのか。
光里は次の質問を口にする。
「今回の件、エースに全てを打ち明ける事もできたのでは?下手に隠し事をせずとも、あの人なら貴方を受け入れるでしょうに。それこそ、スパイだと告げても笑い飛ばすでしょう、エースは」
次の切り口はアリスか。
確かにアリスなら、スパイなどどうでもいいと言うだろう。
「そうかもしれませんね。でも、僕にも意地がありますから。この状況になってしまったので、隠しても仕方ないかもしれませんが、成功するとしてもそういう交渉はしたくなかった、というのが正しい」
これは僕の本心だった。
「……それ、やっぱり矛盾ですよね?」
そして、それが失言だったと、返ってきた言葉で確信した。
「そう、ですか?作戦行動については一任されていますし、成功すると踏んでのこの結果ですから説得力はありませんがーーー」
光里は止まらない。
「いえ、ここまで聞いた貴方ならむしろ普段はコネを最大限に使うのでは?ダブルスタンダードになってるの、気付いてます?」
まるで血の匂いを嗅ぎつけた鮫みたいに、僕の言葉を噛みちぎる。
「え、そんな事は、ないですよ。これは成功すると踏んだからであってーーー」
そして、得心した。
それから、独りで納得したと呟いた。
「あぁ、そうか。私の考えすぎだったんですね。なァんだ、こんな単純な事だったとは。ウフーフ、これはこれは」
何かがマズイと警告するが、もう遅かった。
「え?一体、何です、何を考えてるんです?」
まくしたてる言葉に、僕は何も言えなかった。
「え、言ってしまって良いんですか?まァ、これはそのうちに皆気付くか。言っても構いませんね」
結果、大惨事を引き起こした。
「貴方、エースの事が好きなんですね?」
ーーー、!、!!!??!?
「なァんだ、ウフフ、純朴ですねェ、真っ赤になっちゃって。いえ、ある意味凄い。そのためだけにここまで来れてしまうんですから。いやぁ、青い春ですねぇ、キ!ヒ!ヒ!」
言葉にならない何かが口から出ようとして、戻って、もう一度でようとしてから引っ込んだ。
耳まで熱くなっていることに時間差で気付く。
なんて墓穴、なんて運なし。
これはもう、駄目だ。
思考停止する僕には、生理現象を止めることは出来なかった。
「「「あーあ」」」
いくつかの声が重なった。
頬を伝う、熱いなにか。
あれ、なんだ、これ。
もう訳がわからなくなって、僕はベッドから転げ落ちるように逃げ出した。
だから、その背後で。
No.5が「あーあ、光里、あとでエースにしばかれるわね……」
No.6が「いたいけな男の子に傷をつけた代償は大きいわよ、光里ちゃん……」
No.16が「ちょっと、やりすぎ」
No.80が「ちょっと、いやけっこう、むしろかなり?可哀想だったね」
No.831が「……こういうのには疎い私でも、光里がいじめたのはわかったわ」
No.69が「ピーー、ー……」
それぞれに一斉に反旗を翻し、一気に形勢逆転していたことを、僕は知る由もない。
「えぇ……?これ私が悪いんですかねェ?!」
齢16、花の男子、落ちる雫は儚く消える。
男の涙は、場合によっては、金より高い。
*
イマジナリ・ロスト、格納庫ブロック。
僕は無我夢中で走っていた。
途中で誰にあったとか、何を見たとか、全部覚えてない。
ここでも僕は失敗した。
やはり僕は、運なしなんだ。
ここぞという時に失敗する、不甲斐ないやつなんだ。
走る。
消えてしまいたい。
このまま何処かに、誰も知らない場所に。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
「おっと、危ないぞ」
そんな時に、人にぶつかった。
「お前は……魔犬のパイロットじゃないか。もう動けるのか?」
僕は何も言えず、咄嗟に顔を隠して後退る。
そんな様子の僕に何を言うこともなく、その男ーナンバーズ盟主にしてNo.4、レン・イヴェールは告げた。
「見てみろ。お前が俺たちに見せた覚悟だ」
見上げた視線の先には、白い死神。
その脚部の外装に、一条の斬撃痕が真新しく残されている。
「お前が勝ち取ったものだぞ」
そして、通路の向こうから、むすっとした顔の少女がスパナ片手に肩をいからせて歩いてくる。
「おい、テメェ、なんて機体のってやがる!整備がめちゃくちゃ面倒くせぇじゃねぇか!」
こっちの事も慮ることなく胸ぐらをつかむ、その姿。
黒髪に病的な白さ、真紅の瞳の復讐者。
アリス・ピルグリム・ヴェンデッタ。
「ーーーーーよくも私の機体に傷をつけたな。これでお前は私の後輩だ。こき使うから覚悟しとけよ」
恥ずかしそうに言い放つと、アリスはそそくさと元きた通路を戻っていく。
「ようこそ、NUMBERSへ」
こうして、僕は“No.77”エミリオになった。