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白き月蝕のヴェンデッタ  作者: 烏月ハネ
金色の魔犬のエミリオ
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金色の魔犬のエミリオ2

半年経ちました。

あっという間に時間はすぎる。

濃すぎるほどに濃厚な戦闘と訓練と報告書の山。

僕は一般的にまだ子供のはずなのに、毎日腱鞘炎になりながら機体を駆っていました。

その頃にはようやく部隊からも認められ始め、周りの態度は軟化していたので、毎日がかなり楽しくなっていた頃です。

多分、クラリスのおかげですね。

「よ、隊長♪元気?」

半年で舎弟に昇格した僕は、割と可愛がられていると思います。アリスとクラリスのシゴキに耐える上官は、いままで居なかったらしいので、大躍進ですね。

僕はこの成長不足な容姿があまり好きではないけれど、クラリスに気に入られた点については感謝しています。

「クラリスさん、無造作に頭を撫でないでくださいよ……」

隊長室に入り浸る隊員は、多分クラリスくらい。

「まあいいじゃない、減るもんじゃなし」

「すり減って僕の身長がまさに縮んでいるきがします……」

クラリスはころころと表情を変える女の子です。

僕よりお姉さんのはずですが、むしろ子供っぽいですね。

「ところで、うちのエース様来なかった?」

アリスは今日は執務室には来ていません。

ここに来るのは始末書のための聞き取りの時くらいだし、そもそも寄り付かないからです。

……余談ですが、僕は間違ってアリスをアリスと呼んで、何回か殺されかけています。

一度目は拳銃、二度目は拳、三度目は足。

それ以降は考えるのをやめました。

圧倒的に間の悪い僕が悪いし、覚えないこの頭のせいでもあるで、仕方ありません。

「アリスさんはまた訓練所ではないですかねぇ?」

そう答えた時。

「テメェ、また私をその名前で呼んだな?」

地獄耳の鬼がそこにいました。

「ひぇっ」

「アチャー、記録更新だねぇ」

音もなく近寄り胸ぐらを掴まれますが、クラリスがアリスをなだめてくれました。

「まぁまぁ抑えて抑えて。なんか用があって来たんでしょ?」

クラリスに一瞬だけ目線をなげると、アリスはすぐに目線を戻して舌打ち。

「……命拾いしたな」

いちいちギラつく瞳には恐怖しかないです。

ぞくぞくします。

「それで?なにしに来たのよ?」

アリスはいつものしかめっ面に戻って、言いました。

「外れの市街地でテロが起きてる。増援に行くぞ」

僕には隊長権限がありますから、拒否もできますし、むしろ決定権があるのは僕。ですが、こういった時のアリスは引かないのを、半年でちゃんと学びました。それに、拒否したとしても、アリスとクラリスは勝手に出撃してしまうことでしょう。そうすると、また僕の始末書が一枚増えるわけです。

それに、アリスたちが動く理由も理解しています。

きっとまた、孤児院のある区画なのでしょう。

望月重工の保護施設は、民間の孤児院を支援しており、二人には孤児院に知り合いがいるのです。

規律違反もなく、人助けもできるのに、躊躇はいりませんね。

僕は乱れた襟を正して言いました。

「第115部隊、出撃しますよ」



5機のアルト・クルセイダーが出撃します。

「エミリオより第115部隊各機、通信確認をしてください」

「1番、ピルグリム、問題ねぇ」

「2番、クラリス、問題なし」

「3番、ジョン、問題なしだ」

「4番、アンソニー、問題ないよ」

僕らの隊は5人一組です。

陸戦型で、ビームサーベルとマシンガンを装備したアルトカスタムは、値段に対して頑丈で、望月重工廉価EXMの売れ筋商品です。

脚部に装備したストライドユニットー市街地走行用の脚部補助装置が、アルト・クルセイダーたちを滑るように走らせます。少しだけ荒れた路面、増援が必要な区画まで数ブロック。

こういったテロはバイロンの工作兵によって時折発生しており、連合傘下の望月重工が治安維持を担っています。

この地方都市も、正規の連合の手が足りない他の都市のように、なんとか火の粉を払うのです。

いつものパターンでは4機チームで攻めてくる事が多いため、ここいらを攻める軍はそういう編成なのでしょう。編成も市街地迷彩を施したポルタノヴァのなかに指揮官仕様が1機いるかどうか。

頑丈なアルト・クルセイダーが損壊することの方が少なく、バイロンも主に都市の破壊を目的としているようなので、バイロン勢力は削れているものの、都市も徐々に疲弊しているという塩梅です。

レーダーの反応は5つ。固まっていました。

「エミリオより各機、友軍は固まっています。敵影に注意して接近、援護開始」

僕らは味方の後方から、碁盤の目の左右に分かれて近づいて行きます。編成はアリスとクラリスに僕が右、ジョンとアンソニーが左です。

「銃弾の音がしますね……」

タタタと軽いマシンガンの音に混じって、重たいライフルの音が響きます。マシンガンが友軍、ライフルがテロリストでしょう。

「ピルグリムとクラリスは前に出過ぎないように」

僕の指示など聞かないでしょうが、二人にも釘を刺しつつ、僕らは前進。

ビル群が立ち並ぶ区画で、いまだ友軍の姿は見えません。

音とビーコンを頼りに進む僕らには、ビルに反響する銃声が一方向からしているなどと気付ける者はいませんでした。

「ぐぁっ!」

いきなりジョンがやられました。

左右に分かれての前進だったために、状況が全く見えません。

状況は不明ながら、通信は途絶。アンソニーの混乱する声だけが通信に流れ、ジョンの安否もわからないまま。

僕の頭は真っ白になってしまいます。

そして、そんな僕がぼけっとしている間に、次の犠牲者がでてしまいました。

「あぁーーー!」

アンソニーがやられました。

狙撃?

それとも強襲?

それすらわからないまま、冷静に動いていたクラリスに、ビル影に引き込まれます。

「隊長、狙撃手がいる」

状況は不明。

味方は二人もやられています。

恐らくはすべてが敵の罠。

味方機は、もう……。

それを悟った瞬間、僕ははじめて、死を意識したのです。

ガチガチと何かが音を立てているのに気付き、それが自分の歯であると理解して、僕は自分が恐怖しているのだと知りました。

ここがれっきとした戦場で、あのクラリスでさえ、緊張をはらませた声色で、操縦桿を握る手は感覚がなくなるほどに力が入って。

そんな中で、アリスだけは……笑っていたのです。

「ハッハー!面白くなってきやがった!」

戦闘狂だ、と、僕は思いました。

でも、その通信の声に、ひどく安堵を覚えたのです。

いっそ神々しささえ感じる程に、アリスの声は、僕を落ち着かせました。

戦闘という、特殊な状況下で、精神がへんな方向に高ぶっていたのかもしれません。

しかし、僕がアリスに対して妙な安心感を得たのは事実でした。

「狙撃手はさっきのジョンとアンソニーの位置からして、ここだと、思う」

冷静さを取り戻せた僕は、市街地マップにビーコンを打ちます。

ちょうど高いビルがある場所。

そこに、きっと狙撃手がいる。

「やりゃ出来んじゃねぇか、エミリオ」

「そうと解れば撃ちに行くわよ」

好戦的な二人は、ビル影を縫うように前進。

僕もそれに追随。

ヒーロー気取りで、そうしようとしたのがいけませんでした。


「っ!危ねえ!」


庇いに入ったアリス機、その片腕が斬りとばされたのです。

「アリス!?」

自身の機体がやられたにも関わらず、僕の機体をビル影に押しのけ、自分は伏兵と対峙。

その間にスナイパーに走るクラリス。

見事な連携。

そして無様な僕。

アリスは片腕でビームサーベルを構えて、敵を睨めつけます。

「テメェは自分の命を守れ!私がコイツをやる!」

敵はシエルノヴァ。

高出力ビームサーベルを構えて、アリスの隙をうかがっている。シエルはアリスをロックオンしつつも、こちらを警戒している素振りで攻めるか悩んでいるらしい。

僕は無様にへたりこんだままで。

「いくぜ?レンジが長いほうが勝つとは!限ら!ねぇ!」

細かくサイドステップを踏み、アリスは華麗に回避してからシエルノヴァを斬り払います。

なんという直感力!

驚嘆はそれだけでは終わらず、アリスはそのまま体当たりをかますと、マウントをとってすかさずビームサーベルをコックピットに突き立てました。

僕は、それを見て、恐怖を感じたのです。

……それと同時に、拭いされない憧れまでも。

その時の僕には、その感情がなんなのか、理解できませんでした。

今はそれがなんなのか、はっきりと理解しています。

それは、恋慕。

憧れを核にした、恋心。

抱くべきではなかった、僕の初恋。

その日、僕に好きな人ができました。

その日、僕の好きな人は、人を殺めました。

その日、僕の価値観は壊れてしまいました。

僕は、本当は戦場になんて出るべきではなかった。

甘ちゃんにつける薬なんて、劇薬しかない。

僕は壊れて、それまで求めてもなかった強さについて、焦がれるようになったのです。

それは、ひとえにアリスに振り向いてもらうためでした。

けれど、それで良かった。

僕は助かった。

アリスが、僕を味気ない、緩やかな死しかない日常から、救い出したのだ。


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