057 フローライト傭兵組合
【225日目 オーバル公国南東端 地方都市フローライト 午前10時】
私たちはアンバー高原の北西部オーバル公国の南東端の地方都市フローライトに来ている。
フローライトはアンバー高原との地理的な位置関係で言えばジェダイトのシリトンとほぼ同等な位置関係にある。
しかしここフローライトはシリトンのような特別な産業はなく軍の大規模駐留地もなく、アンバー高原方向には例の悪魔の魔境が広がっており危険な割には何の収益もないため一言で言えば寂れた寒村だった。
現在オーバル公国はジェダイト公国軍に制圧されており公国内に駐留するジェダイト公国オーバル方面軍がオーバル公都を中心に睨みを効かせている。
カルロネ司祭長(邪 微小)から得た知識によるとジェダイトがオーバルを制圧した理由は迷宮管理権を奪取するため。
5年前。オーバル公国にある4箇所の迷宮全ての管理者であるカトーという男が迷宮産の各種資源の大量販売を条件に公国における高位貴族爵位を求めた。
その情報を察知したジェダイト統合情報本部保安局。直ちに主席情報官指導の下に秘密作戦計画を立案。王太子及び公爵に報告された。
ジェダイト公国は迷宮管理者の存在が国力を大幅に強化しうることを熟知していた。
そのためオーバル公国の国力強化を良しとしない公爵及び王太子によって主席情報官の作戦計画は承認。統合情報本部保安局特殊工作部隊による迷宮管理者カトー捕縛作戦を敢行して成功させた。
同時にジェダイト公爵軍特殊作戦軍2000名でオーバル宮殿及び公都を急襲して占領。オーバル公爵以下主要貴族を宮殿の一角に軟禁してオーバル全土を支配下に置いた。
今ではオーバル公都からジェダイトに至るオーバル中西部にかけて存在する4つの迷宮都市とオーバル公都にそれぞれジェダイト公国オーバル方面軍1個師団が駐留している。
更にオーバル公国迷宮公社が設立されて迷宮全てがオーバル公国の管理下に置かれた。実際はジェダイト公国迷宮公社の管理下であるが。
こんなわけでオーバル最南東端に位置するフローライトにはジェダイト公国の興味ある産業も利権も一切ないためジェダイトの影響はほとんど無いのであった。
ちなみにカルロネ司祭長(邪 微小)とは神託でいつでも通話できるので必要の都度質問したり調べ物やジェダイト政権中枢への各種工作活動依頼など便利に活用している。
この司祭長は実に役に立ってくれる。今から考えるとなかなかの拾い物だったなあ。
♢
私たちはフローライトの傭兵組合事務所に入って情報収集をしようとしていた。会話役は今回はサーラさんに担当してもらう。
悪魔の魔境を特殊神器を使用した実験を兼ねて殲滅というか消滅させるにあたっては。
魔境の面積や地形。存在する悪魔の種類。近傍に人類が居住していたり活動していて我々の攻撃によるコラテラルダメージ、つまり意図せずに生じさせる死亡負傷その他の被害を与える可能性があるのかないのかを判断する必要がある。
とりあえず魔境周辺の地図や悪魔に関する知見。傭兵組合が持つ傭兵の活動状況などを聞き出したい。
「すいませーん、ちょっとお尋ねしたいんですけど。
我々は帝都から来た学術調査員なんですが南にある悪魔の魔境について詳しい人に話を聞きたいんです。紹介してもらえませんか?」
サーラさんは組合事務所のカウンターの中にいる赤ら顔の40男に声をかけた。酒焼けだろうか。この寂れた寒村の傭兵組合職員。雰囲気がすごくマッチしている。
「ああ? また変なものに興味あるんだな。詳しいヤツなんていないよ。だって見に行ったら生きて帰って来れないからな。
詳しいといえば俺が一番詳しいだろうな。タダじゃ聞かせられないね。金貨1枚で良いよ」
「え? あなたが話してくれる内容もわかんないのにいきなり金貨は渡せないよ。とりあえず銀貨1枚渡すからそれで話せる範囲で聞かせてくれるかい? 満足いけばまた銀貨1枚分聞かせてもらうよ」
「随分とシケた連中だな。じゃ銀貨1枚よこしなー
あい。確かに。 で? 何が知りたい?」
「悪魔の魔境の全体図が分かる地図。あるかな?」
「ああ。一応それらしきものはあるよ。ええと。これかな?」
傭兵組合の職員はB4版ほどの大きさの黄色く変色した藁半紙をカウンターの上に置いた。
「ふんふん。東西に横長の楕円形なんだね。南北と東西の距離はどのくらいあるのかー。 東西200キロル、南北100キロルか。大きいね。地形は山はなく平坦なんだね。なるほどね。魔境の周辺に人は住んでるの?」
サーラさんの言う通りかなり大きな魔境だ。日本の四国に近い大きさがあるようだ。
「馬鹿言っちゃいかんよ。悪魔の魔境に用がある奴なんていないよ。ここフローライトが一番近い居住地だ。
約30キロル南下すれば悪魔の魔境さ。はい。次の銀貨くれ。」
「ーはいよ。で、どんな悪魔が出る? 狒狒みたいな褐色レッサーデーモンと人型の黒デーモン。ガマガエルみたいなアークデーモンは見たから知っているよ? 特に魔境の主の情報があればお願いしたい」
「さっきあんたが言った3種類の他には。えーと。
自分で悪魔男爵と名乗る巨大な黒いハエ。体長2メルト。もちろん飛行する。気持ち悪い吐き気がするよう音をたてながらな。
「悪魔伯爵と名乗る巨大な黒いカマキリ。体長は3メルト。鎌から不可視の斬撃を飛ばす。こいつも飛行する。気が狂いそうになるような高音を発しながら鎌と羽を広げて飛んで襲い掛かってくる。
「悪魔公爵を名乗る巨大な黒オサムシ。ゴミムシかな? 体長は4メルト。腹から猛毒液を噴射してくる。恐ろしく素早いため攻撃が当たらない。
「悪魔の魔境の主は直立して二足歩行する首に襞襟状の皮膚飾りがある黒襟巻トカゲだ。全長10メルト。全長の半分は長い尾だ。こいつも超高速移動する。口から反吐が出そうな悪臭のする超猛毒を噴射する。
「いずれも強靭な身体を持ち高度な魔法攻撃をしてくる。身体の強靭さはトロールなどとは比べ物にならないらしいぞ?」
「近づいたら死ぬから誰も詳しくないって言った割には随分と細かい特徴が分かっているんだね。どうやって調べたの?」
「かつてアレキサンドライト帝国が隆盛を極めていた頃に討伐軍を出したことがあったのさ。今から150年ほど前かな?
その時に悪魔たちから聞いたらしい。デーモン以上の悪魔たちは会話ができてかなりお喋りで口が軽い。聞いてもいないのに色々と教えてくれるそうだよ」
「その討伐軍ってどうなったの?」
「各公爵軍1000人ずつ合わせて5000人が出兵して9割が帰ってこなかった。大敗北だ。
しかもアークデーモン一匹にやられたそうだよ。そのアークデーモンは自分の上位者の自慢をいろいろとお喋りしながら討伐軍を撫でるように殺戮したらしい。恐ろしい奴だよ。
だから悪魔男爵、伯爵、公爵それからこの魔境の主である大悪魔の黒襟巻トカゲを見た者はいないんだ。
この悪魔の魔境討伐は当時のアレキサンドライト帝国皇帝の思い付きで各公爵の反対を押し切って実行を強制されたから無駄死にだったと相当恨みを買ったんだよ。
遠方の公爵領なんかなんの関係もないからな。自領にも手強い魔境が複数あるというのに。
これが帝国の分裂の一因になってる大事件って教わらなかったのか? 有名な話だぞ?」
「あははは。あんまり歴史は得意じゃなくてね。後ろを振り向かずに前だけを見て進むタイプなのさ。アリス様、他になんかありますか?」
「十分だよ。ありがとう、おじさん。参考になりました。じゃみんな、魔境に向かって前進しようか」
「おいおい悪魔の魔境は危ないって。ハエの悪魔男爵とかカマキリの悪魔伯爵とか怖くないのかよ」
「大丈夫だよおじさん。アタシたちは半年前にアークデーモン率いるデーモンやレッサーデーモンの軍勢200~300匹を殲滅したからね? だーれも傷一つ負わないでね」
「お嬢ちゃん。冗談いっちゃいけねえよ? 時と場合をわきまえないと命を落としてしまうぞ? 悪魔たちはほんとに恐ろしいんだ。冗談じゃなくな。悪いことは言わねえからフローライトで情報収集して満足しておきな。もうお金は良いから俺が知ってること全部教えてやるから」
「おじさん。ありがとう。じゃあ、アタシたちはフローライト周辺で調査してから帰りますよ。親切にありがとうございました。アンタ見かけによらず割といい人だね。機会が有ったらまたね。じゃアリス様、行きましょう!」
「おう。気をつけてな。いのちをだいじに!だよ?」
「分かったよ! ばいばい、おじさん!」
♢♢
フローライト傭兵組合事務所を出た私たち5人。悪魔の魔境へ行くために大通りを南に歩いている。キアラさんが興奮したように語りかけてくれる。
「アリス様! 飛行する魔物がいましたね! どっちにします? ハエとカマキリ。もしかしたらゴミムシも飛べるかもしれません。悩みますね?」
「ええー。 どっちも嫌なんですけど。
気持ち悪い吐き気がするような音をたてながら飛ぶハエとか。
気が狂いそうになるような高音を発しながら鎌と羽を広げて飛んでくるカマキリとか。
もちろんゴミムシもお断りです。
それに私が持ってるの魔獣調教1だから。
こいつらそこそこレベル高そうだから魔獣調教効かないんじゃないかな?」
「そうか。でも魔獣調教が効いたら一考の余地あると思うよ? だって使い捨て可能な飛行ドローンだよ? しかもそんじょそこらの魔物なんぞ蹴散らしますから。私の強化カラスには劣るかもだけど使い捨てられるのは大きいよ」
「キアラさん飛行ドローンなんて言葉どこで? まあいいか。タイミングが合ったら調教を試してもいいよ」
次話 058 悪魔の魔境再び




