金色の魔犬のエミリオ8
目を覚ますと、知らない天井だった。
「あ、目を覚ましたよ」
はい、と眼鏡を手渡されてかける。
手渡してくれたのは、無垢な笑みを浮かべる獣耳の少女。
No.80、ハオさん。頭の上には黄色いヒヨコが鎮座している。
それから、No.5ペンテさんとNo.6カリータさんがこちらへやってくる。
「あ、起きたのね。気分は大丈夫?どこか痛い所は?」
「6も80も、番ちゃんがいるとはいえ、少し気を許しすぎよ。それと、寝起きの所悪いけれど、貴方にはもう少し大人しくしていて貰うわ」
ペンテさんの腰にはホルダーに入った銃が下がっている。
「えっと、ここはどこでしょうか?」
「ここはナンバーズ基地内の医務室だよ」
ハオさんの笑みには敵意を感じないが、カリータさんからは様子を伺う雰囲気が感じられ、ペンテさんからは明確に疑いを向けられている。
ベルベットをけしかけた件がバレたかな。
そんな考えが頭をよぎる。
確かに基地のデータを消し切ることはできなかった。
それを肯定するように、医務室に新たに3人が入ってくる。
「……後少し起きるのが遅かったら、すごく苦い気付け薬を飲ませてた」
「おはようございます。体調は…大丈夫そうですね。良かったです」
「なんですか、こんなチンチクリンなボーヤがエースさんの元上司で、今回の喧嘩の売り主ですか?ほーおぉ?」
No.16十六夜さん、No.831シャーリさん、No.7光里さん。
特に光里さんからの疑惑の目が痛い。
女性だらけで居心地悪い、などと考えている場合ではないらしい。
女性陣は、光里さんに僕の脇の席を譲る。
その隣にペンテさんが立ち、ホルダーの銃に手をかけた。
「安心しなさい、実弾ではなくてゴム弾よ。当たっても悶絶するくらいで済むわ」
僕の視線に、ペンテはすぐに答えた。
問答無用ではないが、光里さんが蛇の目をしていることからも、簡単に切り抜けられる訳ではない。
「サァて、ナンバーズ加入試験の追試を始めましょうか」
ごくりと唾を飲む。
「先の傭兵崩れ達の予告、貴方が関与したのは間違いない?だとすれば、ナンバーズに潜入しようとしたのは何故です?」
蛇の目に、見透かされている。
深の深まで覗き込まれているかのような感覚に、僕は覚悟を決めて口を開く。
「……僕がベルベット・バルデスを唆しました」
権謀術数には淘汰された僕だが、経営権氏族に生まれた成果を今出さずしていつ出すのか。
光里がすっと目を細めた。
「ほぉ?案外素直ですねェ?」
よどみなく答える。
全てが予想通りだと演じる。
「えぇ。僕の最終目標はアリスですから」
どもったり、詰まったりするものか。
「では続けてください?」
一挙手一投足まで気を抜けない。
「まず、前提からお話しましょう」
そうして僕は、自身の出自とアリスとの出会いを語った。
詳細はもちろん、僕の恋慕も省いている。
できるだけ手短に。
そして、僕は望月重工からアリスを監視するように言われていると、嘯いた。
「ふむ。では、貴方はエースさんだけを監視するおつもりで?キヒッ、冗談はやめましょうよ。そんな甘っちょろいものじゃないですよねぇ?貴方はナンバーズを内から監視するために入るつもりなんでしょう?」
見透かされるな。隙を見せるな。
「やはり、そう思いますか?」
隊長としてやってきた殻をかぶって冷静を装う。
「当然でしょう」
今までこんなに踏み込まれたのはアリスかクラリスくらい。
手に汗がにじむが、それすら無視して、視線を受け止める。
「仮にそうだとして。望月重工はナンバーズと敵対しませんよ。リスクが大きすぎる。せいぜい動向を掴んでおく程度にしか、僕は信頼されていませんから」
僕は捨て駒であると称する。
実際にその通りだし、それで納得してくれると有り難いが。
「経営権継承順位77番には、その程度の価値しかない、と?」
やはり引いてはくれない。
「逆に考えてみてください。経営権継承の権利があるとはいえ、競争に破れてドロップアウトした末端を、そこまで信頼できますか?僕が経営陣にいたなら、利用こそすれ信頼はしません」
僕の補強に、光里さんは顎に指をあてた。
「一理あります、かねェ」
畳み掛ける。
「故に僕には、アリスを監視するという命令しか与えられていない。魔犬部隊と戦艦を預けられているのに、です」
さて、どうだろうか。
「ーーーーーー」
ダメ押しで、こう付け加える。
「圧倒的に下っ端で、会社にとって枝葉にも満たないんですよ、僕の存在は」
光里さんは間髪入れずに言葉を返す。
まるで僕が焦っているように見えたのか、それとも。
「しかし、専用機は与えられている。それも条件次第ではエースの死神についていける高性能、しかも次世代型と謳われる仕様。ーーー貴方は自身を枝葉未満と言いましたけど、矛盾しちゃあいませんかねェ?」
実際に矛盾などない。
魔犬や魔石は確かにジャンク屋の結晶だが、望月重工にとっては数ある原石の一つでしかない。それは事実。
矛盾があるとすれば、それは僕の内心とここ最近の評価くらいか。
「その点については、まぁ、僕も驚いていますよ。アリスが去った跡の治安維持部隊で必死にやってきただけで、エースに担ぎ上げられ、試験機パイロットに選ばれ、密命がくだされただけで、扱いとしては多少使える捨て駒ですよ。なんの矛盾もないと思いますが」
僕は左遷された身だ。
使える経営権継承者ではなく、落ちこぼれて現場で足掻いているだけの捨て駒。
だが、その認識が、どうやら光里とは違うらしい。
「噛み合いませんねぇ、それが矛盾だと言ってるんですよ」
呆れたように言う。