金色の魔犬のエミリオ6
「さて、と。どっかで見てんだろ?出てこいよ」
鎌をかける。
妙な威圧感。
どこからか視線を感じていたが、その感覚はどうやら正しかったらしい。
背後に現れたのは、一頭の魔犬。
「ぁあ?テメェ、なんでうちがテスト中の機体をーーー」
アリスが言い終える前に、魔犬ー魔晶石らしき機体が、飛びかかってくる。
得物は大小のブレード。
大型機の懐に入って片をつけようという魂胆か!
通信にはだんまりを決め込むが、その熱意は感じる。
「いいぜ、戦おうや!」
連接剣はこの空間じゃ使いづらい。
温まっていないヒートチャージブレードとアサルトライフルを握り込み、ブレードの連撃を受け止める。
「ーーーー!」
間髪入れず、間合いをとり、同時にブレードを投擲。
流れるような動作で腰からロングレンジビームライフルを取り上げると、ミサイルとともに斉射。
こいつぁ中々の手練!
そう感じた瞬間、肩プレートを盾にし、距離を詰める。
電磁パルスフィールドを機体表面に展開、強化フレームに物を言わせた回し蹴りを繰出せば、背中のユニットからブレードを引き抜いて刃で受け流す。
ギャリギャリと装甲やフレームから散る火花。
遠心力に任せたヒートブレードとテールブレードもお見舞いしてやるが、魔犬は意にも介さず回避してのける。
こっちが立体機動しづらい空間をうまく利用しやがる!
アリスの内心の舌打ちが聞こえたかのように、魔犬は狭い空間を縦横無尽に駆け巡る。
ライフルとブレード、ミサイル。
装甲を抜かれるほどの威力はなくとも、うっとおしい。
それ以上に、防御の電磁パルスによるエネルギー損耗が激しい。
「ハッハー!やるじゃねぇか!その新型をよくぞこの短期間でそれほど使えるように仕上げたな!」
純粋に称賛に値する。
アリスはわずかに、しかし明確に威圧を感じている。
つまり、この魔犬は戦うに値する。
技術は荒いが、コイツは伸びる。
敵にしておくには惜しい。
鹵獲、するか?
魔石の新型に乗ってるのも気になる。
「私の興味を引くくらいには強いらしいな。だが、その程度じゃ私は墜とせねぇぞ!」
気迫の一閃。
ヒートチャージブレードによる鋭い踏み込み。
しかし本命は別にある。
鈍く鋼を打ちつける音とともに、ブレードで受けた魔犬が吹き飛ぶ。闘技場の柱を2本ほどぶちぬいてなお、すぐに立ち上がる。
「中々タフだな。だが、もうじき動けなくなるぞ?」
なぜなら、戦闘しながらウイルスインジェクターを散布しているから。
地下構造は相対的に小さい魔犬に有利だが、こっちの極小ロイロイならば関係ない。むしろ風がない分扱いやすい。
「ーーーーー!!」
そうら効いてきた。
魔犬の動きは如実に鈍り、まさに感染したかのよう。
ゆっくりと近づいていくと、だんまりを決め込んでいた魔犬のコックピットが開き、ナノマシン溶液のプールから人影が立ち上がる。
同時に回線も開かれた。
「やぁ、こないだぶりですね、アリス」
エミリオは、その光景を目の当たりにして、身体を震わせた。
凄まじい威圧感をまとう死神、煉獄月蝕石は、今にも僕をとり殺しそうだった。
けれど、僕の歓喜に比べれば、それは些細な事だ。
「テメェ、またその名を……いや、それは後でだな。……なんで此処にいる?その魔犬はなんだ?」
コックピットが開く。
相変わらず、身内には甘いね、アリス。
怒りと疑問を滲ませたその可愛い顔を、戦場で間近に見ることができて嬉しいよ。
それを作り出したのが僕だという事実が、なお喜びを深くする。
「相変わらずせっかちですねぇ」
知らず、笑みがこぼれてしまい、アリスは怒りを強く顕にした。
「勿体ぶんじゃねぇ、はったおすぞ」
それでも相手が僕だから、少しは抑えてくれている。
そんなやりとりを、僕は進んで楽しんでしまっている。
「ふふ。僕もナンバーズに入れてもらおうと思いまして」
もう、笑みは隠さなくても、いいかな。
「ーーーハァ?」
疑問と呆れ。
わかるよ、僕みたいな弱虫、そぐわないと思うんだろ?
僕もそう思うんだ、君がそう感じるのは当たり前だよね。
でも、だからこそ、僕はナンバーズに入る理由がある。
「僕はね、君みたいに強くなりたいんですよ。あわよくば居場所が欲しいんです。だから、本社の説得も終わらせた。魔犬の、ひいては今後の魔石シリーズの改良データ取得を材料に、ナンバーズに出向する事を認めさせたんですよ」
一息に詰め込む。
アリスが何か言う前に、言い切る。
直感で見破られては元も子もない。
本当は、ベルベットも僕がけしかけた。
ナンバーズに入る理由も君の監視。
僕は平気で偽りを話す。
「ーーーほぉ?随分と思い切った事をしやがるじゃねぇか。んで?なんでここに居た?」
アリスは裁定者の瞳で、僕を見下ろす。
僕は嘘を重ねた。
「煉獄月蝕石の信号を追いました。そしたら君が戦っていたので、観戦させてもらっていました。君と戦ったのは、この機体でどこまでやれるか、試してみたかったから、ですかね」
真偽入り混じる言葉は、果たして。
「ーーーーー嘘は、ねぇだろうな?」
「もちろん」
アリスは何も言わず、僕のことをじっと見据えた。
射抜くような視線に、僕は怯まない。
アリスが信じてくれると、僕も信じているから。
「……ふん、なら良い。とりあえず表に出るぞ。ここにゃもう用はねぇからな」
ややあって、アリスはふっと目線を外した。
それからすぐにコックピットを閉めてしまう。
「ーーーーあと15分。ちょうどいいな」
そのつぶやきは、僕には届かなかった。