金色の魔犬のエミリオ4
某日。
ジャンク屋グリムシェイド社長室。
ドロシーとセレネによるナンバーズ関連の報告書に目を通していた社長ーレオン・グリムシェイドは、眼鏡を外して目頭をおさえた。
「グロリア、月蝕石、エリシオン事件、ナンバーズ。あの子は何になろうとしているんですかねぇ」
社長室にはドロシーのマテリアルボディが待機しているが、今は調達班に付いて作戦行動中。
レオンの呟きに反応するものはない。
付随して発生した魔石シリーズプロジェクトも頭が痛い。
以前であれば、道楽技師を抱えるだけの零細だったはずなので、そんな話は微塵も起き得ないことだったのだが、アリスがドロシーを借りだすようになって以降、社内データベースの充実ぶりが甚だしく改善、ジャンクかつピーキーな武装や機体も売れ始め、過去最高利益を更新し続けている。
そこに、今回の魔石のシリーズ化だ。
忙しいにも程がある。
それに加えて、望月重工の査察も増えた。
今回の魔石シリーズの件など、極めつけは戦艦の払い下げに、ナンバーズの非公式支援ときた。
先日の望月重工査察は、パイプラインの役員である烏月と一緒に、経営継承権付きまで同行させてのものだ。
この状況、頭が痛いといわずして、なんと言おうか。
元々厄介払いを引き取っただけのはずが、会社を動かす程のものとは、当時のレオンはもちろんこれっぽっちも考えていなかった。
道楽技師たちと好きに技術研究をやれるのが、私のこじんまりとした余生だったはずなのだが、とレオンは内心嘆く。
「ーーーーとやかく言っても仕方ありませんねぇ。細々とやっていくつもりでしたが、やるならとことん突き詰めましょうかね」
静かに決心を決める。
レオンもこう見えて、昔は改造アルトを乗り回した暴れ者。
はねっかえり共をまとめていた傑物でもあった。
そんな折、社内室をノックする音が。
「社長、来客が見えておりますが」
事務員によれば、この間烏月と一緒に査察にきたエミリオ・ゴールドスミスが単身で来ているらしい。
「ここに通してください」
さて、なんの話をするつもりやら。
レオンの中の荒々しい血が、久々に騒ぐ気がしていた。
*
某日、昼時。
ナンバーズ基地“イマジナリ・ロスト”。
アリスは自身宛に来ていたメールを読んでいた。
『
親愛なるナンバーズNo.1殿
御機嫌よう。
エースの名と死神の機体のご活躍、常々耳に入り、さぞや満足されている事でしょう。
小生としては少々小煩く感じる日々、大変うっとおしく感じざるを得ません。
つきましては、ナンバーズ共々、消えて頂きたく。
首を洗ってお待ちいただければ幸いです。
地獄の縁より憎悪を込めて。
死神の口づけ盟主“ベルベット・バルデス”
』
ご丁寧に、メールにはアリスと銃弾の写真が添付されている。
「なぁ、これについて、どう思う?」
アリスはたまたまベースにいた何人かに、意見を求めてみた。
それぞれ思案する中、一番先に口を開いたのは盟主。
「……邪魔になるなら振り払うだけだな」
ナンバーズの設立者にしてNo.4を冠する男。
しかし、頭の上に番ちゃんが乗っている辺り、あんまし聞いてなさそうだ。チキンライス食べてるし。それ、また番ちゃん肉じゃ、いや、まァ……聞くまい。
多分だが、小物臭しかしないため、そもそも敵として認識していないのだろう。
「盟主は機体に乗ってる時と力抜いてる時のギャップがスゲェよな。まァ確かにこいつ小物っぽいけどよ」
そう返すと、他のメンバーからも声が上がる。
「歓迎用の用意仕掛ける?」
「むー、皆んなを虐めようとするヤツは許さないよ!」
「お、喧嘩ふっこまれてますウチら?」
十六夜とハオ、メビウスは交戦派か。
3人はそれぞれおにぎりを手にしている。
「迎撃戦でもいいが、なんとなくそこまでの相手じゃねェ気がするんだよな」
「なるべく穏便に済ましたいですが…無理でしょうか」
「やるしか…ないのか!!」
シャーリと11は穏便にしたい感じっぽい。
インドカレーに欧風カレー。スパイスが香る。
そこに部屋に入ってきてメールを見た者が、さらに意見を述べる。
「へえ…随分とご丁寧な挨拶じゃない、これは、こちらも最大限にもてなしてあげないといけないわね?」
「エースちゃんへの恨み節なんて、不愉快極まりないわ。刻むくらいなら協力するわよ」
「…なんやわかり易く砕くべき“禍”の気配やな?」
ペンテとカリータ、百。
アラビアータにペペロンチーノ、あれは蕎麦か?
「別に私が恨まれるのは、ジャンク屋の時から変わんねぇよ。まァ、全く心当たりはねぇが」
心当たりが無いというか、そもそも小物なら覚えてすらいないのが正しくはあるな。
背後の扉が開く。
住居区画から戻ってきたのは光里。
同時にラボ側の扉からランティス、それにゼロ。
「ほお?なんだか楽しそうなお手紙じゃありませんかァ?」
光里が背後から覗き込むようにメールを読み上げる。
「なかなかに香ばしい方ですねぇ」
読み上げたことで、ランティスとゼロはニヤリとした。
「ハハッ君も大変だねぇ お友達かな?」
「これは随分とcoolな友達だね、エース」
その言葉にアリスは振り向いて呆れる。
「いや、流石に友達は選ぶわ」
それまで昼餉に集中していた組も、読み上げられたことで内容を認識した。
「いずれにせよ、障害なら排除する。それだけのシンプルな話だ」
「戦うにしろ、そうでないにしても、敵意ある相手の情報は、集めておくに越した事はありません。私とレピスで可能な限り行わせていただきす」
「送り付けた事を後悔させてあげますわ」
エスタはたこ焼き……たこ焼き?!
10も、あれは、お好み焼き?
まじでベースの調理場どうなってんだ……?
「なあ、面白そうだな!なあ、なあ!」
「お前は関係ないだろ!しかもNUMBERSですら無いし!」
うむ。白焔とユーはいつも通りだな。
そんなナンバーズ連中を、そこらかしこで黄色いヒヨコが眺めている。
……番ちゃん増えたなー。
って、そんなこと考えてた訳じゃなかったわ。
メールだ、メール。
ドロシーに解析させてた返信が届いており、敵の基地と居場所はすでに丸裸。所属する機体数もたいした数ではない。
「とりあえず、敵基地の座標だけ置いとくわ。多分私だけで壊滅させられんだろ。……そうだな、2時間で帰ってこなかったら、念の為救援だしてくれ」
そう言い残したアリスは、ドッグから出撃していく。